【主な登場人物】
蝦蟇(がま)の油売り
【事の成り行き】
フーテンの寅さんに代表される啖呵売(たんかばい)、香具師(やし)を見る
ことも少なくなりました。わたしが最後に見かけたのは中学生の頃、天王寺
公園の入口階段下の広場で「毒ヘビを使った傷薬売り」。ひと通り見るのに
小一時間は掛かろうかという、芸人真っ青の大熱演でした。
今も残っているのかどうか、新世界ジャンジャン横丁入口の「叩き売り」
も、聞いているだけで時間を忘れさせる魅力がありました。そう言えば、デ
パートなんかで催される実演販売も、この啖呵売の流れを汲むものでしょう
ね。今では「テレビショッピング」なんていうのが、何やら怪しげで見てい
て楽しいものです。特に洋物なんか最高です(1999/04/11)。
* * * * *
日本で代表的な大道商売といぅと「蝦蟇の油売り」でございます。格好が
変わっとりましてね、日本古来の紋付袴でございます。腰にはこの、刀を差
しましてね、額には鉢巻でございます。
昔はあれ、お侍がやってたのであぁいぅ格好なのかといぅと、そぉやない
んですて。あれは町のオッサンがですね、刀差してですね、侍に見せかけて
やってたそぉです。
幟(のぼり)をこぉ立てましてですね、ガマのワンポイントの絵を描きまし
てですな、わけの分からんうちに「蝦蟇の油」に入って行くわけですけれど
も。杖を一本持っておりまして、世間に対してすごい偉そぉに言ぅておりま
すが。
●さぁさ、ご用とお急ぎでないお方はゆっくりと聞ぃてらっしゃい。夜目遠
目笠の内、物の文目(あやめ)が分からん。山寺の鐘はゴォゴォと鳴るといえ
ども、童子一人(いちにん)来たりて鐘に撞木を当てざれば、鐘が鳴るやら撞
木が鳴るやら、とんとその音色が分からぬ道理じゃ。わしの口上も、聞ぃて
もらわぬと何のことかさっぱり分からぬ道理じゃ。
●さて、手前持ち出(い)だしたるこの棗(なつめ)の中には、一寸八分唐子発
条(からこぜんまい)人形が仕掛けある。喉(のんど)には八枚の歯車、背中に
は十二枚の小鉤(こはぜ)。これをこぉ地の上に置く時には天の光、地の湿り
を受けて陰陽合体いたし。ナツメの蓋をパッと取る時には、ツカツカツカと
走るのは虎の小走り虎走り、雀・駒鳥・駒返し、孔雀・麗鳥の舞い。
●人形の芸当は十ニ通りある。東西人形造りの名人数多(あまた)ありといえ
ども、ま〜ず京にては守随(しゅずい)、大阪表には竹田縫之助近江大掾藤原
朝臣(たけだぬいのすけおぉみのだいじょ〜ふじわらのあそん)。手前、持ち
出だしたるは竹田近江が津守細工、ただ今試してご覧にいれるが、その前に
ちょっとお断りしておくぞ。
●これをやって見せると、お立ち会いの中で投げ銭や放り銭をなさる方があ
るが、それはお断りをする。大道にて未熟なる渡世をいたすといえども、い
やしくも天下の浪人、投げ銭、放り銭を拾らうわけにはいかん。しからば、
投げ銭を拾らわずにして何を以って渡世するや、とお尋ねの方があろぉが、
手前、長年渡世といたしきたったは、これなる軍中膏(ぐんちゅ〜こぉ)、蟇
蟾酥(ひきせんそぉ)は四六の蝦蟇の油じゃ。
●四六、五六はどこで見分ける? 前足の指がこのとぉり、はい四本ある、
後(あと)足がこれ六本、これを名付けて四六の蝦蟇。この蝦蟇のおるところ
はこれより遥ぁ〜るか北にあたって、江州伊吹山の麓において、オンボコ・
車前子(しゃぜんし)といぅ露草を食ろぉ。
●この蝦蟇の油を採るには上下四方鏡張りの中に蝦蟇を追い込む。ロ〜ソク
を一本立てて灯を点ずれば、蝦蟇は鏡に映れる己の姿にうち驚き、総身より
タラ〜リ、タラリと脂汗を流す。この脂汗が鏡の表にこびり付きたるをばヘ
ラにてこき落とし、黄楊(つげ)の小枝を以って三七、二十一日の間トロ〜リ、
トロリと炊いて煮詰めたのが、この蝦蟇の油じゃ。
●赤いのが辰砂利(しんしゃり)、椰子(やしゅ)の油。テレメンテ〜カにマン
テ〜カ。効能は僅創(きんそぉ)には突き傷、切り傷、かすり傷。出痔、いぼ
痔、切れ痔、走り痔、痔一切にはことのほかの妙薬。ヒビ、アカギレなんぞ
は、いかに大ぉ〜きく口を開けたればとて、この蝦蟇の油をとってひと付け
付ける時にあっては、痕形も分からぬよぉに滑らかに治ってしまうぞ、お立
ち会い。
●まかり間違ごぉて、上唇と下唇に付けてごろぉじろ、口がピタッ……、と
塞がって、茶漬けは鼻から流さねばならぬぞ、お立ち会い。蝦蟇の油の効能
はそればかりかといぅと、そぉではない、まだある。第一に刃物の切れ味を
止める。
●手前持ち出だしたるは、鈍刀なりといえども家に伝わる一刀。抜けば玉散
る氷の刃(やいば)。お目の前において白紙(しらかみ)をもって試してご覧に
いれる。さ、もっと前へ来い、もっと前へ来い……、一枚の紙が、どぉじゃ
このよぉに二枚となる。二枚が四枚、四枚が八枚、八枚が十六枚、三十二枚、
六十四枚、百と二十八枚……
●春は三月、落花の形。比良(ひら)の暮雪(ぼせつ)は雪降りの態(てぇ)と、
このとぉりよく切れる刀じゃが。差し裏差し表へこの蝦蟇の油をとってひと
付け付ける時においては、白紙一枚が容易に切れない……。はい、このとぉ
り、刃が止まった。ほらどぉじゃ。
●いかに蝦蟇の油売りの面(つら)の皮が千枚張りじゃとて、刃物を持ってこ
すれば必ず切れる。それがどぉじゃ、お立ち会い。はいはい、このとぉり刃
が止まっておる。面の皮が信用できずんば、二の腕をもって試してご覧にい
れよぉ。
●もっと前へ来い、もっと前へ来い。引ぃて切れない、叩いて切れない、こ
のとぉり刃が止まった。はい、拭き取る時にはどぉかといぅと、鉄の一寸板
も真っ二つじゃ、ちょっと触ったばかりで……、ほい、ほ〜らほら、これぐ
らい切れるぞ、お立ち会い。
●いやいや、これしきの傷は何でもないぞ。血が出ればよく拭き取る、拭き
取ったあとへ蝦蟇の油をひと付け付ける時においては、痛みが去ってはい、
血が、ピタッ……、止まった。どぉじゃ、お立ち会い。どぉじゃ、どぉじゃ。
●はいはい、押すではない。分かったわかった、はいはい。いつもはひと貝
が十二文のところを今日は小貝を添えて、ふた貝で十二文。これだけしかな
いぞ、お立ち会い。買い外れては後悔先に立たずじゃ。どこにもある、ここ
にもあるといぅ品もんではないぞ……
●はいはい、そちら幾つじゃ? 二つお買い上げ、ありがとぉ。そちらは?
三つも。そちらも、こちらもお買い上げ、はい、はいはいはい……
「ありがとぉ、ありがとぉ、ありがとぉ浜村淳です」言ぅてる場合やない
ですが、目の前に置いてあったやつがスックリ売れてしまいましたんでね、
売れてしもたらもぉここで「お中入りぃ〜」休憩でございますね。
この蝦蟇の油の小父さんでございますが、お客さんの流れが変わるあいだ、
近所の炉端焼き屋に入りまして一杯やるんでございますが、たくさんに薬が
売れたんで懐が暖かい、一合が二合、二合が四合、四合が八合……、段々登
るはしご酒ちゅうんやそぉです。
もぉひと儲けしよぉと、前の場所に戻っては来ましたが、もぉヘベのレケ
レケで、酒が回って舌が回らんよぉになってます。
●「♪はは、へへ、ほほへ、はへ・ひふ・ほッ」あのぉ〜っ、聞ぃてくらさ
い。あのぉ、今からちょっとやりますので、聞ぃてくらさい、お願いします。
あのね、えぇ〜……、けして怪しぃもんやないですから、あのぉ〜、わたし
が言ぃたいのんわですねぇ、ご用とお急ぎの方ですけど。蝦蟇の油の取り方
を皆さんにちょっと聞ぃてもらおかいなぁっちゅうてね。
●み、見てくらさい、この蝦蟇ですけどね、普通の蝦蟇と違うでしょ、これ
が。どこがちゃうか言ぃますとね、指が変わってます、ちゃうんです、指が。
前足の指がですねぇ、えっと……、たくさんあるねんけどね、後ろがね……、
いっぱいあります。
●この蝦蟇がねぇ、鏡の前に置いたらですね、鏡に蝦蟇が写ルンです……、
ほたら蝦蟇が前に四つ写ルンです。へてからですねぇ……、後ろに六つ写ル
ンです、四六の蝦蟇です。ちゃうです、ちゃうちゃう、シロクゴロクは指の
数です。へてから指といぅ字が脂になって、油採れるです、これが蝦蟇の指
脂……、嘘ですでよぉ〜。
●本当に見てもらいたいんは、刀です刀、もっと前来てもっと前。え〜っと
ねぇ、抜けば玉散る氷の刃、危ないよ、紙で切れ味を見てもらおと思うんで
すけどね……、あのねぇつまりこの、一枚が、いちにぃ二枚。二枚が、いち
にぃさんしぃ四枚。四枚が、えぇ〜っと……、滅茶苦茶に切れる、お立ち会
い。春は三月でもぉ雪い〜っぱい。
●お立ち会い。おいッ、こっち来んかいッ! 引ぃて切れない、叩いて切れ
ない、このとぉり刃が止まるといぅことを皆に言ぃたい……、えぇ? 切れ
てます? 馬鹿なことを言ぅんやありませんです。蝦蟇の油付けてるのに切
れるはず……、あぁ〜ッ、い、痛たぁ〜ッ、切れてるじゃあ〜りませんか。
●ちょっと待った、ダイジョ〜ブやっちゅうねん、これぐらいの傷は大丈夫。
血が出ればよく拭き取る、っちゅうことです……、血が出れば、よく拭き取
る……、拭き取ったあとへ蝦蟇の油を……、よく拭き取る……、拭き取った
あとへ……、よく拭き取る、滅茶苦茶拭き取る……
●痛たぁ〜ッ、痛たぁ〜ッ、血ぃ、血ぃ、血ぃ、血ぃ、痛たぁ〜ッ!
【さげ】
●済んませ〜ん、誰か血止め薬持ってませんか?
【プロパティ】
夜目遠目笠の内=女の人の顔は、うす暗い場所や遠くから見るときや、笠
をかぶっているすきまからだと、ちらりと少し見えたときは実際より
きれいに見えるものだ。
文目(あやめ)=物事の道理。筋道。物の区別。
童子=寺にいて、八歳以上二〇歳未満で、剃髪得度せず、仏典学習のかた
わら種々の雑務を行う者。
棗(なつめ)=ナツメの実形の薄茶器。素地は挽き物・乾漆・竹・紙などで、
黒漆塗りが最も多い。木地のものもある。形は、大・中・小・尻張り・
胴張り・河太郎などさまざま。
唐子(からこ)=中国風の髪形や服装をした子供。
発条(ぜんまい)=弾性に富む鋼を薄く細長くして渦巻状に巻いたもの。巻
き締めてのち元に戻ろうとする力を利用して時計や玩具などを動かす。
小鉤(こはぜ)=足袋・脚絆・帙(ちつ)などの合わせ目を留める爪形のもの。
また、金属板で屋根を葺く時の板の接ぎ方。板を互いに折り返し、折
り返しどうしをひっかけてつなぐ方法。こはぜつぎ。
駒鳥(こまどり)=スズメ目ツグミ科の鳥。全長14センチメートルほど。全
体が赤褐色で、腹は白い。ヒンカラカラとさえずる声が馬のいななき
に似ているのでこの名があるという。夏鳥として各地に渡来し、亜高
山帯の森林の笹やぶなどで繁殖する。冬は中国南部で過ごす。鳴き声・
姿からウグイス・オオルリとともに三名鳥とされる
駒返し=登山道で、道が急に険しくなり、乗ってきた馬を引き返させて、
徒歩になる地点。また、寺社などで馬を下りる場所。馬返し。
京の守随(しゅずい)=?
竹田縫之助近江大掾藤原朝臣(たけだぬいのすけおうみのだいじょうふじ
わらのあそん)=竹田近江:初代竹田近江は阿波の生まれ、江戸在住
のころ子供の砂遊びから砂時計を考案、京都に住まいを移し唐操偶人
(からくりにんぎょう)を制作、1659(万治2)年、近江大掾の称を与え
られる。1768(明和5)年、破綻し近江を他家に譲り、以降竹田縫之助
(四代目)を名乗る。1870(明治3)年、八代目竹田縫之助没、直系断絶。
1894(明治27)年、栃木県桐生に十一代目竹田縫殿之助清兼と称する者
が現われる。
竹田カラクリ芝居=1662(寛文2)年、大阪道頓堀に竹田機関(からくり)座
を創設。1768(明和5)年、人気の陰りにより閉座。
津守細工=津守は「近江の津守」と「つもり」作り物であるが本物のよう
なつもりになる、を掛けてある?
蟇蟾酥(ひきせんそ)=蝦蟇の耳下腺・皮脂腺から取れる分泌物を固めたも
の。モルヒネを凌ぐ鎮痛作用があり、また局所麻酔作用、止血作用も
認められる。
軍中膏(ぐんちゅうこう)蝦蟇の油=筑波山の中腹にある中禅寺の住職・光
誉上人が大坂夏の陣に徳川方として従軍、戦傷者の手当てに使った陣
中薬がそのはじめと伝える。近年では山田屋薬局がエピネフリン液、
紫根、ホウ酸、酸化亜鉛、ミツロウ、オリブ油などを成分とした製品
を作っていたが1998年倒産した。現在お土産として売られている「ガ
マの油」はハンドクリームのようなもので医薬部外品。
伊吹山=滋賀県と岐阜県の境にある山。伊吹山地の主峰。海抜1377m。全
山ほとんど石灰岩。薬草や高山植物に富む。
オンボコ=車前草(おおばこ):オオバコ科の多年草。葉は根生して地に伏
し、卵形で、数本の縦脈が目立つ。夏、葉間から20センチメートル内
外の花茎が出て、白色の小花が穂状に密集してつく。葉・種子を利尿・
咳止め薬にする。シャゼンソウ。オンバコ。カエルッパ。
車前子(しゃぜんし)=オオバコの種子を用いた生薬。古くから利尿・鎮咳・
健胃剤などとして用いられる。
黄楊(つげ)=ツゲ科の常緑小高木。暖地の山地に自生し、また庭木とされ
る。枝はよく分枝する。葉は対生し、楕円形で革質。雌雄同株。春、
葉腋に淡黄色の小花を束生。果実は楕円形の果。材は黄色で堅く、櫛・
印材・版木・将棋の駒などにする。
辰砂(しんしゃ)=〔中国の辰州で産する砂の意〕水銀の硫化鉱物。六方晶
系。結晶片は鮮紅色でダイヤモンド光沢がある。多くは塊状または土
状で赤褐色。低温熱水鉱床中に産し、水銀の原料、また、朱色の顔料
として古くから用いられてきた。有毒。朱砂。丹砂。丹朱。
椰子の油=アブラヤシの実から摂った油、パーム油はカロテノイドを多く
含み赤い色をしている。
テレメンテーカ=(ポルトガル語)テレピン油。松ヤニを精製して作る。
医薬品の原料。
マンテーカ=(ポルトガル語)豚の脂。ラード。
抜けば玉散る氷の刃=江戸時代の読本『南総里見八犬伝』に登場する村雨
と称する架空の刀剣は、鞘から抜くと刀身に露が浮かぶと言われる。
比良の暮雪=近江八景のひとつ。栗津春嵐・瀬田夕照・三井晩鐘・唐崎夜
雨・矢橋帰帆・石山秋月・堅田落雁・比良暮雪。
差し裏=腰に差した刀の鞘の内側。体につく側。⇔差し表
ひと貝=貝:膏薬を数える数詞。膏薬を入れる容器としていたことから。
ありがとぉ浜村淳です=大阪のMBSラジオ(毎日放送)の朝の番組。1974
年4月8日に始まり、現在なお放送中の長寿ラジオ番組。総合司会を
浜村淳が勤める。
すっくり=すっかりの行訛。すっきり。そっくり。さっぱり。きれいに。
残らず。全部。すべて。
写ルンです=1986年登場の富士写真フイルムのレンズ付きフィルムカメラ。
じゃあ〜りませんか=吉本新喜劇、チャーリー浜のギャグのひとつ。
音源:桂雀々 1996/12/13 枝雀寄席(ABC)
【作成メモ】
●参 照 演 者:main=桂雀々 sub=*
●main高座記録日:1996/12/13 ●番 組 名:枝雀寄席(ABC)
●ファイル公開日:1999/04/11 ●江戸落語相当:*
●更 新 日:2006/10/22 ●リクエスト数:
●注 意 事 項:内容を削除、追加、改訂している部分があります。
記録日のmain演者によるさげを採用しました。
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