【主な登場人物】
西町奉行・佐々木信濃守
松屋表町の桶屋、高田屋綱五郎のせがれ、四郎吉(13歳)
四郎吉の遊び仲間 町役その他近所の住人 西町奉行与力同心ほか
【事の成り行き】
「栴檀は双葉より芳し」俊才は子供のときから優れているそうですけど、
わたしも子どもの頃から「上林(かんばやし)」なのです。何のこっちゃ。
かと思えば「昔神童、今ただの人」年を経るにつれて埋もれていってしま
う才能の持主がいたりします。思うに、育てられ方の問題なのでしょう。
早くに才能を見出して、適切に伸ばしていけば誰もがその道の達人になれ
ると思うのですが、現体制の教育環境ではよっぽど師に恵まれないと芽を伸
ばすことなんかできそうにありません。
ここはやっぱり一番身近な親御さんがその責を負うべきだと思うのです。
と言いましても「親バカちゃんりん」たいていは親の期待ばかり大きくて、
子どもの才能を見つけるのは容易ではありません(1996/08/12)。
* * * * *
嘉永(1848/2/28-1854/11/27)といぅ年間に大阪へ赴任して来られた佐々木
信濃守。少こぉし発音がしにくぅございます。ささきしなののかみ。なぜ、
しにくいかと申しますと、しなのの、といぅところが shinanono、エヌエー
エヌオーエヌオー、n音が三つ続いておりますのでちょっと発音がしにくぅ
ございます。ささきしなののかみ……、何とか言えたよぉでございます。
このお方が誠に結構なお奉行さんやったそぉでございます。元来大阪といぅ
ところが商業の地と申しますか、商売人の町でございますから、お金の力と
いぅのもが大きく働くのでございます。このこと自体は決して悪いことでは
ございませんが、これが裁判事、お奉行事に金の力が働くといぅと、今も昔
も決して芳しぃことではございません。
原告、被告どちらにいたしましても、分の悪くなりました方が何がしかの
お金を渡す。賄賂、賄(まいない)、袖の下。お奉行さんとて人間でございま
すから、こちらへズシッと入りますといぅと「そぉか……」てなもんで、
「お前の方が悪いと思いよったが、お前の方が悪いぞ」ひっくり返された
方がほっとくわけにまいりません「よろしくお願いいたします」賄賂、賄、
袖の下。こちらへズシッと入る「おッ……、お前もか?」
「お前の方が悪いと思い、かけたが、やはりお前の方が悪い」元へ戻った
りなんかするのでございます。戻された方が「よろしくお願いをいたします」
ズシッと入る賄賂、賄、袖の下。「まッ……、またか?」
「困ったなぁ……、お前の方が悪い、と決まりかけたが、やはりお前の方
が悪い」この奉行が一番悪かったりするのです。この悪習を何とか断つこと
はできんであろぉかと、佐々木信濃守ご赴任以来、それとなく町中をお見回
りでございます。
今日しも気の利ぃたお家来衆をお一人お連れになりまして、ブラブラやっ
てお越しになりましたのが長堀の東はずれ、安綿橋(やすわたばし)の南詰で
ございます。この辺り住友さんのお屋敷があったことから「住友の浜」と呼
ばれておりました。
佐々木信濃守、住友の浜にさしかかりましたところ、二人(ふたぁり)の子
どもが後ろ手にくくられまして、ほかの子どもが一人その縄尻をつかんで、
五、六人の子どもが周りを取り囲む、縄尻をつかんだ子どもは前の二人のオ
イドをば竹の棒でピシャ〜、ピシャ〜やりながら「これ、きりきり歩め!」
■三蔵、あれは何じゃ? 小児(しょ〜に)の戯れ事にしては、ちと度が過ぎ
るよぉじゃな▲いかさま、さっそく取り調べまして……■待て待て、所変わ
れば品変わるといぅことがある。上方ではかかる遊びが流行るのかも知れん、
もそっと様子を見よぉ。
お奉行さんが見ておられるとも知りません子どもたち、オイドをビシャ〜
ビシャやりながらやってまいりましたのが材木置き場。砂利の上にムシロが
敷(ひ)ぃてございます。それへ縄付きの二人を座らせる、別の子どもが一人、
積み上げました材木の上へツッツッと上がって行きますと天辺のところでク
ルッと向き変えまして、こっち向いてチ〜ンと座ります。
●両名の者、面を上げぇ。余は西町奉行佐々木信濃守である■三蔵、あの小
児は余と同姓同名じゃなぁ?▲いかさま、一応取り調べまして……■待て待
て、もそっと様子を見よぉ。
お奉行さん、もぉちょっとあんじょ〜様子を見よといぅのでネキへ近寄っ
てこられますといぅと、傍らに立ってた子どもが「こらこら、往来の侍。吟
味の邪魔じゃ、脇寄ったれ」ダ〜ッ、棒で追いよったんです。お奉行さん、
苦笑いをしながら少こぉし離れたところへ立ってご覧になっております。
●両名の縄を解いてやれ。その方どもは往路上において喧嘩口論いたしておっ
たそぉなが、喧嘩の次第有体に申し上げ◆へぇ、お奉行さんに申し上げます。
これ、テッちゃんがいかんのですテッちゃんが。わたい何にも物知りと違う
のに、みな勝手に「物知りや」言ぃよんのです。ほな、そこへテッちゃん来
てね「お前、物知りや言ぅとったけど、こんなこと知ってるか?」言ぅてね、
一から十まで「つ」は揃ろてるか揃ろてないか聞きまんねんで。
◆わたい、知らん言ぅたらね「これぐらいのことも知らいで、物知りてな顔
すな」言ぅてね、頭ゴンと一ついきよったんで、わたい向こぉ脛蹴り上げた
らね、顔バリバリバリっとかきむしりよったんだ。それから喧嘩になったん
●何といぅ喧嘩をいたす……。テッちゃんとやら、それに相違ないか?
★へぇ、その通りです。いけまへんでホンマに、いけまへんでこれ、いけま
へんでこいつ偉そぉに言ぅて、頭ゴ〜ンといったら何にもよぉ言ぃまへんね
んこいつ●友達といぅものは仲良ぉせねば相成らん。朋友の間柄でありなが
ら、往路上において喧嘩口論いたすのみならず、上多用のみぎり手数をかく
る段不届きの至り、重き罪科におこのぉべきところ、特別の憐愍(れんみん)
を以て本日はさし許す。以後はならんぞ。
★ほな何ですか、お奉行さんにちょっと伺います●何じゃ?★一から十まで
「つ」は揃ろてるもんでやすか、それとも揃ろてないもんでやすか?●一か
ら十まで、つは……、揃ろておる★ほぉ、揃ろてますか。さよか、おかしぃ
なぁ……、そら一つ、二つとは言ぃますけど、十(と)つとは言わんよぉに思
いまんねんけど。十(とぉ)に「つ」は付かんよぉに思いまんねんけど。
●だまれ! 奉行の申すことに偽りがあるか。なるほど「とつ」とは言わん。
「とぉ」に「つ」は付かぬが、とぉに付くべきはずの「つ」をほかに取って
いるものがあるであろぉ、分からぬか? ひとつ、ふたつ、みっつ、よつ、
いつつ……。ここに「つ」が二つある。この「つ」を一つ取って「とぉ」に
付ければ一から十まで「つ」は揃ろておる。相分かったか、分かれば本日の
裁きはこれまで、一同の者立ちませぇ〜ッ!
◆うワァ〜ッ、四郎(しろ)やん上手いなぁ、こんなお奉行さん初めてやなぁ。
これからお奉行さん、四郎やんに決めとこか★決めとこ決めとこ、帰ろ帰ろ
(ワァ〜〜〜〜ッ)
* * * * *
■三蔵▲ははっ■ほかの小児はともかくも、あの奉行役を勤めし小児、親あ
らば親もろとも、町役付き添いの上、即刻西のご番所まで出でますよぉ。分
かったな▲ははぁ〜。
ご家来が付けてまいりますといぅと、子どもといぅものは真っ直ぐ家へ帰
いらんもんでございます。傍らの家へ飛び込んだんで、ここの家の子ぉかい
なと思てますと、ビャ〜ッと飛び出して来る。向かいの芋屋へ入ったんで芋
屋の子やなと思てますと、芋かじりながらビャ〜ッ。あっちウロウロ、こっ
ちウロウロやってまいりましたのが松屋町(まっちゃまち)。
親っさんの商売が桶職人、大きな風呂桶前にトントンやってますところへ
さして、
●お父っつぁんただいま◆「ただいま」やないわいホンマにもぉ。何でいっ
ぺん家へ戻ってから遊びにいかんのじゃドアホ。寺屋からじかに遊びに行き
よってから、どこへ行たや分からん、親は心配せんならんのじゃ。第一ここ
らの小せがれはロクなことして遊ばんねんで。お奉行事やの罪人事やのいぅ
て。
◆こないだもそぉじゃ、わいが隣町へさして用があって道歩いてたら、少ぉ
し前をお前が後ろ手に縛られて、オイド、ビシャ〜ビシャ叩かれてる。相手
は子どもじゃ、遊びやとは分かったぁるけれども、親の身としてやで、そん
なとこ通れるか。仕方ない横へ曲がろと思たらお前の方から「お父っつぁん、
わいやわいや。おかげで今日は三年の島流しや……」よぉあんなアホなこと
言ぃやがったなぁ。
◆ホンマにもぉ、顔から火が出たわい●お父っつぁん済まん、いろいろと心
配かけて済まんなぁ。けど安心してんか、わい今日から奉行とまでは出世し
てん◆何が出世じゃ、何が奉行じゃ●今日からやらしてもろてん。今まで東
のお奉行さんでやってたん、今日は西のお奉行さんでやったんやで。今度来
よった佐々木信濃守っちゅうやつ、あいつでやったってん。みなうまいうま
い言ぅて褒めてくれよってんで、なかなか評判がえぇねんで、あの佐々木信
濃守ちゅうオッサン。
◆何ちゅうことを言ぅのじゃお前は、今度のお奉行さんは恐いねんぞ「酢で
もコンニャクでもあかん」ちゅうて町中のお年寄りは震え上がってござるわ。
「佐々木信濃守ちゅうオッサン」やと、誰がどこで聞ぃてるもんやないぞ、
たいがいにせぇ。
▲おぉ、許せよ◆へ、お越しやす▲身共、佐々木信濃守の家来……◆言わん
こっちゃないがな、あのぉ、何しよったんか知りまへんけど、子どものこっ
てんねん、どぉぞ堪忍してやっとぉくなはれ▲いやいや、そぉではない。咎
めにまいったのではないぞ。ここは何といぅ所じゃ? ん、松屋(まつや)表
町であるか。その方の名は何と申す?
◆わたしでございますか、高田屋綱五郎と申しますもんで▲その方のせがれ、
名は何と申す?◆し、四郎吉と申します▲何歳に相成るな?◆四十六でござ
います▲たわけ、子どもの年じゃ◆じゅ、十三でございます◆何をオドオド
いたしておる……、相分かった。その方、同道いたして町役付き添いの上、
即刻西のご番所へ出でまするよぉ。町役の方へは身共から知らしておく。
* * * * *
町役に知らせてお帰りになります。これ聞ぃて町中ひっくり返るよぉな騒
ぎでございます。
★えらいことになったぁるやないか、ちょっと寄っとぉくれ。何かいな、こ
こらの小せがれそんなことして遊ぶんかいな。番太(ばんた)ちゅうたらな、
火の番さえ見ててくれたらえぇのんと違うねんで、そぉいぅお上を恐れん遊
びをしたら取り締まってくれないかんやないか▲わても大抵言ぃまんねんけ
ど、ここらの小せがれ言ぅこと聞きよれしまへんねん。悪いやつが揃ろてまっ
さかいなぁ。
▲中でも一番悪いのが、あの桶屋の小せがれですわいな。悪いやつだっせ、
大人なぶりするのん何とも思てまへん。こないだも、わてオイドに痔が出ま
してねぇ「痛いわい、痛いわい」言ぅてたんです。ほたら、あの四郎やん来
てね「オッサン、えぇこと教(お)せたろか」何やちゅうたら「飴の粉ぉ、オ
イドへ振りかけたらえぇねん」そんなことして治んのか言ぅたら「飴振って
痔ぃ固まるや」言ぅて。わたいホンマにやってえらい目ぇに……
▲飴屋行ってオッサンに言ぅて粉ぉもろて、うつむいてバァ〜ッと振りかけ
てたら、わい腹の具合がちょっと悪かったんだ、プッと一パツやったんだ。
ほたら、飴の粉ぉがワ〜ッと舞い上がって目ぇや鼻に入って、涙が出るやら
クシャミが出るやら、えらい目に遭ぉてますねん……。来ました来ました、
ちょっと見たっとくなはれ、あの歩きよぉ……。四郎ちゃん、こっちおいで
こっち。
●いやぁ、これはこれは、どなたはんもお忙しぃのにご苦労さんでございま
すなぁ▲子どもの言ぃよぉやおまへんやろ……。四郎ちゃん、こっちおいでっ
ちゅうねん。お前、おかしなことして遊んでたんと違うか?●住友さんの浜
でお奉行事……
▲それがいかんやないか、お奉行事なんて大それたことしないな。誰ぞ周り
に立って見てなんだか?●周りには立って見てなんだ。けども……、そや、
お侍が二人、道で見てたで★侍が? どんなお侍やった? せめて紋所なと
覚えてないか?●そやねぇ……、四角い、あっ、四つ目の紋★四つ目、違い
おまへん、佐々木さんでおます。この頃お忍びでお見回りやちゅうこと聞ぃ
てまんねん。
★なんぞ粗相なことあたんと違うか?●わたいら何もせぇへんけれどもな、
竹屋の友吉っとんが「往来の侍、邪魔やどけ」ちゅうて棒で追ぉた★そら何
をするねんな。お奉行さん棒で追うやつがあるかいな●知らんがなわい。あ
んなんみな下役の係りや。
★何が下役や……、高田屋はん、今日はあんたとこの倅(せがれ)、首が胴へ
付いては戻りまへんで◆えぇ〜ッ! えらいことになってしまいました。
* * * * *
大人連中はビックリいたしましたが、子どもは至って平気なもんで、一同
うち揃いましてゾロゾロとやってまいりましたのが西のご番所。本町橋の東
詰めを北へ、ただいまのコクサイホテルのあるところが番所跡やそぉでござ
います。
浜側が溜りと申しまして控所になっております。ここで控えておりますと
次々とお呼び出しになる。ところがこの日に限りまして、この松屋町の一件、
いくら経ってもお呼び出しがございません。あとから来たもんがドンドン先
へ先へ片付いていきます。
そのうちに日が暮れてまいります。いつもでございますといぅと与力衆、
同心衆が天満の役宅、与力町・同心町の方へお帰りになります。それがこの
日に限りまして一人の退出もございません。おかしぃなぁと思いながら待っ
ておりますうちに、ついに明かりが入ります。
その頃おいに「松屋表町桶屋綱五郎せがれ四郎吉、町役一同、出ませぇ」
声がかかります。一同うち揃いましてゾロゾロ。こぉいぅ小さな事件は目安
方といぅところで、吟味与力といぅのが調べをいたしますんやそぉで、町役
の方は慣れておりますから、そっちの方へ行きかけますといぅと「こりゃこ
りゃ、お白州へ通れ」
お白州といぅと、お奉行さまが直々に取り調べをするところでございます。
よほど大きな事件やないと、お奉行さんが直々にお白州を使うといぅことは
なかったんやそぉでございます「たかの知れた子どもの事件にお白州とは?」
と思いながら一同、ゾロゾロ通ってまいりますといぅと、左右には与力、同
心、手先、小物に至りますまでがズラァ〜ッと居並んでおります。
高田屋綱五郎、お父っつぁんの方は初めてでございますから「ご番所といぅ
ところは物々しぃところやなぁ」ぐらいで済みますが、様子を知った町役人
の方「今日はいったい、どぉいぅことになったぁるんやろ……」恐る恐る砂
の上のムシロへ。
「シ〜〜〜ッ」オシッコをさせているのではございません……。警蹕(け
いひつ)の声といぅのが掛かりますといぅと、ご存知の正面の稲妻形の唐紙
がサッと左右に開きます。お出ましになりましたのがお奉行さん。ツ、ツ、
ツッツ……、ピタリとお着座でございます。
当時の奉行職といえば誠に力を持ちましたもんでございますなぁ。単に裁
判所の長官であるに留まりませず、今でいぅところの大阪府知事、大阪府警
本部長、それに裁判所長官を兼ね備えるといぅ、まことに貫禄がございまし
た。
* * * * *
■松屋表町、高田屋綱五郎せがれ四郎吉、町役一同出ておるの?★お恐れな
がら、これに控えております■こりゃ、四郎吉、面を上げぇ。四郎吉、面を
上げんか★面、顔を上げんねやがな●へっ、こんな顔でおます■おぉ、その
方じゃ。その方、奉行の顔に見覚えはないかな?●あぁ〜〜っ、住友の浜に
立ってはったお侍でっしゃろ。
■よく思い出してくれた。あの節は裁きの邪魔をして済まなんだなぁ●何を
おっしゃる、結構ですて。けど、これからもあるさかい、以後は気ぃ付けて
もろた方が……■上多用のみぎり、手数をかくるやつが多くてかなわんのぉ
●ホンマだんあぁ、ご互いに事務多忙で……★要らんこと、言ぃなはんな。
■あの折「往路上で喧嘩口論するのみならず、上多用のみぎり手数をかくる
段不届きの至り、重き罪科に行うべきところ特別の憐愍を以ってさし許す」
といぅのが裁きの終わりのよぉであったのぉ●へ、さいでおます■あぁいぅ
ことは何か、寺屋の師匠でも教えてくれるのか?●何をおっしゃる、あんな
ことお師匠はんに聞こえたら叱られまんねん。どぉぞ内緒にしといとくなは
れ。
■一から十まで「つ」が揃うの揃わんの、その方、本でも読んでおったか、
知っておったか即決か?●何や知らん、あんなこと言ぅたら答えになんのか
いなぁ、思て言ぅてみましたんです■あれだけの難題、よく即座に解き得た
なぁ。
●わて、今日初めてお奉行さんやらしてもろたんでんねん。お奉行さんて気
持ちよろしぃなぁ。高いとこでそっくり返ってたらよろしぃねん。あんなと
こへ座らしてもろたら、どんなことでも答えられまんなぁ。威張るばっかり
で、よぉ裁ばかんお奉行さんが来たら大阪は暗闇や。なぁ、オッサン。
■こりゃ四郎吉、しからば奉行の尋ねること何なりと答え得るか?●わたい
かて知ってることやったら何でも答えまっけど、今も言ぃましたよぉに、あ
んさんそんな高いとこで座ってんのに、わたい下でワァワァ言ぅてますねん、
位負けがしまっしゃろ。あんさんの隣へ座らしてもろたら何でも答えますわ。
■許す。これへまいれ●ちょっとごめん……◆こ、こら。うちのせがれ、お
奉行さんとこ行きまんがな★かめへん、お許しが出たぁるさかい◆そぉかて、
四郎吉戻ってこんかい!▲控えおれ!(バシッ、ゴロン)
可哀想ぉにお父っつぁん、どつかれてひっくり返されてしまいました。子
どもは何の恐れもなくお奉行さんの隣にチンと座ります。
■こりゃ四郎吉、夜になると星が出るのぉ●お星さんねぇ、あれ昼間から出
たはりまんねん。けどお天道さまのお照らしがキツイさかい見えんだけのこっ
てんねん。何十年か前に日食とかいぅてお陽ぃさん翳ったことがあるんやそぉ
でんなぁ。その時、お星さん昼間からちゃんと出たはったそぉでっせ。
■……。その方、あの星の数を存じておるか?●お星さんの数ねぇ……、お
奉行さん、このお白州の砂利の数知ったはりまっしゃろか?■……。白州の
砂利の数が分かろぉはずはない●さよか、手にとって触れるもんでも分から
んねんなぁ……、あんな高いとこにあるのん、わてら知りまへんわ。
■……。しからば、余がこれから白州の砂利の数を読む。その方、天へ昇っ
て星の数を数えてまいれ●行てまいります。けど、わてまだ天ちゅうとこ行
たことおまへんので、とりあえず誰ぞわたいを天まで連れっとくなはるか。
話はそれからだんなぁ……
「申し付けたるものをこれへ持て」三方の上にお饅頭が山のよぉに積み上
げられまして、それへスッと出ます。
■四郎吉、その方に取らす、遠慮なく食すがよい●わ、わ、わぁ〜ッ。薯蕷
(じょ〜よ)のお饅。わてこれ好きでんねん、いただいてよろしんですか、わ、
わ、わぁ〜、竹の皮の座布団敷ぃてもろて、わぁ〜、上等やなぁ、餡かてテ
カ〜ッと光ったぁる。うちのお父っつぁんもちょいちょい買ぉてくれまんね
んけど、こんな上等やおまへんねん。
■その方の父親は饅頭を買ぉてくれるのか?●へぇ、ちょいちょい買ぉてく
れまんねんけど、こんな上等やおまへんねん■母親は何を買ぉてくれるな?
●お母ん何も買ぉてくれしまへんねん、小言ばっかりくれまんねん■饅頭を
買ぉてくれる父親と、小言をくれる母親と、そちゃどちらが好きじゃ?
●お奉行さん、ポカッと二つに割ったこのお饅。どっちがおいしぃと思いま
す?■……。味の変わろぉはずはない●おんなじこってんねん、お母んかて、
わたいのため思て言ぅてくれまんねん、言ぅたら損な役回りだんなぁ。
■……●ん〜〜ん、ん〜〜ん。ホンにこらおいしぃお饅だ。お奉行さん、お
茶一杯くんどくなはれ■……。
■こりゃ四郎吉、この四方あるものを三方といぅは妙じゃのぉ●今度は問答
ですか……? なるほど、四方あるものを三方。ほな、この辺に居たはる人、
一人で与力ちぃまんねんなぁ■いち人にて与力か。しからばその方、与力の
身分を存じておるか?●……、ちょっと難しなってきましたなぁ。
懐へ手を入れますと持っておりました起き上がりこぼしをヒョイッと放る。
ユ〜ラユ〜ラ、ユ〜ラユ〜ラ、ピ〜ン。
●この通りで■この通りとは?●だいたい身分の軽ぁるいもんだんねん。け
ど、お上のご威光といぅ重りが付いてまっさかい、ピンしゃんピンしゃん、
そっくり返ってまんねんねぇ。けど踏んだらじきに潰れる腰のない……
■何といぅことを申す……、しからばその方、与力の心意気を存じておるか?
●だんだん難しなってきたなぁ……、天保銭一枚拝借。
懐から紙切れを取り出しますといぅと、これで紙縒り(こより)をこしらえ
る。天保銭の穴へ通す、達磨の頭へキリキリ……、ヒョイ。今度はゴトッと
倒れたまま起き上がってこん。
●この通りで■この通りとは?●とかく金のある方へ傾くよぉで……
えらいことを言ぅてしまいました。この一言で賄賂、賂、袖の下といぅも
のが横行しているといぅことをピタリと言ったわけでございます。居並ぶ与
力、同心衆、赤ぁい顔をしてうつむいている人がある。
中には潔白な人もあります「おのれ、この小せがれ憎っくきやつ」と睨み
付けてる人もある、中に皮肉な人は平生その賄賂、賂、袖の下を取っている
であろぉ人の方をチラチラ、ニタニタ笑ろて見ている人がある。一座は白け
渡ります。
「十五に足らぬ小児さえ、かかることを申す。下、百姓、町人の苦しみは
いかばかりであるか」と、ジロッと睨まれたました時には、一同身のすくむ
思いであったそぉです。
■こりゃ四郎吉、以後は左様なことを申してはならん●別に言わしまへん、
わたいかて言ぃとぉて言ぅたんやないんで、お尋ねになったさかい言ぅただ
けのことでんねん。ホンの座興だんなぁ■こりゃ、座興といぅやつがあるか。
しからば今ひとつ尋ねよぉ。あの衝立に仙人の絵が書いてある、何やら面白
そぉに話しておるが、何を話しておるのか尋ねてまいれ。
●……、行てまいりました■何を申しておったな?●「佐々木信濃守ちゅう
たら、ちょっとアホやなぁ」言ぅてました■何?●「佐々木信濃守、だいぶ
アホやなぁ」言ぅてました■黙れッ! 将軍家のお眼鏡を以って奉行職を勤
むるこの信濃守、馬鹿で奉行が勤まるか。
●大きな声出しなはんな。わたいが言ぅたわけやおまへんので、仙人が言ぅ
てましたんで■それでは、なぜ馬鹿であるか尋ねてまいれ●……、行てまい
りました■なぜ馬鹿であると申しておった?●へぇ、絵に書いたもんがもの
言ぅわけないのに聞ぃて来いやなんて、佐々木信濃守てだいぶアホやなぁ。
■……。綱五郎、そちゃえらいせがれを持ったなぁ◆何のこっちゃさっぱり
分かりまへん。どぉぞ命ばかりはお助けを……■かかる小児は導きよぉで、
天晴れ世の役に立つ人間にもなろぉが、一つ間違えば恐るべき人物になるや
も知れぬ。十五になるまでその方の手元に置け、十五にならば身共が引きとっ
て養育してとらす。
【さげ】
のちに有名な天満与力と出世をいたします、生い立ちのお話でございます。
【プロパティ】
佐々木信濃守=佐々木顕発:1854(嘉永7)年2月26日「大坂城代土屋寅直、
同町奉行石谷穆清、同佐々木顕発ら、摂津、和泉、播磨の三国の海岸
防御意見を幕府に具申す」1854(嘉永7)年9月24日「大阪城代土屋寅
直、大阪町奉行佐々木顕発、同川村修就らと議して、プチャーチンの
書簡を斥け、下田回航を諭すべきに決し、所見を具して幕府に上申す」
という記録あり『幕末史年表』ほか。
憐愍(れんみん)=憐憫:あわれむこと。なさけをかけること。同情。
寺屋=寺子屋:江戸時代の庶民のための初等教育機関。武士・僧侶・医者・
神職などが師となり、手習い・読み方・そろばんなどを教えた。寺。
酢でもコンニャクでもいかん=どうにも手に負えないことをいう。どうに
もこうにも。(酢でも蛸でも南瓜でもあかん)=まず「酢」は体を柔
らかくするという意味から、懐柔。「蛸、南瓜」は女性の好きな芝居、
コンニャク、芋、蛸、南瓜で嗜好品。どちらも役人に対する賄賂、賂
(まいない)、袖の下を比喩したもの。で、それらを使っても「うん」
と言わない堅物であることを言っている……。のかな(kさんより)
コクサイホテル=残念ながら2000年倒産。2001.5現在身売り決定して取り
壊されるらしい。
三方(さんぼう)=檜の白木で作った折敷(おしき)を、3面に刳(く)り形の
ついた台につけたもの。神饌(しんせん)を載せたり儀式用の台とする。
刳り形=三宝・衝重(ついがさね)・文箱の蓋などにみられるくりあけた穴。
天保銭=楕円形をした大型の穴あき銅銭。表面に「天保通宝」裏面に「當
(当)百」という文字と花押が刻印してあり銭百文と等価とされたが、
一文銭4〜5枚を使い密鋳されたものが多く出回ったことから、実際
には百文以下で取引された。それで、少し足らない人間を「天保銭」
とからかったという。1両=4千文、1両が4万円として千円。
音源:1981/01/25 枝雀寄席(ABC)
【作成メモ】
●参 照 演 者:main=桂枝雀 sub=*
●main高座記録日:1981/01/25 ●番 組 名:枝雀寄席(ABC)
●ファイル公開日:1996/08/12 ●江戸落語相当:*
●更 新 日:2004/10/08 ●リクエスト数:
●注 意 事 項:内容を削除、追加、改訂している部分があります。
記録日のmain演者によるさげを採用しました。
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