【主な登場人物】
行商の油屋 茶道具屋の金兵衛 時の帝(みかど) その他
【事の成り行き】
学生の頃からオーディオの趣味があり、骨董品のようなガラクタオーディ
オ機器がゴロゴロしています。それに加え、長年買い集めたレコードも標準
的数量を大きく超え専用の棚が必要となって、オーディオラック、レコード
棚を求めて歩き回りました。
しかし、市販のラックや棚では意に添うものがなく、全て自作でこしらえ
てみることにしたのです。図面を引いて板取図を書き起こし、町の材木屋さ
んに持ち込みベニヤ板をカットしてもらいます。
日曜大工で一番重要なのは材料の寸法合わせなのですが、この部分を本職
に任せると、仕上がりが1ランクも2ランクも上がります。接着剤と木ネジ
を使って組み上げ、砥粉で目止めをしてから数回重ね塗りをすると、市販の
ものより随分頑丈なものが出来上がりました。もちろん大きさも部屋に合わ
せてどんぴしゃり。
欠点は必要以上に丈夫に作り過ぎたことでしょうか。なんせレコード棚だ
けで重量が80kgを超えてしまい、人ひとりで容易に移動できなくなってしまっ
たのでした。教訓、程々ということを考えないとあとで痛い目に遭います。
* * * * *
京都の清水さんに音羽の滝といぅのがございます。さほど大きな滝ではご
ざいませんが、前に茶店がございまして、床机やなんかちょっと置いてある。
青葉の頃に滝の音を背にしながら、ちょっと一服するといぅのは、まことに
結構なもんでございます。
さて、最前から茶店の床机に腰を下ろしてお茶を飲んでおりましたのが、
年の頃なら五十ちょっと過ぎましたでしょ〜か、結城の対を着ました、まこ
とに上品な物腰のお方。お茶を飲んでおりましたが、飲み終わってその茶碗
でございます、何をどぉ思いましたのか覗き込んだり、ひっくり返したり、
日ぃに透かしたり、せんどひねくり回して、
「はてな?」
茶代を払ろて出て行きましたんです。
横手でおんなじよぉにお茶を飲んでおりましたのが、行灯(あんどん)の油
を売り歩いておりました担ぎの油屋さんでございます。
●親っさん、ボチボチ行くわ▲そぉかい、もっとゆっくりしていきゃえぇの
に●こんなとこで何ぼ油売っててもしゃ〜ない、表行って油売らんと▲どっ
ち回っても油売るよぉなことになるねんなぁ、まぁしっかりお稼ぎ●おっき
ありがとさん。親っさんちょっと頼みがあるねんけれどなぁ▲「頼み」とは
何じゃな?
●わい、こぉして油担(かた)げて表歩いてるやろ。出商売や喉が渇くねん。
これから夏に向こて暑なりゃなおさらのこっちゃねんけれども、喉が渇いて
しゃ〜ない。行た先で汲んでくれっちゅうたら、水でも茶でも気ぃ良ぉ汲ん
でくれるねんけど、こないして手が油だらけやろ、これが湯飲みに付いたん
ではベトベトして水で洗ろたぐらいでは取れんねん。
●こっちが気兼ねするねん。気術(きずつ)無いなぁ思てな、自分の茶碗持っ
て行って「これにおくなはれ」ちゅうて出しゃ〜遠慮無しにもらえるやろ。
自前の茶碗が一つ欲しぃと思うねん、茶碗一つ分けてもらわれへんかいなぁ
と思て。
▲何じゃいな、そんなことかいな。頼みじゃ言ぅで何のことかいなぁ思たら。
どれでもかまやせん、銭も何も要りゃせんで持って行きなされ、おまさんと
わしの仲じゃないか●え、銭要らん? ただでもろてもえぇのん? えらい
済まんなぁ、親っさん。ほな、これもろて行くわ。
▲ちょ、ちょっと待った、そらおいといて。それそっちで何してたやつやろ。
それやなしに、こっちのカゴの中に入ったぁるのん、どれでもかめへん。こ
れ持って行って●かまやせんがな▲それ、飲んだやつやろ。こっちに誰も使
こてないやつがあるやろ。これ持って行ったらえぇがな。
●おんなじこっちゃがな▲おんなじことならこっち持って行きちゅうねん。
それちょっとおいといて……。あ、そぉか、お前さん大阪の人じゃ、分から
なんだら言ぅたげる。今そこでお茶を飲んでた人じゃが、京都の衣棚(ころ
もんたな)といぅ所に住んでる茶道具屋の金兵衛さん、人呼んで「茶金さん」
ちゅうのはあの人のこっちゃ。
▲京一の道具屋といぅことは、日本一の道具屋やで。あのお人が「この品わ」
と指一本さしただけで十両の値打(ねぐち)があるちゅうねんで。どこが気に
入ったんや知らん、おまはんが持ってるその茶碗、覗き込んだりひっくり返
したり日に透かしたり、せんどひねくり回して「はてな?」ちゅうて置いて
いったんや。
▲指一本で十両や、覗き込んだりひっくり返したり日に透かしたり、五百両、
千両の値打もんや分からんで。それは堪忍して、おいといて。こっちのんな
らどれでも持って行ってもろたら結構。
●知ってたんかいな……。わいも茶金さん知ってんねん。茶金さんがひねく
りまわしてる、値打もんに違いないぞ、うまいこと言ぅて持って行ってやれ
思て……。バレたらしゃ〜あない金払う。よぉけもないけども、ここに二両
あんねん。もっとあったら出したいけど、これ身上(しんしょ〜)限りや。え
らい済まんけど、この茶碗二両でわいに売ってぇな。
▲堪忍して。ほかのこっちゃ無いやないか、二両やそこらで……●もっとあっ
たら出すっちゅうてんねん、これだけしかないんや、二両で頼む▲堪忍しと
くれ。ほかのことなら無理聞かしてもらうが、今も言ぅたよぉに五百両する
や千両するや分からんもん……
●もっとあったら、もっと出すっちゅうてるやないか。これしか無いねん、
頼むわ。わいも一つ当ててみたいねん。な、うんちゅうて。うん、うん、う
ん……。あかんのん? えぇわい、要らんわい! 何じゃい、諦めた。諦め
る代わりに、お前にも儲けささん。この茶碗ここへ叩き付けて割ってしまう。
▲待った、待った。そんな無茶したらどんならんやないか。壊してしもたら
元も子もありゃせんじゃないか、ちょ、ちょっと待ちなはれ……●う、売る
か? 売らんか?▲何をするんじゃ! 願ごて出るぞ●願ごて出るんなら出
んかい、わしゃこの通り手は商売柄油だらけや「ツルッと滑った、粗相で落
しました」ちゅうたら、どこへ出たかて申し開きは付くねん。さぁ、どない
すんねん? 二両で売るか? 叩き付けて割ろか?
▲売る、売るがな……。無茶なやっちゃなぁ、ホンマに二両やそこらで……
儲かったら歩(ぶ)ぅ持ってこなあかんで●分かったぁる。
「ほな、確かにこの茶碗、二両で買ぉたで」無茶な男があったもんで、強
奪するよぉにこの茶碗を買ぉて帰ります。
四、五日いたしますといぅと、どこで手回しましたか古味の付いた桐の箱
でございます。内包みをいたしまして、中へ茶碗を納める。蓋をいたします
といぅと、更紗(さらさ)の風呂敷で上包みをいたしまして、自身も細かぁい
縞ものを着まして、どっから見ても道具屋の手代といぅよぉな恰好で衣棚の
茶金さんとこへやってまいります。
* * * * *
●えぇ、ご免を◆へぇ●あのぉ、旦さんにちょっと見ていただきたいもんが
あって持参いたしましたんで、よろしお取次ぎを◆お易いこってすけど、主
ただいま手の離せんこといたしておりますので、よろしかったら番頭のわた
しが……
●あんた、ここのご番頭はん、さよか。これだけのお店の番頭はんやさかい
なぁ、立派なもんや。決してあんたを馬鹿にして言ぅんやおまへんねけど、
ちょっとわけがおましてなぁ、ここの旦さんに見てもらわんことには値打ち
が分からんかも分かりまへんねん。ほかの人が見はったらしょ〜もないもん
に見えるか分からんので……
◆いやいや、どのよぉな品でも番頭のわたくしが一応拝見いたしまして、目
の届きません節には主の方へ……●店の決まりならば仕方がない、見てもら
います。けれども、今も申しましたよぉに、ちょっとわけがおましてな、ほ
かの人が見たらしょ〜もないもんに見えるや分からんので、もしあんたが見
てしょ〜もないもんに見えても鼻で「ふふん」てなこといぅてもらわんよぉ
に。
◆決して笑ろたりいたしゃしませんので●いや、笑うや分からんので。笑ろ
たらムカッときてゴン……、決して笑わんよぉに◆心得てございます。笑ろ
たりなんか……、ほぉ〜、えぇ風呂敷どすなぁ。更紗もこれぐらいになりゃ〜
なぁ……
●風呂敷はどっちゃでもよろしおまんねん。中の茶碗を……◆茶碗どすか、
拝見をいたします……。この茶碗どすか? ……? 折角どすが、手前ども
では目が届きかねます。どぉぞよそさんへ●せやさかい、ほかの人では分か
らん。あんたでは分からんちゅうたんや。ここの旦さんに見てもろたら五百
両、千両となるんや。
◆いやいや、これはうちの主が見ましてもおんなじ……、え? へぇ、何ど
す? ご、五百両? 千両? ホッホッホッほ●(ベシ、ゴン!)◆い、痛た
たたた、何をしなはる!●笑ろたらどつくっちゅうてるやないか。お前では
分からんねん、旦さんを出せ旦さんを。
■店が騒がしぃが、どぉしました?●おぉ〜、旦さん。あんさんに見てもら
おと思て持ってまいりましたのに、この番頭が横手から要らん口出しして、
笑ろたらいかん言ぅてるのに笑うもんやさかいゴンと一ついったりましてん
■人様のものを拝見して笑うといぅことがありますか。またあんさんも、手
を掛けはらいでもよろしぃ。茶碗どすか? わたしが拝見いたしましょ。
●どぉぞ一つ、頼んまっせ。見とくれやす■拝見をいたします……? ちょ
いちょい、あんさんのよぉなお方がお越しになる。わけの分からん物を持っ
て来て、五百両の千両の。こっちが粗相で傷でも付けるか割りでもしたら、
これ幸いと金にしよぉと。いやいや、あんさんがそぉやと言ぅわけや無い。
そぉいぅお方もあるといぅことを言ぅとります。
■これは番頭が笑ろぉたんも道理、どこにでもある清水焼の、それもどちら
かと言えば一番安手の茶碗。これのどこが五百両の千両の……●旦さん、上
から見るだけやなしに、グッと覗き込んだり、ひっくり返したり、日に透か
したり、せんどひねくり回して……、 え? えぇ? えぇ〜、えぇ〜〜ッ?
●それ、ホンマに何でも無いただの安もんの茶碗……? こら、茶金!■茶
金とわ?●茶金やないかい! おまはんぐらいの人間になったらなぁ、誰やっ
ちゅうことを世間のもんが皆知ってるねんで。誰がどこで迷惑を受けんもん
でも無いんじゃ。しょ〜もない茶ぁの飲みよぉさらすな!
■しょ〜もないお茶の飲みよぉ?●あんたなぁ、五日ほど前や、清水さんの
音羽の滝の茶店で茶ぁ飲んでたやろ■はぁはぁ、どっかでお見受けしたこと
があると思とりましたら、あんさん、あの時わたしのそばに座ってお茶を飲
んでなさった……、確か油屋さん。
●油屋さんじゃ。あんたこの茶碗で茶ぁ飲んでたんや。飲み終わってどこが
気に入ったんか知らんけど、覗き込んだりひっくり返したり日に透かしたり、
せんどひねくり回して「はてな?」ちゅうて出て行たんやで「この品わ」と
指一本さしただけで十両の値打があるちゅうのに、こんだけひねくり回して
る。こら値打もんに違いない……
●二両。二両てな金、あんたらにしたら何とも無いやろけどなぁ、京都で三
年のあいだ油売って、飲まず食わずで貯めた身上限り放り出して、おまけに
茶店の親父と喧嘩までして買ぉて来たんじゃ……。何であんなしょ〜もない
茶ぁの飲みよぉさらしたんじゃ……
■あぁ、この茶碗どしたか。わたし、あの時お茶をいただいとりましたらな、
ポタポタと漏りますのじゃ。傷でもあるんかいなぁと思ぉて調べてみたが傷
もなければ釉薬(うわぐすり)に何の障りも無い。茶碗からポタポタとお茶が
漏る。おかしぃなぁ……、はてな?
●おッ……、それ漏りまんのん? 漏り茶碗だっか? 傷もんだっか? は、
はは、はははははははは……、値打もんやなしに、傷もん。漏りまんのん?
はははははははは……、笑ろてなしゃ〜ない。あさよか、番頭はんえらい済
んません、痛かった? 堪忍しとくなはれ。茶金さんまぁ話聞ぃとくなはれ。
●わて、京の人間と違いますねん、大阪の人間だんねん。ちょっと遊びが過
ぎましてな、親に勘当くろてしょ〜ことなしに京へ出てきて、油売って何し
とりましたんや。こないだふと気が付いたら、もぉ三年になりまんねん。
●いつまでもこんなことばっかりしてるわけにもいかず、親元へ帰りたいと
思うんやけど、やっぱり掴むもん掴まんことにはいかんと思て、どこぞに何
ぞないかいなぁと思てたとこへこの一件だっしゃろ。
●そこでわたし、身上限り放り出して……、ハははぁ、笑ろてなしゃ〜ない。
さよか……、えらいすんまへんでした。わたいそんな悪い人間ちゃいますね
ん。カ〜ッとなったもんでっさかい、番頭はんえらい済んまへんでした。お
店のお方も何が入ってきたんか思いはりましたやろ、済んまへん堪忍したっ
とくなはれ。そぉいぅ事情でんのんで、失礼(ひつれぇ)いたします。さいな
ら、ごめん。
■し、しばらくお待ちを。ま、まぁ、そこへお掛けになって……。あんさん
大阪のお人。そぉだっしゃろ、京の人間にこの真似はできん。失礼ながら二
両と言やあんさんにとっては大金、身上限り。それをたったそれだけの思惑
で放り出しなはる……。やっぱり商いは大阪どすなぁ。
■いわば、茶金といぅ名前を買ぉていただきましたよぉなもん。茶金、商人
冥利(あきんどみょ〜り)に尽きます。あんさんに損をさせては済まん、この
茶碗わたしが買わしてもらいます●せ、千両で?
■千両ではよぉ買わん。元値の二両、それへ一両足して三両。その一両はこ
こまでの足代、箱代、風呂敷代としてお収めやす。この道はなぁ、せんど苦
労し、損をした者が掘り出し物をしよぉとしてはまたしても損をする。なか
なかお素人衆の手に合う道やおへんのでなぁ……
■親御さんも決してあんさんが憎くぅて勘当しはったわけやない。三年のあ
いだ額に汗して働いた、これが何より親御への土産。しょ〜もない山気起こ
さんと、この三両持ってどぉぞ大阪へお帰りやす……、お帰りやす。
●アホなこと言ぃなはんな。わたいが勝手に博打張って目と出なんださかい
いぅて、それをあんたに償(まど)てもらうやなんて、そんな馬鹿な話が……、
ん……、へぇ……、それはでけん、わたいが勝手に……、へぇ……、……、
えらいすんまへん。
●実言ぅとあした仕入れの油の銭もおまへんねん。まことに相済まんこって、
これお預かりいたします。決してもらうわけやない。返せるよぉになったら
必ずお返しにあずかります。いつ返せるてなこと、よぉ言ぃまへんけど、あ
る時払いの催促無しと言ぅことで……、まことに厚かましぃことでお借りし
ます。必ずお返しにあがります。
●大きな声出して、まことに相すまんこってした。堪忍しとくれやす、堪忍
しとくれやす。さいならごめん。
逃げるよぉにして帰って行きます「世の中には、面白いこともあるもんや
なぁ」これはこれで納まったのでございます。
* * * * *
さて、茶金さんぐらいのお人になりますといぅと、随分とえぇところへも
出入りをなさいます。あるとき、関白鷹司公のお屋敷へまいりましたときに
「金兵衛、近頃世情に面白き話はないか?」「先ごろ手前どもでかよぉなこ
とがございました」「それは面白い、麻呂も一度その茶碗が見たい」
茶金さん、人を走らして茶碗を持ってまいります。お湯を注ぎますといぅ
とやはりポタリポタリ。調べて見ても傷もなければ釉薬になんの障りもない
「面白き茶碗である。料紙を持て」筆を取り上げになりますとサラサラと一
首の歌。
清水の音羽の滝の音してや 茶碗もひびに 森の下露
面白い一首が添いまして茶金さんのところへ戻されてまいります。
お公家さんの世界といぅものは週刊誌があるわけやない、テレビがあるわ
けやない『百恵ちゃん、結婚!』そんなことは無いわけであります。話題の
少ないところでございますから、しばらくの間あっち行っても茶碗の話、こっ
ち行っても茶碗の話。茶碗、茶碗、茶碗……。ついに時の帝のお耳に入りま
す。
「いちど、その、ちやわんが、みたい」
茶金さん精進潔斎いたしまして茶碗を持参いたします。しかし、どんな人
の前へ出ましても茶碗はおんなしこと、やはりポタリポタリ。お天子の裾を
濡らします「おもしろき、ちやわんである」筆をお取り上げになりますと箱
の蓋に万葉仮名で「波天奈」箱書きが座ります。えらい値打もんになって茶
金さんのところへ戻されてまいります。
大阪の金持ち鴻池善右衛門「茶金さん、その茶碗ぜひともわしに売っても
らいたい」「尊いお方のお筆の染まりましたもの、お売りするといぅわけに
まいりません」「さよか、ほなこぉしましょ。うちへ千両で預けとくなはれ。
千両で質に置いてもらう、で、早いこと流しとくなはれ」えらい手間のかか
りましたことで、いわば千両で売れましたよぉなもの。
さて茶金さん、この話を一刻も早よぉあの油屋にしてやりたいと思うので
すが、油屋の方は面目無いもんですから茶金さんの家の表を通らんよぉにし
ております、ある日のことでございます。
◆旦さん、こないだの油屋さんが■そぉか。すぐに呼んどいなはれ……
* * * * *
●誰や誰や、引っ張るのんは。え? 茶金さんとこの子どもっさん? 何、
旦さん呼んだはる? 面目のぉて行けるかいな、引っ張ったらいかん油がこ
ぼれる■これ、油屋さん、油屋さん●茶金さん、こないだの三両、返せ言ぅ
てももぉ無い■そんなことやない。まぁそこへ、そこへ座わっとぉくれ。
■来てもらいましたんほかでもない、実はこないだの、あの茶碗●わ、わぁ〜
どぉぞあのことはおっしゃらんよぉに。聞きますと脇の下に汗が出ますのん
で、あのことはどぉぞ……■いやいや、そぉやない。実はあれが千両で売れ
ました。
●……? あんたっちゅう人はそぉいぅ人やったんか。あ、そぉ〜か、そぉ
いぅ人か……。京の人間はえげつないと聞ぃてたけど、やることえげつな過
ぎるやないか「傷もんや傷もんや」言ぅて三両に値切っといて、それを千両
で売るやなんて、口銭(こぉせん)の取りよぉがえげつない。
■実は……●へぇ、へぇ……、ほぉ、え? はいな、ほぉ……、へぇ。お天
子さま……? 茶金さん、あんさん偉いお人だんなぁ。そぉだっしゃないか、
わたいらが持ってたらただの安もんの、それも傷もんの茶碗だっせ。それが
あんさんの手ぇに入っただけでそれだけの値打が付きまんねんなぁ……
●人徳だんなぁ……、偉いお人やあんた。あんたみたいな人、知らしてもろ
てるだけでどんな幸せや分からん。やぁ〜〜〜ッ、えぇ話聞かしてもろた。
胸がすっとしましたわ。実はこの前、あぁして三両お借りしましたもんの、
しょ〜もない博打張って目ぇと出なんだかと思うと、ムシャクシャして仕事
が手に付かなんだんだ。
●この辺がモヤモヤしてましたんが、今の話でス〜ッといたしましたわ、こ
れであしたから、また出なおす気で油売って、あと三年でも五年でも頑張っ
てみますわ。おっきありがと、さいならごめん。
■し、しばらく……。そこでじゃ。元はと言やあんさんがあんなものを持ち
込んだところから起こった話……。これ、あれをこっち持っといで……、半
分の五百両、これはあんさんに差し上げます。残りの五百両、この京にもそ
の日の暮らしに困る気の毒なお方が随分あると聞きます。少しずつでも施し
をして差し上げたい。
■また、何がしか別に残しといて、親類・縁者・友達、一人でも大勢の人に
集まってもろてお祝いの大酒盛りをしたいと思います。そんなことでよろしぃ
かいなぁ? 承知ならこの五百両はどぉぞお収めを……
●五、五、五百両……、アホなこと言ぃなはんな。この五百両はあんたの人
徳で出来た金だっしゃないか。わたいに何の関係も……、え? さいですか、
へぇ……、わぁ〜、ご、五百両。辛いなぁ〜……、せめてここからこないだ
の三両引ぃてもろて、四百九十七両。
●おおき、ありがたいことで頂戴いたします。番頭はん、こないだ頭ゴンと
いってすんまへんでした。膏薬代に十両とっといとくなはれ。とってもらわ
んとこっちの気が済まんので、頼んますわ。いまの子ども衆っさん(こどもっ
さん)よぉ見付けてくれはった、三両とっといて。この一掴み、お店の皆さ
んで分けとくなはれ。
■これこれ、小判をばら撒くんやないがな。お金は大事にせないかんで●分
かっとりま。おおき、ありがとぉ、さいなら、ごめん。
さぁ、茶金さん、これで油屋も大手を振って大阪へ帰ったことやろぉ。と
思ぉております。四、五日いたしますといぅと表の方で「うわぁ〜〜ッ」と
いぅ歓声でございます。
「何事や知らん?」と茶金さん表へ出て見ますといぅと、大勢の人間が揃
いの浴衣に鉢巻姿「ワッショイ、ワッショイ」と何やら重たそぉに担げて来
る様子。先頭切って「えらやっちゃ、えらやっちゃ」言ぅてるのんはこない
だの油屋で、
■何をしてるんやいなあの男は、まだあんなことしてるやないか……。これ、
油屋さん。油屋さん●うわぁ〜〜ッ、茶金さん。今度は十万八千両の金儲け
や……
【さげ】
●水壺の漏るやつ、見付けてきたんや。
【プロパティ】
結城=茨城県西部の市。鬼怒川中流西岸にある。中世は結城氏、近世は水
野氏の城下町。古くからの絹・綿織物の産地。結城市で作られる丈夫
な絹織物、結城紬(つむぎ)。
対の着物=着物と羽織がひと揃いになったもの。
気術無い(きずつない)=切ない、苦しい、気がねな、気づまりな、気が滅
入る、気持ちが絶え難い意。
衣棚(ころもんたな)=京都市中京区衣棚町(三条衣棚)。烏丸御池(からす
まおいけ)から南西300mほどのところ。
身上限り=全財産。
願ごて出る=訴訟を起こす:奉行書へ訴える際に「願書」を差し出すこと
から。
歩=分け前。
更紗(さらさ)=人物・花・鳥獣・幾何学模様などをさまざまな色で手描き
や型染めにした綿布。室町末期より南アジア諸国から輸入され日本で
も作られた。
手代=商家の使用人で丁稚と番頭の中間の身分の者。
しょうことない=するべきてだてがない。どうしようもない。
冥利=ある立場・状態にあることによって受ける恩恵・しあわせ。
まどう=つぐなう。うめあわせする。弁償する。
料紙=書くのに用いる紙。狭義には装飾加工紙をいう。
精進潔斎=肉・魚の類を口にせず飲酒・性行為などを避け、おこないを慎
むことによって心身を清浄な状態におくこと。
鴻池善右衛門=江戸時代の大坂の豪商。2代を除き歴代善右衛門と称した。
初代正成(?−1693)は1656年両替店を開く。3代宗利は家業を発展さ
せ諸国32藩と取り引きし、また1707年河内国若江郡(今の東大阪市)に
鴻池新田を開いた。
口銭=取引の仲立ちをした仲介手数料。
小判をばら撒く=所作を見ていると封をした小判の包みをネジ破っている
ように見えます。有力な両替商などが封印をした小判は封を解くと貨
幣価値が下がるかもしれない、つまり正真の枚数が包まれていない場
合、開封者の損となりました。ただ和紙で包んだだけならよいのです
が……
十万八千両=108,000両、百八つは煩悩の数。
音源:1981/03/22 枝雀寄席(ABC)
【作成メモ】
●参 照 演 者:main=桂枝雀 sub=桂米朝
●main高座記録日:1981/03/22 ●番 組 名:枝雀寄席(ABC)
●ファイル公開日:1996/08/30 ●江戸落語相当:茶金
●更 新 日:2004/10/10 ●リクエスト数:
●注 意 事 項:内容を削除、追加、改訂している部分があります。
記録日のmain演者によるさげを採用しました。
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