【上方落語メモ第6集】その272

紀 州 飛 脚


【主な登場人物】
 飛脚(町飛脚)  狐  旦さん

【事の成り行き】
 噺の数も三百に近くなりますと、どうしても艶噺(ばればなし)を紹介する
機会が増えてきます。例によって小さなお子様及びお子様並みの精神しか持
ち合わせてない方は先へ読み進まないよう警告いたします。

 艶笑落語を聞いていてつくづく思うのですが、どうしてこんなに人間的な
おおらかな噺を閉じられた狭い空間でしか演じられないのか? もっとおおっ
ぴらに世間の空気にさらしても何の不都合ないのに……。

 また、演じられる方も限られてるような気がしてますんですけど、若手噺
家さんはこの手の噺はお勉強されないんでしょうかねぇ? まぁ、勉強して
も現状、紹介する場が無いといぅのは辛いところでしょうけども。

             * * * * *

●えぇ〜、こんにちわ■まぁこっち入り、急な用事ができて呼びにやったん
やが●そぉだんねん、わて家でボ〜ッとしてましたらな「急ぎの用事やさか
い早よ来い」いぅんで飛んで来ましてん。急ぎの用事っちゅうたら何でおま
んねん?■急に呼び立ててなんやが、和歌山まで行ってもらわんならん用事
がでけてな。

●和歌山まで、何しに行きまんねん?■ちょっと届けてもらわんならん手紙
がでけたんで用意したぁる。あんた、この町内で足の早いのが自慢やと聞い
てるんでな、急ぎの手紙届けてもらお思てな●さよか、ほなこれから家帰り
まして支度をして早速に出かけますわ■いやいや、それでは具合悪い。急ぎ
に急いでる仕事や、呼び立てといてえらい悪いが、今からすぐに出かけて欲
しいと思うのやが……

●あ、さよか、今からすぐにでおますか。わたしゃかまやしまへんけど……
手紙こっちお預かりさしてもろて。ほな、これから早速に出かけさしてもら
いまっさかい■待ち待ち、紀州和歌山まで歩いていくのやないで、急いでん
ねんさかい走って行ってもらいたいで。

●へぇ、わかってまんがな。わたい走ることにかけては覚えがおますよって、
自信がありますわい。わたい、この町内で走りにかけては「韋駄天」とあだ
名をとってまんねんやさかい、絶対大丈夫■絶対大丈夫はえぇけど、走るな
ら走るで走るらしぃ恰好してくれな困るがな。着物がゾロゾロしてたんでは
走りにくかろ? 走りやすいよぉに尻からげの一つもして……

●はぁ〜、尻まくりをねぇ……。尻からげしますか?■しますか? て、尻
からげせなんだら、走りにくかろが?●へぇ、まぁ、してもせんでも一緒で
すけど、尻からげせぇと言われりゃからげますが……、からげますと……、
覗きよるんですが■何が?●いえね、尻からげすると覗くんですが……

■覗くて……、お前、男のくせにフンドシしてへんのか? フンドシ忘れて
きたんか? フンドシ無し?●せんことおまへんねんけど、フンドシしたか
て何の役にも立てしまへんねん。横からドッデ〜〜ンとね■??……、よっ
ぽど大きいねんな、横からドデンと出るか?

●へぇ、こないだ風呂で体洗ろてたんだ。ほな後ろから「喜ぃさん」ちゅう
さかい「へぇ」立とと思たら己のん踏んでボ〜ンとこけてね、踏んだ痛さと
こけた痛さと……さっぱわやや■……? よっぽど大きい?●へぇ、せやか
ら皆笑いよりまんねんがな「ドッボ〜〜ン」や言ぅて■何やねんその「ドッ
ボ〜〜ン」ちゅうのは?

●普通、男が風呂入るとき……、右足から入るか左足から入るか知りまへん
けど、入る音がドボン、ドボン、チョポンですわなぁ。わてらドボン、ドボ
ン、ドッボ〜〜ン■そんなアホな、そんな大きな音がするかいな●わてのは
大きまんねんがな■……、難儀やなぁ。尻からげしたらそれが出るんかいな?

●へぇ、出まんねんがな■ほな、上向けて帯でキュッと括っといたらどない
や●そらあきまへん、上向けて帯で括ったら、わて喉突きまんがな。うつ向
かれへん■難儀なもんやなぁ……、横向けて括ったらどやろか●横向けたら、
袖口から顔出しまんねん■蛇じゃがな、まるで。何とか方法ないのんかい?

●そぉでんなぁ……、せや、四つに折って帯へ挟みまひょか■手拭じゃがな、
それでは……。まぁ、どないしょ〜とお前の勝手や、えぇよぉにしたらえぇ
がな。とにかく急ぐねんさかい走って行ってくれな困るで●よろしま、心得
ました。こぉなったらヤケクソだ、尻からげでも何でもして走って行きまっ
さかい、任しといとくなはれ。

 ポイッと表へ出ます。さぁえらい事引き受けた、フンドシがありゃキュッ
と締め付けとけるんやけど、ブラブラしてしょ〜がない。と言ぅて、尻から
げして走らんわけにいかん。「そや、みぎひだり振りもって走ったろ」大胆
なことを思いついたもんで、大きなやつを両手で抱えると右、左振りながら
「や、ドッコイさぁのさぁ〜♪」

             ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

●ドッコイさぁのサ♪ ドッコイさのこらさの、ドッコイさぁのサ♪ ドッ
コイさのえっさサ、えっささのよっとサ♪ ドッコイさのえっさサ……

 一生懸命走って来よったんですが、走ってる途中でションベンがしとなり
やがって、

●えらいことしたなぁ、走る前にしときゃよかったなぁ……、急ぐ手紙や言ぅ
し、ションベンする間立ち止まってたらいかんし「ションベン一町、糞八町」
ちゅうことがあるわい、ションベンしてる間に一町走れるちゅうんやさかい
なぁ、こぉなったらしょ〜ない、走りながらしてこましたろ……

 ズボラな奴があったもんで、振り回しながら、

●じゃじゃジャジャ、じゃっジャ♪ じゃじゃジャジャ、ジャ♪ ドッコイ
さぁのサ♪ ドッコイさのこらさの、ドッコイさのサ♪ じゃじゃジャジャ、
じゃっジャ♪ じゃじゃジャジャ、ジャ♪ ……

 まるで散水車が走って行くよぉなあんばい、やりながら走ってる方はよろ
しぃんですが、片一方の草むらに劫(こぉ)経た狐が一匹昼寝しとったんです
なぁ。こいつの頭の上から「じゃじゃジャジャ、じゃっジャ♪」と掛けとい
て行ってしまいよった。

 飛脚の走っていく跡をジ〜ッと眺めた件(くだん)の狐、

▼悪いやつなぁ〜。♪かりにも〜稲荷の遣わしめ、狐の〜長(おさ)なるこの
わしに、不浄のものを〜掛けるとは、おのれ〜憎っくきあの飛脚、帰り道を
ば〜覚えておれ。

▼チョマ公、ちょっとこっち来い★何やお父っつぁん?▼狐の長のこの俺に
頭からションベン掛けて行きやがった★悪いやっちゃなぁ、お父っつぁんの
頭にションベンひっ掛けて行きよった? 何とか仕返ししたらんと腹の虫が
収まらんなぁ。

▼そや。それで俺が一計を巡らしたんや。えらそぉに「男一人前」てな顔し
やがって、大きなもんを振り立て振り立て行きやがった。あの大きいのんを
自慢さらしてけつかるに違いないさかいな、あれを喰いちぎったろ思うねん
★お父っつぁん、あんなもん喰いちぎれるか?

▼ただ振り回してるやつに喰いついたかて勝負にならん。そこは我々狐には
神通力といぅもんが授かったぁる。お前が俺の股ぐらへ入って、二人で肩車
するよぉな恰好で上下対になってお姫様に化けんねん。ほんで、俺が上の顔
になるさかい、チョマ公下でお前の口を下の口にするねん。

★ほぉほぉ▼ほんで、色仕掛けで誘い込むとやなぁ。あのガキが自慢のもん
をお前の口の端(はた)へ持って来よるさかい、そこんとこをガブッとかぶり
ついたらえぇねや★な〜るほど、これならうまいこといくに違いないわ。お
父っつぁん、それやってこましたろ。

▼そぉなったら、それらしぃよぉにせなどんならん。お姫様一人がこんなと
こへ立ってたらおかしい、侍女やとか奴(やっこ)やとかそれらしぃのんこし
らえんならんさかい、眷属(けんぞく)のもん一同、俺が呼んでる言ぅて呼び
集めてこい★心得た、よっしゃガッテン承知のスケ。

 眷属一同呼び集めました狐の長が、用意おさおさ怠りなく大きなお屋敷を
こしらえて待っておりますとこへ、そんなこととは露知らん件の飛脚、先方
へ手紙を届けました帰り道、今度はさして急がんでもえぇといぅんでノ〜ン
ビリ走って来よった。「や、ドッコイさぁのさぁ〜♪」

             ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

●ドッコイさぁのサ♪ ドッコイさのこらさの、ドッコイさぁのサ♪ ドッ
コイさのえっさサ、えっささのよっとサ♪ ドッコイさのえっさサ……
???…… おかしな具合やなぁ? 往きしな、こんなとこにお屋敷あった
かいなぁ?

 街道筋に面しまして武家屋敷とおぼしきお屋敷、大きなご門。武家屋敷の
ご門には水撒き奴がつきもん、お芝居の序幕と一緒でございます。一人が箒
を持って木の葉を掃き、一人が柄杓を持って水を撒いております。

▲掃けども掃けども落ち来る木の葉、なんと久内(きゅうない)うざといこと
ではないかいな◆そぉさ、可内(べくない)ぼやくまいぼやくまい。木の葉が
散るで己やわしらの役目があるといぅもの。おおかた表どもが片付いた様子、
番小屋へ引き上げて、一休みとでかけよか?

▲そんなら可内◆そんなら久内▲俺に付いて、ま、こぉ〜来いやい……

 門の中へ入ってしまいよる。「往きしな、こんなもんなかったと思うが道
を間違ごぉたんかいな? どないしたもんかいなぁ?」アホめがボヤ〜ッと
立っとりますと、

▼あのぉ、もぉ〜し●へぇ?▼もぉ〜し、飛脚殿●わ、わたいでおますか?
見りゃ、紫矢絣に縦矢の字、御殿のお女中とおぼしきお方、何ぞわたいにご
用でも?▼このよぉなお使い、はしたないと思し召さずに話をお聞きくださ
りませ。実はこのお屋敷のお姫様が道行くこなたにご懸想(けそぉ)あそばし
まして……

●へぇへぇ、このお屋敷のお姫さんがお化粧あそばしたんですか?▼化粧で
はございませぬ。ご懸想●ははぁ〜、後家相か嫁入り出来るか人相見てくれ
と? わて、あんまり人相の方は得意やおませんねやが……▼そぉではござ
いませぬ。こなたにご懸想あそばしまして……

●何でおます? 今、わたし自分に都合のえぇよぉに聞こえたよぉに思いま
んねんけど、もぉいっぺんおっしゃっていただけまへんか? ……へぇ、ほぉ
この家(や)のお姫さんが私に……、ご懸想あそばされた? ひょっとしたら
惚れるといぅ意味のご懸想? ホンマでっか? こんな大きなとこのお姫さ
んが、わいに惚れはるてな……、夢やないらしぃなぁ……

●「据え膳食わぬは男の恥」っちゅうことがあるわい、こんだけ大きなとこ
のお姫さんやったら、よっぽど綺麗なお姫さんに違いない。せや、玉の輿、
玉の輿は女が乗るんや……、男が乗ったら何やろ? 玉の玉か? ともかく
一膳よばれたろ。

●さよぉなれば、何と申しますか、わたくしでおよろしければご用立てくだ
さいますれば▼早速のご承引かたじけのぉ、しからばこぉ、おいであそばし
ませ●しからばぁ〜〜 ……

 アホが一人で目ぇムキやがって、間ごと間ごとに案内されてまいります。
朱塗りの回廊きざはし、庭には玉砂利が敷(ひ)き詰めてございまして、結構
な泉水。一匹何十両といぅよぉな鯉が泳いでいよぉといぅ。

●夜目に、こんだけ庭が見えるといぅのは、どこから明かり差すのか知らん
が結構なお庭やなぁ。こんだけ空が暗いのに、鯉だけハッキリ見えたぁる。
おかしな具合やなぁ…… へ、こっちでやすか?▼しばらく、これにてお待
ちくださりましょう。

 一人残して向こぉ行ってしまいます。

●おっ、向こぉに御簾が下がったぁる。御簾のこっち側に几帳(きちょ〜)が
あって……、なまめかしい布団やなぁ。布団だけやないで、お姫さん寝てご
ざるがな。はは〜〜ン、こんだけ大きいお屋敷の姫さん、男に顔合わしても
の言ぅのは恥ずかしい、先横になって寝てござる。「お前の好きなよぉに料
理をせぇ」……、その方がこっちもありがたいけど……

●身分の高いお方と顔つき合わして、何やかんや話してて、ひょんなこと言ぅ
て「無礼者!」てなことになったらどんならんけど、事が済んでからならウ
ンもスンもあるまい。その方がわしにしても楽な。お姫様かてその方が恥ず
かしい思いをせぇでもえぇ……、ほな失礼(ひつれぇ)さしていただきます。

●そちらからおっしゃったんでおますさかい、わたいがネキ行ったさかいいぅ
て「キャ〜」てなことおっしゃいませんよぉに。お呼びになった飛脚でござ
いまっせ……、ほかのもんやござりまへん……、裾の方から行かしてんもら
いまっさかいな「キャ〜」は無しでっせ。

●わ、わぁ〜、スベスベの足やなぁ。スベスベの足はえぇけど、わりに毛深
いなぁ……、どっかで触った事があるよぉな……、せや、熊の毛皮や。ん?
あら? ケッタイな具合やなぁ……、わしゃこぉいぅ上つ方(うえつがた)の
お方の事はあんまり知らんけど、どこが入り口や分からんがな。ずんべらぼ
んみたいやがな。えっ? 入り口無いのん?

▼チョマ公、チョマ公。入り口無いっちゅうとるがな。おい★何や? お父っ
つぁん▼居眠ってる場合やないがな、入り口が無いっちゅうとぉるがな、口
開けんかい口を★お父っつぁんごめん……

●あ、あった。はは〜〜ン、俺がゲスやねんなぁ。こぉいぅ上つ方のお相手
するっちゅうと気が上(かみ)ずって、どこが入り口や分からん……? ん?
横に裂けてるよぉに思うが? 気のせぇかいなぁ…… 我々下々のんと上つ
方のんとは違うんか?

▼チョマ公、横に裂けてる言ぅてるやないか、縦にせんかい縦に★そぉか、
分かった……

●ん? 縦になったで。さっき横やったのに……、はは〜〜ン、やっぱり気
持ちが上ずってるんかなぁ。まぁ、縦でも横でもかめへんわい、早いことい
てしもたろ。

 さぁ、大きなもんを口へ臨ましてきましたもんでっさかい、子狐め噛みつ
くどころの騒ぎやない。口いっぱいにほぉ張りやがって……

★んががががぁ〜〜〜、ふがぁ〜、ふがぁ〜●何でこない入らんねや?★ん
ががががぁ〜〜〜、ふがぁ〜〜▼チョマ公、ガブッと行けガブッと★ががっ
といごとおぼぶねんげどな、ぐじががまげがいがげげん。

▼何? 口の中まで入られへん。思いっきり口開けんかい★おぼいっきり、
ぐちあげでもばいられべん……

●ン〜〜ン!!、何でこんな入らんのや? えぇ〜い、思いっきりいてこま
したれ。

 飛脚もヤケクソでございます。力いっぱい「グググググ〜〜ッ!」来たも
んでっさかいに、子狐め喉の奥まで突かれやがって、


【さげ】
★お父っつぁん、死ぬぅ〜〜、死ぬぅ〜〜〜!


【プロパティ】
 眷属・眷族(けんぞく)=血のつながる一族。従者。家来。仏や菩薩に従う
   もので薬師仏の十二神将、不動明王の八大童子の類。
 懸想(けそう)スル=思いをかけること。恋い慕うこと。
 承引スル=承諾してひきうけること。
 きざはし=階段。
 几帳(きちょう)=寝殿造りに用いた室内調度。室内に立てて間仕切りとし、
   また座のわきに立てて隔てとした。台に二本の柱を立て、その上に一
   本の横木をわたし帳を垂らしたもの。
 音源:録音年・場所不明 とっておきの艶噺(クラウン)



【作成メモ】  ●参 照 演 者:main=露の五郎 sub=*  ●main高座記録日:****/**/**  ●音  源  名:とっておきの艶噺  ●ファイル公開日:2001/08/05  ●江戸落語相当:*  ●更  新  日:2001/08/19  ●リクエスト数:rakug272  ●注 意 事 項:内容を削除、追加、改訂している部分があります。           記録日のmain演者によるさげを採用しました。

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