【上方落語メモ第7集】その319

鬼 あ ざ み


【主な登場人物】
 清吉(鬼あざみ清吉)  安兵衛(実父)  おまさ(継母)  家主

【事の成り行き】
 現在であれば物語の起承転結、結末は調和状態で結ぶものが多いように思
います。これも戦後の平和教育、敗戦民主主義教育の一環なのでしょうか。
そんな教育を受け育ってきて、初めて近松の心中ものを目にしたときには、
そのあまりの悲愴に「どうしてこんな物語が大衆に支持、受け入れられたの
か?」と疑問の読後感だったことを思い出します。

 長じるにつれ、破綻していく物語のなかにも美を感じる日本の情があるこ
とに気付きはじめ「それも有りかなぁ」と思いはじめてます。思いはじめて
はいますが、やっぱり刷り込まれた教育効果といぅのは恐ろしいもので、こ
の鬼あざみを聴いたときには「何とやりきれない噺や」と胸をよぎりました。

 今回文章に書き起こすために、一節ずつ頭のなかに放り込んで繰り返し聴
くうち、やりきれない噺はやりきれないままでやりきれなくても不都合やな
いんや。無理から均衡の取れた調和状態にもって行く必要がどこにあるねん。
と、再認識させられています。けどやっぱりやりきれん噺やなぁ。

             * * * * *

▲お母(か)ん、金おくれんか。なぁ、三十文おくれぇな●まぁあんた、三十
文もどないすんねん?▲芝居見に行くねん●芝居見るだけやったら三十文も
要らへんやろ▲腹減ったさかいな、寿司買ぉて食べんねん。

●寿司買ぉて食べるよぉな芝居行きやったら、お父っつぁんの休みの日に連
れてもらいなはれ。わたしが頼んで連れてもろたげよ。芝居見たかったら、
芝居見るだけのお金あげよ。お腹空いたらな、うちでご飯食べて行きなはれ。

▲ほなもぉえぇがな、あんなん三つの時から食べてんねや……、そんなこと
言わんと、おくれぇな、なぁ……、あぁ継子やからくれへんねんな。死んだ
お母んやったらお父っつぁんに内緒でくれたがな。なぁ、おくれぇな。何で
そんな継子が憎いねん、おくれぇな。

●えぇ加減にしぃや、この子! 継子もホンマの子もないの、わたしが育て
たらわたしの子に違いない。そんなこと言わんとご飯食べなはれ。

 おまさはんと申しまして、継母でございますがいたって子ども思いの人。
お膳を出してご飯をよそてやりましたが、さぁこの小せがれがなかなか喰ら
いよらん。お膳を足で庭へボ〜ンと蹴り落としまして、お膳は壊れる茶碗は
割れる、そんなり表へ出ました。

 これぐらいの水溜まりがある。そこで二、三べんトントンと四股を踏む。
それでも着物が思うよぉに汚れませんので、ド〜ンと尻餅つきよった。腰か
ら下泥だらけ、そんなりポイッと表遊びに行きよった。

             * * * * *

■うぃ〜ッ……、け、今朝ほどはえらい済まんこって。いえぇあんた、お宅
へ上がるつもりでうちを出ましたんだんねん、途中で引っ張られて、あんば
い一日(いちんち)よそへ行きましたんで、えらい済まんこって。明日(みょ〜
にち)は間違いのぉ寄せていただきま、えらい済まんこって。

■え? お酒? いやぁ〜ッいつもうちのやつに「商売に出てるあいだだけ
なと酒を嗜(たしな)んでくれ」言われますけどなぁ、酒屋の表通りましてな
プ〜ンときますと、このへんから迎えに……、いぃえぇよぉけやおまへん、
ホン一杯、大丈夫でおます。明日は間違いのぉ寄せていただきま、えらい済
まんこって、さいならごめん……

■あぁ〜あ、坊(ぼん)そんな泥の手で着物持ったら着物たまらんなぁ。お母
さんの小言聞かんよぉにな、子どもといぅもんは罪が無いわい……

■おい、そこで立って泣いてんのん清吉やないかい。何やお前のその着物は、
お前と家主のボンボンとは一緒にならんぞ。家主の坊着物汚しても、うちに
掛け替えがぎょ〜さんある。お前それ汚したら代わりがどこにあんねん。

■親の心子ぉ知らず、情けないガキやなぁ。大きぃ体(なり)して路地(ろぉじ)
小口立って泣いてるなんてみっともない、早ようち去(い)ね。どないしてん?

▲いま遊びに行ってな、戻って来てお母はんに飯食わして言ぅたら「子ども
は日にいっぺん食たら食わいでもえぇ」お父ったんの戻って来るのん待って
よ思たけど、あんまりお腹が減ったさかい、勝手にお膳出して食べよ思たら
「今から親の言ぅこと聞かん子や」言ぅて、表引きずり出されて水溜まりで
こかされたん。こない着物が汚れたん……

■何?「子どもは日にいっぺん食たら……」堪忍せぇ、堪忍せぇ。われが居
るために、おら生涯ヤモメで暮らそと思た。けどなぁおい、人さんが薦めて
くれたんで拠所(よんどころ)のぉもろた嬶(かか)。俺は出商売、うちのこと
は皆目分からん、そんなことしよぉとは夢にも思わなんだ。

■堪忍せぇ、泣くなおい、戻って来い飯食わしたる。戻って来い▲うち帰っ
たらお母んに怒られる■えぇわい、俺が付いてるわい、戻って来い……

■おい、いま戻った●あんたお帰り■清吉、うえ上がれ。遠慮すなお前のう
ちじゃ上がれ。上がって仏壇(ぶったん)へお光あげ、位牌が三つ並んだぁる
あの小口の新しぃ位牌がお前のホンマのお母はんじゃ「今まで生きてたら三
度のものは三度ながら、腹いっぱいいただきますもの」と、そぉ言え。

●またどこかでお酒呑んできたんやわ、いぃえぇな、その子が何と告げ口し
たか知らんけど、最前戻って来て「芝居見るさかい三十文くれ」言ぃまんね
んで、三十文もどないすんねん言ぅたら「腹減ったさかい寿司買ぉて食べる」
言ぃまっさかいな、そんな芝居行きならお父っつぁんの休みの日に連れてっ
てもらいなはれ、わたしが頼んで連れてってもらいまひょ、芝居見たかった
ら芝居入るだけのお金あげよ、お腹空いたらうちでご飯食べて行きなはれ言ぅ
たら、ご飯食べんと表出て行ってどぉやら着物汚したらしぃ様子。

●わたしが着替え持って表へ出るともぉそこらに居やへんので、そのままに
したぁんねんわ■やい、俺の前では体裁のえぇことつべこべぬかして……、
お前が腹痛めて産んだ子やない、そら決して可愛ぃと思わん、憎いじゃろ。
憎いじゃろぉがな、子どもといぅものは金持ち貧乏人に関わらず、うちで腹
いっぱい食わしてやっても表出て人さんがもの持ってたら、欲しがんのが子
どもじゃ。

■飯食わすんが惜しかったら、お粥(かい)にしてでもえぇ、三度のものは三
度ながら腹いっぱい食わし続けてやってくれ●まぁ、大きな声でみっともな
い。そない言ぃなはると、わたしがあんたの留守にこの子の口ひじめてご飯
食べささんよぉな言ぃ方やが、わたしがどんな育て方してるかご近所で聞ぃ
てもらいないはれ。

■何ぃ「近所で聞ぃてもらえ」こら! うちの恥を近所へ持って行かいでも
「子ども正直」ちゅうことがあるわい。

 こぉなったらたまりません、なにぶん親父お酒の入ってるとこへ、ただ子
どもが可愛ぃといぅだけでございます。可哀想ぉに継母だけに言ぃ訳が口応
えになる。

 誰しも男といぅものは憶えのあるもんで、前後構わずネキにある土瓶を投
げる、茶碗を投げる、立ち回りの大喧嘩。ところが誰一人として止めに来ま
せん。といぅのが、この子に係って三日に上げずの喧嘩、誰一人止めに来ん。

 ちょ〜ど表通りましたのがお家主。

◆これこれこれ、安っさん、そんなもん振り回してどないすんねん。おまさ
はん泣かいでもえぇ泣かいでも、お前さんのしてることはな、わたしも知っ
てる、世間の人もよぉ知ってる。生(な)さん仲の子、よぉまぁあれだけ世話
してやってなさる。

◆安っさん放っといたら何をするや分からん、わたしがうちへ連れて帰って
酔いが醒めたらトックリ言ぅて聞かします。まぁまぁ悪いよぉにせん、今日
のところはわたしに任しときなされ。さ、安兵衛はんうちおいで……

■放っといとくなはれ!◆大きな声で何を……、うちおいで……

 酔ぉてる安兵衛を肩に掛けましてうちへ連れて帰ります。板の間へゴロ〜
と寝かしたりましたが、人の世話といぅものはなかなかでけんもん。風邪を
引ぃたらいかんといぅので布団一丁着せてやりまして、安兵衛酔いが回って
ますのでえぇあんばいにひと寝入り寝込んでしまいよった。

■ふぁ〜〜ッ、おいおまさ、水一杯くれ。おまさ……◆安兵衛はん、酔いが
醒めたかえ?■……、お宅でございましたか。また少し入っておりましたん
で、喧嘩でもしてご厄介になったんやおませんか? まことに申し訳ござい
ません。いずれ改めてお礼(れぇ)に上がります、さいならごめ……

◆あぁちょっと待ちなされ。いやいや、長い手間は取らさん、ちょっとお前
さんに話があんのじゃ。まぁそこへ座わんなはれ……。お前さんといぅ人は
酒さえ呑まなんだらえぇ人やがなぁ〜、酒が入ると手の平返したよぉになる
んじゃ。

◆話といぅのはほかじゃない、お前さんも子が有るわたしも子が有る、子が
可愛ぃと思やこそ話をするが、決して悪ぅ思てなや。実はな、お前とこの清
吉、うちの店出て来て店に並べたぁる品物を一つ持って帰り二つ持って帰り、
いやいや、子どもじゃで大したこと無いが……、ものを掴んでポイッと出て
行きよる。

◆あぁこらいかんなぁ、こらいっぺんお前さんに言ぅてやろぉと思たが、わ
たしが言えば人さんの大事な息子に傷を付けんならん……、と再三放ったら
かしにしといたが、近頃は段々だんだん遊びが変わってくる。この頃な、う
ちへ出て来てあたりの様子をジィ〜ッと見る、人気が無いと銭箱を狙ぉて来
る。いやいや、これも子どもじゃ大したことは無いが、金を掴んでポイッと
出て行きよる。

◆ついこないだも、向こぉの路地角へよぉ信楽餅屋が店を出しに来るなぁ、
信楽餅屋の店台柔(やり)こいもんや。店の端に縄くくり付けて、縄の端を横
町へ引っ張って行きよる。さぁどっから連れて来んのか、おんなし年頃の子
十人ほどでその縄を力任せにグ〜ッと引っ張る。店がひっくり返って信楽餅
屋が「おのれ〜」追っかけてるあいだに清吉なぁ、反対側の路地からヌ〜ッ
と出よって売上から砂糖から信楽餅、すっくり懐入れてそんなりポイッと出
て行きよる。

◆可愛ぃ可愛ぃと思て遊ばしとくと、ロクなもんにならん。なぁ、子どもが
可愛ぃと思えば他人の飯食わしなされ。いや悪いこと言わん、今のうちに少
しむつかしぃとこへ奉公にやっとけば真人間なるか分からんが、あのまま可
愛ぃ可愛ぃで遊ばしといたんでは……

◆何なら、わたし二、三心当たりが有るで、世話してあげてもえぇ■ちょっ
とも存じ上げませなんだ……、まことに申し訳ございません◆いやいや、う
ちにことわらいでもえぇ、お前さんさえ合点(がてん)がいたらそれでえぇの
じゃ。

◆で、お前さん家(うち)で喧嘩しなさんなや、けどえぇ嫁はんもろたなぁ、
お前さん。あんなえぇ嫁さん粗末にしたら嬶罰(かかばち)が当たるで。相手
は女じゃ、たまには優しぃ言葉のひとつもかけてやんなされや。

■ありがとぉございます……、さいならごめん。

             * * * * *

■おまさ、おら今日まで何も知らんとお前に心配ばっかりかけたが済まなん
だ……、堪忍してくれ●何を言ぅてなはんねんこの人■清吉どぉした?●奥
で寝てますわ■寝てるか? 表閉めて鍵掛けて来い。

 何思いましたか、台所にあった出刃包丁を持って奥へ行きます。

●あ、あんたッ!■え〜い、離せ……。離せ! おらなぁ、今日まで何も知
らなんだが、うちの清吉は泥棒、盗人するそぉな……。あんなやつ生かしと
いたら、どぉせ俺の首に縄掛けるやつ、えぇ〜い離せッ!

●滅相(めっそぉ)な、あんたとわたしと二人の仲の子どもなら、あんたがど
ないしょ〜と構わん……。わたしは生さん仲、もしあんたがおかしなことし
てくれたら、わたしが世間の人に何と言われるか分からん。どぉぞそればか
りは……

 振り切って奥へ入って殺そぉといたしましたが、どぉして殺すことがでけ
ましょ〜、そこが我が子でございます。情に引かされて殺すことがでけん。
「あぁ〜、どぉしたらよかろぉ……、こぉしたらよかろぉ……」と、夫婦が
泣きの涙で夜明かしをいたします。

 ガラリ夜が明けますと、えぇ思案が付きませんので家主を頼んで清吉を奉
公に出します。清吉が奉公に出ましてからは、おまさはん殊に良くでけた人、
安兵衛も三べんの酒は二へん、二へんの酒は一っぺんと酒をたしなんでは一
生懸命働きます。

 こぉなると夫婦(みょ〜と)仲といぅものはいたって円満に仲むつまじく暮
らしておりますが、月日に関守無く光陰は矢の如し……

             * * * * *

 ポ〜ンと叩きますと、清吉が奉公に出ましてから十年のちとお受け取り願
いたいと思います。まぁ何が早いと言ぃましても、この落語ぐらい早いもの
無いんです。これよりまだ早いのは講釈師ですなぁ、パパン、パンパンで途
端に元禄時代へ飛んでしまうといぅ。

 ですから、皆さん方で急ぐ手紙がありましたらここへ置いていただきまし
て、ポンと叩きますともぉ北海道であれ沖縄であれカムチャッカであれ、ど
こへでもス〜ッと行きますのんで。その代わりまぁ、向こぉから返事が無い
から出さんのとえろぉ変わりませんが……

             * * * * *

 頃しも六月の半ば、ただいまと違います旧暦の六月。暑い最中、家主の表
へ立ちましたのは立派な形(なり)をした若い衆。

▲御免ください、旦さんでございますか。ご機嫌よろしゅ〜ございます◆は、
はい。ちょっと待っとぉくなされや。え〜、いま「旦那」とおっしゃったが、
あんたのよぉな立派なお方に旦那と言われるよぉな、わたしゃ身分と、身分
が違いますが? うちが間違ごぉたんのや無いかなぁ。うちが間違ぉてると
あんたも照れくさいし、わたしもきまりが悪いで……

▲お見忘れになりましたか、ちょ〜ど今から十年前あなたのお世話になりま
して奉公にやっていただきました。親どもはあなたの長屋に住んどります、
安兵衛のせがれの清吉でござります◆えッ? あぁあぁ、そないいぅと幼顔
が残ってる、清吉か。はぁ立派になったなぁ〜。

◆もぉ十年も経つ……、早いもんじゃなぁ。ついこないだやったで、あの路
地角の信楽も……、あ、暑、暑いなぁ。立派になってお父っつぁんも喜んで
たじゃろ。え、まだうち帰ってない? わしとこは構わん、早よ帰(かい)っ
てな、顔見せてやんなされ。

◆早よ帰って。と言ぅのがな、お前が奉公に出てちょ〜ど三月(みつき)ほど
経ってからじゃ、安兵衛はんがうち出て来て「清吉はご主人さんのうちで大
人しゅ〜奉公してるもんでございましょ〜か、気になってなりません。いっ
ぺん行てまいります」と言ぅたが、いやいやそぉじゃない、せっかく大人し
奉公してるもんを親の顔見せて里心出してはならん、行かん方が良かろぉ。
と再三止めといたが、今お前さんが言ぅた通りもぉ十年も経つでなぁ。

◆けどお前さんは親不幸じゃで、それだけ立派になってんのなら何で手紙の
一本も出してやんなさらん? お前が出てから今日まで音信不通、何の便り
もせんそぉななぁ。そぉ言やつい二、三日前も安兵衛さんが出て来て「清吉
は生きてるもんでございましょ〜か、死んでしもたもんでございましょ〜か」
て、涙流してお前の話をしてたんじゃ。

◆その立派な姿見たらどんなに喜ぶや分からん、わしとこは構わんで、早よ
帰って顔を見せてやんなされ▲ありがとぉございます。何から何までお世話
になりまして申し訳ございません。何かお手土産と思いましたが、別段これ
といぅもんもよぉ持ってまいりません。これ、ホンのおしるしだけで……

◆いやいや、そないな心配はしてもらわいでもえぇが、はいはい、せっかく
のご心配じゃ、こらありがとぉいただいときます。暑い時分じゃでな冷や素
麺ぐらいこしらえときますで、うち帰って顔見せたらすぐに遊びに来とくれ
や▲ありがとぉございます。さいなら、ごめん。

 家主を出まして我がうちへ帰ってまいります。安兵衛はん、ちょ〜どその
日は商売が休みとみえまして、こらもぉ職人さんのことで不行儀甚だしぃ、
素っ裸で越中フンドシ一つといぅ格好。小さな飯台(はんだい)へ二品三品並
べて一杯やってます表から……

▲御免ください、お父っつぁんでございますか、ご機嫌よろしゅ〜ございま
す■へ、へぇ。着物どこへ持って行きやがったんや……、へぇ、さいでやす
かいな。どぉぞお手を上げられまして、そぉ挨拶されますと挨拶のしよぉが
分かりません、汗をかきますので……、おい、おまさ。

■どぉぞお手を上げられまして、へぇ、さいでやすかいな……。おまさ、お
まさ、おまさ●うるさいなぁ、あんたわ。支度したぁるさかい勝手に呑んで
たらえぇやないか■おい、どこの旦那や知らん来はってん。ちょっとお前来
てくれ。

●お越しやす……▲お母さんでございますか、ご機嫌よろしゅ〜ございます
●ちょっと、あんた、うちの清吉やがな……■せ、清吉か? そんならそぉ
と言わんかい。お父っつぁんどこの旦那来はったんか思て汗かいた……。清
吉うち戻ってくる前にな、そんだけ立派になったんはみんなお家主のお陰、
家主さんに行て来んかい。行て来た?

■堪忍せぇ、おまさ聞ぃたか家主さんに行きよったんや。奉公ささんなんも
んやなぁ。旦那にお目にかかって「立派になった」とおっしゃった? おぉ
立派になった。手土産も持って行った? よぉ持ってってくれた、それでこ
そお父っつぁんの肩身広がんねん。何ぼで買ぉたんや?●もぉそんなこと尋
んねなはんな、アホやなぁ。

■こっち上がれこっち、ウワァ〜ッ肩幅でもこない有るわ。キリッと舞ぉて
ワッと両の手上げてみ……●何言ぅてんのこの人わ■待てまて、そんなとこ
座ったらあかん。汚れたぁる、お父っつぁんが片付けたる●あんた、お櫃お
仏壇へ乗せてどぉしまんねんな■お前みたいに落ち着いてんと、汗かいとん
ねん湯ぅ沸かせ、行水させ。

●この暑い時分に狭いうち燻すべたら、よけ暑いで。それよりこの横町に風
呂屋がでけたんねん、風呂屋やったらどぉや?■せや、風呂行って来い、そ
のあいだに綺麗ぇに片付けといたる。おい待てまて、風呂屋行くのにそんな
えぇ下駄履いて行てどないすんねん、そこらにお父っつぁんの下駄ないか?

■なかったら、ワラジ履いて行け●そんなもんが履いて行けるかいな■行て
来い行て来い……。お〜い、その溝板、端がポ〜ンと上がんねん、気ぃ付け
よ……。おまさ、家主にそぉ言ぅとけ「溝板ぐらい直しとけ」て、何時うち
のせがれが帰って来よるか分からんやないかい。

■お〜い八百屋、その車どけたれ車を。うちのせがれ通るやないか、もっと
端へやれ端へ……。おまさ見てみぃ、うまいこと歩きよるなぁ、互い違いに
足出して●わたしなぁ、あの子帰って来て、嬉しぃ中にちょっと悲しぃ思う
ねん■何でお前、そんな妙なこと?

●いぃえぇな、あの子の着てる着物なぁ、上下すっくり揃えたら相当お金の
かかるもんやで。奉公人にあれだけえぇなりをさしてるうちは無いと思うね
わ■そぉか? そら俺では分からん、そこらに何ぞあいつの持ちもんないか?
●ここに財布があるわ■かしてみ……

 開けてみると小判がザクッといぅほど入ってる、二人はただボ〜ッとしと
る。

●ちょっと、清吉帰って来たで■これそっちやっとけ……。清吉、えぇ風呂
がでけとったやろ、もっとこっち来い。遠慮はよそ行ってせぇ、こっち来い、
こっちへ来い!▲お、お父っつぁん、何を……

■言ぅな清吉、おのれはな ♪三つの癖は百までと、まだ悪い根性が直らん
のじゃな。この父親(てておや)身貧に暮らせども、人さんのものはチリすべ
一本掠(かす)めたことはない。親が子に手を合わして拝めば、世間の人は何
と笑うか知らんが、このとぉり、手を合わして拝む。どぉぞ改心して真人間
になってくれ……

■なぁ清吉、自首せぇ。このとぉり、このとぉりや▲そぉおっしゃりゃ仕方
ござんせん、何もかも申し上げましょ ♪なるほど、お家主のお世話でご奉
公にはまいりましたが、半季はおろか三月も続かず。主人のうちを飛び出し
て、どこへ行くともなく彷徨(さまよ)う内、悪いことは数重ね、今じゃ東の
土地で鬼あざみの頭(かしら)とか、いやさ、兄分とか、仲間のやつが立てら
れる身の上。

▲あっしが改心すると言っても、到底仲間のやつが改心させてくれません。
今日(こんにち)帰りましたのはお暇乞いかたがた、勘当してもらいに帰りま
したんでございます。その代わり父っつぁん、このお金は僅かですがあんた
に差し上げましょ。

■言ぅな清吉。人さんのもの掠めて盗ったもの、びた一文要らん。これ持っ
て、とっとと出て行け!▲そぉおっしゃりゃ仕方がない、じゃ、随分マメに
お暮らしを……

 清吉が出て行きます。出ましたあと、これを苦にいたしまして、おまさは
病死をいたします。ちょ〜ど三年のちに安兵衛が戎橋から身を投げよぉとす
るところ、通り掛かりまして助けましたのがこの鬼あざみの清吉。

 どぉした縁ですか、親の命を救ぅた……『武蔵野にはじかるほどの鬼あざ
み、今日の暑さに枝葉しおるる』と辞世を残しまして、三十二歳を一期に刑
場の露と消えます。


【さげ】
 盗みはすれど非道はせず、有る所のものを持ち出しては貧しぃ人を助けて
やったといぅ、義賊鬼あざみ清吉、生い立ちのお話でございます。


【プロパティ】
 鬼あざみ清吉=鬼坊主清吉(1805没)がモデル。生まれは江戸小田原町で、
   魚売りを職業としていた。文化2年6月千住小塚原で処刑となる。
 そんなり=そのなり=そのまま。例:持ったなり=持ったまま。
 たしなむ=ここでは、自分のおこないに気をつける。つつしむ。の意。
 小口=小さな入口のこと。戸口とも。
 ひじめる(歪める)=いじめる、苦しめる意。「口をひじめる」とも使い、
   食物を与えないことの意。
 生(な)さぬ仲=義理の親子の間柄。血のつながっていない親子関係。
 信楽餅屋=シガラキ:道明寺粉を白い布の袋に入れて茹でたもので、その
   棒状の餅を糸で輪切りにして胡麻入り砂糖・豆の粉・わらび粉などに
   まぶして食べる「砂ぁ糖ぉ〜え、しがらき〜、わらびも〜ち」と、長
   く節をつけて売り歩く信楽餅屋は夏の大阪の風物だった。
 やりこい=やらこい=柔らかい、軟弱。「やろこい」とも言う。
 一期=一生。
 音源:桂文紅 2003/02/16 上方演芸ホール(NHK)



【作成メモ】  ●参 照 演 者:main=桂文紅 sub=*  ●main高座記録日:2003/02/16  ●音  源  名:上方演芸ホール(NHK)  ●ファイル公開日:2003/07/06  ●江戸落語相当:*  ●更  新  日:2003/07/20  ●リクエスト数:rakug319  ●注 意 事 項:内容を削除、追加、改訂している部分があります。           記録日のmain演者によるさげを採用しました。

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