【主な登場人物】
幇間の一八、茂八 室町の旦那 祇園の芸妓その他
【事の成り行き】
数年前の梅雨時、ちょっと写真を撮るだけのつもりで愛宕山へ登りかけた
ことがありました。かなり強い雨脚に傘を差しながらの山道は、日ごろの不
摂生も追い討ちをかけて思っていた以上に険しいものでした。
とても頂上の愛宕神社までたどり着ける状態や無く、今日の噺の舞台となっ
ている二十五丁目の茶屋跡まで登るのがやっとのことで、雨と汗にずぶ濡れ
になりながら早々に退散したのです。
上方落語「愛宕山」を聞きながら、一八が「♪愛宕山坂 えぇ〜坂 二十
五丁目の 茶屋のかか……」と、息絶え絶えに苦しむシーンになると決まっ
て当日のわたしの状態とダブってしまいます。実践的落語鑑賞、ホンマ大阪
の人間は山行きに弱い。
* * * * *
大阪ミナミの一八と茂八といぅ二ぁりの太鼓持ち、二人仲良ぉしくじりま
して、つてを頼って京都祇園町で働いてたんですが、さてある日のことでご
ざいます、室町あたりの旦那「時候もえぇ、一つ野掛けをしょ〜やないか」
といぅわけで芸者、舞妓、太鼓持ち、皆引き連れましてポイッ、表へ出てま
いります。
祇園町を出て鴨川を渡り西へ西へ、堀川も打ち過ぎまして二条のお城を後
目(しりめ)に殺し、ドンドンドンドン出てまいりますといぅと野辺へかかっ
てまいります。何しろ春先でございます、空にはヒバリがチィチィとさえずっ
ていよぉか、野には陽炎が燃えていよぉかといぅ。
遠山に霞みがたなびぃてレンゲ・タンポポの花盛り。麦が青々と伸びた中
を菜種の花が彩っていよぉといぅ本陽気。その中をやかましゅ〜言ぅてやっ
て来る、その道中の陽ぉ気なこと……♪
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
●もしもし、も〜〜し、旦那、ちょっと待ったげとくなはれ。女ご連中遅れ
てまんねやがな。も〜〜し、待っとくなはれな……。早よおいなはれ、早よ
早よ▲そない先さき行かれたら、付いて行かれへんわいなぁ、もっとゆっく
り歩いとぉくなはれな。
▲なぁ、ちょっと待っとくれやすな●さぁ、早よおいなはれ▲なぁ、一八っ
つぁん●何でんねん?▲わて、蝶々(ちょ〜ちょ)捕まえて欲しぃのん●蝶々?
そんなもん捕まえて、どないしまんねん?▲蝶々捕まえてもろたらな、髪の
毛一筋外して、それへ括ってこの辺飛ばしもって歩こと思て。
●何と女ごっちゅうのは惨(むご)たらしぃこと考えるなぁ。止めとき可哀想
に。あんたかてそやろがな、縄で括られてその辺引きずりまわされたらカナ
ンやろ。蝶々かて生きもんや、止めときなはれ▲旦さん、一八っつぁん蝶々
捕まえてくれはらへん。
■やかましぃなぁ……、一八、子どもが言ぅてるんやないか、捕まえたらん
かい●さよかぁ……、分かりました、捕まえたげまんがな。居てたら捕まえ
たげる▲よぉ〜さん、居てるえ●どこに?▲その辺、蝶々だらけ●ホンに、
黄色い菜種に黄色い蝶々が紛れてるさかい分からなんだんやがな。ホンマに
よぉ〜さん居てるなぁ。
●やかましぃ言ぃなはんな、捕ったげまんがな……、♪蝶が菜種か、菜種が
蝶か……、わたいら、子どもの時分からこんなん得意でんねん、じき捕まえ
たげまっせ(ク〜ルク〜ルクル……)▲トンボと違うえ●分かってまんがな。
こないしてたら蝶々がどない思う「あぁ、この人トンボ捕まえはんねんなぁ」
安心してるところを……、ほぉ〜れ逃げましたやろ。
●それッ……、よいしょ……、いよッとせぇ。わ、わ、わぁ〜ッ、犬の糞つ
かんだ■何をすんねやいな、お前わ。そこの小川で手ぇ洗いなはれ●えらい
目ぇに遭ぉた。しかし旦那、こないだの八卦見当てよりましたで■何がや?
●「お前の手はババつかみや」っちゅうて■アホなこと言ぅてんのやあらへ
んがな……
●ところで旦那、今日はどこ行きまんねん?■「どこ行きまんねん」て、分
からんと付いて来てんのかいな。今日は愛宕山へお参りをすんねん。愛宕山
へ登ろと思てな●ほぉ、山行きでやすか?■こら気の毒なことしたなぁ●何
が?
■京の人間は山には慣れてるけど、大阪もんは山に弱いさかい●何で?■大
阪には山が無いさかいな●アホなこと言ぃなはんな。大阪にかて山おますが
な■大阪に山あるかい?●おまっしゃないか。天保山、真田山、茶臼山……、
みな険しぃ■何の険しぃ。あんなもん山やあれへん、あら地べたのデンボや。
●ほな、京都に山おますか?■京都はどっち見ても高い山ばっかりや。東山、
西山、比叡山、鞍馬山、愛宕山。みな高いがな●愛宕山っちゅうのんどれで
んねん?■これや●え?■目の前やがな●目の前……、おッ!■見ただけで
ビックリしてんのん?●何じゃいな、これですかいな。大層ぉに言ぅさかい
どんな高い山かいなと思いましたがな。これ一つだけでっか? 二階おまへ
んのん? しょ〜もない、二つ重ねといてケンケンで上がったる。
■ほぉ〜、えらい勢っきょいやなぁ。二人とも大阪の人間やさかい心配して
やったけど、心配要らん? みな荷物やなんか持ってもろたらえぇで●持ち
まんがな、かしなはれ。お弁当? 分かりました、ここへこぉやって掛けと
きますわ。ほな行きまひょか、どぉぞお先。
■一緒に行こ●あんたらと一緒に行けますかいな。あんたら皆でボ〜チボ〜
チ行きはったらよろしぃねん。えぇかげん行きはったとこで、わたいらシュッ
と追い付きまっさかい■あない言ぅてるさかい、先行こか▲ほな、このへん
から坂が急だっさかい、みな裾からげなはれや。よろしぃか、行きまひょか。
▲ごぉ〜じゃごじゃ、ごぉ〜じゃのあとに、誰が付く……♪
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
◆ほぉ、えらいもんやなぁ。やっぱり京の人間や、山に慣れとんなぁ。舞妓
までが千鳥にツツツゥ〜ッと上がって行くやないか●しょ〜もない、ほっと
けほっとけ、わしらボチボチ行こいな……。大阪しくじんねやなかったなぁ、
大阪やってみぃな、こんな山行きてなしんどい仕事あれへんがな。京の人間
ちゅうのはシミタレとぉるさかいな、座敷で散財したら高こつくと思て、何
じゃらと山行き野掛け、外へ出よんねん。
◆ぼやきないな、世話なってんねやないか。しょ〜もないこと言ぅて荷物持
たされて●いきがかりやないか、まぁボチボチ行こ、ボチボチ。
▲(一八っつぁん、茂八っつぁん、早よおいなはれやぁ〜〜〜)
●へぇ〜い、じきに行きま、じきに。先行きなはれ〜〜。ドッコイ、ドッコ
イ、ドッコイな。けど何やなぁ、この辺まで来たら気持ちがえぇなぁ、空気
がうまい。梅が咲いてるわ、やっぱり遅咲きやなぁ……。♪チンチンテ〜ン、
トッツンテ〜ン ♪梅にも春の色添えて ♪チチンチ〜ン……、この唄、山
行きに合わんなぁ◆合うかい、そんなもん。日が暮れてまうで。
▲(一八っつぁん、茂八っつぁん、こっから七曲がりどすぇ〜〜〜)
●へぇ〜いッ、七曲がりも八曲がりもあるかい、ホンマに。早よ行きなはれ
やぁ〜、早よ〜! ドッコイ、ドッコイと……。♪曇らば 曇れ 箱根山ぁ〜
ちゅう唄あったなぁ◆古い歌やなぁ●♪晴れたとてぇ〜 お江戸が見えるじゃ
あるまいし こちゃかまやせぬ……、やったか?◆せやせや。
●♪登らば 登れ愛宕山ぁ〜 登ったとてぇ〜 一円のポチにもなりゃしょ
まい あのシミッタレっと……◆おいおいおい、聞こえるで●聞こえるよぉ
に言ぅたってるんやがな。ドッコイ、ドッコイ、ドッコイな……。♪愛宕山
坂 えぇ〜ぇ坂 二十五丁目の茶屋のかか ばば 旦那さん ちと休みなん
し、っか。 ♪しんしん シン粉でもウンと食べ 食べりゃウンと坂 や、
やんれ坂……、坂、坂、坂。
●……♪愛宕山坂 えぇ〜坂 二十五丁目の 茶屋のかか ばば 旦那さん
ちと 休み なんし ♪しんしん しん粉でも 食べ……、鼻の穴が十程欲
しぃわ。♪食べりゃんせ 食べりゃウンと坂……、ひぃ〜、ひぃ〜、ひぃ〜、
ひぃ〜、ひぃ〜〜ッ……◆へたばってもたがな。
■(おぉ〜い、どないしたんじゃ〜い)●ひぇ〜〜〜い■(二つ重ねて、ケ
ンケンで上がれ〜〜)●もぉ、あかぁ〜〜ん、医者呼んでぇ〜〜■(おぉ〜
い、あかんねんやったら尻突きで上がって来ぉ〜い、尻突きで)◆旦さん、
尻突きちぃますと?■(鈴鹿峠なんかで、子どもが出てきて「旦さん尻突か
しとくなはれ、お家はん尻突かしとくなはれ」ちゅうて、突く方も突かれる
方も弾みが付いて上がって来るんじゃ。尻突きで上がれ〜〜)
◆「尻突き」へッ、わかっとりま……。なるほど、そぉいぅ手があったか。
一八、尻突いたるから前回れ……。おい、腰掛けたらあかんで、お前もちゃ
んと上がってくれなあかんねんで。突く方も突かれる方も弾みが付いて上が
るんやさかい。
●分かったぁるがな……。ちょ、ちょっと待って。突きよぉが難しぃで◆ど
ない難しぃ?●右の方こないだボ〜ンと打って青ぉなったぁるねん、そこ触
らんといてや◆そぉか……、左は?●デンボでけたぁるねん。触らんといて
◆真ん中は?●イボ痔や、触らんといて◆そんなこと言ぅたら突くとこあれ
へんがな●冗談やがな、ぼんやり突いてぼんやり。
◆ほないくで、えぇか……、や、ドッコイショ! ホッ、ホッ、ホッ、ホッ、
ホッ、ホッ、ホッ、ホッ……●なるほど、こらえぇ具合やなぁ◆ホッ、ホッ、
ホッ、ホッ……、お、踊ったらあかんで、踊ったら●ホイッ、ホッ、ホイッ、
ホッ……♪
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
●旦さんただいま■やっと上がって来よったがな、最前の勢いどないしたん
や●さっぱりワヤ……■みな揃ろたとこで、ボチボチご飯にしょ〜か?●え?
ご飯て? お昼、お弁当?■そや●何を言ぅてなはんねん、我々神信心に来
てまんねんで、愛宕山へ先お参りしてからご飯にしまひょいな。
■いやいや、先に弁当食べてからお参りに……●そんな不信心なこと言ぅて
どないしまんねんな。我々なんでっせ、どこ行ったかて先お参りを済まして
からご飯にしまんねん■あそぉか、ほな、お前らだけ先行て来るか●当たり
前でんがな。我々だけ先行て来まんがな、本社はどちらです?
■もぉ二十五丁上や●えぇ?■今のは「清滝試みの坂」ちゅうて二十五丁あ
んねん。もぉ二十五丁上に本殿があんねや。行といで●さ、さよか。お弁当
いただきまぁ〜〜す■……
●お母ん▲何?●何やおまへんで、これ何ですか、お家(うち)でしなはった
ん、それとも仕出屋誂えなさった?▲この旦さん、好き嫌いが多いさかい、
みな家でしましたんや●あのねぇ、料理てなもんは食てうまかったらえぇっ
ちゅうもんやおまへんねんで。見た目ちゅうのが大事やがな。
●何ですこれ、バラバラんなったぁるがな。栗の金とんのとこへ生鮨し(き
ずし)がベチャ〜ッとへばり付いてるし、レンコンの穴へ海老が首突っ込ん
でるし、カマボコはバラバラ、豆はバラバラ。あんじょ〜並べときなはれ。
▲あんじょ〜並べたぁったんやがな。あんたがお尻突いて踊りなはったんや
がな●あぁ〜あれで、うわぁ〜、エゲツナイことになったぁるなぁ……、ん、
甘ぁ〜酢ぃ〜辛ぁ〜、甘ぁ〜酢ぃ〜辛ぁ〜、んぐ……、こら食えん■食えん
ちゅうて、お前ばっかり食ぅてるがな。早よこっち回しなはれ。
●へ、お手塩(てしょ〜)いってます……? これだけではちょっと頼んなお
ますよって、向こぉの茶店で何なとアンモンしてきますわ……。お婆ん★は
いはい、お越しなされ●向こぉで弁当広げてるねん、ちょっと何ぞでけんか
い?★気の利いたもんはできんで……●何もご馳走(ごっつぉ)食わしてくれっ
ちゅうてるわけやない、何ぞ汁のもんでもな★うどんぐらいなら……
●うどん? もっちゃりしてるなぁ……、うどんの台抜きちゅうのもなぁ。
そこに青いもんが植わってるやないか、それサッと湯がいてキュッと絞って
醤油でも掛けて持って来てもらおか★どれじゃ?●これやがな、サッと湯が
いてキュッと絞って醤油でも掛けて持って来てっちゅうねん。
★あんた、それ食べなさるか?●「食べなさるか?」って、おまはんとこ植
えてんねやろ、サッと湯がいて持って来てぇな★ホンマに、食べなさるか?
●そない言われたら心細い……、これ何やねん?★煙草じゃ●煙草か、こら
食えんわ。何ぞほかに……、ん? ここによぉけ土器(かわらけ)積んだぁる
けど、酒でも呑ますんか?
★いやいや、あれはお酒を呑むカワラケじゃありゃせん、カワラケ投げのカ
ワラケじゃ●カワラケ投げ?★皆さん、そっからカワラケを放(ほ)って遊び
なさんのじゃ●へぇ〜?
■一八も茂八も知らんかえ?●あ、旦さん■カワラケ投げ、懐かしぃなぁ。
昔はよぉやったもんじゃ、わしゃちょっと自慢やったんや。久しぶりにやっ
てみよかな。お婆ん、カワラケ五枚ほどこっちもらおか……。さ、皆こっち
出といでや。あんまり前へ出たら危ないで。
●わぁ〜、谷がひと目で渡せまんなぁ。こんな高いとこまで出て来ましてん
なぁ■ちょっと見てみなはれ、あそこの谷間(たにあい)のところに仕切りが
したぁるやろ、あそこの真ん中に的が仕掛けたぁる。あれに当てるてなこと
はめったに出来るこっちゃないが、あの仕切りの中へ打ち込むのんでさえ難
しぃこっちゃで……。ちょっとやってみよかいな(カリ、カリッ)
●あんた、食べてなはる?■食べてんねやあらへんがな、端をかじって風切
りをこしらえてるんやがな……。それでわまず、風の向きを調べてみよかい
な……。なるほど、よっしゃ分かった。ほなはじめは、このカワラケを風に
乗せて、舞を舞うがごとく泳がすだけ泳がしといてあの仕切りの中へシュ〜ッ
と入れるさかい、見ときなはれ「天人の舞」
■(ホッ)……、ゆっくりと舞を舞(も)ぉて……、あの中へ……、そぉら入っ
た、どぉじゃ。今度は二ついっぺんに放るさかい見てなはれ「お染久松夫婦
投げ」ちゅうやっちゃ。
■(ホッ、ホッ)……、ほぉ〜ら見てみなはれ、二枚のカワラケが一本の糸
で繋がれたよぉに、おんなじよぉにあとを追ぉて……、ほぉら……、そぉら
入った、どぉじゃ。今度はゴジャゴジャなし、真っ直ぐ向こぉへ「シュッ」
と打ち込む「獅子の洞(ほら)入り」ちゅうやっちゃ。これが一番難しぃねん
で。
■(ソレッ)……、そぉ〜ら入った、どぉじゃ。
●しょ〜〜〜もない、子どもでんがな「そぉ〜ら入った、どぉじゃ」誰でも
できまんがな。お婆ん、カワラケ百枚……■百枚?●の内の五枚。何でねん
大層ぉに。あんなもん誰でも(ガリッ、ガリッ)ま、まずい■食べたらあか
んで、食べたら。吐き出しなはれ、風切りをこしらえるねんで。
●分かってまんがな……、それでわまず風の流れを調べてみましょかな。風
の流れは……、あれ? スト〜ンと落ちてもたで、風あれへんのんか?■カ
ワラケをあお向けにしたらいかんで、うつ向けにするさかいに風に乗るんや
●分かってまんがな……、風の流れは最前見て分かってます。
●まずはじめは「天人の舞」カワラケが風に乗って、舞を舞うだけ舞わしと
いてあの中へ(ソォレ)……。あれ、どっか行ってもた? 舞、忘れよった
んやな。ずぼらな天人やなぁ。
●今度は「お染久松夫婦投げ」二枚のカワラケが一本の(ソレッ)糸で(ソ
レッ)繋がれぇ〜〜ッ、糸が切れたなぁ。右と左へシャ〜ッ、シャ〜ッと行
きよったなぁ。喧嘩しよったんやで……。今度はもぉゴジャゴジャなし「獅
子の洞入り」真っ直ぐあの中に打ち込みますよってな、真っ直ぐ。
●(ソォ〜レッ)茶店へ入った■これこれ、何をすんねや。お婆んに当たっ
てるやないか●けッ、しょ〜もない。何でんねんこんなもん、カワラケてな
もん百枚放ったとこで何ぼのもんだんねん。大阪でもやったことおますけど、
大阪の人間、カワラケてなしょ〜もないもん放りまへんなぁ。
■ほぉ、大阪のお方は何を放りなさる●お金を放りまんなぁ■お金?●へぇ、
金貨銀貨、シュ〜ッ……、チャリンチャリン。気持ちえぇ、胸がス〜ッとし
まっせ。カワラケてなもんしょ〜もない■そぉか、大阪のお方はお金放りな
さる。いやいや、わしも何ぞ使えることがあったら使こてみよと思て、これ
を持って来たんじゃ。
●何でんねん、それ?■昔の小判や●これ小判? あれお婆ん■……●小判
て、戎(えべ)っさんの?■ホンマもんやがな(キンキラキン、ジョンジョロ
リン)●へぇ〜、何ぼおまんねん?■二十枚や●二十枚? 値打(ねぐち)も
んでっせ、これ……、これを、どぉしなさる?
■大阪のお方がお金を放りなさるんやったら、わしゃこっからこれを放って
みよかいなぁと思て●え? これを? いつ?■今やがな●誰が?■わしが
やがな●え? あんたこっから放りなさる……? なるほど、あんさんは京
のお方にしては太っ腹なとこおますわ。あんたは放りはる気ぃでっしゃろ、
けど、手ぇがいぅこと聞きまへんなぁ、手ぇが……
■ホンマに放る●あんたはその気ぃでも手がいぅこと……■何を言ぅてんね
ん、こぉして放ったらえぇねん(ヒョイ)●お、お、お、オ〜〜〜〜ッ、放り
はった■ちょっと、みな見てみなはれ。松の緑に黄金色がキラキラと、綺麗ぇ
なもんやないか。見事じゃなぁ……、一代の見ものじゃ。
■これがホンマの散財じゃ、胸がスッとしたなぁ……、ほな行こか●ちょ、
ちょっと待ちなはれ。小判は?■小判は放ったんじゃ●放ったて、誰ぞ拾ら
いまっせ■拾ろたら拾ろたもんのもんじゃ●え?「拾ろたら拾ろたもんのも
ん」?■そや●わたいが拾ろたら?■お前のもんや。
●さ、さよか。わたいが拾ろたらわたいのもん、こらありがたい……、が、
届かん■当たり前じゃがな、届くねんやったらみな拾らうがな。届かんさか
い散財や●待った、待ったぁ。見えてまっしゃないかいな、わたいが取って
来る■お、こらオモロイ。さぁ、どないして取って来る。
●待ってとくなはれや……。お、お婆ん★何でございますかいなぁ?●この
下へ降りて行く道はないか?★へぇへぇ、年にいっぺん、的を仕替えに行く
道が梅ケ畑の方から……●そら、えぇ道かえ?★コケ道じゃ●ほぉ、苔が生
えてんねんな★ひょこひょこコケル道。
●何も出ぇへんかい?★何も出やせん。まぁ熊か狼のほかは●それだけ出た
ら十分やがな……、どないかして下りる……、んッ? こらまた大きな傘や
なぁ。お婆ん、これちょっと借りるで★そら、下の花屋さんに返さないかん
傘じゃで……●何言ぅてんねんなお婆ん、わしがちょっと下へ降りて小判取っ
て来たらやで、こんな傘、二十本も三十本も返したるがな。
●こら大きぃわい……、どぉです皆さん、こんなえぇもんが手に入りました。
昔から言ぅ清水の舞台飛び、わたいこの大きな傘で今からフワフワ〜ッと降
りて行って小判みな取って来ます。あとで「一八っつぁん一枚だけおくなは
れ」てな情けないこと言ぃなはんなや。わたいがみな取って来ます……
●高っか〜〜ッ……、と、飛びまっさかいな……、足が動かん……、目ぇつ
ぶって飛んだろ……、いよっと、後ろへ飛んでどぉするねん……、そや、走っ
て来たろ……、うッ、ここまで来たら目が開くなぁ……、ちょっと飛んだら
えぇんやけどなぁ……、な、何とか飛べんかいなぁ……、人間、一生にいっ
ぺん思い切らんならん時があるっちゅうけど、何とか飛べんもんかいなぁ……
■茂……、茂八◆へ■一八の背中、ポ〜ンと突いてやれ◆だ、大丈夫ですか
いな?■あれだけ大きな傘持ってたら大丈夫やろ、ケガはするかも知れんけ
ど、命に別なかろぉ。あとはわしが請合うさかい、ポ〜ンと突いてやれ◆さ
よか、ほな……
◆おい、一八、飛びたいか?●……、と、飛びたいなぁ◆ホンマに、飛びた
いか?●……、ホンマに、飛びたい◆そない飛びたけりゃ……、それッ!
* * * * *
■と、飛びよった。飛びよったで……。オ〜〜イッ、一八ぁ〜〜ち▲一八兄
さぁ〜〜ん。
●(ふぇ〜〜〜ぃ)■飛んだかぁ〜〜〜?●(ふぇ〜〜〜ぃ)■ケガは無い
かぁ〜〜〜?●(ふぇ〜〜〜ぃ、ケガはどこにもございませぇ〜〜ん)■金
は有るかぁ〜〜?
●金? そや、金カネ、有る有る有る……、有ったぁ〜、ひぃふぅみぃ……
まだ足らんで……、木に引っかかってるがな(キンコロカ〜ン)……、二十
枚、確かにございましたぁ〜〜■(それみな、お前にやるぞぉ〜〜)●おお
き、ありがとぉ〜〜!■(どないして上がるんじゃ〜〜?)
●わ、わ、わぁ〜ッ、上がるときのこと考えてなかったんや、どないしょ〜
■(オオカミに食われてしまえぇ〜。ほな、さいならぁ〜〜)●ちょ、ちょっ
と待っとくなはれぇ〜〜。
何を思いましたか、苦し紛れといぅのは思わん知恵が出るもんで、着物を
脱ぎますといぅと腐っても太鼓持ち、下には別染めの長襦袢でございます。
横糸を外しますといぅと、これをばツ〜〜ッ、ツ〜〜ッ裂きだした。裂いて
しまいますといぅと、これで縄を綯(な)いだした。
綯(の)ぉては継ぎ足し、継ぎ足しては綯い、長い長い絹糸の縄を綯い上げ
ますといぅと、縄先に手ごろな石を括りつけてビュ〜ン、ビュ〜ン振り回し
だした。
あの辺の谷には「嵯峨竹」と申しまして太い長い丈夫な竹が生えておりま
す。この一本をめがけましてポ〜〜ンと投げ付けますといぅと、うまい具合
にクルクルクルッ。
竹の先にかけた縄をばキ〜リ、キ〜リ、キ〜リ、キ〜リ、十分にたわめと
いて地面を一つポン。蹴りますといぅとシュシュシュシュ、シュ〜〜ッ……
●へ、旦さん、ただいま■上がって来よったがな。えらい男やなぁ……、で
金わ?
【さげ】
●忘れて来た。
【プロパティ】
ミナミ=南地五街、花街。大阪では地名に南、北と出て来たらミナミ、キ
タの繁華街をさす。
野掛け=花見やもみじ狩りなど、山野を歩き回って遊ぶこと。野遊び。野
掛け遊び。大阪では「野行き」の方が一般的。
かなん=適わない→かなわん→かなん。
天保山=大阪市港区、安治川河口南岸にある小丘。1831(天保2)年、安治
川浚渫の土砂をもって築き、灯台を設けて河口の標識とした。旧称、
目印山。標高4.5m
真田山=大阪市天王寺区、大阪城の南方にある小丘。大坂冬の陣のとき、
真田幸村が陣を構えた所といわれる。標高15m
茶臼山=大阪市天王寺区の天王寺公園内にある墳丘。1614年、大坂冬の陣
に徳川家康が本陣を置き、翌年の夏の陣に真田幸村が敗死した地。標
高26m
東山=京都市の東を限る丘陵性の山地。如意ヶ岳を中心になだらかな山々
が続き、東山三十六峰といわれる。山麓に銀閣寺・知恩院などがある。
如意ヶ岳の標高474m
西山=京都市の西に連なる山々。京都盆地の西の境をなす。愛宕山・ポン
ポン山・釈迦岳・天王山などを含む。また、その山麓一帯をいう。
比叡山=京都府と滋賀県の境、京都市の北東方にある山。頂上は主峰大比
叡と四明ヶ岳に分かれる。古来信仰の山として知られ天台宗総本山延
暦寺がある。叡山。北嶺。天台山。ひえのやま。標高848.3m
鞍馬山=京都市左京区にある山。中腹に鞍馬寺がある。標高570m
愛宕山=京都市北西端、山城と丹波の国境にある山。山頂に愛宕神社があ
る。標高924m
デンボ=イボ、デキモノ。
ケンケン=片足でぴょんぴょん跳ぶこと。
シミタレ=しみったれ:ケチ。タレは軽蔑の意味を含んだ接尾語。
二十五丁目の茶屋=愛宕山参道登山道の中途にある茶店。枝雀、吉朝師匠
は「二十四丁目」米朝師匠は「二十五丁目」。計算では二十五丁が正
しいのだが?
シン粉=精白したうるち米を洗い干してひいた粉。細かいものを上シン粉
という。和菓子に用いる。シン粉餅。(シン=米偏に参)
尻突き=米朝師匠は一八が突き茂八が突かれる。枝雀師匠は茂八が突き一
八が突かれる演出。吉朝師匠は米朝流を踏襲するも一八、茂八の区別
があやふやになっている。ここでは流れの自然な枝雀流をアレンジ。
わや=だめ。失敗。むぼう。無茶苦茶。てんやわんやのワンヤもワヤから
移ったもの。
生鮨し(きずし)=酢で締めた魚。関西ではとくに鯖の生鮨しをさす。
あんじょう=味よくが元。あじよく→あじよう→あんじょう。
お手塩(てしょう)=銘々皿、小皿。
アンモンする=準備する。
うどんの台抜き=ウドンからウドン玉を抜いたもの。カヤクや薬味は入っ
ている(例:カツ丼の台抜き=カツ丼からご飯を抜いたもの)
土器(かわらけ)=釉薬をかけてない素焼きの陶器。
放(ほ)る=投げる。捨てる。投げやりにする。ほっとくは何もせず放って
おくのではなく、捨てるの意。
戎(えべ)っさんの小判=正月十日に行われる戎神社の祭礼「十日戎」で、
縁起物の笹の葉に取り付ける紙で作った小判の飾り物。
梅が畑=京都右京区、北山にある地域。つまり山一つ越えて北側。大原女、
八瀬女、白川女とならび、北山杉の残木で作った床机や梯子、鞍かけ
(足踏み台)などを売り歩く畑の姨(はたのおば)が居た。
音源:1996/09/21 平成紅梅亭(YTV)
【作成メモ】
●参 照 演 者:main=桂吉朝 sub=桂米朝、桂枝雀
●main高座記録日:1996/09/21 ●番 組 名:平成紅梅亭(YTV)
●ファイル公開日:1996/09/01 ●江戸落語相当:*
●更 新 日:2004/10/11 ●リクエスト数:
●注 意 事 項:内容を削除、追加、改訂している部分があります。
記録日のmain演者によるさげを採用しました。
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