【主な登場人物】
定吉っとん 親旦さん 平林さん 親切?な通行人ほか
【事の成り行き】
この噺ずいぶんと久し振りに聞いたように思います。その韻律の陽気さか
らかテレビ創成期の落語番組にはよくかかっていました。
「たぁ〜いらばやしかひらりんか」「かぁ〜んばやしかじょうりんか」わ
たしの本名「上林」と落語「平林」にかけて、こんな囃し言葉で囃された思
い出も思い出してしまいました。
子どもが囃し言葉にするほど、落語ってポピュラーなものだったんですね。
そう言えば「じゅげむじゅげむごこうのすりきれ……」も最後まで唱えるこ
とができたように思うのですが、いまや昔の出来事です。
* * * * *
■定吉、さだきちぃ〜●へ〜〜〜い■そこに居たか。そちは返事が嬉しぃ、
奉公してるあいだは「立つよりも矢声(やごえ)」と言ぅて返事が大事、返事
は一番にしなされや。朝でもそぉじゃなぁ「定吉起きなさい」と起こしたら、
起きるのが少々遅なっても返事は一番にしなされや。
●へ、よろしゅございま。ほな、明日の朝から返事ばぁ〜っかりして昼まで
休ませていただきま■そら何を言ぅのじゃ、おまはんは誉めたらすぐに誉め
ぞこないじゃ……。これから使いに行て来ましょ●旦さん、また使いでっか
■「また使いですか」と言ぅやつがあるかい、使おと思やこそ置いてますの
じゃで。奉公とは「きみ」に「たてまつる」と書きますのじゃ。
●何ぼ奉公とは「公に奉る」と書くか知らんけど、こぉ朝から晩まで使い奉
られたら丁稚も往生(お〜じょ〜)しぃ奉るわ■こら、何を言ぅのじゃ。理屈
言わんと使いに行て来ましょ●へ、よろしゅございま。で、旦さんどこへ行
て来まんのん?
■本町の平林(ひらばやし)さんとこや●本町の平林さん、へっ、よろしゅご
ざいま、分かってま。で、平林さんとこ行てどない言ぃまんねん?■黙って
聞ぃてなはれ、今日はここに手紙が書いてあるで、これを向こぉへ持って行
て、丁寧に挨拶をして来ますのじゃ、よろしぃか……
■「こんにちは結構なお天気さんでございます。ご家内お揃いあそばしてご
機嫌よろしゅ〜ございますか。一度、佐兵衛が伺いますはずでございますが、
ご無沙汰をいたしております。委細はこの手紙にしたためてございますので、
お返事を頂戴して帰ります」返事をもろて来ます。
●へ、よろしゅございま。で、旦さん、どこへ行て来まんのん?■本町の平
林さんとこや●本町の平林さん、へ、よろしございま、分かってま。で……、
向こぉ行てどない言ぃまんねん?■こぉ尻から尻へ忘れたんではどもならん
なぁ。分からなんだら口移しに教えてあげよ、そこでいっぺん稽古してみな
はれ、よろしぃか……
■「こんにちは結構なお天気さんでございます」と、言ぅてみなはれ●へぇ、
こ、こんにちわ、けっこぉなお天気さんでございますと■いやいや、そんな
とこに「とぉ」は要らしまへん●戸ぉが無かったら、障子にしときまひょか?
■戸ぉも障子も要らしまへん●けど、開けっ放しにしといたら用心が悪い。
■いらんことを言わんでえぇのや「こんにちは結構なお天気さんでございま
す」でえぇねん●戸ぉも障子も無かったら「簾ぅ」だけ吊っときまんねやな
■いらんことを言ぃなはんな、わたしの言ぅた通り言ぃなはれ「こんにちは
結構なお天気さんでございます」
●こんにちは結構なお天気さんでございます■おぉ、そぉじゃ●おぉ、そぉ
じゃ■いらんことを言ぃなはんな。ご家内お揃いあそばしてご機嫌よろしゅ
ございますか●ご家内お揃いあそばしてご機嫌よろしゅございますか■一度、
佐兵衛が伺いますはずでございますが、ご無沙汰をいたしております。
●一度、佐兵衛さんが……■これこれ「佐兵衛さん」と、さん付けするやつ
があるかい、先さんに失礼(ひつれぇ)に当たります●けど、何ぼなんでも主
人つかまえて呼び捨てにしたらもったいのぉて罰が当たって、口がゆがむさ
かい……■しょ〜もないとこで義理立てするなぁお前わ、今日はかまへんの
んじゃ。
●旦さん、今日はかましまへんのん?■あぁそぉじゃ、今日はかましまへん
●ほたらなぁ、佐兵衛■何が「佐兵衛」じゃ●せやさかい言ぅてまんがな、
わたいが「佐兵衛」言ぅたらいかんちゅうのに「佐兵衛」がかまへん言わはっ
たさかい、わたい「佐兵衛」言ぅたん、せやろ佐兵衛。それを佐兵衛がゴチャ
ゴチャ怒ったら丁稚の立ち場がないで佐兵衛。佐兵衛も歳を取ったなぁ佐兵
衛。
■何をぬかすねん、ゴチャゴチャ言わんと使いに行て来い●へ〜〜〜〜い。
* * * * *
●なぶったったら終いに怒りやがんねん。けど、こぉ丁稚使いの荒いうち知
らんわ、金使こたら減るもんやさかい、朝から晩まで丁稚使うのんにかかっ
てけつかんねん。これ、丁稚やさかい持ってんねんで、蝋燭(ろぉそく)やっ
たらもぉとぉに立ってしもて何も残ったらへんわホンマになぁ……
●あっ、えらいことした。ブツブツぼやいてる間にまた苗字忘れてしもたが
な。これからすぐ帰ったら何ぼ怒られるや分かれへんし、ここに書いたぁん
ねんけど字ぃ読まれへんしなぁ……、せや、この手紙誰ぞに見せて読んでも
らお、そしたらすぐに分かるやろ。え〜ッと、どこぞに……、この人に聞ぃ
てみたろ。
●ちょっとお尋んねします、えらいすんまへんけどこの手紙読んでもらいと
おまんねん。えらいお易いご用ぉで◆そら何を言ぅねや「お易いご用」とは
こっちの言ぅこっちゃがな……、子どもっさん、こらなかなか綺麗ぇに書い
たぁるなぁ。こら上の字ぃ「たいら」といぅ字ぃやなぁ、下が「はやし」
◆「たいらばやし」と読むねや●あ「たいらばやし」でっか。で、その平林
さんちゅう家(うち)どこでっしゃろ?◆わしもなぁ通りがかりのもんやさか
い、この辺りの事はよぉ知らんねん。見たところおまはんも使いのこっちゃ
ろ、間違ごぉて主人に怒られてもいかんさかい、もっぺん誰ぞに尋んねてみ
なはれ●さよか、分かりましたおおきに。
●なんや「たいらばやし」さんやな、けど親切な人やったなぁ「間違ごぉて
主人に怒られたらいかんさかい、もっぺん誰ぞに尋んねてみ」ちゅうてなはっ
た、もっぺん聞ぃてみよ。えぇ〜ッと……、えらいすんまへんちょっとお尋
んねしますけど、この辺りに「たいらばやし」さんちゅう家、おまへんやろ
か?
★「たいらばやし」? そんな名前、聞ぃたことないけどもなぁ。そら間違
ごぉてんのと違うか?●今、これ読んでもろたとこでんねんけど、これ「た
いらばやし」と読むのん違いまっか?★おぉ、手紙があるのんかいな、それ
こっちかしてみなはれ……。ははァ〜、こら子どもっさん「たいらばやし」
と読んだら間違ごぉてるなぁ。
●へっ、間違ごぉてまっか? どない言ぅて読みまんのん?★こらなぁ、上
の字ぃ「たいら」と読んだらいかん「ひら」と読むねんなぁ。で、下が「り
ん」やなぁ「ひらりん」さんや●「ひらりん」でっか、その平林さんちゅう
家、どこでっしゃろ?★わしもそんな名前、聞ぃたことないなぁ、ここの先
の四つ角右に回ったとこにタバコ屋があるさかい、そこで聞ぃてみなはれ、
じき分かると思うで●さよか、おおきに。
●なんや「ひらりん」さんやな。この角を回って、ここやここや、ここで聞ぃ
てみよ……。えらいすんまへん、ちょっとお尋んねしますけど、この辺りに
「ひらりん」さんちゅう家、おまへんやろか?▲「ひらりん」? そんな名
前、聞いたことないなぁ。そら間違ごぉてんのんと違うか?
●へぇ、いっぺん間違ごぉたとこでんねんけど、これ「ひらりん」と読むの
んと違いまんのん?▲おぉ、書いたもんがあんねやがな、それをこっち……、
ははァ〜、こら「ひらりん」と読んだら間違ごぉてるなぁ●また間違ごぉて
まっか? どない言ぅて読みまんのん?
▲こらなぁ、一番上、これ「一」といぅ字や、その下が「八」それから「十」
これがひと組になったぁるねやなぁ●はぁ、ひと組でっか。で、その下はど
ない言ぅて読みまんのん?▲「もく」といぅ字が二つ書いたぁるなぁ、これ
で「いちはちじゅうのもくもく」と読むねや。
●「いちはちじゅうのもくもく」でっか。で、その平林さんちゅう家、どこ
でっしゃろ?▲わしもそんな名前、聞ぃたことないわ。もっと先で聞ぃてみ
なはれ●あさよか、おおきに。
●ケッタイな名前やなぁ……、もっぺん誰ぞに聞いてみよか。えらいすんま
へん、ちょっとお尋んねしますけどね、この辺りに「いちはちじゅうのもく
もく」さんちゅう家、おまへんやろか?◆「いちはちじゅうのもくもく」?
そら日本人か?●日本人やと思てまんねんけど、これ「いちはちじゅうのも
くもく」と読むのん違いまっか?
◆手紙があるねんがな、それをこっち……、あのなぁ、こんなもん「いちは
ちじゅうのもくもく」と読んだら間違ごぉてるで●やっぱり間違ごぉてまっ
か、どない言ぅて読みまんのん?◆こらなぁ、一番上「いち」と読んだらい
かん「ひとつ」や、その下が「やっつ」それから「とぉ」木ぃが二ぁつ書い
たぁる「ひとつとやっつでとっきっき」ちゅうねや。
●「ひとつとやっつでとっきっき」でっか、段々ややこしなってきたなぁこ
れ。で、その平林さんちゅう家、どこでっしゃろ?◆そんな名前、聞ぃたこ
とないわい。もっと先で聞き●すんまへん、おおきに……、いろんな名前教
せてもろたなぁ「ひとつとやっつでとっきっき」に「いちはちじゅうのもく
もく」「ひらりん」「たいらばやし」……、どれがホンマやら分からへんが
な。
●せや、これみな言ぅて歩いたろか、そしたら誰ぞ親切な人が「定吉っとん
こっちでっせ」言ぅて呼んでくれるわ、そないしょ。え〜ッと「た〜いらば
やしかひらりんか、いちはち〜じゅ〜のもぉくもく、ひとつとやっつでとっ
きっきぃ〜」……、お、オモロイなぁこれ「♪た〜いらばやしかひらりんか、
いちはち〜じゅ〜のもぉくもく、ひとつとやっつでとっきっきぃ〜」
●何やホンマにオモロなってきた、どぉせ今から帰ったかてまた用事させら
れんねん、今日は一日中こないして歩き回ったろ「♪た〜いらばやしかひら
りんか、いちはち〜じゅ〜のもぉくもく、ひとつとやっつでとっきっきぃ〜」
ひょえ〜ッ♪……
★何やケッタイなこと言ぅて歩いてるなぁ……。これ、定吉っとんと違うか?
●これわこれわ、本町の「ひらばやし」さん、こんにちわ? ちょ、ちょっ
と待っとくなはれや……「た〜いらばやしかひらりんか」……「たいらばや
し」?「ひらりん」?
【さげ】
●惜しいなぁ、お宅に用事はおまへんわ。
【プロパティ】
平林=上方では「たいらばやし」東京では「ひらばやし」と称されること
が多い。別名「字ちがい」「名ちがい」
矢声(やごえ)=本来弓矢を放つ時の掛け声。転じて踊りの掛け声や返事に
用いる。
音源:桂まん我 2002/10/06 なみはや亭(ABC)
【作成メモ】
●参 照 演 者:main=桂まん我 sub=*
●main高座記録日:2002/10/06 ●音 源 名:なみはや亭(ABC)
●ファイル公開日:2002/12/22 ●江戸落語相当:平林(ひらばやし)
●更 新 日:2003/01/01 ●リクエスト数:
●注 意 事 項:内容を削除、追加、改訂している部分があります。
記録日のmain演者によるさげを採用しました。
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