【主な登場人物】
源やん 梅乃 オッサンほか
【事の成り行き】
高校・大学にかけて心理学にはまったことがありました。理学的な精神分
析てな高等なものやなく、切っ掛けはごく不純な「好きになった女性の気持
ちを知りたい」ちゅうことですから、専門書やなく○○ブックスのような占
い本に毛の生えたようなものです。
「緑色つかいの封筒は遠ざかりたい気持ちの現れ」「ピンクつかいの封筒
はナルシスト」「赤色つかいの封筒は危険」なんてことが書いてあったよう
な、今作ったような……。毒にも薬にもならない文字が並んでました。
心理学概論、行動心理学、社会心理学、病理心理学、と専門的な講義など
受けたりした結果、好きな色や言葉の端はしから心を探るよりも、単刀直入
に聞いた方が早いという結論に達するまでに数年かかるとは、トホホな徒労
やったねぇ(2002/07/07)。
* * * * *
「傾城(けぇせぇ)にまことないとは誰(た)が言ぅた、まことあるまで買い
遂げもせん」これは白井権八、小紫の比翼塚にありますが、商売女にも真実
の恋といぅんがあるんやそぉでして。
ところが一方から言ぃますと「女郎(じょろ)のまことと卵の四角、あれば
晦日に月が出る」てなことを言ぃまして、男といぅのは女に騙されると分か
りながらでも、ついつい騙されに行くもんでして……
■おい、こっち入れ。その座布団触ってみぃ、まだ温もりがあるやろ。今も
お前とこのお母はんが来て、お前のこと言ぅてえらい悔やんでたで。お前、
聞くところによると、女ごができたそぉやないか?●そぉでんねんオッサン、
できましてんがな。ほんでわたい、一緒になったろ思てまんねん。
■ほぉ、一緒になったろ? そらまぁ結構な話やけどもな、所帯を持つてな
ことになると、女ちゅうのは一生道具や。ましてやお母はんが嘆くてな女もぉ
てどぉすんねや? その女ごちゅうのは一体どこの人間や?●日本人でんね
や■日本人は分かったぁるわいな「島はどこや?」っちゅうねん。
●島?■住んでるとこはどこや?●オッサン、どこやと思いなはる?■お前
が遊びに行くねやさかいに、どっちみちミナミと違うか?●それがそやおま
へんねや■ほぉ、そしたら新町か?●いいえ■堀江かい?●なかなか■なか
なか? キタの新地か?●まだまだ。
■何がまだまだや……、そしたら松島か?●いぃえ■どこや?●いぃえ■ど
こやちゅうてんのに「いぃえ」ちゅうやつがあるかい。どこに住んどんねや?
●へへッ、難波新地(なんばじんち)でんねん■難波新地? で、店の名前は?
●神崎屋ちぃまんねや。
■神崎屋……、あぁ神崎屋かい●オッサン知ってなはるか?■えら知りやが
な、神崎屋の主人とわしとは幼友達や。神崎屋の抱えの娘(こぉ)なら大概の
娘(こ)は知ってんねやが、何ちゅう娘や?●オッサン、うまいこと聞きなは
んなぁ「何ちゅう娘や?」てなこと言ぅて、わてのおらん間にそぉ〜ッと買
いに行こと思てなはんな?
■誰がそんなことするかい。相手の女の名前は何ちゅうねや?●神崎屋の梅
乃ちぃまんねん■梅乃……、梅乃ちゅうたら岡山から仕替えとってやって来
た娘(こぉ)や●お、オッサン、知ってなはるか?■知ってるがな、あの色の
白い目のパチッとした●そぉです、そぉです■あの梅乃やな……、それやっ
たらお前は騙されてるわ。
●そ、そんなことおまへん。わてこないだ梅乃に会ぉて聞ぃたったんだ「お
前、程(ほど)のえぇこと言ぅけど、俺を騙してるのんと違うか?」と、こぉ
言ぅたったんだ。ほな「そんなことしますかいなアホらしもない、傍(はた)
の人はどない言ぅか知りまへんけども、そんなこと一々気にすることおまへ
んやないかいな。お互いに堅いもんさえ握り合ぉてたらそれでえぇやおまへ
んかいなぁ」
●どぉでおます。これが人の言付(ことづ)けやったら疑いもしまっせ、本人
が直(じか)にそぉ言ぅてまんねがな。これほど確かなことおまへんやないか
■お前、どこまでアホや。そんなこと言ぅてるさかいあかんねがな。それが
騙されてんねやないか。それやったら聞くが、梅乃には兄貴ちゅうのが居て
るやろ。
●オッサン、よぉ知ってなはんなぁ、居てまいてま。こないだも会ぉたんで
んねん。帰りしなに持って帰らすもんがないもんやさかい、小遣いやったん
でっせ■それが騙されてんねや。その兄といぅのはなぁ、実は男やねん●何
です?
■そのなぁ、兄といぅのは男やちゅうねん●オッサンも変わったこと言ぃな
はんなぁ「兄は男や」て、当り前でっしゃないかいな。姉は女でんがな■せ
やないねん、兄といぅのはな、間夫(まぶ)やっちゅうねん●せやおまへんが
なオッサン、間夫はわてでんねやがな。
■まだそんなこと言ぅてんで……、お前、どんなとっからそんな仲になって
ん?●話をせな分かりまへんけどな、わてミナミ遊びに行きましたんでんね
や。ほたら雨がザ〜ッと降ってきよったんだ。帰んのもけったくそ悪いしと
思て上がったんでんねん。ちょっとしたら来よったんがあの梅乃ですわ。
●「お母ちゃん、わたしのお客さんわ?」と、こぉ言ぃよった。したら女将
が「そこに座ってまっしゃないかいな」「まぁ、お客さんだっかいな、今晩
わ、おぉきに」と、こない言ぃよるさかい、わてもあんじょ〜挨拶せないか
んやろと思てな「降りますのに、遠路のところご苦労さんでございます」
■葬式の見送りやがな、そら●そこへペタペタッと座りよってからに「お母
ちゃん、ちょっと鉄砲貸しとぉ?」と、こない言ぃよった。わたいドキッと
しましたがな。さては鉄砲でわしを銃殺にしよるな……■何を言ぅとんねア
ホ、鉄砲といぅのはつまり長キセルのこっちゃ。
●そぉでんねやてなぁ、それわて知りまへんがな。長キセルに煙草、こぉ持
ちよって、それをクルクルッと丸めよるんだ。それがまぁ、多ぉもなければ
少のぉもない、うまいこと丸めよりまんねん。あの手でお米計らしたらうま
いこと計るやろと思て……
■おかしなとこ感心すなアホ●それをキセル詰めよってから、火をポッと点
けよって、一服プ〜ッと吸ぅなり吸い口拭いて「どぉぞ」ちゅうてわてにく
れよった。わてそこでスネたりましてん「わたい、煙草嫌いだすわ」とこぉ
言ぅたった。
●ほんだら「嫌いな人が、煙草入れやとかキセルを持って歩きはりますかい
な」と、こぉ言ぅさかい「そこでっしゃないか、おんなじ点けてくれた煙草
なら、キセルの吸い口、拭かんとくれはったらどぉですねん」と言ぅたった
「まぁ、拭いたんが悪かったら、ほんなら拭かんと渡しまっさ」ちゅうて、
またパ〜ッと吸いよって、そのままソ〜ッとくれよった。
●見たら、吸い口に唾の泡が二つ溜まってまんねん。わて、これ落としたら
もったいないなぁ思て、サ〜ッと口に入れて、吸ぅた時の味の良さちゅうた
ら……、オッサンわて、今どっち向いてま?■向いてる方角も分からへんの
か? 難儀なやっちゃなぁこいつわ。
●ほな女将がな「まぁ、あんたらそこでいちゃいちゃ二人でいちゃついてか
らに、わてもひとり身やおまへんかいな、早よ二階へ上がんなはれ」こない
言ぅたらな「それみなはれ、あんたがしょ〜もないこと言ぃなはるよって、
お母ちゃんに叱られましたがな。早よ二人で上がりまひょいな、こちの人」
やなんて、どぉです。
●煙草一服、吸い付けてくれただけで「こちの人」でっせ、ありがたいお言
葉やおまへんかいな。せやからわてなぁ、あいつと夫婦(みょ〜と)になろと
思てまんねがな。オッサン済んまへんけど、お母(か)んがオッサンに預けたぁ
る金、出しとくなはれな。身請けしたりまんねん。
■えらい惚れたもんやなぁ、お前も。まぁ、そこまで惚れてんのなら仕方が
ない。しかしなぁ、いっぺん梅乃の気ぃ引ぃてこい●「気ぃ引く」っちぃま
すと?■梅乃がな、ホンマにお前に惚れてるかどぉかっちゅうのを試すねや
●どないして試しまんねん?
■心配そぉな顔して行き。梅乃が「いったい、どないしなはったんや?」言ぅ
たらな「実は今日、仕事場で友達とひょんなことから喧嘩になって、そばに
あるもん投げ付けたら友達に当たって、当たりどころが悪かって友達が死ん
でしもた。人ひとり殺したら、おら生きてはおれん。いっそ死のと思てんね
ん。俺が死んだらその日が命日やと思て線香の一本なと手向けてくれ」と、
こぉ言ぅねや。
■そこで「あぁさよか」と言ぅよぉな女やったらあかんで「あんたが死ぬと
いぅのに、わたしが生きておれますかいな。一緒に死にます」と、こぉ言ぅ
たら「よし」と言ぅて四ツ橋連れて行き。橋の上から二人が一緒にはまりか
ける、相手もはまりかけたら「心底(しんてぇ)見えた、女房殿」ちゅうて連
れて帰って来い。そこまでしよったら、わしゃどんなことがあったって、借
金がどんだけあったって、お前と夫婦にしたろやないかい。
●オッサン、それホンマでっか?■あぁホンマや●オッサン、嘘つきまへん
か?■なんの、嘘つくかえ。わしゃ一旦言ぅたら絶対あとへは引かん●オッ
サン、そら引けんわいな、後ろ壁でんがな■何を言ぅとんねんアホ。こんな
時に……
■そこでな、辻占見徳(つじうらけんとく)ちゅうことがあるやろ、いっぺん
辻占見徳を占のぉてこい。最初に聞ぃた言葉を辻占見徳にすんねん。えぇ言
葉やったら会ぉてこい、悪い言葉やったらすぐ帰っといでや。どっちみち小
遣いも要るやろ、ほれッ、小遣いやるから早いとこ行ってこい。
●さよか、ほんだら行ってきまっさ。
源やん、お金を懐へ入れてポイッ。南へ戎橋を渡りますと難波新地、色街
はいつに変わらぬ陽ぉ気なこと……♪
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
●姐貴、ごめん▲んまぁ、誰やと思たら源やんやおまへんかいな。長いこと
顔見せんとからに、梅乃はんが来たら、いつもあんたのことばっかり言ぅて
まんねんで。もぉ心配さしてからに、あんたが来たら奢ってもらお思てまし
てんし。何だす? 梅乃はん呼びまんのん? よろします……、おちょやん、
梅乃はんをな……
▲二階の座敷、上がりなはるか? 今、お客さん帰ったばっかり、まだ座敷
掃除してないのん。ちょっと掃除してきまっさかいな、それまでここで待っ
てとぉくなはれや。
女将、トントントント〜ンと二階上がってまいりまして、しばらくします
と「源やん、上がっとくなはれ」「そぉか、上がらしてもらうわ」
●なぁ、ここの姐貴ちゅうんわ、ホンマ気のえぇ女やで。何言ぅたって嫌な
顔ひとつせぇへんねやさかいなぁ「姐貴、一晩泊めてや」ちゅうたら「はぁ、
えぇでなぁ」「二、三日居続けさしてもらうで」ちゅうたら「はぁ、えぇで
なぁ」「小遣いがないさかい貸してや」っちゅうたら「はぁ、えぇでなぁ」
こら言わんわなぁ、これ言ぅてくれたら助かんねやけどもなぁ。
●せやけども、梅乃にオッサンの言ぅたこと言ぅたんのは可哀相やなぁ。し
かしオッサンとの約束があるさかいなぁ……、梅乃にこんなこと言ぅてやる
のホンマに可哀相やなぁ。なんでも辻占見徳にせぇ言ぅてたなぁ……
●あれ? こんなとこに辻占が落ちたぁるがな。こら人の見カスやな、何で
もえぇわい、いっぺん読んだろか「どうど、どうど」何じゃこら?「どぉぞ、
どぉぞ」か。「どぉぞ、どぉぞ、来てくれねば良いが……」悪い辻占やなぁ。
●こっちにサラの辻占があるなぁ、これで見徳占のぉたろ。これには昆布が
巻いたぁるがな、これがホンマの辻占や……、この昆布の紐をほどいて……、
この昆布が梅乃の昆布やと思たら味がまた違うわ。梅乃の心底この辻占にあ
り、乾元亨利貞、けんげんごぉりてぇと、何や「見れば見るほど」か「見れ
ば見るほどケッタイな顔」悪い辻占やなぁ……
●れぇ〜? 隣りは「しんねこ」とみえるな、三味線の調子合わしてるがな。
そぉや、隣の三味線聴ぃて辻占見徳占のぉたろ……(♪由縁(ゆかり)の月)
●なるほどなぁ「可愛い男に逢坂の、関より辛い世のならい……」やなんて
「由縁の月」やなぁ。どこで見たかなぁ、この芝居わ? ん、中の芝居やっ
たなぁ……
●「弾くわ弾くわあの唄は、去年の月見は吉田屋で、太夫と俺の連れ弾きの、
弾ぃた時のおもしろさ、その弾く主は変わらねど、変わったは俺が身の上。
あいつの心底、あぁなろぉとわ」これから先にえぇ文句あったなぁ……「人
の心と飛鳥川、変わるは勤めのならいじゃもの、変わらいでなんとしょ〜」
●あれ?「人の心と飛鳥川、変わるは勤めのならいじゃもの、変わらいでな
んとしょ〜」……、梅乃の心、変わっとんのかいな。梅乃の気が変わってる
となると、変わった梅乃をここで待ってるより、いっそのこと会わんでいん
でやろか……(♪待たしゃんせ)
●「待たぁ〜しゃんせぇ〜」はい、え? 隣りかいな……、そぉやで、こぉ
なったんは並大抵のことやないで。お母んには心配かけ、オッサンには意見
せられ、義理の悪い借金までしてこぉなった仲やないか……。ん、こら「梶
原源太」やなぁ、相方が神崎の梅が枝……。ん? 俺が鍛冶屋の源やんで、
相方が神崎屋の梅乃。辻占がぴったりやがな。
●それにしても梅乃遅いなぁ、どないしとるんやろホンマに。ひょっとした
ら花でも掛かってんのと違うかいな。もらいの掛かった女にできたためしな
いねやさかいなぁ……「おい、もらいが掛かってんねやろ行といで」相手が
言ぃよるわ「わて、行きたいことおまへんがな」と、義理でも言わなしゃ〜
ないわなぁ。
●「好きな男が来てんねやろ」「好きな人と言ぅたら、わてこの世に一人し
か居てまへんがな」「その一人しか居てない男が来てんねやろ?」「何を言ぃ
なはんねん。わての好きなんわ、あんた一人しか居てまへんがな」「嬉しぃ
こと言ぅてくれるなぁ、こっちおいで」てなこと言ぅて、いちゃついてんの
んと違うかいなぁ……(♪)
●「世話焼きゃしゃんすな、お前さんらのお世話になりゃしょまい」……、
よぉそんなこと言ぅたなぁ。世話焼いてないか? 着物買ぉてくれ、帯買ぉ
てくれ、芝居に連れて行てくれと、せんど世話焼いたぁるわい……(♪)
●「財布はカンカン、いか上(のぼ)り」……? 今はカンカンいか上りや、
せやけど昔はぎょ〜さん詰まってたんじゃ。お前に入れて、入れ揚げた結果
がこぉなってしもたんやないかい。お前がそこまで言ぅねやったら、俺これ
から帰ってオッサンにこのこと話して、もっとえぇ嫁はんもろて、嫁はんの
手ぇ引ぃてお前とこの家の前をひけらかしたるぞ……(♪そりゃかまやせぬ)
●腹立つなぁ、あぁ言ぅたらこぉ言ぃやがって……▲源やん、何やかましぃ
言ぅてなはんねん、どぉしなはったんや?●姐貴、済まんすまん。ちょっと
隣の三味線と、辻占見徳占のぉてたんや▲何をしなはんねんな、やかましお
まっしゃないか。静かにしてとぉくなはれや●梅乃、まだかいなぁ?▲もぉ
来ますよってにな。
しばらくいたしますと「お母ちゃんおおきに、誰だす? 源やんだすか、
わて源やんにちょっと買ぉて欲しぃもんおましたん。ちょっと会ぉてきまっ
さ」トントントントント〜ンと二階へ上がってまいりまして、向こぉ向いて
座ってんのん、そばへ来て。
◆源やん、どないしてなはってんな、長いこと顔見せんとから。わて心配し
てましたんやし●嬉しぃこと言ぅてくれよる、この言葉をあのオッサンに聞
かしてやりたいなぁ。梅乃、心配しんぱい◆何を心配してなはんのん? ど
ないしなはったんや?
●実はな梅乃、今日俺、仕事場でひょんなことから喧嘩してしもてな、そば
にあるもん投げ付けたらこれが当たりどころが悪かって、友達が死んでしも
たんや。人ひとり殺したら、俺もぉ生きてはおれん、死のと思てんねや。死
んだらその日が命日やと思て、線香の一本なと手向けてくれ。
◆んまぁ、さよか。ほな今晩でお別れだすか?●梅乃、そんな愛想のないこ
と言ぅなや。お前いつも「あんたと一緒なら死にまっせ」言ぅてくれてるや
ないか◆まぁ、いつもはそぉだすけども、今日はちょっと都合が悪おますの
ん●「今日は都合が悪い?」そんな殺生なこと言わんと、俺と一緒に死んで
くれ。頼むさかい死んでくれ。な、な、なぁ〜て……
◆なんでそんな死にたがりますんや?●いや、死にたがってるわけやないね
ん、ちょっと事情があるねん。済まんけど一緒に死んでくれ◆さよかぁ〜、
よろしおま。まぁ落ち着きなはれ、死にまひょ、源やん死にまひょ●死んで
くれるか◆死にますけどもな、別に急(せ)いて死ぬことおまへんやないか、
ゆっくり呑んで、死にまひょ。
●呑むのんあとでえぇねん、先、死の◆「先、死の」て、どぉいぅこったん
ねん?●いろいろ都合があるねん、早よ死にに行こ◆なんでそんなに急きな
はんねんな、死にに行こて……、ここのお母ちゃんにはどない言ぅて出て行
きまんのん?●「夜店でも行く」言ぅてな、出て行こ。早よ行こ……
嫌がってる梅乃を無理に引っ張り出しまして、トボトボとやってまいりま
したのが四ツ橋。昔はずいぶんと寂しぃところでございまして、人の通って
ないとこを二人がトボ〜トボと、
●梅乃、四ツ橋来たなぁ。ボツボツはまって死のか◆源やん、どぉしても死
になはんのんか?●死なな具合が悪いねん……「南無阿弥陀仏」っと言ぅて
くれよ、そんだら「心底見えた」と、こぉなるからなぁ「南無阿弥陀仏」と
言ぅてくれ……、ほんだら梅乃、お前はまって死に。
◆源やん、そんな殺生なこと言ぃなはんな「死にに行く」言ぅたんはあんた
だっしゃないか、それに「お前はまって死に」て何だすねん●いや、これに
は都合があるねん。一緒にはまったらえぇねん、一緒にはまったらえぇねん
けども……、最初にお前が「南無阿弥陀仏」と言ぅてくれたらそれでえぇね
やがな。な、はまって死の。
◆わて、死にたいことおまへんがな●そんなこと言わんと。なぁ「南無阿弥
陀仏」と言ぅてくれたら「心底見えた」と、こぉなんねやさかいに、なぁ、
はまって死の。一緒に……
◆源やん、一緒に死のて「一緒に死んだりしたらあの世で添えん」て言ぃま
すよってな。こぉしまひょか、わて向かい側へ渡りますわ。向かい側からは
まりまっさかいに、あんたこっちからはまんなはれ。ひぃふのみっつではま
りまひょか?
●そんなこと……、ここではまってくれな困んねやがな、ここではまってく
れな「心底見えた」と、こぉならんねやがな。そっち行ったらあかんねやが
な、ここに居てて。おい、梅乃、おい、お〜いッ……、アホやなぁあいつ、
向かい側行たら助けに行かれへんやないか。ここではまってくれたら「心底
見えた」と、パッと止められんねやがな、そこまで行たら……、お〜いッ、
梅乃ぉ〜ッ!
* * * * *
◆何を言ぅてんねん、あほらしもない。何であんな男と一緒に死なんならん
ねん。あんな男と一緒に死んだら、金と鉛と替えてしまうよぉなもんや、風
船みたいに風のまにまにフワフワ歩いてるよぉな男と、何でわてここまで来
てしもたんやろ、アホらしなってきた。
◆「死んでくれ、死んでくれ」て、何か買わしたろと思て来たのにえらい損
やがな……、そぉや、ここに石が置いたぁるわ、この石はめて、はまった音
さしたろか知らん……、源やぁ〜ん●なんや?◆ほんなら、入りまっせ●お
い、風呂入るよぉに言ぅなよ。お前なぁ「南無阿弥陀仏」言ぅてから「ひぃ
ふのみぃ〜〜〜」と引っ張っといてくれよ。そのあいだにわしバ〜ッと走っ
て行って助けるさかいな「ひぃふのみぃ〜〜〜」と引っ張っといてくれよ。
◆何を言ぅてねんな……、はまるでぇ〜、南無阿弥陀仏(ドッボ〜〜ン)
●ぅお〜〜い……、あいつはまりよった「ひぃふのみぃ〜〜〜〜」引っ張っ
といてくれなあけへんがな。はまりよった……。可哀相ぉになぁ……、暗い
さかい見えんがな。冷たいやろになぁ、助からんわなぁ、可哀相なことして
しもたなぁ……
●オッサンが悪いんやがな「心底見えた」言ぅてこいちゅうから、こんなこ
とになるんやがな。わい何も死にたいことあれへんねやがな、あいつを試す
つもりで……、可哀相なこと……、ここに瓦が置いたぁるなぁ。これはめて、
音なとさしといたろか。川の底で一緒にはまってくれたと思いよるやろ。
●なぁ梅乃、堪忍してや。南無阿弥陀仏(ドッボ〜〜ン)
◆あッ、源やんホンマにはまったんやろか? わてがホンマに死んだと思て
んねやろか? 嫌やの、こんなとこに居てて関わり合いになったらあかんさ
かい、もぉ去(い)んだろ。アホらしなってきた、いのいの……
「可哀相ぉなことしてしもたなぁ、寒いやろになぁ、可哀相なことした」
ブツブツぼやきながらやってまいりますと、向こぉの方から女がひとり来る。
そばへツカツカッと寄りますと、これが梅乃。
●おッ、梅乃やないか!
【さげ】
◆まぁ、源やんやおまへんかいな……、あんた風邪ひかなんだか?
【プロパティ】
傾城(けいせい)=遊女。
白井権八小紫の比翼塚:東京都目黒区下目黒3丁目、目黒不動尊の仁王門
近くに実存。江戸初期の武士白井権八(実名・平井権八、鳥取藩士)は
同僚を斬って江戸に出、吉原の遊女小紫となじみになったが金に困り
辻斬りなどをして処刑された。権八処刑ののち小紫は後追い心中を遂
げた。
島=遊郭ややくざの縄張り。
ミナミ=宗右衛門町、九郎右衛門町、櫓町、阪町。
新町=大阪市西区新町。寛永年間(1624〜1644)の新地で、公許遊郭が置か
れ、京の島原、江戸の吉原とともに知られた。
堀江新地=1698(元禄11)年、堀江川の開削により開発が始まる。開発に要
した費用を回収するため、幕府は商業に対するさまざまな優遇策を打
ち出し、堀江川北側に新町遊郭に匹敵する堀江新地遊郭をつくる。
北の新地=曽根崎新地:宝永年間(1704〜1710)に蜆川北岸開発。1708年に
町割りが行われ、蜆川北岸の曽根崎新地が北の新地の中心となった。
松島(まつしま)新地=大阪市西区本田(ほんでん)。1867(慶応4)年、川口
居留地(外国人居住地)が開設され、その繁栄策として1870(明治3)年
暮れに遊郭を設置。目的は大阪市中に散在していた非公認の郭を集中
させることにあった。
難波新地(なんばじんち)=大阪市中央区難波。高島屋の北側一帯。
えら知り=えらい+知る:たいへん、おおいに知っている。同様に「えら
障り」おおいに障る「えらしんど」おおいに疲れた、などが作れる。
仕替え=芸娼妓などが働く家を変わること。
程(ほど)のえぇ=愛想の良い。調子の良い。
アホらしもない=アホらしいことが無い、のではなく「ない」は切ない、
せわしないなどと同様、甚だしい意の接尾語。
間夫(まぶ)=愛情をかわす男。情夫。特に、遊女の情人。
けったくそ悪い=卦体糞悪い:不愉快な。いまいましい。癪にさわる。卦
体は気持ち、気色などの意。糞は増幅、悪態。
〜なり=ある動作・作用が行われると同時に次の動作・作用が行われると
いう場合に、その先行動作・作用を表す接続助詞。〜するやいなや。
しょ〜もない=つまらない。くだらない。仕様もないの訛化。
四ツ橋=東西に長堀川、北南に西横堀川が交差する地点。東の炭屋橋、西
の吉野屋橋、北の上繋橋、南の下繋橋と、四つの橋が井桁に掛かって
いたことから四ツ橋の地名となる。
心底(真底)=心の奥底、本心。
辻占(つじうら)=偶然に出会った事物によって将来の吉凶を判断すること。
辻占発祥の元祖瓢箪山の辻占は神前のおみくじを引き、出た数字番目
に占場(辻)で出会う通行人の風体を社務所に告げ稲荷の霊示を得る。
見徳=前兆。予感。縁起。
戎橋=心斎橋筋と戎橋筋をつなぐ道頓堀川にかかる橋。通称ひっかけ橋。
おちょやん=おちょぼ:茶屋などの使い走りの少女。「ゝ」をチョボとい
い、ゝほどの小さな女中の意。
辻占昆布=結び酢昆布に言葉を書いた紙片を挟んだ菓子。
乾元亨利貞(けんげんこうりてい)=易経の乾の伝の最初の言葉。これを唱
えるとこの世の邪悪なことを退かせることができると言われている。
易では最初にこの言葉を唱える。
ケッタイ=妙な・変な・へんてこな・おかしな・奇態な・嫌な・不思議な
など、実にいろいろな意味を含んだケッタイな言葉。エゲツナイと並
んで上方言葉の両横綱。怪体とも奇態とも希代とも卦体とも当てる。
しんねこ=男女が人目を避けて仲よく語り合うこと。
中の芝居=時代によって異なるが、明治期の道頓堀五座は東から弁天座・
朝日座・角座・中座・浪花(竹本)座。戦後、朝日・角・中・浪花・松
竹の時代が長く続いたが、現在残っているのは松竹座のみ。
中の芝居=幕末から明治の初めごろは、東から角の芝居(角座)、中の芝居
(中座)、筑後の芝居(浪花座)を道頓堀三座と呼んだ。
梶原源太=ひらかな盛衰記四段目「神崎揚屋」
花=芸人などに与える金品。また、芸娼妓や幇間の揚げ代。花代。
せんど=長らく。長時間。また、何度も。何べんも。十分。たっぷり。千
途であろうか?『大言海』には「千度」とある。
カンカン=カンカラカン:空っぽ。すっからかん。
いか上(のぼ)り=凧上げ。
カンカンに上がる=米相場言葉で、天井知らずに相場が上がる意。
ぎょ〜さん=たくさん・はなはだ・たいへん。大言海には「希有さに」の
転とある。「仰々しい」のギョウか?「よぉけ→よぉ〜さん」たくさ
ん、の訛りかも?
ヒケラカス=自慢する。見せびらかす。ヘケラカスと訛る場合もある。
桂小文枝=1992年8月、五代目桂文枝襲名。2005年3月12日、肺がんのた
め三重県伊賀市の病院にて没。享年76。
音源:桂小文枝 1980/04/25 上方噺集成
特別謝恩:Iさん、資料聴取させていただきありがとうございました。
【作成メモ】
●参 照 演 者:main=桂小文枝(五代目文枝) sub=*
●main高座記録日:1980/04/25 ●音 源 名:上方噺集成
●ファイル公開日:2002/07/07 ●江戸落語相当:辰巳の辻占
●更 新 日:2002/07/21 ●リクエスト数:
●注 意 事 項:内容を削除、追加、改訂している部分があります。
記録日のmain演者によるさげを採用しました。
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