リクが住む、この世界には二つの国をまたぐ丘があった。
 そして今、二つの国がこの丘をめぐって争奪戦を起こしている。
 そもそも戦争が起こした理由というのが、

『より高い場所を取ったものに最高の栄誉が授けられる』

 ……と、リクが住む国の王が宣言したからだ。
 馬鹿げた理由だった。だが、そんなもののために戦いが起きているのは事実だ。
 なんでも、偉い学者さんが熱気球で高いところまで昇ってこの世界を見たところ、どうやら
リクがいる世界はでっかい亀の甲羅の上に存在するということが分かった。その巨大亀の甲羅の
ひと枡に隆起する丘で、ちっちゃな人間が剣を携えて、ドタバタと戦闘を繰り返しているのだ。

 リクは、元凶の素となっている目の前に広がる丘を見上げていた。
「リク、ぼうっとしてないで手を動かす」
 リクは、はっとして振り返った。そこには少し不機嫌そうな少女、チハヤがリクと同じような
鎧姿で立っている。
 彼女のいつもは丸い瞳が、今は戦闘後の興奮で鋭くなってリクを見つめていた。
 顔は可愛らしいのに、その勝気な性格でかなり損をしているチハヤだが、なぜかリクとは気が
合うらしく、姉御風を吹かして何かとリクの世話を焼いている。
「ごめん」
 謝って、チハヤの持っているものをリクも持った。
 軽いと思った。こんなに軽いのかと思った。人の死体とは……。
「それ、投げるよ」
 チハヤはまるでゴミを扱うように、戦闘によって死んだ兵を共同の死体置き場に投げ入れた。
「これ、今日中に終わるかな」
 げんなりとした表情でチハヤが呟く。
「そりゃ無理だ」
 こちらもげんなりとした声で、答える者がいた。キオという青年だ。リクやチハヤとほぼ同年齢
と思われるキオだが、その高い身長で年長者のように見える。
 彼もチハヤやリクと同じように、死体処理に駆り出されている新兵だ。
 いくら死体処理が新兵の仕事だとしても、これは酷すぎると思った。わずかだがリクより戦闘
経験豊富なチハヤ達はもう慣れているらしく、物言わず赤い血に塗れている人をみても、何とも
思わず作業に没頭している。
「明日は我が身」
 唐突にチハヤが呟いた。
 リクは震え、持っている死体を落としそうになった。
 キオはつまらなさそうに、ふん、と鼻をならした。

 そろそろ陽も落ちてきた。仕事もひと段落つきそうな逢魔が時だった。
 …………歌が聞こえた。

 思わず聞き惚れるほど、とてもキレイで澄んだ歌声だった。
 リクは、知らずに手を止めて丘を見上げていた。
 いつの間にか、丘の中腹にリクと同じくらいの歳の少女が立っていた。
 場違いな白いワンピースでその身を包み、凛とした姿で立つ少女は、リクにとって神秘的だった。

「墓守か」
 同じく少女の姿を見たチハヤが忌々しげに呟く。
「はかもり?」
 リクにとっては初めての光景……でも、チハヤにとってそれは何度も目撃している光景だった。

 リクの疑問をよそに、歌が丘に響き渡った。
 少女の喉が鳴らす歌に術が仕込んであったのか、少女の周りのいくつかの死体が、むっくりと
起き上がる。『死体を意のままに動かす』……墓守という職業だけが伝える秘術。
 しかし、起き上がった死体は明らかに一般の兵とは装備が違っていた。それがどういう者か一目瞭然
だった。あれは……、貴族だ。
「そう。貴族連中は戦闘で死んでも、ああやって墓守に連れられて、専用の墓地に埋葬されるのさ」
 チハヤの語気が荒くなった。死んでからも差別されることに怒っているようだ。

 歌声は続く。果てしなく広がる空に染み渡るような、素晴らしい歌声。
 なのに、それは忌み嫌われる存在……。

 だが、リクはそんな少女を見ても嫌悪は湧いてこなかった。どちらかというと、より気になる
存在になっていた。
「あの子なら知っているのかなぁ……」
 リクの呟きがチハヤの耳に入った。
「知っているって何を?」
 怪訝そうな表情で聞き返すチハヤに、リクは戸惑いながらも答える。

「より高い場所を取らなければならない理由」

 その答えにチハヤは眉をひそめ、呆れたようにため息をつく。
 リクはもう一度、丘を見上げた。
 墓守の少女が歌いながら、その後ろに幾人かの死んだ貴族を引き連れて行くのが見える。

 そして、それは偶然だったのだろうか。
 ふと、少女がリクのほうを向いた。
 リクと少女の目が合った。
 一瞬の瞳同士の邂逅。

 リクは声が出なかった。
 少女は一瞬だけ悲しく笑い、その印象を残して歩いていく。

 その様子をチハヤが面白くなさそうに見つめていた。



 サナ編その1<了>