【主な登場人物】
大旦那 丁稚の定吉 女衆(おなごし)のお清どん
【事の成り行き】
「赤い色」と聞いて思い浮かべる色はどんな色? 「そんなもん、赤色に
決まってるやん」と決め付けられるほど単純でありません。わたしの赤い色
とあなたの赤い色、彼の赤い色が全く同じ赤い色である保証は無いのです。
たとえ科学的に※※Å(オングストローム)の波長の光であると測定結果が
出たとしても、その光が網膜に刺激を与え視神経から脳に届きあなたが赤い
色として知覚した瞬間から「赤い色」はあなただけの赤い色になってしまう
からです。
同じく1時間はどれほどの長さ? についても、わたし、あなた、彼、そ
れぞれの長さを持っていることに思いが至るということを思い知らなければ
なりません。
ですから、定吉っとんが朝十時に店を出て夕方五時に戻ってくるまでの時
間と、親旦那が朝十時に定吉を送り出して夕方五時に説教を開始するまでの
時間は当然定吉っとんの時間の方が短かったに違いありません。
また、蔵に放り込まれた定吉っとんが我を忘れて芝居に没頭することによっ
て経過する時間は、親旦那が懲らしめてやろうと想定する時間より短いこと
もお分かりになるはずです。
気の持ちようで苦役が快楽にと変化する「蔵丁稚」には深い人生哲学が含
まれて……、落語って勝手にいろいろ遊べまんなぁ。
* * * * *
■定、定吉っとんは戻りましたか?●へぇ、旦さん。ただいま戻りましたん
でございます■いま戻って来なさった、こっち入んなはれ。どこへ行ってな
さった?●島之内の田中屋はんまで行ってたんでございます■はぁ、島之内
の田中屋はんへなぁ。いつごろ出かけなはったえ? 何時ごろ?●出かけま
した時間ですか? あのぉ〜、朝の十時頃だしたやろか。
■ほぉ〜、今は何時じゃ?●今でございますか? かれこれ夕方の五時頃や
ないかと思います■「五時頃やないかと思います」て何かいな、船場から島
之内行くのに朝の十時から晩の五時までかかりますのか?●「かかりますの
か?」とおっしゃいますけれども旦さん、実はお返事待ってて遅なりました
んです。
■ほぉ〜なるほど、そのお返事は?●あの〜「旦さん今お留守でございます
んで、お帰りになりましたらすぐお返事に上がります。よろしゅ〜に」といぅ
ことで……■たったそれだけの返事を聞くのに朝の十時から晩の五時までか
かりますのかえ?
■お前さん、また芝居を見てたんと違うか? いや、隠したかてあきゃせん、
今も向かいの佐助はんが来なはって「お宅の定吉っとんと今道頓堀でお会い
しました」ちゅうことやったが、船場から島之内へ行くもんが何で道頓堀辺
りをウロウロせんならん? これが何よりの証拠じゃ、芝居見てたに違いな
い。
●わ、わぁ〜。お向かいの佐助はんそんなこと言ぅてはりました。こらいか
んわ、こらしゃ〜ない、こぉなったら全部正直に言ぅてしまいますわ■正直
に言ぅてしまいなはれ、芝居を見ていたのじゃろ?
●そやおまへんねん、旦さんこぉでんねん。あのね、心斎橋筋歩いてました
らお母ぁはんとバタッと会ぉたんです「お母ぁはんどこ行きなはんねん?」
言ぅたらね「実は、お父っつぁんが去年の秋から足腰立たいで寝たきりやね
ん」うちのお父っつぁん旦さんもご承知のよぉに俥引きだっしゃろ「表の俥
が回らなんだら内の車も回れへん、その代わり火の車が回ってる」言ぅてね。
●「冗談言ぅてる場合やないねん、ちょっとでも早よ良ぉなってもらわない
かんよって、これから千日前のお不動はんへお百度踏みに行く」と、お母ん
こぉ言ぃまんねん「さよか、お母んわても一緒に行くわ」言ぅたら「いやい
や、お前はご奉公してる身やさかい、そんな勝手な真似はでけん」お母ん言ぃ
ましてんけどね「うちの旦さん誠によぉもののお分かりになった旦さんです
よってに、あとであんじょ〜言ぅたら決して怒らはれしまへんので、一緒に
行きます」ちゅうて、わてお百度踏んでて遅そなったんです。
●そぉいぅことでござりますんで、どぉぞ堪忍しとくれやす■あぁ〜、そぉ
かいな。勝手に行ったことは決して誉めることはできんが、親孝行でお百度
踏んでたんなら仕方がない。そぉかいな、お父っつぁん去年の秋から足腰立
たいで寝たきりか?●へっ、お父っつぁん寝たきりでんねん。
■えらい嬉しそぉやなぁ●嬉しぃことはないんです■まぁ大事にしてもらわ
ないかん、おまはんとこの大黒柱じゃでなぁ。そぉ〜か、おかしぃなぁ……、
正月の二日やったかいなぁ「いつも定吉がお世話んなります。本年も相変わ
りませず」と、おみえになったん、あらどなたやな? 確かおまはんとこは
お父っつぁんとお母はんとおまはんの三人暮らしのよぉに思てんねやが……、
おみえになったん確か男のお方のよぉに思うが、あら一体どなたや?
●あの人のことについて、わたしも詳しぃこと分からんのですけど……、う
ちの家に古ぅから居てはるらしぃんです。少なくともわたしより古ぅから居
てはるらしぃんです。わたしの思いますには、恐らくはうちのお母はんの連
れ合いに当たる人やないかと……
■何をごじゃごじゃ言ぅてなはる、お父っつぁんやないかいな。足腰立たい
で寝たきりのお方が何で、ご年始にみえんねん?●それが……、お正月は紋
日でっさかい、まぁ病気もちょっとお休みを……■病気に休みがあるか。芝
居見てたに違いない。
●旦さん、わていっぺん言わしてもらお思てましてん。わたいがちょっとお
使いにまいりまして遅そなったら「芝居見てたんやろ」言ぃはりますけど、
わたい芝居嫌いでっせ■おまはん嫌いか?●大嫌いでんがな。男のくせに紅
や白粉(おしろい)ベタベタ塗って、袂の長いもん着てゾロゾロゾロゾロ。あ
んな心地の悪いもんおませんわ。
●わて芝居大嫌いでっせ。言ぅときますけど、道頓堀歩くときでも看板見ん
よぉにして浜側ばっかり見て歩きまんねんで。それぐらい芝居嫌いでんねん
で。ひょっとあの中入って芝居見んならんことになったら、恐らく腰抜かし
てしまうと思いまっせ。
■そぉか、わたしゃ定吉芝居が好っきゃと思てたであんなこと言ぅてたが、
芝居が嫌いか●大嫌いです■そらちょ〜ど良かった。いやな、今も佐助はん
の話聞ぃてるうちにな、今度の中(座)の芝居まことにおもしろいそぉな。う
ちも長いこと芝居行きしてないので、あしたはお店一統(いっとぉ)芝居行き
と決めてな、席の手配やみな向かいの佐助はんに頼んだとこじゃ。
■久しぶりの芝居行きじゃで、みな連れて行てやりたいが、誰ぞ一人留守番
をさせんならん。誰に当たっても可哀相なこっちゃと思てたが、定吉おまは
んそないに芝居嫌いか……。ほんだらまぁ、明日は留守番をしてもらおか。
●わ、わ、わぁ〜。旦さん何ですか、あしたはお店一統芝居行きでございま
すか?■あぁ、芝居行きや●さよか。わ、わ、わぁ〜……、ほな、わてお弁
持って参じます■いや、弁当はみな芝居茶屋に頼んだぁるで、うちから何に
も持って行かいでもえぇねで。
●お弁当持っていかいでえぇ……、ほなボン(坊)のお守りを■ボンのお守は
乳母(おんば)どんがいてるがな、お前らにかもてもらわいでもえぇ●ほなわ
て、下足番を■下足番、向こぉに居てるやないか、アホなこと言ぅんやない。
あしたは留守番を頼む。土産はちゃんと買ぉて帰るよってにな。
■今度の中の芝居面白いっちゅうことを聞くなぁ「忠臣蔵」の通し、なかで
も五段目が評判の幕、殊にここに出てくる猪、これがもぉ後にも先にもこん
な立派な猪は出せんじゃろちゅうてな。わしもちょっと聞ぃたとこやが、何
でも前足を中村鴈治郎がやって、後足を片岡仁左衛門がやるっちゅうことや。
東西通じてこんな立派な猪は出せんじゃろちゅうことをば……、これ定吉、
何をゲラゲラ笑ろてなさる、何をゲラゲラ……
●旦さん、そんな無茶言ぅてもろたら困ります。五段目の猪……、何ですて、
中村鴈治郎と仁左衛門がやる? そんな無茶言ぅてもろたら困りますわ■何
を言ぅてますんや、おまさんら何も知らんさかいそんなこと……●旦さんこ
そご存知おまへんねん。言ぅたげまひょか、五段目の猪ね、大部屋の役者そ
れもたった一人でやりまんねんで。あれ成駒屋と松島屋がやるやなんて、よ
そ行ってそんなこと言ぅたら旦さん笑われまっせ、よそ行って言ぃなはんな
や。
■何を言ぅてんねん、お前ら知らんさかいそんなこと言ぅてんねん、わしゃ
向かいの佐助はんに、ちゃんと聞ぃて言ぅてんねんで●旦さん、佐助はんに
聞ぃて言ぅてなはんねやろ。わたいら現に今まで見てたんや……?■そぉ〜
ら引っかかりよった。どぉせこんなことやろと思て鎌かけてやったら、うかっ
と白状しよったな。何ぼわしが芝居知らんさかいっちゅうてもな、五段目の
猪二人でするか一人でするか、それぐらいのこと分かったぁるわい。
●しもたぁ〜っ。謀る謀ると思いしに、返ってチャビンに、あっ、謀ぁかぁ
らぁれぇたぁ〜■だ、誰が茶瓶じゃ。
「きょうといぅ今日は勘弁できん。お仕置きをします。こっちへ来い」嫌
がってる丁稚さんをば掴まえてズルズル、三番蔵の戸前へ。ガラガラガラ、
ピシ〜ッ!
■中へ、入ってぇ!●だ、旦さん堪忍しとくなはれ。これからお使いにまい
りましたら早よぉ帰ってまいります。決して芝居見に行ったりせぇしまへん。
どぉぞ、きょうのところは堪忍したっとくなはれ、旦さんお願いいたしま。
いけまへんか? いけまへん? ほな済んませんけど、ご飯だけ食べさして
もらえまへんやろか? 朝御膳いただいたあと何にもいただいてしませんの
でお腹ペコペコに減ってまんねん。御膳いただきましたあとで、またゆっく
りと入れてもらいます。
■何じゃ風呂へでも入るよぉに言ぅてくさる。あかん入ってぇ!(ガラガラ
ガラ、ピシ〜ッ!)●旦さ〜〜ん、旦さんちょっと待っとくなはれ、堪忍し
とくなはれ。ねぇ、旦さ〜〜ん。あきまへんか〜〜、あかなんだらご飯だけ
食べさしとくなはれ、お腹ペコペコに減ってまんねん。旦さんご飯……、あ
きまへんか? 旦さ〜〜ん……
●え、えらいことになったなぁ〜、三番蔵や。嫌いやねんここ、この頃夜中
になったらタヌキが出てきて相撲(すもん)取ろちゅうねん。タヌキと相撲取
るのん嫌やがな、負けたら恰好(かっこ)つかんがな……
●もっと早よ帰って来ぉ思てたんや、四段目済んで帰ろと思たら隣に座って
たオッサンいかんねん「子供衆(こども)っさんあんた小(ち)さいくせにえら
い芝居が好きだんなぁ。次の五段目が評判の幕や、これ見て帰んなはれ」
●五段目済んで帰ろ思たら「次の六段目勘平の腹切り、判官さんとおんなじ
役者がやんねんけれども、腹の切りよぉの違うとこを見てやらな役者が可哀
相ぉや」それもせやな……、うかうかっと見てしもてん。えらいことになっ
たなぁ……、お腹ペコペコや。これやったらあのオッサンに何ぞ食わしても
ろといたらよかった、お腹空いたなぁ……
●こんな思いまでして見たけど、六段目もひとつやったなぁ。やっぱりわい
は四段目がえぇわ、四段目好っきゃ、えぇ芝居やなぁ……。昔は「通さん場」
といぅて客の出入りはもとより表方の出入りまで止めたんやそぉやてなぁ。
●えぇお芝居やなぁ。とにかくあの長いながい丁場をば、鳴り物は一切使わ
ずに、チョボの三味線一丁でもたすねんよってになぁ、値打ちのある芝居や
で。幕が上がるといぅと塩谷判官館の場、上手に上使が二ぁ人、石堂馬之丞
と薬師寺次郎佐衛門。
●石堂っちゅうオッサンえぇオッサンやけど、薬師寺っちゅうオッサン憎た
らしぃオッサンやで、真っ赤ッかな顔しやがって。判官さん黒紋付着てそれ
へチ〜ンと座わんなはる……
●「これわこれわ、ご上使とあって石堂殿、薬師寺殿。お役目ご苦労に存じ
ます。何はなくともご酒一献」薬師寺が「なに? ご酒。それは良かろぉ、
この薬師寺お相手なつかまつる。が、今日の上使の趣(おもむき)聞かれなば、
ご酒も喉へは通りますまい。ダ、ダハハハハ……」憎たらしぃオッサンやで。
●石堂がこれを制して懐から書き付けを取り出す「上ぉ〜意ぃ〜」判官さん
が座を直してそれへベタ〜と平伏をしなはる「一つ、この度、伯州の城主塩
谷判官高定儀、場所柄日柄をわきまえず、わたくしの宿怨をもって殿中にて
高(こぉの)武蔵守に刃傷に及びし段、咎(とが)軽からず。国郡(くにこおり)
没収(もっし)の上、その身は切腹申しつくるものなり」
●「ご上使の趣、謹んで承る上からは、何はなくともご酒一献」「これさこ
れさ、判官殿。またしてもご酒ごしゅと。自体この度の咎、縛り首にも及ぶ
べきところを、我が君のありがたいお情けで切腹仰せつけらるるうえからは、
早々用意があってしかるべきはず。見れば当世流の長羽織りゾベラぞべらと
し召さるるは、ははぁ〜ん、判官殿には血迷ぉたか。狂気めされたか」
●「不肖ながら判官高定、血迷いもせぬ、狂気もつかまつらん。今日上使と
聞くより、かくあらんことかねての覚悟。ご両所、ご覧くだされ……」シュッ
と着物脱ぎなはるっちゅうと下にはちゃ〜んと白装束、死装束の用意ができ
たぁる。諸士が出て来て畳を二枚裏返して、白い布(きれ)を敷(ひ)ぃて四隅
に樒(しきび)を置く。切腹の座ぁができるといぅと判官さんそれへ直んなは
る。
●上手から、力弥が三方の上に九寸五分(くすんごぶ)を乗せて、静々と持っ
て来て判官さんの前へ置く。下からこぉ見上げる。判官さんこぉ見下ろす。
いつまで経っても行こぉとせんので「ゆけ、ゆけ」目顔で知らせる。力弥が
「いや、いや」をする。また「ゆけ、ゆけ」「いや、いや」三べん目にグ〜ッ
と睨み付けられて、しおしおと下手へ控える。
●石堂が「天晴れなるお覚悟、感じ入ってござる。この期に及び申し置かる
ることのあらば、また承るものもござろぉ」「この期に及び申し置くことと
てなけれど、ただ殿中にて刃傷のみぎり、本蔵とやらに抱き止められしこと、
無念〜っ」「おぉ〜、ご用意よくば、お心静かに……」
●デェ〜ン、デェ〜ン……床(ゆか)の太棹(三味線)に合わせて判官さん肩衣
(かたぎぬ)を取って膝のところへ敷きなはんのは、お腹を切ったときに膝が
乱れんためやそぉやなぁ。小袖を一枚、一枚、脱いでいきなはる。
●「力弥、力弥。由良之助は?」「ははぁ、未だ参上。仕りませぬ」「存生
(そんじょ〜)に対面せで、残念なと伝えよ」「ははぁ〜……」
●左手に九寸五分を持つといぅと、右手に三方をおし戴いて後ろへ回し、尻
の下にぐっと敷く。刀が左手にあるうちは、まだものが言えるんやそぉや。
●「力弥、力弥。由良之助は?」力弥も辛抱し切れんよぉになって、バタバ
タばたばた花道の付け際、揚幕の方を見込んで「(お父っつぁん何でこんな
遅いんやろぉ)未だ、参上」ツカツカつかっと戻ってきて「仕りませぬ」
●「存生に対面せで、無念なと伝えよ。……ご検使お見届けくだされ」九寸
五分を右手に持ち替えるといぅと、左の脇腹へズブっと突き立てるのが切っ
掛け、花道の揚げ幕がサ〜っと開く。飛び出して来るのが国家老大星由良之
助や。もぉ気も何も上擦(かみず)ったぁる、袴の紐を結び結び、バタ、バタ、
バタ、花道の七三でばたっと平伏をする。
●石堂が「おぉ、聞き及ぶ由良之助とはその方か。苦しゅ〜ない、近こぉ、
近こぉ」「ははぁ〜っ」喜んで行こぉとふっと見るともぉご主君すでにお腹
を召してる。しもたぁ〜、遅かったか、といぅ思いで懐へ手が入る。腹帯ひ
とつグッ、絞めるのが切っ掛け。
●左からツ、ツ、ツツツツツ……、「御前ぇ〜〜ん」「ゆ、ゆ、由良之助か」
「は〜〜っ」「待ちかねたわやいのぉ……」えぇとこやねんけど、段々お腹
空いてきた。旦さん、ご飯食べさしとくなはれ! 旦さ〜〜ん、ご飯食べさ
しとくなはれな。なぁ、旦さ〜〜〜〜ん! あきまへんか?
●お清どん、ちょっと握り飯でもこしらえて持ってきてんか。お清どん……、
知らん顔して行ってしまいやがった。えぇわい、これから漬けもんの重石や
持ったれへんぞ、あっち行け。旦さ〜〜ん……、えぇわ〜い、こぉなったら
ご飯食べへんわい。
●言ぅとくけどねぇ、二日もご飯食べなんだら人間死んでまうで。わいもぉ
死んだんねん。死んでみぃ、世間ほっとけへんぞ、新聞書きよるぞ「横暴な
る雇い主、稚(いとけな)き使用人を蔵の中に監禁し、彼をして餓死せしむる」
うまいこと書きよんぞ。
●そないなってみぃ、暖簾に傷が付いて商売も何もできんよぉになるわ。そぉ
なりかけてから「えらい済んまへん、定吉っとんお願いでっさかいご飯食べ
とくなはれ」何ぼ謝ってもご飯食べたれへんぞ。旦さ〜〜ん、ご飯食べさし
とくなはれな、お願いいたします、旦さん。あきまへんか?
●あかんかぁ〜、しゃ〜ない……。せや、芝居の真似事しょ、芝居の真似し
てたらお腹の空いたんも何ぁ〜んも分かれへん。せやせや、ここに道具みな
揃ろたぁ〜んねん。旦さんが下手な浄瑠璃語るときの肩衣あるやろ。オガオ
ガおがおが豚が喘息患ろぉたよぉな声出して……
●確か三方があったで、それから葬礼(そぉれん)差し。これで手拭を巻きつ
けて「ご両所、ご覧くだされぇ〜……」
さて、おなごしのお清どん、そこは朋輩(ほぉばい)のよしみで、定吉っと
ん蔵の中でどないしてるかいなぁ、と物干しに上がったついでに三番蔵の窓
越しに見ますと、薄暗がりの中でピカピカ光る刃を振り回してる。ビックリ
しょまいことか。
▲バタバタ、ばたばた、バタバタ、ばたばた……、まぁ、旦さん落ち着きな
はれッ!■お前が落ち着かんかぇ▲蔵吉どんが定の中で……■あっちゃこっ
ちゃやないかい▲定吉っとんが蔵の中でお腹切ったはります!■え! 定吉
が蔵の中で腹切ってる? えらいこっちゃないかいな、体は奉公に取ったぁ
るが命まで預かったわけじゃありゃせんで。
■最前から「お腹が空いた、お腹が空いた」と言ぅてたが、妙な気持ち起こ
したに違いない。これ番頭どん、何でおまはんが間に入って「まぁまぁ」言ぅ
てくれへんのや。えらいことになったがな……、とにかくお腹が空いてるの
に違いない、お櫃こっち……▲旦さんそれオマルです■ややこしぃときにや
やこしぃもんを置いとくな……
旦さんもよほど慌てたもんとみえまして、お櫃を小脇にかい込みますといぅ
とバタ、バタ、バタ、バタ……、三番蔵の戸前へ。ガラガラガラガラ……、
お櫃、前へツ〜ッと突き出して。
■御膳ぇ〜〜んッ●蔵の内でかぁ〜?■ははぁ〜っ……
【さげ】
●待ちかねた。
【プロパティ】
船場、島之内、道頓堀=東西の横堀川、北は土佐堀川、南を長堀川に囲ま
れた地域を船場と呼ぶ。同じく長堀川と道頓堀川で囲まれた地域が島
之内。道頓堀は道頓堀川を渡って南側の芝居町周辺。
千日前のお不動はん=水かけ不動で有名な「法善寺」大阪市中央区難波1
丁目にある浄土宗の寺。別名、千日寺。江戸時代初めの創建と伝えら
れ、当時は近くに千日墓があり、本尊・阿弥陀如来像に極楽浄土への
往生を願う墓参者が参詣した。法善寺横丁は境内の露店から発展した
もの。
浜側ばっかり=東西に走る道頓堀の芝居町通りは南側に芝居小屋、北側に
芝居茶屋を挟んで道頓堀が平行していた。浜側すなわち北側には芝居
小屋がないので看板が見えない。
一統(いっとう)=一つにまとめた全体。一同。
中の芝居=時代によって異なるが、明治期の道頓堀五座は東から弁天座・
朝日座・角座・中座・浪花(竹本)座。戦後、朝日・角・中・浪花・松
竹の時代が長く続いたが、現在残っているのは松竹座のみ。
チョボの三味線=チョボ:歌舞伎用語、義太夫語りの太夫をさしていう。
上使=幕府・藩などから上意を伝えるために派遣された使い。
伯州=伯耆(ほうき)国(鳥取県西部)の別称。
長羽織=丈の長い羽織。普通、丈がひざ下に及ぶものをいう。
諸士=多くの士人。多くのさむらい。
九寸五分(くすんごぶ)=短刀のこと。長さが九寸五分(約30センチメート
ル)あるところから。
肩衣=裃(かみしも)の上着の部分のようなもの。
検使=江戸時代に、切腹の場に立ち会いそれを見届けること。また、その
役人。
葬礼(そうれん)差し=葬礼の儀に供する刀。本身が入っていたらしい。
朋輩(ほうばい)=親友。同僚。
あっちゃこっちゃ=反対。逆。あべこべ。アップサイドダウン。
音源:1981/12/27 枝雀寄席(ABC)
【作成メモ】
●参 照 演 者:main=桂枝雀 sub=桂米朝
●main高座記録日:1981/12/27 ●番 組 名:枝雀寄席(ABC)
●ファイル公開日:1996/10/13 ●江戸落語相当:四段目
●更 新 日:2004/10/28 ●リクエスト数:
●注 意 事 項:内容を削除、追加、改訂している部分があります。
記録日のmain演者によるさげを採用しました。
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