丘を歩く少女、サナは振り返った。
 彼女の後ろには、のらりくらりと歩く数人の騎士たち。
 騎士たちは手を前にだらりと垂らし、首を斜めに傾むけ、血に染まった身体を拭おうともせず、
ただ規則的な足取りで歩いている。
 この人たちはもう生きていない。
 外部からの干渉を受け、一時的に筋肉が弛緩されて動いているだけだ。
 この人たちにはもう感情がない。生きる目的も、未来もない。
 そんな人たちが向かう先はただ一つ。
 安らかに眠れる土の中。

 サナは自分が編み出した術によって動く死体をうまく誘導して、彼らが眠るべき墓地に誘った。
「ここがあなたたちが眠る場所」
 言ったが、誰も聞いていない。
 死体たちはサナを無視するかのように、用意された墓穴に自ら入って横たわる。
「術式、切る」
 呟くと、死体は一切動かなくなった。
「安らかに眠れ」
 何度もそう呟きながら、各々の横たわる死体の穴に土をかけていく。

 すべて埋葬が終わるころには夜中になっていた。
 たった一人の少女のか細い腕では、かなりの重労働だ。だけど、誰かが手伝ってくれるわけ
ではない。サナ自身も誰かに手伝ってもらおうと思っていない。
 サナはじっと手を見る。
 まるで血が通ってないような白い肌。
「汚い手……」
 自虐的に呟く。

 作業が終わると、彼女は墓地の隅にある石造りの小屋に入った。
 ここが彼女の家だ。寂れた場所に建つ簡素な小屋だが、彼女にとっては、とても大切な家だ。
 ランプに灯りをともすと、彼女は椅子に座ったまま、うとうととし始める。
「疲れたなぁ……」
 彼女の労をねぎらってくれる者はいない。静寂がより一層、彼女を眠りへと誘う。
 微かな寝息が部屋を満たす。
 虫の音も響かぬ、静かな夜だった。

 当然、墓地にも朝は来る。
 巨大な亀の上に成り立つこの世界は気まぐれで、亀が進む方向によって、陽の上がる方角が
違う。今日は西の空から太陽が昇ってきた。
 サナは結局、ベッドに入ることなく椅子に座ったまま朝を迎えた。
 小さな窓から射し込む陽光が彼女の顔を照らし、眠りの邪魔をする。
「ぅぅん……」
 唸って、彼女は目を開けた。
「もう朝か……」
 身体のあちこちの筋肉が痛い。馴れている仕事のはずなのに疲れがとれない。
 サナは立ち上がり、少しふらつきながら、外の井戸へ向かった。
 冷たい水を頭からかぶると眠気が退いた。
「今日はお城へ行かなきゃ……」
 墓守の仕事の賃金だけでは食べていけないらしく、城の給仕もこなさなければならない。
「ぅぅ……」
 嫌そうに唸って、とぼとぼと家に引き返して支度を始めた。


                     ◆


「こぉら! リク!」
 チハヤが怒鳴った。
「そんなに大声出さなくても聞こえてるよ」
 リクはすでに起き、朝食の準備をしていた。
「あっそ……」
 ちょっと拍子抜けするチハヤ。
「うう、毎日起こしにくる健気な私ってばいったい……」
 チハヤはリクを毎朝起こしにくることを日課としているが、大抵の場合、起こしにくる前に
リクは目覚めているので、『毎朝起こしにくる』というイベントがほとんど成り立っていない。
「だから、無理に来なくてもいいから」
 言っても、チハヤは聞かない。
「いっただっきまーす!」
 いつの間にかチハヤはテーブルにつき、リクが用意していた朝食を手にとっている。
「これが目的か……」
 リクはため息をつく。

「おまえ、完全にチハヤの尻に敷かれてるな」
 朝食も終わった頃、騎士宿舎に向かうキオが途中でリクの部屋に寄り、その様子を見て、開口一番。
「見てたの?」
「見なくても想像できるよ。チハヤって変に意地張るとこあるだろ」
「まあ、もう馴れたけどね」
 苦笑いのリク。
 話題の主であるチハヤはもういない。キオが現れる寸前に「お先に宿舎へ行ってるね〜」と軽やか
に出て行ったからだ。
 リクは後片づけを終えると、キオと一緒に他の騎士たちが集まる宿舎へ向かう。

「リクはこの世界のこと、どう思う?」
 突然、キオが訊いてきた。
「どうって……、なんだかどうでもいいような理由で戦争してるって感じかな」
 リクは素直な感想を口にした。自分は戦う身だけど、やはり平和なほうが良いに決まっている。
でも、今の時代は戦いばかりだ。
「そうか。リクは平和なほうがいいのか」
 言って、キオは遠い目をする。時々彼は、何かを悟ったかのような表情をする。それがリクには
大人びて見え、自分がまだまだ子供なんだと実感する。
 そんなでこぼこな二人が歩いていると、彼らの前を小走りに通り過ぎる少女がいた。
 リクはそんな少女に目を奪われ、その後を視線で追っていく。
「あれは……」
「関わらないほうがいいぞ」
 リクの視線の先を知ってキオが釘を刺す。チハヤが怒るぞ、と言いたげだ。
 それでもやはり視線の先にいる少女が気になった。皆には忌み嫌われているかもしれない少女だが、
リクにはそんなことで少女との運命的な出会いを否定したくはなかった。
「ごめん、先に行ってて」
「どうなっても知らねぇぞ」
 言いながらも走っていくリクを止めようとはしなかった。むしろ楽しげに見送っている。
「うーむ、チハヤには何て言おうかなぁ」
 問題はチハヤだ。キオ一人だと、当然チハヤは「リクは?」と尋ねるに決まっている。その時は
とびっきりの言い訳が必要だ。ぶつぶつと妙案を考えながらキオは一人で宿舎に向かって行った。
 そんなキオを遠くに見て、リクは走った。
「待って!」
 言って、リクは少女に追いつき、とっさに彼女の手を掴んだ。
 少女は驚いて振り返る。
「あ……」
 少女の顔に怯えの表情が浮かぶ。
「やっと……、会えた」
 リクは笑顔で応えた。
 でも、少女は驚きの表情のままだ。それも当然だろう。彼女にとっては、突然見知らぬ男に手を
掴まれたのだから。
「あなた、誰?」
「僕はリク。君は?」
「サナ」
 淡々と答える少女、サナ。
「ええっと……、どこに行くのかな?」
 間抜けな質問である。彼女の行き先はどう見てもお城の方角。ともなれば、そこでの仕事に向かって
いるに違いない。
 サナは首を傾げ、訝しげにリクを見る。
「手、放してくれない?」
「ああ、ごめん」
「私、急いでるの」
「そっか、じゃあ昼食でも一緒にしようよ」
 リク自身はこんなに積極的なほうではないのだが、ここで別れたら次にサナと出会える自信がない。
 そんな切羽つまった状況で出たお誘いの言葉だった。
「……私と?」
「そう、君と」
「でも私……」
 サナ自身が自分の境遇を嫌と言うほど知っていた。墓守という職業のせいで彼女に近づく者は誰も
いない。ましてや昼食に誘われたことなど一度としてない。いったいこの人はどんな理由で誘っている
のだろうと疑心暗鬼に囚われても仕方がなかった。
「ダメかな?」
 当然、リクには深い理由などなかった。あの丘で見たサナに魅了された。ただそれだけだ。
 サナも初めは戸惑っていたが、笑顔を向けてくれるリクに何か信頼できるようなものを感じ始める。
「じゃ、その……いいよ」
 肯定の言葉。サナにとっては初めてのお誘いを受けたわけだ。
「ほんと。やった! じゃ、お昼になったらお城の中庭で待ってて。僕もすぐに行くから!」
 リクの弾むような声に、サナはおずおずと頷いた。
 それからリクは踊るように彼女の周りを一回りして、「絶対忘れないでね」と言って、手を振って
去って行く。
 サナも控えめながら手を振り返し、駆けていくリクをしばらく見つめていた。
「お誘い……受けちゃった」
 サナは呟いてみる。なんだか心が軽い。こんな気持ちは初めてだった。
 自然と顔が綻ぶ。心と同じように城に向かう足取りも軽い。
 出会いは突然だったが、リクは良い人だと思った。だから信じた。お誘いも受けた。

 サナはお昼になるのが待ち遠しかった。



 サナ編その2<了>