【上方落語メモ第6集】その269

竹 の 水 仙


【主な登場人物】
 宿屋の亭主  客  肥後・細川の殿様  家来・大槻玄蕃(げんば)

【事の成り行き】
 ウェッブの世界はまだまだ始まったばかり、現在のところソフトの充実よ
りもハードの追いかけっこが先行しています。ついこの間まで ISDN が先頭
を走ってたと思っていたのに、いま時代は ADSL なのだそうで、次には各戸
光ケーブル引き込みが控えているとか。

 これもいずれ成熟すればコンテンツの中身、ウェッブを利用して何を行う
かが問われるようになるのでしょう。そのとき、ウェッブ界にこの人ありと
称される巨匠、名人が出てきてマウスをごにょごにょ、キーボードをカタカ
タっと叩けば、デザイン料何千万円の仕事が出来上がる。そんな光景が目に
浮かびます。

 やれデジタルだ IT だと言ったところで作り上げるのは人間の手、最後に
は技術屋さんの論理世界ではなく、一番微妙な芸術感覚がものを言う世界だっ
た。てなことになってしまうのかも。

 ♪包丁一本 サラシに巻いて…… 月の法善寺横町やないですが、ノート
パソコン一台小脇に抱えてインターネット修行にでも出よかいなと思ってい
る今日この頃です。

             * * * * *

 大津の宿は近江屋佐兵衛といぅ宿屋さん、今日も朝の早よから下の方では
夫婦喧嘩の真っ最中……

▲ちょっとあんた、あんたて。二階のあの客、今日でもぉ十日になるシ。えぇ
かげんで宿賃もろたらどないだんねん■アホなこと言ぃなや、十日泊まろぉ
が二十日泊まろぉが、立つときに宿賃もらうっちゅうのが昔からの宿場の決
まりやないか▲そんなこと分かってますわいな。せやけどわたい、あの客来
たときからムカムカしてんねんわ■何をそない怒っとるねん?

▲何を? せやないかいな、汚い恰好して物言ぅときかて偉そぉ言ぅて「酒
呑ませ、酒呑ませ」あんた、あいつが何ぼほど酒呑むんか知ってるのんか。
朝一升、昼一升、晩一升、寝酒に一升、夜中に一升。日に五升も酒くらいや
がってから……

▲酒のアテかてそやないか、タイ出せ、ヒラメ食わせちゅうて、竜宮城みた
いにぬかしやがるねん。お金はちょ〜っとも入ってけぇへん、出ていくばっ
かり。せやからうちにあるもんみな切れてしもたシ。米切れた、味噌切れた、
醤油切れた。切れへんのは台所にある包丁とわたいとあんたの腐れ縁。

■よぉ〜しゃべるなぁ……、分かった分かった、行て来たらえぇねんやろ、
うるさいガキやなぁホンマに……

             * * * * *

■あのぉ、お客さんお早よぉさんでおます●これわ、宿屋のご亭主お早よぉ
さん。で、何ぞ用事かえ?■へっ、あのォ〜あんまり言ぃたいことおまへん
ねんけど……●ほな、やめときなはれ■そぉいぅわけにはまいりませんのん
で……、うちにお泊りいただいて十日になりまんねん。このへんでいっぺん、
宿賃の勘定をさしていただこと思いまして……

●もぉ十日になりますか? そら宿賃払わないかんなぁ。で、何ぼになる?
■へぇ、十一両二分でおます●十一両二分、安いなぁ……。毎日毎日、あれ
だけの贅沢をさしてもろて十一両二分といぅのは安い■そら、うちは勉強さ
していただいとりますのんで●安い。安いことは安いが……、金が無い。

■せやろと思た……、「安い、安い言ぅ奴に払ろたためし無い」ちゅうけど
ホンマやなぁ……。ほな、宿賃どないすんねん!●そないに大きな声を出し
なさんな。宿賃を払う段取りをしょ〜か■段取り? 段取りて、お前どない
すんねん?

●このあたりに竹薮はないかいな?■竹薮? うちの裏が竹薮になったるわ
いな●ん、そらちょ〜どえぇなぁ。ほな済まんけど、ノコギリ一丁貸してく
れるか。それからおまはんも一緒に付いてくるよぉに、そこで宿賃を払お。

■ん〜〜〜? ノコギリ、竹薮……、ははぁ〜〜ん……。お前、わしをバラ
バラにして埋めるつもりやな?●そんなアホな。おまさんを傷つける、宿賃
を払わん、そんなことするかいな。とりあえずだま〜って付いて来てくれた
らえぇさかい。

 二階の客に言われるままに竹薮へやって参ります。あっちの竹、こっちの
竹と色々と調べてみましたところ、両の手指を回したぐらいの孟宗竹といぅ
やつを宿の亭主に切らせますと、自分の部屋へ持って帰って何やらコツコツ
と作り出しよった。

 丑三つと申しますから、ただ今で言ぃますと真夜中の一時か二時……

●ご亭主。ちょっとわたしの部屋まで来ていただけますか。ご亭主……ちょっ
と私の部屋まで……寝てるところを起こしてすまなんだなぁ。宿賃の段取り
が出来た……。これや■ふぁ〜ぅ〜ぁ〜〜あぅ〜〜ッ、殺生ょ〜だっせ人が
寝てるとこ…………、何でんねんそれ?

●見て分からんか? 竹でこしらえた水仙のつぼみや■??? そんなもん
どないするねん?●どないする? これを売って宿賃を払お■お前、だいぶ
ん頭抜けてるなぁ。そんなもん売っても一文か二文やないか……●アホなこ
と言ぃなや。おまさんとこの払いは十一両二分やないか、一分や二分で売っ
たりするかいな。とりあえず私の言ぅた通ぉりにしてくれるか。

●桶にいっぱいの水を張って、この竹でこしらえた水仙のつぼみを放り込む。
で、表へ出して「売りもん」といぅ札を下げとく。朝には必ず買い手が付く
さかい、買い手が付いたら宿賃払お■買い手が付いたら……「たら」かいな。
「たら」ちゅう言葉ほどアテにならんもんないねん……、まぁえぇわ、とり
あえずお前の言ぅ通りしとくさかい。

 気のえぇ宿屋の亭主、桶にいっぱいの水を張って竹でこしらえた水仙のつ
ぼみを放り込む。表へ出して「売りもん」といぅ札を下げて自分はゴロっと
横になって寝てしまいます。

 明け方と申しますから五時か六時、向こぉの方からやってまいりましたの
が、肥後熊本五十五万五千石、細川越中守の大名行列。行列の先頭には「先
触れ」といぅお方がおりました。大槻玄蕃といぅお侍、顔中がこぉ髭だらけ
の恰幅のあるお方ですが、いかんせん、近眼(ちかめ)で慌て者(もん)ときて
おりまして、

★下にぃ〜、下に……、下にぃ〜、下に……。これ、二階から足を出してお
る町人、失礼であろぉ、足を引っ込めい。下にぃ〜、下に……、これ、聞こ
えぬか。二階から足を出しておる町人、足を……二階から……、ん?、足袋
屋の看板か?

 お殿さんの駕籠がちょ〜ど宿屋の前へ差し掛かったとき、お日さんが昇り
まして朝日がツ〜〜ッと差してまいりました。どぉいぅ細工がしてあったの
か分かりませんが、竹でこしらえた水仙のつぼみ、朝日が当たりますといぅ
と「パチッ」といぅ音を立てて綺麗な花が咲きます。

 あたり一面には何とも言えんえぇ香りがただよぉております。「駕籠を止
め!」お殿さんのひと声で、大名行列がピタッと止まる。

◆大槻玄蕃、居らぬか? 玄蕃★ははっ、お呼びでございますか◆あの宿の
表に出ておる竹で作った水仙の花、買い求めてまいれ。余は本陣宿にて待っ
ておる。よいな。

 大名行列はそのまま本陣宿へと行てしまいます。あとに残ったのが大槻玄
蕃といぅお侍で、

★ホンマにもぉ、うちの殿さん変わってるなぁ。あんなもん買ぉて来いやて、
あんなもん欲しかったら、わしが何ぼでも作ったるのに……。亭主、許せよ
■へっ、これはお侍さん。なんぞご用で?★拙者、細川の家中で大槻玄蕃と
申す。表に出ておる竹で作った水仙の花買い求める、値(あたい)はいかほど
じゃ?

■へ?★聞いておらんのか。表に出ておる竹で作った水仙の花買い求める、
値はいかほどじゃ?■あたい? あたいはわたい……★値段は幾らじゃと申
しておる■値段でっか、それやったら作った奴が二階に居りますんで聞いて
まいります。どぉぞこちらの方でしばらくお待ちを……

             * * * * *

■おい、喜びや。買い手が付いたで●ほぉ、で、どんなやっちゃ?■どんな
奴? 聞こえたら怒られるで、お侍さんやがな。しかも肥後熊本、細川越中
守様●ん、越中が来ましたか……■フンドシみたいに言ぃないな。聞こえた
ら殺されるで。けどおまえ、えぇ仕事するなぁ。表出したときつぼみやった
んが、いま見たら綺麗な花が咲いてるがな。竹で作ったもんに花が咲くてな
こと珍しい……、相手侍や、ちょっと高こ売ろか? 一両ぐらいで売ろか?

●……一両では売れんなぁ■やっぱりなぁ、えぇとこ一朱か……●そやない、
一両では安ぅて売れんなぁ。ほかの大名なら三百両と言ぃたいところじゃが
相手が越中のこっちゃさかい、二百両に負けとこか■お前が言ぅてこい、お
前が。とてもやないがよぉ言わんで、竹で作った水仙が二百両「法外なこと
を申すな」相手は侍やで、長いもん持ってるねんで、ズラッと抜いてバサッ
と落されたさかいいぅて、秋になっても生えてこんで。

●何ぼ侍じゃからいぅて、そんな無茶はせん。せいぜい二、三発どつかれる
ぐらいや■それが嫌やがな……、どぉしても行かんならんのん。悪い客泊め
てしもたなぁ、宿賃もらわんならんし……

■へ、お待っとぉはんで★いかがであった、値は?■怒ったらあきまへんで、
怒らんと聞いとくなはれな。もし怒ったときは、怒りをグ〜っと拳に貯めて、
二階へトントントン、襖開けて客の頭をゴン……★何を申しておる、値はい
かほどじゃ?■ほ、ほかの大名なら「さんふぁうりょお」ぐらいやなぁちゅ
うて……

★その方、飯を食っておらぬのか、はっきりと申せ■ほかの大名ならもっと
欲しいところやけれど、相手が越中のこっちゃさかい★何? 越中?■わた
いが言ぅたんやおません、二階の客が言ぅとりますんで……、相手が越中な
らこれでどぉかと★ん、二十文か?■……に、に、に、ますます話がしにく
なった……、に、に、二百両。

★な、何? たかが竹で作った水仙の花が二百両とは……、法外なことを申
すな■い、痛い。い、痛ったたたた。

             * * * * *

■みてみぃ、どつかれたがな。どつかれても買ぉてくれたらえぇで、どつか
れるわ、帰られるわ、えらい損やがな●心配せんでもえぇ、今の侍、またこ
こへ帰って来る■何しに帰って来るねん?●「亭主、先ほどはすまなんだ、
物を見る目が無かった。金はこの通り持ってきた、分けて欲しい」とな■ホ
ンマかいな、お前の話聞いてたら風呂の中で屁ぇ踏んだよぉななぁ。ホンマ
に戻って来るのんかいな。

 いっぽぉ大槻玄蕃、二百両と言われてムカムカしよって「何が二百両や、
あんなもんが二百両で売れんねんやったら、この道の両側、竹細工屋でいっ
ぱいになるがな」……

★殿、ただ今帰りました◆ご苦労であった、近こぉ。いかがであったな、竹
の水仙★それが、先方が申すします値段、少々高いよぉに思いますので……
ひとまず買わずに帰りました◆さもあろぉ、いかほどじゃ?★はっ……アホ
らしぃてよぉ言わんで、宿屋の亭主の気持ちがよぉ分かる◆何じゃ? いか
ほどじゃ?

★えぇ〜、ほかの大名なら◆ん、ほかの大名ならば何とした★ほかの大名な
らばもっと欲しいところなれば、相手が……、相手が◆相手が?★相手が越
中なら◆何?★わたくしが申しておるのではございません。向こぉが申しま
すので、相手が当家ならこれでどぉかと……

◆ほかの大名ならもっと欲しいところじゃが、相手がこの越中なればこれで
どぉかと言われたか。そぉであろぉ、二万両か?★えぇ、えぇ〜〜ッ、えぇ
〜〜っ。どないなったぁるんやぁ。いえ、あの、二百両。

◆何と? 二百両? その方、二百両が高いと買わずに帰りおったか。千両、
万両積もぉが気が向かねば作ってくれぬ名人の品、もぉ一度戻って買い求め
てまいれ。買って帰ればそれでよし、もしも買わずに帰ったときは、家は断
絶その身は切腹……

★は、ははっ〜〜〜ッ

             * * * * *

■き、来たがな。ホンマに帰って来たがな。今度はそぉ簡単に売ったれへん
ねやさかい……★亭主、先ほどはすまなんだ。物を見る目が無かったんじゃ、
金はこの通り持ってきた。もぉ一度分けてくれ、頼む。この通りじゃ……

■分けてやってもえぇけど、最前とちょっと事情が変わった★……足元見や
がって……、どない変わった■最前二百両やったけども、お前わいの頭どつ
いたなぁ。あれ痛かったんや、どつき賃に百両増えて三百両★さ、三百両。
よぉそんな無茶なこと……

 と言ぃながらも大槻玄蕃、命には代えられません。三百両といぅ金を置い
て竹の水仙を持って這ぉ這ぉの体(ほうほうのてい)で帰って行きよった。あ
とに残ったのが、この三百両と宿屋の亭主。

■えらいもんやなぁ、わずか一文か二文やと思てたもんが三百両で喜んで買ぉ
て行きよったがな。といぅ事はあれはえぇ品もんや。あのえぇ品もん作った
二階のあの客、あらただもんや無いで……。とりあえずご機嫌伺いに行って
こぉ……

■へ、お客様。ご機嫌はおよろしゅうござりますかいな?●コロッと変わっ
たがな。どや、売れたかな?■へっ、この通り三百両で●何、三百両で売れ
た。わたしの言ぅたんは二百両や、百両はどないした?■……そのォ〜、さっ
きのどつかれ賃ちゅうことで、上乗せ……、いけまへなんだ?

●いかんことは無い。あんたの儲けじゃ、取っといて■えっ、いただいてよ
ろしいのん? 百両全部?●取っといてくれたらえぇ。それから、別に二十
両。これは宿賃としてな。多かったらお上さんに着物の一枚でもこさえてやっ
とぉくれ■さよか、おおきありがとさんで、ぎょ〜さんいただきまして。

■わたいなぁ、こんな商売しとりましても世間のことに疎とおましてなぁ、
さぞかし名の有るお方やと思いまんねんけど、お名前を聞かしていただくわ
けにまいりまへんやろか?●何? わたしの名前? 名乗るほどのもんでも
ないが、これも何かの縁じゃろ聞いてもらお。わたしは飛騨高山の左甚五郎
じゃ。

■わ、わ、わ、わぁ〜〜。あんさんがあの有名な甚五郎先生でっかいな。甚
五郎先生やったらあれぐらいのもん作るのん、何ともおまへんやろ……、さ
よか、じん五郎先生でっか。けど、うちの嬶(かか)ぼやいてましたで「先生
日に五升から酒呑む……」ちゅうて。

●それを言われると辛いなぁ■なんの辛いことおますかいな。先生やったら
五升が、一斗でも呑めまっせ●??? ん? 何でじゃ?■そぉかて、先生
のご商売、大工さんでっしゃろ……


【さげ】
■のみ口がしっかりいたしております。


【プロパティ】
 左甚五郎=(1594−1651)江戸初期の大工・彫刻師。播磨の人。徳川家の造
   営大工の棟梁。日光東照宮の眠り猫、上野東照宮の竜はその作と伝え
   るが定かでない。なぜ酒好きなのかというと、左利きだそうで……
 玄蕃(げんば)=律令国家にあった玄蕃寮という役所の玄蕃助という官職を
   名前のように使っている。(By Emura さんより) つまり三太夫(貴族・
   大名などの富貴の家で家事・会計をあずかる男の通称。家令。家扶。
   執事)と同じようなものらしいです。



【作成メモ】  ●参 照 演 者:main=桂梅団治 sub=*  ●main高座記録日:2001/04/22  ●音  源  名:なみはや亭(ABC)  ●ファイル公開日:2001/07/08  ●江戸落語相当:*  ●更  新  日:2001/07/22  ●リクエスト数:rakug269  ●注 意 事 項:内容を削除、追加、改訂している部分があります。           記録日のmain演者によるさげを採用しました。

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