|
各部屋に散らばっている仲間を呼びに行くタイガル。しばらくすると、鶏捕獲の知らせを 聞いた錬金術師たちがサリドのいる部屋に集まった。 錬金術師たちは鶏を囲んで、黒板に何やらあやしげな記号と式を書き始める。しばらくは 議論と式の書き込みに熱中していたが、そのうちサリドを中心にして金の卵製作の作業に入った。 リンカ王女はタイガルが用意してくれた小さな椅子に腰かけて事の成り行きを見守っている。 「まず、我らが独自に開発した薬にて、鶏の内部伝達情報を書き換えます」 タイガルがいろいろと説明してくれるが、リンカ王女は当然のごとく理解していない。 「説明はいいよ。私は金の卵が見たいだけだから」 「そうですか」 タイガルは説明できなくて、少し残念そうな表情をする。 その間も錬金術師たちは鶏に対して黙々と処置を施していく。あやしげな薬を飲ませたり、 妙な装置で検査したりと忙しい。 「仕様だと、これでいいはずだが……」 黒板に書いてあるチャート通りに作業が進んだことを確認したサリドが鶏を前にして唸る。 そろそろ変化が起きてもいいはずだ、などと皆がぶつぶつ呟いている。 こけーっ! 突然、鶏が威勢よく鳴いた。 「「 ! 」」 部屋にいる全員が注目する。 皆の視線を集めている鶏は、一度羽根をばたつかせた。そしてサリドの予告通り、鶏は、 ぽんっと卵をひとつ産んだ。 おおっ、と感嘆の声が上がる。 なんと、産み落とされた卵は金色に輝いていた。サリドは顔をくしゃくしゃにして喜ぶ。 「成功だ!」 皆が歓声を上げた。部屋にいる誰もが笑顔になった。『成功』という二文字が皆の頭の 中にさん然と輝き、このまま宴会へとなだれ込むような勢いだった。 だが、そんな騒ぎの中、ビシッという微かな音が響いた。 「「 ? 」」 皆の表情が一瞬で凍りつく。 「な、なんだ……?」 全員が恐るおそる見ると、金の卵にひびが入っている。 錬金術師たちは目を丸くした。その間にもビシビシッと音を立てて金の卵の亀裂はどんどん 大きくなっていく。 そして……。 ぴよぴよ。 なんと、産まれたての金の卵から、ひよこが誕生したのだ。おまけに金の卵は、ひよこ の誕生と同時にその輝きを失い、普通の卵に戻ってしまった。 ぴよぴよ。 錬金術師たちが唖然とする中、ひよこの元気な鳴き声だけが虚しいほど響いている。 「失敗だ……」 落胆する声と大きなため息。 ぴよぴよ。 「まあ、可愛い!」 暗い雰囲気の中で、小さき王女が、ぴよぴよ鳴くひよこを手にとって嬉しそうに笑っている。 「ねえ、このひよこ、ちょうだい!」 リンカ王女だけが、ひよこの誕生を素直に喜んでいた。 ぴよぴよ。 小さき王女の手のひらの上で、ひよこは羽根をぱたぱたと震わせながら、その存在を元気に主張する。 「ねえ、ちょうだいっ」 リンカ王女の申し出に反対する者はいなかった。いや、反対する気力などすでになかった。 金の卵から生まれたひよこはリンカ王女の庇護の下、すくすくと育つことになる。だが、 サリドの頼みにより、ひよこはリンカ王女が密かに育てることになった。今回の失敗を上の方、 つまり現王のリシュムに知られたくなかったからである。 しかし、今回の失敗に錬金術師たちの落胆ぶりは凄まじく、サリドに至っては隠居宣言を してしまったほどだ。もちろん、タイガルも落胆の日々を送っていた。 そんなある日、中庭に続く通路の脇でタイガルが呆けていると、彼の横にリンカ王女が ちょこんと座った。 「ねぇねぇ、タイガルゥ……」 「なんです?」 「ひよこって大きくなったら何になるの?」 「もちろん、にわとりです。常識ですよ」 「やっぱり、それが普通だよね」 リンカ王女はため息をつく。 「どうしたのです、小さき王女」 「あのね……」 リンカ王女は専用の小屋を作らせて、そこでひよこを飼っていた。あれから三ヶ月。ひよこも 成長し、立派な鶏に……、 ……なっていなかった。 「なんです。これ?」 リンカ王女に誘われるまま小屋に来たタイガルは思わず息を飲んだ。 金網の向こうにいる鳥は、どう見ても鶏には見えなかった。 羽根が金色に輝いている。頭には孔雀のような鶏冠があり、身体は雉のようなしなやかさを 備えている。 金色の鳥が翼を広げて羽ばたくと、オーラのような金色の光が溢れ出す。 それはまさしくこの世に存在しないもの。 伝説の中だけに存在する鳳凰だった。 「これは凄い! サリド様に報告せねば!」 タイガルとリンカ王女の二人は地下の錬金術師の部屋へ向かった。 「大変です。サリド様」 部屋はあいかわらず薄暗い。 「慌ただしいやつだな。どうした?」 陰鬱な顔のサリドは、気のない声で応じた。 「じ、実は……」 タイガルはリンカ王女が飼っているひよこが伝説の鳥、鳳凰に変化したことを告げた。 「あれは……そう、まさしく鳳凰です」 「な、なんと。失敗は成功のもと、というわけか」 途端にサリドの顔が明るくなった。そして、山と積まれている書類の束を掻き回し始める。 「何をしているのです?」 怪訝な表情でタイガルが尋ねる。 「金の卵の仕様書はどうした? どこにもないぞ!」 書類を漁るサリドに、タイガルが何を今さら、という顔つきをした。 「なに言ってるんですか。仕様書なら、サリド様が腹いせに焼却炉へ全部捨てたじゃないですか」 さらりと言い放つタイガル。 「す、すると鳳凰は……」 「ええ、二度と作れませんね」 この直後、城の地下にサリドの絶叫が響いた。 「お馬鹿さんねぇ」 サリドが暴れる部屋から早々に退散したリンカ王女が呟く。階段を上がって、中庭に続く 廊下に出ると、大きく伸びをする。 「いい天気だね」 今日も快晴である。雲ひとつない青い空は、いつ見ても気持ちのいいものだ。そんな蒼穹の 空に鶏の声が響く。 こけこっこー。 リンカ王女はちょっとした既視感に襲われる。 「まさか……ねぇ」 嫌な予感と共に中庭へ出向くと、そこでは黒い外套を羽織った男が一羽の鶏を追いかけ回していた。 「これは小さき王女」 男はリンカ王女を見とめると足を止めて、深々と一礼する。 「なにしてるの」 「見ての通り、にわとりを捕まえようと……。あっ、待て、にわとり」 男は再び鶏を追いかけ始める。 「なによ。さっきので懲りたんじゃなかったの。錬金術師も諦めが悪いわね」 その言葉にぴくっと反応した男は、追いかけていた足を再び止めて言い放つ。 「錬金術師? あんな軽薄な連中と一緒にしないでくださいっ。私はこう見えても魔術師です!」 こう見えても、と言われるが、どう見たら違うのかリンカ王女には分からない。 「ごめんなさい。錬金術師も魔術師も似たり寄ったりのイメージだから分からなかったわ」 「どんなイメージなのですか?」 「お城のくらぁーい地下で、あやしい書物を読みながら、ふっふっふって笑ってるの」 「すごいイメージですね。否定はしませんけど」 「で、その魔術師がニワトリ追いかけ回してどうするっていうの?」 「偉大なる研究の成果を成し遂げるためです。これが成功した暁には……、ふっふっふっ、 今に見ておれぇっ、錬金術師どもぉ!」 リンカ王女は頭が痛くなってきた。 リンカ編その3 <了> |