【上方落語メモ第3集】その135

眼 鏡 屋 盗 人


【主な登場人物】
 盗人の頭  新米手下  中堅手下  眼鏡屋の丁稚

【事の成り行き】
 泥棒の噺が三題続きます。以前、もう二十年近く前になります、職場にビ
ル荒らしが入った事がありました。小さな事務所ビルに忍び込み、6階まで
の各部屋、軒並み荒らされしまったようです。

 幸い、当方は被害も無く済んで良かった良かった。と思ったのも束の間、
一団の警察官が颯爽と飛び込み、あたり構わず指紋の採取にとりかかります。
現在ならもっと進んだ方法で採取するのでしょうが、当時はアルミ粉をパタ
パタ振りかけて、透明粘着フィルムに写し取るという方法でした。

 捜査のプロの仕事というのは素晴らしく早いものです。ものの半時間、く
まなく銀粉を振りまいて立ち去った後には、机といわず、引出といわず、ド
アのノブ、ガラス窓……、全て銀黒色に光り輝いていました。ハイ、その日
は一日掃除につぶれます。泥棒さんもこんな引っ掻き回さんかった……
(1998/10/31)

             * * * * *

 どぉぞまぁ、本年もよろしゅお頼の申します。

 もぉ人間国宝たらなんたら言われるたびに肩身が狭もなってしまいまして
ね、いま出ました(夢路)いとしさんとわたしとは同い年でございましてね、
もぉこれから一年一年お互いに弱る一方でございまして。

 あの人とわたしと昔、二ぁ人で一升ぐらいすぐ空けたんですけどな、この
頃はもぉその半分も空かんよぉんなってしまいまして、情けないこってござ
います。

 今日はお正月でございますので、新年にふさわしく、高尚にして優雅な泥
棒のお噺を聞ぃていただこぉと思いますが。まぁ、我々の方へ出て来る泥棒
てな、頼んないやつが多いんですなぁ、石川五右衛門やとか熊坂長範や鼠小
僧やてな大泥棒は出てまいりませんわ。

 もっと頼んないやつが出てまいりまして、石川五右衛門の子孫で石川二右
衛門半ぐらいのやつが出てまいりますなぁ。

 むかし、こんな頼んない泥棒が天王寺さんへ入りましてね、賽銭箱ひっく
り返して、こぉお賽銭を風呂敷に包んで、出て行こうとするとあの山門のと
ころに仁王さんがこぉ「阿吽」といぅのが一対立ってますわなぁ。

 それが目に付けて「けしからんやっちゃ、俺が門番してるのに……」襟髪
を掴んでこぉ吊るし上げて、パッと離すと叩き付けられたカエルみたいにべ
シャ〜ッとなったところへ、仁王さん大きな足をガッと乗せてグッと踏むと、
踏まれた弾みにこの腹具合が悪かったんですか、後ろの方から一発パ〜ッと
こぉ……

 盗人がひょっと振り向いて「臭うかぁ?」

 こんな洒落た泥棒がおりますねやけどな。また頼んないやつがぎょ〜さん
おりましてね「盗人はこぉ堂々と歩くんやない」と「抜き足差し足で歩け」
と言われて、もぉ抜き足差し足で家から歩いてたら夜が明けてしもたといぅ
よぉな、頼んないやつがおりますわ。

 はじまりは、あの空き巣狙い、これがまぁ手軽なんやそぉですなぁ。ズ〜ッ
とこぉ様子を見て「こんにちわ」てなこと言ぅて、留守やと思たら上がって
行て何か盗って帰る。

 昔はこの、戸締りしてない家といぅのが長屋なんかにはよぉございまして
ね、近所あてにしてね。そぉいぅところへ何や書付みたいなもん持って用事
がありそな顔して入って来て、

●えぇ、こんにちわ。ちょっとお尋んねしますがなぁ、お留守ですか? 用
心が悪まっせ▲どなた?●あッ、さいなら。

 もぉ軒並み入って行く。

●えぇ、こんにちわ。お留守ですかいな? 二階から下りてくるちゅなこと
おまへんなぁ? 用心悪まっせ開けっ放しでは、どなたも居てはらしまへん
のかいな?■誰や?●お、居ったおった、こんにちわ■何じゃい?●ちょっ
とものお尋んねしますが■何を尋んねるねん?

●このへんにあのぉ、そぉ、山田悦太郎はんちゅうおうちはおまへんやろか
なぁ?■山田悦太郎はわしや●え?■わしやがな●いや、あんたと違う山田
はん■そんなもんが居るかアホ●さいならッ……、あぁビックリした、居る
はずや、うっかり表札を読んでしもたんやがな。

 こんな頼んないやつがおりますわなぁ。まぁ、大泥棒の方は辞世が後世に
伝わってる、ここまでいくと大したもんですなぁ「石川や浜の真砂は尽きぬ
とも、世に盗人の種は尽きまじ」なんて、こぉ石川五右衛門が残して、頼ん
ない盗人が辞世を読むと言ぅんですなぁ。

 何かいなぁと思たら『石川や浜の真砂は尽きぬとも、世に盗人の種は尽き
まじ』「それはお前、五右衛門の歌やないかい」「これが盗み納めでござい
ます」なんて、もぉ辞世まで盗んだよぉな盗人が居ったりしてね。

 有名な話でございますが、仙台小僧政五郎といぅ、これは徳川の中頃で大
活躍をした、まぁ盗人で大活躍ちゅなあんまり誉めた言葉やございませんが、
こいつが磔(はりつけ)になりましてな。プツ〜ッと、ここへ槍が入った時に
「待てッ、俺は今から辞世を読む、それまでこの槍を動かすなッ」

 ビックリしたそぉですなぁ、ここへ槍が入ったら、まぁ口なんかきけたも
んやないんですのに、大きな声で「動かすなッ『今までに盗みし金は身に付
かず、身に付く金は今日のひと槍』」うまいこと言ぅたもんですなぁ、こら
確かに身に付いてますわなぁ。

 これをね、牢屋の中で考えたんに違いない「あれを言ぅたろ」と思てね。
おそらくまぁ、死に花を咲かしたんでっしゃろが、こらなかなか名歌である
といぅので後世に伝わってるといぅよぉな盗人もございますが、もぉ我々の
方は、まぁそんなものは出てまいりませんなぁ。

▲え〜、頭(かしら)。今日はこの新米連れて来ました?■あぁ、ド新米こっ
ち来い……。いや、こいつを連れて来たっちゅうのはな、この町内詳しぃっ
ちゅうこと聞ぃたんでな。お前、このへん詳しぃそぉやなぁ?

●へぇ、わてなぁ、この隣りの町内に長いこと住んでましたんでな、この町
内のことやったら、あんさん方よりわたしの方が詳しおます■「あんさん方」
てなことぬかすな●ほな、どない言ぅたらよろし?■頭と呼べ●柱?■柱や
あらへん、頭じゃ。

●あぁ頭芋でっか。そんならわてら子芋やなぁ■何をしょ〜もないこと……、
芋と違うわい。頭と呼べ●そんなら、わたしはどぉ呼びまんのん?■お前ら、
ド新米じゃ●そらまぁ、新米には違いないけど、ドの字付けぇでもよろしぃ
がな、ド新米……

■ド新米でえぇんじゃ。お前このへん詳しぃ?●たいがいの家、知ってます
けどなぁ■この町内で金のある家はどこじゃい?●そぉでんなぁ、金のある
家ときたら、そらもぉ斉藤さんとこですわ。あすこはもぉ金がおますわ。

■おぉ〜、そない金が?●あぁ、あすこの家は家じゅ〜金だらけでなぁ、土
間入ったとっからもぉ金が散らばったぁる■商売何や、それ?●いや、古金
屋でんねん。自転車の壊れたやっちゃとかね、もぉ鉄屑やとか……■かなん
ガッキゃなぁ、そんな金を盗んでどないするっちゅうねん。わしの言ぅてる
のんは、金言ぅたら銭のこっちゃ。財産家はどこやっちゅうてんねん。

●あぁ、それなら田中はんですわ■古金やない?●いや、ホンマの金でんね
ん。お爺さんの代からのこの辺一帯の大金持でな。地所も持ってるし、借家
でも何十軒もおまんねや■ほほぉ、商売は何をしてんねん?●せやから、そ
の家賃やとかな、地代の上がりで裕福に暮らしてはりますわいな。何や、会
社も経営してるちゅうのん聞ぃてますわ。

■息子は?●あぁ、息子はんが今まぁ大将やけど、この人がね大学行てな、
柔道に凝ってしもてなぁ「親の後継ぐも何も、商売のことも何もない」言ぅ
て、道場こしらえてなぁ、一生懸命やってまんねやがな。いっつもな、腕っ
節の強い若い衆が十人ぐらいゴロゴロしてまんなぁ■そんな強いとこへ入れ
るかアホ。三人だけやないかい、今日。もっと弱いとこないのんかい?

●へぇ、弱いとこやったら、寺田はんでんなぁ■ほぉ、そこは弱いんかい?
●もぉ、七十越したお爺さんとお婆さんと二人だけでんねん■ほぉ、そら弱
いなぁ……、で、金はあんのんかい?●何でもな、町内の人が何ぼかずつ出
し合ぉて養ぉてるっちゅうことは聞ぃてまんねん■アホか、お前わ……

▲頭、もぉこんなアホの言ぅこと聞ぃてたらあきまへんで。あんたかてきの
う、この町内調べに来はったん違いますか? どっか目星入れたうちがある
んと違いますかい?■いや、そぉじゃ。実はきのう、ズ〜ッとこの町内を見
て回ってな「ここなら」っと思てるのが、実はこの前の眼鏡屋や▲あぁ、こ
こは眼鏡屋ですか?

■今こないして雨戸締めてるけどな。で、こぉいぅところは案外金持ってん
ねや。主人夫婦と子どもが一人と、丁稚が一人ぐらいしかおらへん。いや、
心配することはないわい、眼鏡屋てなものはなぁ、ちょっと眼鏡の枠なんか、
あれ金目のものがあるんじゃがな、べっ甲やとかな。そぉいぅのを五十や百
盗ったかて荷物にもならんさかい、こぉいぅところが狙い目や。

■ちょ〜どえぇ、ここに節穴が開いてるわい……、ド新米●へッ■ちょっと
お前、こっからガミはれ●へぇ?■この節穴からガミはれっちゅうねん●こ
の節穴に紙貼りまんのん?■紙貼んねやあらへんがな、盗人の符丁じゃ、中
を覗き込んで調べる、偵察をするんじゃ、これを「ガミはる」ちゅうねや、
覚えとけ●あッさよか、ほんだらこっから覗いたらよろしぃんで?

 眼鏡屋の中の丁稚さん、これが感心な小僧でして、家の者が寝てしもてか
ら、気兼ねしながら店の間ぁへ出て来て、小さな灯りをとぼして一生懸命手
習いをしてましてな、お習字の稽古をしてたんです。

 表でゴソゴソ話し声が聞こえるっちゅうんで様子を伺ぉてると、どぉやら
泥棒仲間らしぃ。ここへ忍び込もぉとしてる。

 「こらいかん」と思たもんでっさかいな、遠眼鏡、遠いところを見る望遠
鏡は大き見えますわなぁ、それをガッとこぉ拡大鏡っちゅうやつにして突っ
込んだ、その節穴へ。

 ほで、自分はそのお習字をしてた筆でカ〜ッとこぉ髭を書きましてな、傍
らに寝てた猫をつかんでこぉ立ち上がった。

■覗いてみぃ●へッ……、か、頭!■何じゃい?●この家は化けもん屋敷で
す!■化けもん屋敷?●そ、そぉでっしゃないかい、髭むじゃの大入道が、
虎つかんで立ってまっせ■何を寝ぼけてけつかんねんアホ、そんなもんがど
こにあんねん……。ガンテツ、お前替わってガミはれ▲どけ、アホ……

 「人が替わったなぁ」と思たんで、今度は眼鏡を付け替えまして「将門眼
鏡」今でもあることはあるんでございます、ものが七つに見える。平将門と
いぅ人がね、七人の影武者を使こたといぅことろから「将門眼鏡」といぅ、
七つに見えるやつをガッと。

 慌てて、この髭を手拭で拭きますといぅと真面目な顔して、こぉお習字を
始めた。

▲俺がガミはったら、どけッ……■ガンテツ、どんな具合や?▲おっかしぃ
なぁ、こんな夜中やちゅうのに子どもが七人並んで手習いしてまっせ、寺子
屋みたいななぁこれ。ほんで、そばに一匹ずつ猫が付いてまんねんがなあれ。
おかしな猫やなぁ、一匹が背伸びしたら、みな揃ろぉて背伸びしてまっせ。

■お前ら、何を寝ぼけてんねん、どけッ。今度は俺がガミはったる……

 「あッ、頭が来たな」ちゅうんで、今度は望遠鏡を逆さまにしてこぉ節穴
にあてがいました。望遠鏡を逆さまにしたら遠ぉ見えますわなぁ、で自分が
こぉ担いでるもんやさかいに、自分の姿も消えてしもた。

(カ〜ン、カ〜ン、カ〜ン)■ん〜ん……●どぉです頭。化けもん屋敷だっ
しゃろ?▲頭、子どもが七人、手習いしてまっしゃろ?■いやぁ〜……、今、
何時ぐらいやろなぁ?▲へぇ、最前どっかの時計が三時を打ちましたがなぁ
■三時? ここの家へは入れんわい▲何でだんねん?


【さげ】
■奥へ行くまでに、夜が明けるわい。


【プロパティ】
 夢路いとし=本名、篠原博信。1925(大正14)年〜2003(平成15)年、享年78
   歳。昭和12年、実弟篠原勲(喜味こいし)と荒川芳丸に入門、荒川芳博・
   芳坊と名乗り翌年吉本興業に入り初舞台。昭和23年、夢路いとし・喜
   味こいしと改名「いと・こい漫才」で親しまれた。
 喜味こいし=本名、篠原勲。1927(昭和2)年11月5日生まれ。実兄夢路い
   としとともに「いと・こい漫才」で有名。
 石川五右衛門=安土桃山時代の伝説的な盗賊。1594年、子とともに釜煎(い)
   りの刑に処せられたという。浄瑠璃「釜淵双級巴(かまがふちふたつど
   もえ)」、歌舞伎「楼門五三桐(さんもんごさんのきり)」など多くの作
   品の題材とされた。
 熊坂長範(くまさかちょうはん)=平安末期の伝説的な盗賊。奥州に赴く金
   売吉次を襲い、かえって牛若丸に討たれたという。謡曲「熊坂」「烏
   帽子折」ほかにみえる。
 鼠小僧次郎吉=(1797〜1832)盗んだ金を貧乏人たちに施す「義賊」と呼ば
   れた大泥棒。
 襟髪=首の後ろの部分の髪。また襟首あたり。
 ぎょ〜さん=たくさん・はなはだ・たいへん。大言海には「希有さに」の
   転とある。「仰々しい」のギョウか?「よぉけ→よぉ〜さん」たくさ
   ん、の訛りかも?
 仙台小僧政五郎=?
 今までに盗みし金は身に付かず、身に付く金は今日のひと槍=江戸の三遊
   亭円窓師匠によれば鼠小僧次郎吉の辞世となっていて「今までに盗み
   し金は多けれど、身に付く金は今の錆び槍」と、わずかなズレ。
 ド新米=新米は「新前(しんまえ)」の転訛、まだ始めたばかりで、その事
   柄に慣れていない人。新参。未熟な人。ドは罵る意を強める接頭語で
   「奴」を当てる。ドアホ、ドスカタン、ドケチ。
 頭芋=親芋:里芋の地下茎にできる大きな塊茎。多くの子芋がつく。かし
   らいも。いもがしら。
 しょ〜もない=つまらない。くだらない。仕様もないの訛化。
 自転車=1892(明治25)年頃、イギリス人のボーンが日本で初めて自転車の
   曲乗りを大阪で披露した。以来、自転車の普及と合わせて、外国人曲
   乗り師が度々来日したことにより、自転車はサーカスに欠かせない道
   具の1つとなっていった。
 かなん=困惑する。適わない→適わん→かなん。
 けつかんねん=けつかる+ねん。るが撥音便変化したもの。けっかんねん
   とも。
 けつかる=居る。する。の意の下品な悪態口に用いる語で、ケツカルだけ
   でも「居やがる」の意であるが、さらに他の動詞に付いてその下品な
   言い方になる。サラス・クサル・ヤガルなどと同じ意に使用するが、
   この三つは動詞の連用形に付くのに対して、ケツカルだけはテに接続
   する。してケツカル。言うてケツカル。など。ケッカルともいう。
 音源:桂米朝 1998/01/05 新春米朝一門会(MBS)


【作成メモ】  ●参 照 演 者:main=桂米朝 sub=*  ●main高座記録日:1998/01/05  ●番  組  名:新春米朝一門会(MBS)  ●ファイル公開日:1998/10/31  ●江戸落語相当:めがね泥  ●更  新  日:2005/12/18  ●リクエスト数:rakug135  ●注 意 事 項:内容を削除、追加、改訂している部分があります。           記録日のmain演者によるさげを採用しました。

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