「おまえ、強いな」
 今でも涼子の頭の中では、その言葉が風化されることはなかった。
 たとえ眠っていても、その言葉が夢の中で現れる。
 夢の中の風景はいつも小さな児童公園だった。その中に彼女は立っている。
 涼子の目の前には背丈2メートルはあろうかという男らしき者がいた。
 涼子は何かを護るように両手を広げ、男を通せんぼしている。
「おまえ、強いな」
 その時。
 長身の男から、まだ年端もいかない少女に向かって放たれた言葉。
 男の眼光はたとえ大人でも竦みあがるに充分な気を放っている。
 それをまともに受けながら、涼子はまだ男の進路を、その小さな身体ひとつで塞いでいた。


「……通さない」
 少女の口から出た決意の証。
 何が少女を、そんなに頑なにさせているのか分からない。


「強いが、未熟だ」
 また男が言った。
 男の意味が涼子には分からなかった。
「覚悟はあるか」
 男は更に言う。強さを見せつければ、それを証明しなければならないということか。
 涼子はその証明として、けっして男の前から退かなかった。
「その覚悟、見せてもらおう。後悔するなよ」
 男の腕が振り上げられた。その腕が振り下ろされる先には、当然、涼子がいる。
 それでも涼子は動かなかった。


 鈍い音がした。
 男の腕は振り下ろされたが、涼子がその場から動くことはなかった。
「……あ、あ」
 涼子の口から嗚咽のような声が漏れる。
「今日はお前のその強さに免じて、この身を退く」
 言うと、男は少女の前から忽然と消えた。
 残された少女は広げていた両手を閉じ、顔を覆った。
 覆う指の間から、赤い血が滴り落ちる。


「……目が、見えないよ」
 少女は顔を両手で覆いながら、膝を地に着けた。
 先ほどの男の攻撃は、確実に少女から視覚を奪っていた。
「……目が、見えないよ」
 涼子の助けを求めるような呟きに応える者は、もう誰もいなかった。


 涼子は暗闇に取り残された。



 涼子編その1<了>