【上方落語メモ第1集】その二十

植 木 屋 娘


【主な登場人物】
 植木屋幸右衛門  寺の居候伝吉  娘のおみつ  女房  住職

【事の成り行き】
 「人は見かけによらん」ということが言われます。夜、戎橋でたむろして
る派手派手のお姉ちゃんが実は内気な貞女、てなことはまずありませんけど、
いかにも大人しそうな晩熟(おくて)に見えるお嬢さんが、実はえらい発展家
やったという話、皆さんの周りにもあるんやないかと……

 私事になりますけど、17歳と14歳の姪っ子がおりまして、ついこないだま
で赤ちゃんに毛の生えたようなものと思てましたら、いつのまにか胸もプッ
クリ膨らんで言葉の端はし身のこなし、いっちょ前のレディ予備軍みたいに
なってきてます。

 さて、どんな女性に成長するのやら、実の娘でもないのに楽しみでもあり
心配でもあり気がもめるのですから、実の親はそら気がかりなことやろなぁ。
いつの時代にも変わらない、親心をうまく突いたお噺をひとつ。

             * * * * *

 ここにございました植木屋さん、名前をば幸右衛門と申します。あるお寺
の門前に住んでおります。夫婦(みょ〜と)の間に娘がございまして、おみつ
と申します。なかなかの別嬪でございまして、幸右衛門の自慢の種でござい
ます。

 このお家(うち)は植木屋さんではございますが、お寺にお参りする人のた
めに入り口に花なんぞも置いてある。家作やとか地所もたくさんにございま
して、職人さん、奉公人も大勢におりまして、得意先も百件余りもあろぉか
といぅまことに裕福なお家でございます。

 お寺のお住持さん(おっすぁん)とはいたって昵懇(じっこん)でございまし
て、今日しも表より……

●おっすぁん、こんちわ◆おぉ、誰やと思たら幸右衛門やないか、えぇお天
気じゃなぁ。こっち上がったらどぉじゃ●へぇ、上げてもらいま……。こん
ちわ◆どぉしたな?●節季でんねん、またひとつ書き出しをば頼んますわ。

◆また、節季かえ●「また」てなこと言ぃなはんな。わてら商売人にとって
節季は大事なもんだっせ。またひとつ書き出しをば書いてもらいたいねんけ
れども……。おっすぁん、気ぃ付けてもらわとあぁ〜たの書き出しは評判が
悪いねんで。

◆何でじゃ?●あぁ〜たが書いてくれはった書き出し持って得意先行きまっ
しゃろ、皆がそれじっと見よってね……「ほほぉ、この書き出しの字ぃは位
牌の戒名や塔婆の字ぃと一緒やなぁ」言ぅてね◆世間さんお目が高いなぁ、
わたしが書くとどぉしても塔婆や戒名の字に似るのじゃな。

●うちゃ生きもん扱こぉてまんねん、書き出しの字が戒名や塔婆の字ではど
んならん。ちぃ〜っと勉強してもらわんことにわ……。一つ書き出しをば頼
んまっさ◆書いてやらんこともないねやが、ここ二、三日ちょっと忙しぃて
手が離せんのじゃ。置いといてくれたらまた暇にでも……

●「暇にでも」てな悠長なこと言ぅてもろたら困りまっせ。節季てなもん日
の決まったもんだっしゃないか、これ外したらいつもらえるや分からしまへ
んがな、そんなこと言わんと頼んまっさ。

◆急(せ)くのかえ? お前さんいつもそぉじゃで、急になって来てはヤイの
ヤイのと……、困ったことになったなぁ。そぉじゃ、うちの伝吉でも代わり
にやって書かすてなことにしょ〜か●伝吉? 伝吉っちゅうたらあの居候の
伝吉さん? 何ですかいなあれ、字ぃよぉ書きますかい?

◆これこれ、何でも自分とおんなじよぉに思たらあかんで。自分が書かれな
んだら人も書かれんよぉに思てる「書きますか?」どころの騒ぎやないがな、
あれはちょっと事情があってこの寺で預かってはいるが、歴々の跡目でいず
れ世間へ出て五百石の家督を相続せんならん体じゃ。武家育ち、手ぇも立派
に書く。

●さよか、ほな伝吉さんでも結構だす。すぐに来てもろとくなはれや、頼ん
まっせ頼んまっせ、頼んまっせ、ごめん◆こ、これ……、どんならんなぁ、
相変わらずバタバタと騒々しぃ男じゃで……。伝吉や。伝吉や。

■おっすぁん、お呼びでございますか?◆いま、植木屋が帰って行ったじゃ
ろバタバタと、相変わらず騒々しぃ男じゃ「書き出しを書いてもらいたい」
ちゅうで、済まんがこなた代わりに行て書いてやってはくれんかな?

■かしこまりました。すぐに行て参じますので◆それからな、あの幸右衛門
ちゅう男、口豪輩(くちごぉはい)な男じゃが、いたって腹のさっぱりしたえぇ
男じゃで、何を言われてもどぉぞ気にせんよぉにな■心得ております。それ
では行て参じます。

             * * * * *

■あのぉ〜、お寺から来ました伝吉でございます●伝吉さん、待ってまして
ん。こっち入っとくなはれ、ず〜っと通って、ズ〜ッとズ〜ッと、一服はあ
と、先に書いてもらいまっせ。そこに机おまっしゃろ、墨も硯も、筆も紙も
みな置いたぁるよって……、帳面おまっしゃろ、それ見てもろたらみな分か
るよぉになったぁるよってにな。

■はいはい、帳面をば……? この帳面には字が書いてございませんなぁ?
●当り前やないかいな、字が書けるぐらいなら書き出しかてわいが書くがな。
よぉ書かんよってに頼んでまんねん■筋が引いてあったり、ちょぼが打って
あったりいたしますが?

●そら、うちの符丁になったぁるんで。筋が一本百文でちょぼが一つ十文や
よってに、筋が二本でちょぼが三つやったら二百三十文ちゅう勘定してもろ
たらえぇねん■あぁ、なるほど……。丸が付けてございますが?●そら、一
貫や■黒い丸は?●一両や■三角は?●一分やぐらいのこと、あんた分から
んか■……、言ぅていただかんことには。

■お得意さんのお名前は?●そら、わいに心覚えがあるねん。わいが言ぅよっ
て、その通り書いてくれたらえぇよってに。

 幸右衛門が横手に付きまして、百本余りの書き出しをば一刻(とき)と少ぉ
し余りで書き上げてしまいます。

■どぉやら出来上がりましたよぉで●もぉでけた! 早いなぁ。こない早よ
出来んねやないかいな、それにあのド坊主め、三日も四日も引っ張りやがっ
て。もぉあの坊主には頼まん、伝吉さんに頼む。おぉ〜い酒の用意をせぇ。

 それから酒・肴を用意をいたしまして、もてなしをいたします。伝吉さん、
ご馳走になって寺へ帰る。そんなことがきっかけになりまして伝吉さん、ちょ
いちょいと植木屋へ遊びに来るよぉになる。

 幸右衛門の方もそれまで何じゃっちゅうとお寺へ飛んで行って「おっすぁ
ん、おっすぁん」言ぅてたやつが、まことに現金なもんでこの頃はもぉ伝吉
さん一本槍で、ちょっと手紙を書いてもらうとか「この字はどぉ読むねや?」
とか「今度こんなことが起こったんやが、どぉしたらよかろぉか?」

 「それは、こぉあそばしたらどぉでございます」伝吉の方もあんじょ〜親
切に相談に乗ってやるもんですから、すっかり伝吉さん頼りに思とります。

 さて、ある日のことでございます。

●嬶(かか)、かかカカ嬶、かかかかかかかか、かぁかぁ▲何を言ぅてなはん
ねん「かぁかぁ」烏みたいに●なんでもかめへん、こっち来い。よぉ〜し、
そこ座れ▲何だんねん?●ちょっと話があんねん。実はうちの娘のおみつの
ことやけどな▲おみっちゃんがどないしたんや?

●あら去年十六、今年十七、来年十八ちゅうて世間もっぱらの評判やぞ▲当
り前やないか●当り前やけれどもやで、町内の若いやつら、寄ったらおみつ
の噂や「折があったら押し倒そか、いてまおか」てな物騒なことぬかしてけ
つかんねんで。

●植木に虫が付いたらわしゃ商売や、直ぐに治すけれども、娘に虫が付いた
らよぉ治さんがな。そぉならん前にあれにえぇ婿養子を迎えてこの家を譲っ
て、おれとお前が隠居をしょ〜と、こぉいぅこと考えてるんやけど▲そぉいぅ
こと願えれば、こんな結構なことないけども、あんたその婿養子のあてでも
あんのんかいな?

●話っちゅうのはそこじゃ。わい思うねんけれども、あのお寺の伝吉っつぁ
んな、あれなかなか人間しっかりしてるで▲伝吉さん。そら、あの人がそぉ
いぅことなってくれはったら、こんな結構なことはないけれども、おみっちゃ
んの気持ちはどぉだんねん?

●え?▲おみっちゃんの気持ちはどぉだんねん?●おみつの気持ち? おみ
つの気持ちも糞もあるかい。親があんなえぇ婿探して来たってるのに、ぐず
ぐず言わさんぞ。ぐずぐず言ぅよぉなら、おみつ放り出してしまうぞ▲おみ
つ放り出してどないしなはんねん?●おみつ放り出して伝吉さん養子にもら
うがな。わし伝吉さん好きやがな。

▲ほな何かいな、実の我が娘放り出して赤の他人にこの家譲るんか?●そぉ
なったらしゃ〜ないやないか、お前にかって暇やるがな▲おいてや。この歳
になって暇もろて、わてどこ行たらえぇねん?●どこも行かいでえぇがな、
伝吉さんと一緒になれ。伝吉っつぁんと夫婦になってわしを養え。

▲……? やっぱり、おみっちゃんの気持ちを聞ぃてやらんことには●よし
分かった、おみつ、おみつこっち来い。そこ座れ。ホンマにもぉ、おみつの
ガキはお父っつぁんがこんなえぇ婿はん探して来たってるのにぐずぐずぬか
しやがって。今まで大きしてもろた恩忘れやがって、ホンマにもぉ……

▲ちょっと待ちなはれ。あんた話してやったんか?●……▲おみっちゃん、
ビックリせぇでもえぇのん。実は、お寺の伝吉さん、あんたさえよかったら
婿養子に来てもろて、この家譲ってお父っつぁんとわたいと隠居さしてもら
お、とこんな話したはんねんけれども……、嫌ならはっきり言ぅてくれたら
えぇねんで。嫌やなかったらお寺の方へ話しに行ってくれはんのん。

▲相手はお寺の伝吉さん……、赤い顔して、下ばっかり向いて、畳にのの字
書いてるわ●わっ、わぁ〜。畳にのぉの字書いとぉる「ゑ」は書きにくいん
か? 相手は伝吉さんや、えぇのんか? えぇか? そぉか、お父っつぁん
も気に入ってるねん。よし、これから寺行って伝吉っつぁんもろてきたる。

 無茶な親っさんがあったもんで、寺へさして飛んで行きよった。

             * * * * *

●おっすぁん、こんちわ◆おぉ、幸右衛門か。どぉした、また節季か?●ア
ホなこと言ぃなはんな、そぉ再々節季があってたまりますかいな。実はちょっ
と話があって来ました。といぅのがほかやおまへんねん、うちの娘のおみつ
ですけどね◆おみっちゃんがどぉしたんじゃ?

●あらなんでっせ、去年十六、今年十七、来年十八ちゅうて世間もっぱらの
評判でっせ◆当り前やないかな。そのおみつがどぉしたちゅうのじゃ? ふ
んふん「隣の若いもんが寄ったらおみつの噂を、植木に虫が付いたら直ぐに
治すけれども娘に虫が付いたらよぉ治さん。そぉならん間ぁにえぇ婿養子を
迎えてお前とお上さんが隠居をしょ〜……」なかなかえぇ話やないかいな。

●おっすぁん、えぇ話か?◆結構な話じゃないか●ホンマに結構か? ほん
まのホンマに結構か……? もらいまひょ◆……?●もらいまひょ。伝吉さ
ん養子にもらいまひょ◆何じゃいな、相手は伝吉かいな。そらあかん●いま、
「ええ」っちゅうた。

◆相手が誰や分からんよって「ええ」っちゅうたんやがな。こないだも言ぅ
たやろ、あれはいずれ世間へ出て五百石の家督を相続せんならん……●そん
なこと言わんと、おっすぁんおくれぇな。いま、結構ちゅうたやないかいな。
おくれ、おくれ、おくれ。伝吉っつぁん好きや、おくれぇな。

◆あきゃせん、あきゃせん。あら武家育ちじゃで植木屋の跡目にはどぉかと
思うで●そんなことあれへんがな、伝吉さんこないだから付き合ぉてよぉ知っ
てるがな賢い、頭えぇがな。これからうちの自慢の根分けから接木からみな
教えて大阪一の植木屋にするがな。頼むわ、おっすぁんおくれぇな。伝吉さ
んえぇ男やないか、おみつ別嬪やないか、二人掛け合わしてみぃなえぇ子が
引けるで。

◆何じゃ、兎みたいに言ぅてるんやなぁ、あきゃせんあきゃせん●そんなこ
と言わんとおくれぇな。おっすぁんかて、いつも死んだもんの世話ばっかり
せんと、たまには生きたもんの世話しなはれ。若い夫婦だっせ、じきに子ど
もができまんがな。けどおっすぁん、のっけの子ども、こら育たん。じき死
ぬがな諦めてまんねん。そしたらあんたとこの商売やないかいな、ちょっと
は商売に勉強しぃ。

◆これこれ、この話だけはきっぱりと諦めてもらお●そんなこと言わんとお
くれ。なぁ、おくれぇな、おくれおくれおくれ、おくれ。あかんのん? い
らんわい! おくれぇな……、あかんのん? もぉえぇわい。

             * * * * *

●かか、かか、かか▲行て来たんか?●行て来た▲どやった?●あけへん、
くれへん▲みてみぃな、あんたが一人でヤイのヤイの言ぅたかてあけへんね
ん●違うがな、ド坊主が本人に言ぃもせんと「あかん、あかん」言ぃやがん
ねん。おれはこれぐらいのことでは納まらんぞ、諦めんぞ。

▲諦めんちゅうたかて、しかたがないやないの●いや、おら諦めん。これか
ら伝吉さん呼んで来て、酒呑ましておみつと二人きりにしょ▲……、あんた、
何考えてなはんねん?

●伝吉さんかて、わいとお前の二人だけやったら、あぁ再々遊びに来るかい。
おみつが居ればこそ、何とか思やこそ遊びに来んねやないか。そこで、伝吉
さん呼んで来て酒・肴用意して、おみつと二ぁ人だけにするねん。お前やわ
しが居ったらあかん、お前は風呂行け風呂。

●わいは「得意先へ植木持って行く」ちゅうて植木持って出る。出るけど得
意先へ行けへんねんで。クルッと裏へ回るっちゅうと、こないだ直したばっ
かりの焼板の塀があるやろ、向こぉにこんな大きな節穴が開いたぁんねん。
そっから目ぇ当てて中覗くねん。

●伝吉っつぁんとおみつと二人っきりやないかいな。酒・肴用意したぁるわ、
酒の一杯も呑んだらやっぱりポ〜ッとなってやで、おみつの手ぇのひとつも
握るわ。そこジ〜ッと見といてやで「伝吉っつぁん、何ちゅうことしなはん
ねん」「お父っつぁん、こら酒の上」「酒の上も糞もあるか、好きやとか何
とか思やこそ手ぇ握ったんやろ。手ぇ握ったら子どもが生まれるぞ、うちへ
養子に来いッ!」

▲そんな無茶なことができるかいな●わいやったるねん。おぉ〜い、おみつ
酒・肴用意せぇ。わい寺行って伝吉さん呼んで来る……

 無茶な親っさんがあったもんで、何にも知らんとやってまいりました伝吉
さんこそ暗剣殺(あんけんさつ)に向こたよぉなもんですなぁ。

             * * * * *

■伝吉でございます。お呼びでございますかいな●わぁ〜〜ぁ、伝吉さん、
こっち入ってこっち。今日はちょっと暇ができたんで、あんたと一杯呑もと
思て……、まぁ座って。酒・肴用意したぁるねん。おみつ、おみつこっち来
い。よし、そこ座れ。今日は伝吉さんとお父っつぁん一杯呑むんやさかい、
そばへ座ってお給仕せないかんぞ。酌をせないかんちゅうてるねんぞ……

●お、おい▲何だす?●風呂行かんかい、風呂▲いま行て来たとこ●もいっ
ぺん行って来い▲え?●もぉいっぺん行って来い、っちゅうねん▲何べんも
行けしまへん●おんなじとこ行くのんきまり悪かったら、隣町の風呂行け。
行って来ぉ〜〜い。

●伝吉っつぁんごめん、かか風呂行きよってん。おみつ一杯もらおか……、
あっ、思い出した。えらいことを思い出したぞ。実は得意先へさして植木を
持って行くのんコロッと忘れててん。ちょっと行て来る、じき帰るよってそ
のまま呑んでてくれたらえぇねんで。じっきに帰ってくる……「じっき」と
言ぅても「直ぐ」のじっきと違うで、少ぉ〜し離れてるのでちょっとぐらい
の間ぁはあると思うねんで。

●伝吉さん、じき帰って来ます。けれども、少ぉ〜し間はあると思います。
そこんとこよぉ考えてもろて……、伝吉っつぁんとおみつ、おみつと伝吉っ
つぁん……、暑いこっちゃなぁ。

             * * * * *

 おやっさん一人で汗かいて、頭から湯気出して表へポイッと飛び出しよっ
たんです。

●さぁこれからがひと仕事やぞ。裏へ回って焼板の塀、節穴、節穴……、あっ
たあった。よぉこんなとこに節穴が開いたぁったこっちゃなぁ、こないだ大
工に怒ったってんけどな「何でこんなとこへ節穴出しやがったんじゃ……」
今度会ぉたら誉めてやらないかんなぁ。

●うわぁ〜、伝吉っつぁんとおみつ二ぁ人並んでるがな。うわぁ〜、こぉし
て見ると伝吉さんえぇ男やなぁ。おみつもそれに負けんぐらいの別嬪じゃ、
ありがたいことやなぁ。あぁして二人並んでるとこ見ると、お雛さんの夫婦
みたいやなぁ。

●二人とも恥ずかしそぉにモジモジしてるがな。おみつ何や言ぅとぉる「う
ちのお父っつぁんはキョトの慌てもんでしょ……」何をぬかしてけつかんね
ん。親はキョトの慌てもんでも娘はえぇ娘生んだぁるわい「伝吉っつぁん、
おひとついかがでございます……」うわぁ〜、あんなこと言ぅよぉになった
んやなぁ、教えもせんのに。

●伝吉さん、恥ずかしそぉに呑んでるわ「おみっちゃん、あんたもひとつい
かがでございます……」うわぁ〜、伝吉っつぁんも言ぅねがな。よしよし、
そこで受け取ってグ〜ッと呑め。それを呑むところからことが始まるぞ。呑
め、呑め……、何?「わたくしは、いたって不調法で……」ぶせぇ〜くなや
つやなぁ、酒のひとつもよぉ呑まんのか。それ呑まなあけへんがな、それ呑
むところからことが起こるねんやないか。

●見てみぃな伝吉さんモジモジしてるがな、テレてるがな。何や言ぅてるで
「お父っつぁん、なかなかお帰りやございませんなぁ……」当り前じゃ〜、
なかなか帰らんぞぉ〜。起こることが起こるまで帰ったるかい……

●えぇ何や?「それではわたくしは、これでぼちぼち失礼を……」そら何を
言ぅねん。ここで帰ったらあけへんがな。あかんあかん、止め止め「さよぉ
ならば、そぉいぅことに……」こらこら、送りに立ってけつかる。ぶっせぇ〜
くなやっちゃなぁ、ぶっせぇ〜く、ぶっせぇ〜く、ぶっせぇ〜くな……

 さぁ、こっちの目をば焼板の塀へ摺り付けたもんでっさかい、顔半分真っ
黒けになりよって……

●おみつ★まぁ、お父っつぁん面白い顔●ほっとけ、親はオモロイ顔でも娘
はえぇ娘生んだぁるんじゃ。何? そぉと違う、鏡見てみぃ? 鏡、鏡……、
わ、わ、わぁ〜ッ、何ちゅう顔や▲た、だ、い、ま……●このややこしぃ最
中(さなか)にどこ行ってけつかんねん?▲「お風呂行って来い」言ぅたやな
いか。どやったん?

●あけへん、おみつがいかんねん、おみつが▲おみっちゃん、こっちおいな
はれ。あんた伝吉さんの前でどんな行儀の悪いことしてやったんや? わて
がお父っつぁんに叱られるやないか。あんたどんな行儀の悪いこと……

●違うがな、行儀が良すぎるねんやないか。酒の一杯もよぉ呑まんやなんて、
ちょっとはお前の尻癖の悪いとこでも仕込んどけ▲あんたいま、何言ぃなはっ
たんや。ドサクサにまぎれて何言ぃなはった? わてが何したっちゅうねん?
●何したっちゅうわけやないけど、うち来た時「さら」や言ぅてたけども、
どぉもニ、三べんあったよぉな……▲これ、アホなこと言ぃなさんな。

▲伝吉っつぁんのこと、諦めなはれ●わしゃ、どんなことあっても、諦めん
ぞぉ〜〜ッ!

 親っさん頭から湯気出して顔から汗出して、顔半分真っ黒けにして気張っ
てみましても、こればっかりはどぉしょ〜もない。それからニ、三縁談もご
ざいましたが、おみつの方が進まんもんでございますから、それなりになっ
ている。

 そのうちに、あの植木屋の娘は男嫌いであろぉといぅ評判が立ちかけまし
たある日のことでございます。

             * * * * *

▲あ、あんた、あんたッ!●どしたんや?▲え、えらいこっちゃで。向かい
のオバチャンに聞ぃたんやけれども、うちのおみつのお腹が大きぃんやとぉ
●何ぃ〜、おみつのお腹が大きぃ? せやから言ぅてるやろ、せやから……
▲どんなに言われてもしかたがない、女親のわたいがいかんのん●当り前や
ないか、何ぼ大きなったいぅてもまだ子どもやねんさかい、ご飯食べるとき
はそばに居って給仕してやらないかん。お櫃あてごぉたら、何ぼでも食べよ
んねんから……

●年頃の娘の腹がプ〜ッとふくれてみぃ、恰好悪いぞ▲違うがな、でけたん
やがな●お尻に、出来もんが?▲酸っぱいもんが食べたいよぉなことになっ
たぁるねんがな●食いたかったら食わしたらんかい、ザクロでも夏みかんで
も▲分からん人やなぁ、ヤヤが出来たんやないか●おみつにヤヤが出来た。
めでたい。

▲相手の男はんが誰や分からんねんで●えらいこっちゃ▲いま気ぃ付いたん
か●よっしゃ分かった。おみつ捕まえて相手の男が誰か聞ぃたる▲あかんあ
かん、あんたが聞ぃたら、あの子怖がって何もよぉ言わへんさかい、あんた
二階へ上がってなはれ。わたいが聞くよってに。

●何言ぅねん、相手の男が誰か、一番肝心なとこやないかい。一番えぇとこ
やないかい。そのえぇとこお前が一人で聞くやなんて、わいも一緒に聞かし
て▲何言ぅてやのん……、ほんなら段梯子上がった二階の戸口(こぐち)のと
こ居てなはれ、わたい段梯子の下へおみつ呼んで聞くさかい。ほな、あんた
にも聞こえるやろ。

●わいにも聞こえるよぉに大きな声で言ぅてくれなあかんぞ……。うちのお
みつはボテレンじゃ♪ うちのおみつはボテレンじゃ♪▲アホ……。おみっ
ちゃん、おみっちゃん。こっちおいなはれ、いぃえぇ座敷と違うの、こっち
おいなはれ、段梯子の下へおいなはれ。え? 何でて? うちは代々、大事
な話は段梯子の下でするのん。

●おみっちゃん、あんた何ぞ隠してる? 何ぼ隠したかてあかんのん、向か
いのオバチャンに聞ぃてちゃんと分かったぁるのん。あんた、お腹にヤヤが
あるねんてなぁ★……、お父っつぁんに知れたら、叱られる▲いぃえ、お父っ
つぁん留守。お父っつぁんに叱られんよぉに、お母はんからあんじょ〜言ぅ
たげる。相手の男はんはどなたはん?

▲何? 相手の男はんはどなたはん?★あのぉ〜……、あのぉ〜▲「あの」
では分からへんやないか、相手の男はんは?★あのぉ〜……、お寺の、伝吉っ
つぁん。

 まさかと思てたお寺の伝吉さんといぅ言葉が耳に入った。嫁はんビックリ
しよって「ほたら何かいな、あんたのお腹を大きしたんは、あのお寺の伝吉
さんかいなぁ〜ッ!」この声聞ぃて親っさん、二階からころこんで落ちて来
よった。

●お、おみつビックリせぇでもえぇ。よぉ取った、よぉ取った。あの取り難
い伝吉さんをよぉ取った。こぉなったらあのド坊主にグゥの音も言わさんぞ。
よっしゃ、これから伝吉さんもろてきたる……

             * * * * *

●おっすぁん、こんちわ、こんちわ、こんちわ◆しばらく来いで助かってた
んじゃが……、どぉしたんじゃ?●へぇ、伝吉さん養子にもらいまひょ。伝
吉っつぁん、養子にもらいまひょ。伝吉さん◆何? 伝吉を養子に? まだ
そんなこと言ぅてるんかえ、何べん言ぅたら分かる。あれは五百石の家督を
相続せんならん……

●そらもぉいけまへんねん。うちのおみつはボテレンじゃ♪ うちのおみつ
はボテレンじゃ♪◆ほたら何かいな、うちの伝吉がお前とこの娘のおみつの
お腹を……●大きしたんや……。伝吉さん、養子にもらいまひょ。うちの根
分けから接木からみな仕込んで、大阪一の植木屋にしまっさかい、安心しな
はれ。

◆それはありがたいことじゃけれども、言ぅてる通り五百石の家督を相続せ
んならん●それも成るよぉな話にしまひょ。よろしぃか、とりあえず伝吉っ
つぁんうちへ養子にもらいます。子どもができます男の子。男の子なら、こ
れを向こぉへ回してでっせ、五百石でも八百石でも継がしたらえぇやおまへ
んかいな。

◆これこれ、何ぼ何でも侍の家を取ったり継いだり出来るかいな。


【さげ】
●「取ったり継いだり……」接木も根分けも、うちの秘伝でおますがな。


【プロパティ】
 家作(かさく)=人に貸して収入を得るために持っている家。
 昵懇(じっこん)=間柄が親しく遠慮のないこと。
 節季の書き出し=お商売の〆のことです。もともとは年末に一回、のちに
   半期の盆前を合わせて二回、もっと下ってその中間を合わせて四回、
   売掛けを清算したらしいです。
 歴々=身分・地位などの高い人々。おえらがた。おれきれき。
 跡目(あとめ)=相続の対象となる家督や財産。また、それを相続する人。
 家督相続=武家の家督相続は嫡男(ちゃくなん)、直系の男子しか継げない
   ということになっています。
 口豪輩(くちごうはい)=米朝師匠の解説を見るとこの字が当てられてます
   が、辞書を引いても載ってません。いろいろ調査の結果、大阪ことば
   辞典「口強い(くちごぉわい)」理屈っぽく言いつのる。また、口やか
   ましい。ではないかと考えてます。
 書き出し=勘定書。請求書。
 一刻=約二時間。日の出から日の入りまでと、日の入りから日の出までを
   それぞれ六等分したのが一刻。季節によって、また昼夜によって長さ
   が変わる。
 おいてや=置く:やめる。よす。中止する。
 暗剣殺(あんけんさつ)=九星(きゅうせい)方位のひとつ。その年の五黄と
   相対する方位で最も凶とする。
 九星=運勢や吉凶を占う基準。一白・二黒(じこく)・三碧(さんぺき)・四
   緑(しろく)・五黄(ごおう)・六白・七赤・八白・九紫の九つをいう。
   これに五行と方位を組み合わせ、人の生まれた年にあてはめ性格・運
   勢・家相などの吉凶を占う。
 きょと=きょときょとして落ち着かぬ人。動詞・形容詞・副詞などの語尾
   を省略して、何々をする人の意に用いる転成名詞。ほかに、ガサ、ゲ
   ラ、チョカなどなど。
 二階の戸口(こぐち)=商家の二階は急な段梯子を上がって、覆いフタ(引
   き戸)を開けないと上がれない構造になっていた。虎口。小口。
 ぼてれん=臨月の女性の腹部が張り切って今にもはち切れんばかりに垂下
   したことの形容。『物類称呼』に「腹。はら。畿内近国及中国・四国
   にて、ほてといふ」とあり、ほて垂れ→ほてれ→ぼてれん、となった
   ものか?
 音源:1981/04/19 枝雀寄席(ABC)


【作成メモ】  ●参 照 演 者:main=桂枝雀 sub=桂米朝  ●main高座記録日:1981/04/19  ●番  組  名:枝雀寄席(ABC)  ●ファイル公開日:1996/09/21  ●江戸落語相当:*  ●更  新  日:2004/10/17  ●リクエスト数:rakugo20  ●注 意 事 項:内容を削除、追加、改訂している部分があります。           記録日のmain演者によるさげを採用しました。

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