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![]() Myanmar Inle Lake |
| 性別 | ♀ | |
| 原産地 | 北海道豪雪地帯 | |
| 居住地 | 横浜市 | |
| 出没地 | インドシナ半島。最近はタイで沈没。 | |
| サイズ | コンパクトタイプ。高さ:1500mm。重量:不明 | |
| 生業 | SE と ピアノ&エレクトーン演奏,講師。 | |
| 主な特徴 | 気温に対する特徴 | 寒さに弱い。冬季は活動,精神ともに冬眠する。 東京の暑さにも弱い。 どういうわけか,タイの暑さはあまり苦にならない。 |
| 活動時間 | タイ時間。日本と2時間(以上)の時差あり。 (時々インドくらいの時差がある) |
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| 嗜好 | ーOH含む飲料。辛いもの。特にタイ料理。 | |
| 使用言語 | 日本語。怪しい英語。さらに怪しいタイ語。ミャンマー語挨拶のみ。 | |
| 北海道豪雪地帯にて生まれる。今も昔も小型サイズ。 |
| 幼稚園,小学,中学,高校とそのまま豪雪地帯にて雪に埋もれながら成長。 幼少の頃は神童であったが,高校あたりで極普通になる。 |
| めでたく大学〜。 「寒冷地帯脱出計画」・・・・都内の学校に行こうと思っていたのだが,大蔵省様の親が 「北海道からでではいけません〜」と仰せになったので,諦める。 あの時脱出していたら,私の人生は変わっていたであろう。 そうなこんなで北海道の大都会。札幌に移住。 バイトとコタツ半径1mの生活。学校生活もなかなか楽しかったぞ。 大学4年目の秋。紅葉狩りに行く途中(帰りじゃないのよ。行きなのよ)自動車横転事故(その後廃車)にあい 初めての救急車を経験する。その後遺症か頭がらりらり。(違います先天性です・・) |
| やっと雪の無い地域。横浜に親を 就職した会社は北海道に支店のある会社であった。 最初は全員本社勤務であり,2年後以降に支社に希望する人は帰ることができる人も(たまには)いた。 寒冷地帯脱出計画を練っていた私は,「2年経ったら帰ってくるからさ」といったまま・・・・今にいたる。 とーさんかーさんすまない。 |
| 異国情緒溢れる横浜にて 花なんて何処にもねーよ。 横浜馬車道辺りだと思っていたら,勤務地は戸塚だった。(戸塚在住の方すみません) 朝〜晩まで全然分からない仕事を分かった振りして過ごししていたら○年もたった。 それなりに分かるところはわかるようになったのだが,給料が安かったのと男女の差がやっぱりあったので あっさり転職。 |
| ちょっとはましになった研究員&プログラマー&SE兼お茶くみとして,異国情緒溢れる横浜市のチベットと呼ばれる地区で働き始める。 そうなんだよ〜。お茶くみがあったんだよ〜。あほらし〜。 勤務1ヶ月目にして。だめだこりゃ。と,気がついたのだが,住居手当があったので金につられてだらだら。 その当時友人となったH嬢のセリフ。 「ぴよちゃんの前いた会社が雑居房。そこから脱獄したなぁとおもって(転職してきた)ここは独居房でした〜・」 男女差別。学歴主義。学閥もあったんかなぁ?そういうのいやなのわたし〜。 石の上にも3(?)年。は我慢が出来ずに ○年と△ヶ月(もうちょっとだったのに)であっさり退職。 |
| 2個目の会社時代に会社にナイショで始めていた「結婚式場のエレクトーン奏者」で食いつなぐ。 芸は身を助ける!というのは本当だった。 半年くらいやっていたら一寸飽きてきた (仕事に飽きたのではない。結婚式は土日祝。平日だらだらに飽きてきた)ので,働く事にしました。 正社員はまっぴらごめんなさいということで, 派遣やら,業務委託やら,エレクトーン弾いたりして生きています。 人生真面目に考えろ。っておこられちまいそうですが,真面目な人生てなんなんだろう??? |
| 大学3年 | 初めての海外旅行〜。オーストラリアに2週間のホームステイ。 英語も全然話せないのによく行った。 シドニーまで金が無かったのでシンガポール経由24時間の旅でった。 |
| その後しばらく | ハワイ〜オアフ島(つまらなかった) 中国(皆仲良しトイレも経験したぞ) ローマ,パリ,ニューヨーク,ロンドン、バリなど普通に観光旅行。 |
| 1992.7 | ツアーでバンコク。 赤バスでアユタヤにいった。面白かった。また行きたい。 |
| 1992.12 | 別の国に行くつもりだったが友人がタイに一緒に行こうという事で再び訪タイ。 友人と一緒(全部で4人)なので前回とほぼ同じコース。 ちょっと様子が分かっってアユタヤはエアコンバスで行く事ができた。 |
| 1993.12 | ツアーでチェンマイ&スコタイ&バンコック。 タイの印象は良かったが,この時のツアーが良くなくパッケージツアーはやめようと決心。 |
| 1994.8 |
コラート方面へ。 このあたりから身体に不調をきたすようになる。 休みになると必ずタイに行きたくなる。 HOTELからドンムアンに向う時に既に,次はいつにしようか考えている。 新聞雑誌で「タイ」と言う文字を見ると「魚の鯛」でも「同点のタイ」でもなんでもタイなら「泰国」にみえてしまう。 タイ語を習い始める。 タイ料理(もどき)を作り出す。 それは〜タイタイ病です。 |
| その後 | ベトナム,韓国,ミャンマー,ネパール,カンボジア,ラオスなどに浮気をし, 結局のところ, 本妻:タイ 愛人:ミャンマー におさまっている。 最近は「初々しいブータン」を狙っているが金が無い。。。。。。。。。。。。。。 タイタイ病は重病です。 なかなか治りません。 そしてタイタイ病菌はその宿主を集めるという特徴をもっている。 あつまった宿主(タイタイ病患者)は,お互いを回復に向かわせようとか,治そうとかそんな事は ツユとも思わず,症状悪化に向かって爆走するのである。 最近はネットを通じての感染の威力もかなりのものらしい。 そうして私の周りにはタイ好きが増殖している。 |
| しょっちゅうタイに行っていると, 何でタイが好きなの?っていつも聞かれます。 答えにこまっちゃうんですよね。 雰囲気がすき〜,なんて曖昧に答えていますが,本当に難しい質問だ。 「だってすきなんだも〜ん」じゃだめ???? いいの。好きに理由はないの チャイ・マイ? |