【主な登場人物】
野太鼓の一八(いっぱち) ほんの顔見知りの旦那
【事の成り行き】
生きて動いている鰻を見る機会がめっきり少なくなりました。顔を合わせ
るのはスーパーの鮮魚コーナーで販売されている、鰻蒲焼きパック詰めの姿
が常となっています。
町の商店街に活気のあった頃、店先で香ばしい匂いを撒き散らし、タレを
付けながら鰻を焼く魚屋の土間には、竹カゴに入れられてヌメヌメ、ニョロ
ニョロうごめく活きた鰻がいたものです。
日頃、肉料理の方が作るのも食べるのも簡単だ、という理由で魚料理を避
けているわたしでも「土用の丑の日」前になるとついつい、世間の騒ぎに乗
せられて買い求めることがあるわけです。
たいていの場合、舌に残念な思いで「ご馳走さま」を言うことの方が多い
のですが、夏の盛りの鰻というのは本当に旨いものなのか? フッと疑念が
湧いて調べてみると、思いの通り「鰻の旬は秋から初冬にかけて、越冬のた
めにか産卵のためにか、体に脂肪を貯め込む季節」という結果が出ました。
ただし、これは天然ものの場合に限るのであって、わたしがいつもお世話
になるお手ごろ価格養殖ものは「一番需要のある盛夏に、最も脂が乗るよう
調整されている」というから二倍に悔しいやないですか(2005/15/18)。
* * * * *
え〜、お運びありがたく御礼申しあげます。暑い中によぉお越しいただき
まして、なんといぅありがたいお客さんであろぉか、今も出演者一同余りの
嬉しさに、涙こぼして喜んでるものは、ただ一人もございませんけど。せっ
かく来てくれはってんさかい、最後までどぉぞお付き合いのほど、お願い申
し上げときますが。
まぁ我々この芸人、よぉ言われますのが「あんたらえぇなぁ、好き勝手な
こと言ぅてて、それでどぉのこぉの……」と言われますけども、この芸人ほ
ど難しぃもんはおまへんで、ホンマの話。ねぇ、こらもぉアホではできまへ
んから。と言ぅて、賢こでもやりまへんけどね。
我々はまぁ落語といぅのがありますから、ある程度楽ですけど、とにかく
落語もねぇ、あんたら覚えらたできる思てまっしゃろ? それ、でけへんね
でホンマの話。よぉね「覚えたらできる」言ぅけどね、全然違うのん。この
ね、小説でいぅ行間ちゅうのがあるわけだ、ここでどれだけ自分が工夫する
かです。
そらあんた、落語覚えてね、その通り皆がやってりゃえぇんやったら、松
鶴のテープここへ置いたらしまいの話でしょ、それではいかんわけだ。松鶴
の通りやってもいかんし、米朝の通りやってもいかんし、春団治のままやっ
たらいかん。ほたら何かと言ぅたら、やっぱりそれぞれの工夫が要るわけで
すから、落語わ。
中でもこの、芸人で一番難しぃ商売といぅのは、太鼓持ちといぅ商売、こ
れがまた難しぃ。芸者衆ですと、まぁ女ごが男の機嫌を伺うわけですから、
ある程度甘味がありますわ。
ところが太鼓持ちといぅのは、男が男の機嫌とるんですから、また男は無
茶なこと言ぃよる「漬けもんを目ぇで噛め」とかね「二階から飛び降り」と
か言ぅても「へぇへぇ」と笑いながらうまいこと誤魔化す。
せやからとにかく、お客さんに逆ろぉたらいかんわけだ。お客さんが「烏
は白い」と言ぅたら「あぁ、白いでんなぁ」と合わせないかん、大変な商売
です。
■おい、暑いなぁ●暑っついでんなぁ、こぉ暑かったら金玉が溶けそぉでん
なぁ■けど涼しぃやろ?●涼しぃ涼しぃ、北海道かなっと思いました■最前
食た刺身、旨かった●旨かった、あんな刺身おまへんで。生まれて初めて食
いました■筋があったやろ?●筋だらけでんがな、あんなもん。あらもぉ嫌
でんなぁ。
■俺なぁ、あいつ嫌いやねん、あの三八(さんぱち)いぅやつ●わたしも嫌い。
あんな嫌なやつおりまへんで■ちょっと可愛げあるやろ?●ありますありま
す、可愛げだらけでんがな■どっか行こか?●行きまひょ行きまひょ■やめ
とこか?●やめときまひょ。
何やわけの分からん話をしとぉる。
それからね、新町の何々とか、キタの何々、ミナミの何々といぅ、この師
匠連になりますと違いますけど、俗に言ぅ「野太鼓」といぅのがある。こら
もぉ道なんか歩いてましても、誰ぞこぉ知らんやつを捕まえては、百年ぐら
い飼ぉてもろた狆(ちん)コロみたいに慣れ染んて、ズ〜ッと付いて行ってき
つねうどんの一杯でもご馳走になろかといぅ。
これ、お客さんを魚に例えまして、家におるもん引っ張り出すのを「穴釣
り」と言ぅ、でこの道で引っ掛けるのを「陸(おか)釣り」とこぉ言ぅわけで
ございますが、一生懸命とにかく座敷なんか出れませんから、道で何か取っ
捕まえてはちょっとの銭にしょ〜といぅ商売でございますが。
●暑っついなぁ、せやけど今日わ……、今日はなぁ、羊羹がここにふた棹あ
んねん。なぁ、この餌で誰ぞ釣ってこましたろ。えぇ〜ッと、誰がえぇかい
なぁ? そぉや、こないだ中の芝居の前で会ぉたんや、蔦屋(つたや)の姐さ
ん「いっぺん、うちおいで」言ぅたはったからな、いっぺん行ったろ……
●確か蔦屋といぅのはこの辺やったなぁ……、え〜、こんちわ▲どちらはん
でおます?●あの、わたし一八(いっぱち)と申しましてな、幇間、太鼓持ち
でおましてな、今、門(かど)通りましたんで。これつまらんもんでおますが、
どぉぞお姐さんに……
▲まぁ、こらえらい済んまへんなぁ●で、お姐さんは?▲へぇ、うちのお姐
さんなぁ、旦那と有馬行きました●あぁ、いたはりまへんのん? あ、そぉ
すか。あの、いつ頃お帰りで?▲なんか「三日ほど行ってくる」言ぅたはり
ましたけど●あッそぉ、ほな、わたし一八と申しますんで、またついでの時
に寄してもらいますんで、えらいどぉも相済まんこって、へぇ……
●アホらしなってきた、敵がおれへんのんちゃんと見んと餌撒いてしもたら
あかんわ。こら大事にせないかんで、羊羹ひと棹。え〜ッと、今度はどこ?
そぉ、中村の姐さん、あの人、わし知ってるさかいな……
●え〜、こんちわ★まぁ、一八さんやおませんか、どぉもお久しぶり●暑っ
ついですなぁ、ホンマにご無沙汰で、あの、お姐さんは?★うちのお姐さん
な、旦さんと京都へ行きました●あぁ、京都に、あぁそぉだすか、へッ、ほ
ならわたし……
★あ、ちょっとちょっと一八さん、それ何ぞ持ったはりまっしゃろ?●え、
これ? へぇ、こらあのぉ、持ってますけど★それ、姐さんに預かっときま
ひょか?●いぃえぇ、こら別に姐さんに持ってきたわけやおまへんねん★そ
ら何ですのん?●「何ですのん?」て、これね、あの、弁当でんねん。
★お弁当? 何であんた太夫衆が弁当持って歩いてまんのん?●実はわたい、
わけ言わな分かりまへんけど、脚気(かっけ)でおましてな、麦飯の弁当食わ
ないかんと思いましてへぇ。ほなまた、ついでの時に寄してもらいまっさか
いに、えらい済んまへん……
●こらどぉもいかんわ、今日は誰もいてへん。こぉなったら穴釣りやめて陸
釣りせんならん、なぁ、ちょ〜ど時分どきやさかいに、誰ぞ捕まえて、何か
飯でもおごってもらおかいなぁ。そのあいだにヨイショかまして祝儀でもも
らおっちゅうやっちゃ。
●え〜、しかしやっぱり暑いさかいに、誰も表歩いてへんなぁ、誰ぞ……、
おッ、えぇ格好(かっこ)で来たがな、えぇ上布(じょ〜ふ)着てるで、帯止め
といぃ履きもんといぃ、えぇコ〜モリ持ってなぁ。あぁいぅ人はちゃ〜んと
金持って……、何や、俥乗って行ってもたがな、どんならんなぁ。
●あッ、向こぉから来る人、俺の顔見てニコニコ笑ろてるがな、誰やったか
いなぁ……? 太鼓持ちが人の顔覚えてへんちゅうのん、こらいかんがな。
だんだん近付いて来るがな、浴衣着て手拭持って、どこ行くんかなぁ?
●近付いて来た……、よッ、旦那、お久しぶりでッ■おぉ、師匠、久しぶり
やなぁ●えらい済んまへん、こないだはご馳走なりまして。もぉなぁ、わた
しもいろんな人見ましたけど、あんさんほど気風(きっぷ)のえぇ人おまへん
なぁ。芸者衆にボンボン・ボンボン祝儀きって、わたくしもあの時はえらい
酔いまして、ホンマに申し訳おまへん。
■どこで呑んだんや?●いえ「どこで呑んだ?」て、あ、あそこで、ほれ、
ズ〜ッとこぉ行ったとこ■何が「ズ〜ッと行ったとこ」や、どこで会ぉたか
教えたろか●えぇ、教えとくなはれ、どこで会いましたかいなぁ?
■お前と会ぉたんはな、一心寺で会ぉたんや●お寺で? 寺で会いましたか
いなぁ? え、誰の時に……、あッ、歌川のお師匠(おっしょ)はん。さよか
■そやがな、お前あの時、煙草盆蹴って皆に怒られとったがな●そぉでおま
すわ、あの時はえらい失礼(ひつれぇ)いたしました。旦さん、どちらへお出
かけで?
■カッコ見たら分かるがな、浴衣着てお前、手拭ぶら下げてんねん、今から
風呂屋行くねん●風呂屋、よッ、お供しまひょか?■アホなこと言ぅなお前、
風呂にお供してどないすんねんな●そんなこと言わんと、もぉ時分どきでっ
さかいな、なんかご馳走になりたいもんやなぁと思いまして……■お前、ま
るで寄生虫やなぁ。なんかいぅたら取り巻ことしてるやろ、まぁまぁ、そや
なぁ、このまま別れるっちゅうのもなんやし、何ぞ食べるか?
●食べます。食べます。もぉ大ぉ食べ、何ぼでも食べまっせ。もぉ牛でも豚
でもな、もぉ四本足なら何でも食います。と言ぅてもね、四本足でも食わん
のもありまんねんで、何を食わんかご存じでっか? へぇ、櫓炬燵は食いま
へんねん。何でか知ってまっか? これは「当たるから」言ぅて、ハッハッ
ハッハッ……
■エゲツナイやっちゃなぁ、しかし。そぉかいな、ほんだらな、どぉや、鰻
でも食ぅか?●鰻? この暑い最中に「鰻食いたいなぁ」と思てましたんや、
へぇ。鰻、そぉですか、柴藤(しばとぉ)かどっかへ?■アホなこと言ぅなお
前、こんなカッコしてんねや、この近所でえぇか?
●近所でっか、結構でおます■いやいや、いつも行ってる馴染みの店やねん。
店はもひとつやねんけどな、本場の鰻食わせるさかいに●あさよか、ほなお
供さしてもらいます■まぁ付いといでぇな●しかし旦さんねぇ、わたいホン
マに今日はね、朝からえぇことがあると思てましてん。と言ぃますのがな、
朝お茶入れましたらな、茶柱が立っとりましたからなぁ、誰ぞえぇ人に会え
ると思いまして。
●あのぉ、旦さんのお宅は?■先(せん)のとこや●先のとこ……、あぁ知っ
てます、先のとこ■知ってるか?●知ってます、知ってるがな。これ真っ直
ぐ行きまっしゃろ、ほでちょっと曲がりますやろ、ちょっとこぉ行ったらほ
れ、屋根のある……
■当り前やがな、屋根のない家(うち)なんかあるかいな●そぉそぉ、また寄
してもらいまっさかい■あぁ、来らたえぇさかい……、ここの鰻屋(うち)や、
今わし鰻見てるさかいな、お前、先二階上がっとき●さいでおますか、ほな
待ってまっさかいに、お先失礼します。
●へッ、よっと、二階へ上がってきた……、何やこれ? 汚いうちやなぁ、
子どもがあんなとこで勉強しとるやないか。オシメが干したぁる。これ、ホ
ントに鰻屋かいな? おッ、大将、どぉぞどぉぞ、ちゃ〜んとここ空けとき
ましたさかい。
■何を言ぅてんねん……、あぁ、姐さん済まんけどな、銚子一本と鰻二人前
持ってきてんか、それから先に何ぞつまむもんをな●そぉでおますか、こぉ
して香々(こぉこ)で酒呑むっちゅうのもよろしおます、旦さんおひとつ。
■えぇがな、今日はな、もぉお客と太夫衆関係なしに、友達づきあいしょ〜。
な、せやからそない行儀よぉ座らんとアグラかきぃな、平らに座りっちゅう
ねん。
●いえぇもぉ、アグラは鼻で十分かいてまっさかいな、結構でおまっせ。ほ
な独酌で、えらい済んまへん、相済まんこっておます。ちょ〜だいします、
お、こらえぇ酒ですなぁ。わたしも今までいろんな酒呑んできましたけどな、
こんな旨い酒おまへんわ。これこれ、香々、これわたい好きで、ホンマ行儀
悪おますけどな、こぉいぅのん手で食ぅのんが一番好きでおますねん……
●ん、んッ、こらおいしおますわ、ホンマ、ん、んッ、ホンマ■喧しぃなぁ
お前、ちょっと静かに食べたらどないや●しかし、旨いもん食いますと、勝
手に口がプルルルル〜ッと動きますんでな、はい、鰻がきました鰻が。よッ、
この鰻ッ、いただきますちょ〜だいします、へぇ……
●んッ、口の中でトロォ〜ッと溶けてしまいそぉな、結構でおますわ、ほ〜
ら結構で……■あのな、あんたまたうちおいでや。酒呑みたかったらちゃん
と酒樽(しゅたる)もあるさかいな。うちの嫁さんが芸人が好きでな、よぉ役
者から浴衣もらうねん、また浴衣何ぼでもやるさかいに、うちに来たらえぇ
さかいに。
●寄してもらいまんがな、寄していただきますがな。ほんであのぉ、旦さん
のおうちは?■先のとこや●あぁ、先のとこねぇ。ここをこぉ真っ直ぐ行っ
て、こぉ行ったとこの、ほれ、屋根があって入り口のある■当り前やないか
い、何を言ぅてんねん。あの、わしちょっと行ってくるさかい。
●どちらへ? え、憚(はばか)り? ほんだらお供いたしまひょ。え? せ
んでもえぇ、一人で呑んどけ? なるほど、粋なお客さんやなぁ「わしが座っ
てりゃ、気ぃ遣こて酒が呑めんやろ」てなもんで、こぉして自分一人で呑ま
してくれるっちゅうのがありがたい。ほな遠慮せんといただこか……
●鰻、結構ななぁ、こらなかなか旨い……、姐さん、姐さん、ちょっと済ま
んけど、あと酒二本、内緒で足しにしといて、持ってきてくれたらえぇさか
い、ドンドンいくさかい。
●しかしまぁ、あぁいぅ旦さんは大事にせないかんなぁ「いっぺん来いよ」
て。これからうち行ったら、向こぉの嫁さんがわしのこと気に入ってくれて
「わたしの妹の旦那にしたらどないやろ」言ぅてくれはって「うちのちょ〜
ど前が空いてるさかいに、あの家をやったらどないや」言ぅて。
●わしもとぉとぉ太鼓持ちから足洗えるかも分からん。あぁいぅお客さんは
大事にせないかんなぁ思てんねけどなぁ、ホンマに結構なもんで。しかし、
なかなか帰って来ぇへんなぁ、どないしてんねや? あそぉか「一八は気が
よぉ利くけども、ケツが重たい」と思われたらいかんさかいに、お迎えに行
かなしゃ〜ないなぁ。
●姐さん、はばかりはここだっかいな? あそぉか……、大将(トントン)
旦さん(トントン)何したはりまんねん(トントン)待ってまんねやで(ト
ントン)難産でっか?(トントン)ずっとおきばりやす(トントン)何をゲ
ラゲラ笑ろてんねん?
●今、旦さん迎えに来たんや、え? この中、誰もいてへんて? いや、そ
んなことあれへん、最前のあの浴衣着た人はどないしたんや? もぉお帰り
になりました? 何でや? あぁそぉか、馴染みやさかいに帳場へちゃんと
金を預けたぁるねんやな?
●え? まだ勘定いただいてません? ほな何かい、わしゃ今までずっと手
銭(てせん)でこれ呑んでたんか? ほぉ、なるほど、よぉ考えやがったなぁ
あのガキャ。まぁえぇわい、あと酒五本持ってこいホンマに、アホらしなっ
てきた情けない。太鼓持ちがこぉいぅ目に遭うとは思わなんだ。
●姐さん、あんたなぁ、この形(なり)見たら分かるやろ。わしゃこぉして低
姿勢で「大将」とか「旦さん」と言ぅてるやないか。わしの方がお供に決まっ
たぁるやろ★いや、けど先ほどのお客さんが「わしの方が浴衣着て、向こぉ
が羽織着てるさかいに、向こぉが大将で、こっちがお供やさかい」と、こぉ
おっしゃいましたんで。
●ふぅ〜ん、あそぉ、ほなわしゃ今、手銭で呑んだんやな。よっしゃ、ちょっ
と姐さんそこへ座り、あんたに言わんならんことがあんねん。あのな、鰻屋
に二人が来てやで、盃が二つ、柄が違うっちゅうのはどぉいぅわけやねん?
●なッ、そら片方(かたっぽ)がやで九谷で、片方が伊万里なら分かるで、こ
れ見てみぃや、片方は丸に天ちゅう字ぃ書いたぁる、これ天ぷら屋のやっちゃ
ないかい、で片方は日の丸と軍団旗がグイチになってるやないか、房がぶら
下がったぁって。
●ほんでこの徳利(とっくり)や、な、鰻屋の徳利ちゅうのは無地がえぇねん。
見てみぃこれ、狸が三匹ジャンケンしてるやないか、何やねん。それから、
この酒やがな、わしゃ客の手前「旨い、旨い」言ぅて呑んだで、呑んでる尻
から頭へビンビンくるやないかい。これ何ちゅう名前や?
★はぁ、兜正宗で……●「兜正宗?」どぉりで、頭へくると思た。それとこ
の香々、こぉこ何やこれ、この奈良漬。よぉ薄ぅ切ったなぁこれ、こんなも
ん自分で立ってへんで、横の大根にもたれとぉる。
●それからこの鰻や、わしゃ客の手前「舌の先でとろける」言ぅたけど、バ
リバリバリバリ音したぁるやないか。これ、どこにあったんや? え、生簀
(いけす)にあった? アホなことぬかすな、二階の天井裏にあったんやろ、
しょ〜もない。
●それから、この家は何やねん、ちょっと掃除したらどないやねん。わしも
いろんな家の色見たで、これ佃煮色やないかホンマに、あこへオシメぶら下
げやがって。ほんで、そこの床の間の掛軸は何や? 二宮金次郎やないか、
鰻屋の二階で女ごでもくどこかちゅうのに、何で働く人の掛軸が飾ったぁん
ねん? しょ〜もない。
●言ぃとないけどな、あんたもちょっとな、見てやらないかんちゅうねん。
わしがこぉいぅ風に低姿勢でしゃべってる、向こぉが浴衣でも偉そぉにして
る、どっちがお供でどっちが旦那か分かるやろ。そら確かに、あんたはな新
しぃかも知れん、え? 十三年いてますて?
●ネコやったら化けてるで、お前。よぉおるなぁホンマにもぉ、しょ〜もな
い。自分の手銭で食わしやがって、もぉ分かったわかった、払うがな。で、
なんぼやねん? え、九円七十五銭? ちょっと待ちぃなおい、鰻が二人前
に酒が五本、あと二本追加したって九円七十五銭て高いやないかい。
●え、なに? お供の方が、お土産に三人前持ってお帰りに? ハッ、そこ
までやるか……、はぁ、敵ながら天晴れやねぇ。あぁ、分かった。払お、払
うよ、払たらえぇねやろ。何かしてけつかんねん、よぉ今朝、コ〜モリ傘買
わなんでよかったなぁ、買ぉてたらえらい目に遭うこっちゃで。
●分かった、払ろたる。ここにちゃんと縫い付けたぁんねん、こらなぁ、普
通の金やないんやぞ、わしがな、芸人なる言ぅて家飛び出す時に、弟があと
から追いかけて来て「兄さん、もぉわしとあんたとは離れ離れなるけども、
これをわしや思て大事に持っといてくれ」言ぅてもぉてきたやつや、この十
円札。
●さぁ、持って行けッ。え、お釣り二十五銭? 要らんわッ、そんなもん。
そんなもんあんたに上げる。たかが二十五銭もぉたって嬉しないさかい。な、
あんたに上げる。あんたに世話になったさかいなッ。ホンマにもぉ、しょ〜
もない。つま楊枝くれ、つま楊枝。
●また来てくれ? 誰が来るかっ、アホンダラッ、何かしてけつかんねん、
しょ〜もない。おいおいおい、あんた下足番やろ、わしが帰ろっちゅうねん
さかいな、下駄出したらどないや下駄。なに? 下駄あれへん? 何をぬか
してんねん、わしの糸柾(いとまさ)の通った下駄があったやろな。え、お供
の方が履いてお帰りになりました?
●はぁ〜ッ、そこまでやるか、あのガキャ。ほんだらえぇわい、あいつの薄っ
ぺらい草履があったなぁ、あれ出してくれッ!
【さげ】
★あぁ、あれはお供の方が新聞紙へ包んで、持ってお帰りになりました。
【プロパティ】
太鼓持ち=宴席などに出て、客の機嫌をとり、その席のとりもちをするこ
とを職業とする男。幇間(ほうかん)。
門(かど)=家の前。屋敷の入口。宅地および周囲に付属した田畑などを意
味する垣内(かいと)からの転。
チン=狆:イヌの一品種。日本原産。奈良時代に中国から輸入された犬種
を改良したもの。体高25cm程度。顔が平たく体毛は長い。白色の地に
茶あるいは黒のぶちがある。愛玩犬。
有馬=有馬温泉:神戸市北区、六甲山地の北側、有馬川渓谷沿いの温泉地。
畿内最古の温泉。上代から知られる。京阪神地方の避暑・保養地。泉
質は食塩泉。
太夫衆=幇間、太鼓持ち、大道芸、門付芸、見世物などの芸人の称。
脚気(かっけ)=ビタミンB1欠乏による栄養失調症の一種。末梢神経が冒さ
れ、足がしびれたり、むくんだりする。脚病(かくびょう)。あしのけ。
ヨイショ=物を担ぎ上げるときなどに使う掛け声ヨイショ。にひっかけて、
おだて担ぎ上げること。
かます=はさむ・さしこむ・クサビを打つ。が本来の意味であるが、やっ
つける・やってしまう。の意味にも使う。
上布(じょうふ)=上質の麻糸で織った軽く薄い織物。夏の着尺地とする。
越後上布・薩摩上布など。
コウモリ傘=開くとコウモリが翼を広げた形に似るところからいう。細い
鉄の骨に絹・ナイロンなどを張った洋傘。こうもり。
気風(きっぷ)=気まえ。気性。心意気。
一心寺=坂松山高岳院一心寺(ばんしょうざんこうがくいんいっしんじ)、
浄土宗、開基1185(文治元)年、法然上人、法然上人二十五霊場第七番
札所、年中無休、宗派を問わぬ庶民の寺、大阪市天王寺区逢阪2丁目。
四天王寺、石の鳥居を西に下った左側にあります。
煙草盆=炭を入れるための「火入れ」と、竹でできた灰捨て「灰吹」を一
つの箱に納めたもの。取っ手のついたものが多い。
エゲツナイ=濃厚な・辛辣な・酷烈不快な場合などに用いる形容詞。エグ
イ(喉を刺激するいがらい味)から出た語だろうという説もあるが、一
方にはイゲチナイという語もあり、イカツイ(厳しい)の転じたものか
と考えられる。イカツイ→イカツナイ→エカツナイ→エゲツナイ。ナ
イは幼気(いたいけ)ないなどと同じで、無いではなく甚だしいという
意味の接尾語。
柴藤(しばとう)=三百年の歴史を持つ鰻料理の老舗。現在、大阪市中央区
高麗橋2丁目に店を構える。
コォコ=香香:元来漬物のことであるが、特に大根漬け(タクワン)のこと
を指す場合が多い。
憚(はばか)り=人目をはばかる所の意で便所のこと。
しゃ〜ない=仕様が無い→しょうがない→しょ〜ない→しゃ〜ない。
手銭(てせん)=自分の金。身銭。
なり=形・態:服装。また、髪形・服装などを含めた人の姿。身なり。
九谷=九谷焼:石川県九谷に産する磁器。明暦(1655〜1658)年間に開窯し、
元禄(1688〜1704)初年まで製された豪放な色絵磁器(古九谷)、および
1806年京都より青木木米を招いて開窯したのに始まる精細豪華な色絵
磁器などの総称。
伊万里=伊万里焼:伊万里港から積み出された陶磁器の総称。有田焼を主
とする。
グイチ=食い違うこと。ちぐはぐ。
しょ〜もない=つまらない。くだらない。仕様もないの訛化。
二宮金次郎=二宮尊徳:(1787〜1856)江戸後期の農政家。通称、金次郎。
相模国の人。合理的で豊富な農業知識をもって知られ、小田原藩・相
馬藩・日光神領などの復興にもあたる。その陰徳・勤倹を説く思想・
行動は報徳社運動などを通じて死後も影響を与え、明治以降、国定教
科書や唱歌などにも登場。
何かしてけつかんねん=何を+ぬかして+けつかる+ねん。ヌカスは「言
う」ケツカルは「する、いる」という意味の下品な悪態口を示す語。
ネンは助詞「〜のだ」標準語では「何をおっしゃっているのでしょう」
糸柾(いとまさ)=糸目柾:木材の柾目が、糸のように細かくて密なもの。
新聞創刊=1871年1月(明治3年12月)横浜で発行された「横浜毎日新聞」
が、日本で最初の日刊新聞。ちなみに大阪では1879年「大阪朝日新聞」
1888年「大阪毎日新聞」1952年「大阪読売新聞」。それ以前は、1868
年「内外新聞(週刊)」同年「浮世新聞(1号のみ)」1871年「大阪日報
(浪華要報)」1872年「大阪新聞」など創刊されるが、いずれも短命。
面白いところでは1877年「浪花実生新聞」1878年「大坂でっち新聞」
のちに「大阪絵入新聞」。1888(明治21)年から数年間「大阪朝日新聞」
「東雲新聞」「関西日報」「大坂公論」「大阪毎日新聞」の五紙激戦
時代。1891(明治24)年以降「大朝・大毎時代」となる。
音源:笑福亭鶴志 2005/08/05
ゆとりーと寄席(HCT:東大阪コミュニティテレビ)
【作成メモ】
●参 照 演 者:main=笑福亭鶴志 sub=*
●main高座記録日:2005/08/05 ●音 源 名:ゆとりーと寄席(HCT)
●ファイル公開日:2005/12/18 ●江戸落語相当:*
●更 新 日:2006/01/08 ●リクエスト数:
●注 意 事 項:内容を削除、追加、改訂している部分があります。
記録日のmain演者によるさげを採用しました。
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