【主な登場人物】
旅の侍(明石の藩中、万事世話九郎:バンジセワクロウ)
日本橋の宿屋 紀州屋の番頭(伊八)
伊勢参りの帰りと思われる兵庫辺りの若い衆三人連れ
(源やんこと源兵衛、清やんこと清八、喜ぃ公こと喜六)
【事の成り行き】
わたし「天六」で学生時代の四年間を過ごしたのですが、大阪近辺にお住
まいの方でないと天六の地名は通じません。正しくは天神橋筋六丁目という
名称なのです。同じように「上六」は上本町六丁目「谷九」は谷町九丁目と
呼ばないと所番地の説明にはならないのです。
また、丼池と書いて「どんぶりいけ」ではなく「どぶいけ」道修町は「ど
うしゅうちょう」やなしに「どしょうまち」松屋町は「まつやちょう」でな
く「まっちゃまち」と呼んでいます。これなんかも大阪以外の方に説明する
ときには注意が要ります。
今日の噺の現場「日本橋」は同じ字を書いて東京で「にほんばし」大阪で
「にっぽんばし」と読みますが昔は宿屋町やったそうです。現在でも日本橋
の北詰東側には旅館が並んでいる一画があります(1997/01/05)。
* * * * *
宿屋町といぅところは面白いところでございます。昼日中シシラし〜んと
いたしておりまして、本当に人が居るのかな? といぅよぉなあんばいでご
ざいますが、これが夕景、日が暮小前ともなりますといぅと一種独特の活況
を呈するのでございます。
その日一日の旅の疲れをどこで取ろぉかといぅ旅のお人と、なんと言ぃま
しても軒並み同商売、商売がたきでございますから一人でもよけぇお客さん
を引っ張り込まんならんと、宿のお人入り乱れましてわぁわぁ、わぁわぁ客
の引っ張り合いが始まります。
皆がやかましぃ言ぅておりますところ、一軒の宿屋の前にお立ちになりま
したのがお侍でございます。頭を大髻(おぉたぶさ)に結(い)ぃ上げまして、
腰には太身の大小、手には南蛮鉄の鉄扇を持ちまして、
■ウォッホン! ゆるせよ、紀州屋源助とはその方宅であるかな?●へぇ、
手前どもでございます■その方が主の源助であるか?●いえいえ、手前は当
家の若いもんでございます■若い者か? 若い者にしては頭が禿げておるな
●こんなとこに奉公しておりますといぅと、幾つ何十になりましても「若い
者」と、こぉ申しますのんで■さよぉか。して、名は何と申す?●伊八と申
します■ん、その方か、鶏のケツから生き血を吸ぅといぅのは……●あれは
イタチでございます……、手前の方は伊八でございます■おぉ、伊八である
か。間違いである、許せ。
■ゴッホン! いや、しばしまたれ……、些少ながらこれを遣わす●これわ
これわ、帳場へのお茶代でございますか?■いやいや茶代ではない。特別を
もってその方に遣わすのじゃ●わたくしへのお心付けでございますかいな、
こないにぎょ〜さん■こりゃこりゃ、そのよぉにひねくり回さいでもよい、
中身は銀一朱より入っておらん●ありがとぉさんにござります。
■いやなに、その方に特別をもって銀一朱遣わすは余の儀で無いぞ。身共は
明石の藩中にて万事世話九郎(ばんじせわくろぉ)と申す者じゃが、夜前は泉
州岸和田岡部美濃守殿ご城下、浪花屋といえる間狭な宿に泊まり合わせしと
ころが、雑魚も藻艸(もぉぞぉ)も一つに寝かしおってな、巡礼が詠歌をあげ
るやら、六部が経を読むやら、駆け落ち者がイチャイチャ申すやら、夜通し
身共を寝かしおらなんだわい。今宵は間狭にても良い、静かな部屋へ案内(あ
ない)してもらいたいのじゃ。
「かしこまってこざいます。八番さんご案内ぁ〜〜い」このお侍をば二階
の八番といぅ部屋へと案内したのでございます。
さて、そのあとからやってまいりましたのが、兵庫辺りの若い衆三人連れ
でございます。伊勢参りの帰りとみえまして、やかましぃ言ぅてやってまい
ります。
▲お〜い、待った待った、待った待った〜っ★なんぞいや?▲「なんぞいや」
やあれへんで、そぉ先さき行って分かったぁんのかちゅうねん★何がいな?
▲「何がいな」やあれへんがな、奈良の今井屋から日本橋の紀州屋源助ちゅ
うとこへ泊まったってくれちゅうて指し宿されてんねんで、紀州屋源助ちゅ
うとこ、どこや分かったぁんのんかちゅうねん。
★それが分からんよってに……▲分からなんだら、そぉ先さき行たかてあけ
へんやないか。おい、源やん何をぐずぐずしてんねん、早いこと来んかい、
早いこと来んかい。待ったれ待ったれ、早いこと来んかい、早いこと来んか
い、待ったれ待ったれ、待ったれ待ったれ……
●やっかましぃなぁ……。あんさん方どぉぞお泊まりを▲おぉ、若い衆さん
えらいすまん、今も言ぅての通りやで、紀州屋源助ちゅうとこ泊まったって
くれちゅうてな指し宿されてんねんで、おんなじことならそこに泊まったっ
てやりたいやろ、悪思わんといてや●ありがとぉさんでございまして、手前
どもがその紀州屋でございます。
▲何じゃい、ワレとこかい。お〜い、分かった分かった、こいつや!★しめ
た! 捕まえたら逃がすな。棒でどつけ!●盗人捕まえたよぉに言ぅてなは
るなぁ……、ありがとぉさんでござりまして。えぇ〜、何でございます。あ
んさん方何人さんお泊まりでございますいな?▲わいらか?「しじゅ〜さん
にん」や●さいでございますか。これはこれは沢山にお泊まり、ありがとぉ
さんでございまして……
●これこれ、お泊りさん大勢さんじゃでな、お風呂は大きぃ方沸かさんこと
には小さい方では間に合わんで、ほんで焼きもんは鰆(さわら)がよかろぉ、
ご飯もどんどん炊いてな、お若い方が多そぉな、ぐずぐずしてたら叱られん
ならんで早いことしなはれや。
●へぇ、承知いたしましてござります、すぐにいたしますので……。すると、
何でござります。あんさん方三人さんは宿取りさんといぅことになりますか
な?▲そぉじゃ、宿取るねん●さいでござりますか、結構でございます。ど
なたはんのんでも結構でございまして、ちょっとお笠を拝借いたしたいんで
ございますが。
▲何じゃい?●なんでござります、あんさん方三人さんは宿取りさんといぅ
ことになりますなぁ▲そぉじゃ、宿取んねん●さいでございますか、どなた
はんのんでも結構でございます、お笠を拝借いたしたいんでございます▲何
でそんなことすんねん?●なんでござります、あんさん方三人さんは宿取り
さんといぅことになりますねぇ。
▲お前いっぺん、棒でゴ〜ンといたろか。何べんおんなしこと言ぅてんねん。
宿を取るっちゅうてるやないか●さいでございますので、なんでございます、
お笠を一回拝借いたしたしまして、手前どもの表へ掛けさしていただきます。
すると、あとの四十(しじゅ〜)人さんが「ここやここや、ここやぞぉ〜」ちゅ
うて、ドンドンドンドンどんどん……、あとの四十人さんがお泊りになると、
こぉいぅよぉな寸法でござりまして、へぇ。
▲こいつの言ぅこと聞ぃたか、欲の皮つっぱってけつかんなぁ……「あとの
四十人さんがここやここや。わぁ〜」あとから誰が来んねん?●え?▲あと
から誰が来るねん?●へぇ、でございますから、あとの四十人さんが▲何ぃ?
あとの四十人さん? わいら三人やぞ●四十三人さんと違いますのん?
▲こぉこぉこぉこぉ、ひとの話あんばい聞け。わいら兵庫のもんや馬が合う
ねん。何をするにも三人や。一杯呑もか? 三人。風呂行こか? 三人。花
見しょ〜か? 三人。芝居行こか? 三人。伊勢参りしょ〜か? 三人。一
緒に行かんのん雪隠(せんち)場だけや「始終三人や」っちゅうたんやで●始
終、三人さんでございますか。四十三人さんと違いますのんですか?▲違う!
●お〜〜い、風呂は小さい方でえぇで。え、もぉ大きぃ方沸いてます? 何
じゃいな。サワラ、切ってしもた、四十三人分? 飯は、吹いてる? えら
いこっちゃがな、今日に限って手回しのえぇ……、そんな大層にせんでもえぇ
のに、客はたったの三人やがな。
▲こぉこぉこぉ、どつくで、失礼(ひつれぇ)なこと言ぃなや。おらあちこち
泊まったけど「たったの三人」言われたん初めてやで。たったの三人でいか
なんだら、ほか行こかい?●ぉわ、今のはほんの内緒ごと▲大きな内緒ごと
やなぁ。上がってえぇのんかい?●へぇ、どぉぞお上がりを。
★おい番頭さん、派手に上ろか、陽気に上ろか、それとも哀れに上ろか、陰
気に上ろか?●上がりよぉにもいろいろとござりますよぉで、へ、こんな商
売、どぉぞご陽気が結構で……▲ほな、派手に陽気に賑やかに上がらしても
らうで。♪ヤットコせぇ〜、よいやなぁ〜、これわいせぇ、これわいせぇ〜、
部屋はどこや? どこや、どこや?
●わぁ〜、やかましぃ上がりよぉやなぁ……、もしもし、もし★何じゃい、
伊勢参りの帰りじゃ、音頭取ったら悪いんか?●音頭大事おまへん。音頭は
大事おまへんねんけど、あんさん、まだワラジが方っぽ履いたままなっとり
ますで。
▲アホなことしぃなや、ワラジ方っぽだけ脱ぐやつがあるかい★何言ぅてん
ねん、何ぼわいが慌てもんかて、ワラジ方っぽだけ脱ぐやつが……、あるや
ないか。どぉなったぁんねん?▲待てよ、わいが最前右のワラジほどいてた
ら、お前わいの左の足のワラジ一生懸命ほどいてくれてたけど、お前ひょっ
としたら間違ごぉてたんと違うか?
★あれお前の足?▲えぇかいな。ほどいてて自分の足か人の足か分からんの
か? 番頭はん堪忍したって、こんなやっちゃ。こないだも風呂行て湯につ
かってて「尻が痒(か)い、尻が痒い」言ぅて隣のオッサンのケツ掻いて怒ら
れよったやっちゃ、こんなこともあるわいな★嫌んなってきたなぁ、源やん
笑いないな。
「部屋はどこやどこや、どこや?」「どぉぞこちらへ」このやかましぃ賑
やかな連中を、最前「静かな部屋があったら泊めてくれ」と言ぅた、あのお
侍の隣りの部屋へ放り込みよったんです。
* * * * *
★よぉ〜し、十二畳か、辛抱したろ▲一杯呑もか?★当り前やないか、兵庫
の三人連れやちゅうて上がってんねんで、酒も呑まんと寝たてなこと言われ
たら兵庫の名折れになるで。兵庫のためにも呑まなければ▲何しょ〜もない
こと言ぅてんねん。うおぉ〜〜い!
●へぇ〜〜〜い。お呼びで?▲呼んださかい来たんやろ?●へ、へぇ。ご用
で?▲用があるさかい呼んだんやろ●そない言われますと返事のしよぉがご
ざいませんので、何ぞご用で?▲お前(ま)はん、名前何ちゅうねん? 伊八
さん、分かった。酒・肴用意してんか。言ぅとくで、兵庫には灘ちゅうて日
本一の酒どころがあんねんで、おかしな酒もって来やがったら承知せんねん
で。
●滅相な、何をおっしゃいますやら。手前ども上酒を吟味いたしております
ので▲上酒けっこぉ。それから肴、これも言ぅとくで、明石の浦の一夜(いっ
ちゃ)活け、年中活きた鯛食ぅてねんよってね、おかしな肴もって来やがっ
たら承知せん、と言ぃたいけど、兵庫に比べると大阪はどぉしても魚は落ち
る。そこは庖丁、腕の方で食わしてもらお。
▲それから、この辺に糞しのえぇ雌(めんた)居らんかえ?●なんでござりま
す?▲糞しのえぇメンタは居らんかっちゅうねん?●糞しのえぇメンタ。何
じゃ猫みたいにおっしゃる▲猫やないかいな、芸者やないかいな、分からん
やっちゃなぁ●芸妓衆でござりますか、へぇ、ミナミでございます。宗右衛
門町(そえもんちょ〜)から難波新地(なんばじんち)どっからでも。
▲活きのえぇのん三匹ほど生け捕って来てんか。言ぅとくで、顔のえぇのは
あかんねんで。別嬪はあかんなぁ、座敷来てもツンツンしてオモンないやな
いか。それより、腕の達者な年増がえぇなぁ、絞めたらキュッちゅうよぉな
●いよいよイタチやがな▲酒も肴もこっちがもぉえぇ言ぅまでドンドン持っ
て来てんか。勘定は何ぼ安すついてもかめへんよってね。
●結構でございます▲こっちが手ぇ叩いて催促せんならんてなことがあった
ら、風間見て油まいて火ぃ付けるさかい……
* * * * *
「まぁ、お静かにお静かに……」伊八もビックリして下へ降りてまいりま
す。ひと回りお盃が回りました時分に例によって綺麗(きれぇ)どころ「今晩
わおぉきに、今晩わおぉきに」繰り込んでまいりましたけれども、ここらに
来た芸妓、災難ですなぁ。たいてぇのお客ですと「姐さん、まぁおひとつい
きまひょか、どぉぞどぉぞ」てなこと言ぅて、盃のひとつも注すもんでござ
いますが、ここらの連中、盃さそか、やれともしまへん。
▲さぁ、来たか来たか、こっち入れこっち入れ。出せ出せ、三味線出さんか
い。出したか出したら継げ。調子合わせ、調子合わせ。合ぉたんか、合ぉた
んか、派手に行こか、うわぁ〜〜い…… ♪あ、こりゃ、こりゃ、こりゃ、
こりゃ、こりゃ、こりゃ、こりゃ、こりゃ、こりゃ、……
▲もっとケツ上げんかいケツ、違うがなお前のケツ上げてどぉすんねん、徳
利のケツ上げんかい……、五臓六腑に染み渡るっちゅうやっちゃ ♪あ、こ
りゃ、こりゃ、こりゃ、こりゃ、こりゃ、こりゃ、こりゃ、こりゃ……
一方、隣りのお侍でございます。もぉぼちぼち旅日記でも付けて休もぉか
なと、筆をお取り上げになりましたところへさして、この騒ぎでございます。
♪………♪………♪………♪
■(パンパン)伊八ぃ〜! 伊八ぃ〜!●へぇ〜い、(トントントントン)
へぃ、お呼びで■伊八か。敷居越しでは話ができん、もそっとこれへ出、も
そっとこれへ出ぇ。泊まりの折(せつ)、その方に銀一朱遣わしたな●へぇ、
確かに頂戴をいたしました。
■あの折その方に何と申した「夜前は泉州岸和田岡部美濃守殿ご城下、浪花
屋といえる間狭な宿に泊まり合わせしところなりしが、雑魚も藻艸も一つに
寝かしおって、巡礼が詠歌をあげるやら、六部が経を読むやら、駆け落ち者
がイチャイチャ申すやら、夜通し身共を寝かしおらなんだ。今宵は間狭にて
も良い、静かな部屋へ案内してくれ」と言ぅたのを忘れおったか。何じゃ、
隣りのあの騒ぎは、ドンチャン、どんちゃんと騒がしぃ。この分では定めし
今宵も寝かしおるまい、即刻静かな部屋と取り替えてもらいたいのじゃ。
●まことに相済まんこってございます。実はあの後でございます、道者がお
泊まりになりまして、お代わり願うお部屋がございませんので、あの騒ぎを
静めてまいります故、どぉぞこれにてご辛抱が願いたいのでございます■何
でも良い早くしてくれ●かしこまりましてございます。しばらくお待ちを。
♪………♪………♪………♪
●えぇ、ちょっとご免を▲わ〜っ、伊八っとんか。ちょ〜どえぇとこ来た、
まぁ大きぃのんでグ〜ッといこ●いただきたいのはやまやまでござりますけ
れども、まだちょっと帳場に仕残した用事もございまして▲そぉか分かった。
それ済ましてからこっち上がってもろて、どや、おまはんだけと違うで、こ
の宿の人誰でもかめへん、皆上がってもろてんか。まことに気分がえぇねん、
今晩、うわ〜ッと飲んで騒いで、夜通し寝ぇへんねん。
●結構でございます。けど、ちょっとお願いしたい筋がございまして▲おい
おい、こぉして陽気に浮かれてるんやないか「お願いの筋」アホなこと言ぃ
な。どぉしたんや? 何じゃい、何じゃい?●あのぉ、もぉ少々お静かに願
いたいのでございます。
▲何、いま何言ぅた? 静かに願いたい? おい、向こぉ先見てもの言わな
いかん。何を言ぅてんねん、女ごが三人、男が三人。酒・肴これだけ並んだぁ
んねんで、これ、お静かにする場ぁかせん場ぁか……。お静かがよかったら
芸者呼ぶ言ぅたときに「あきまへん」と断らんかい。
▲何かい、大阪辺りでは芸者呼んで、皆で数珠持って「なんまんだぶつ」静
かにお弔いするもんかいな? 芸者て、派手にわ〜ッと遊ぶもんやと思うで
●手前ども、お賑やかなんまことに結構でござりますねんけれども、隣りの
お客さんが「ちょっとやかまし過ぎるんで、もぉ少々静かにするよぉに」と、
こぉおっしゃいますんで。
▲何じゃい、それ先言わんかい。お前が言ぅたんとちゃうんか、隣りの客が
ぬかしてけつかんねんな。その隣りの客に言ぅたれ「何ぬかしてけつかんね
ん! お静かにがよかったら、それだけの金出してこの宿屋借り切れ!」と。
相宿してたらやかましぃのん当り前やないか、何やったら一軒みな借り切っ
てのぉのぉとせぇ。言ぅて分からなんだらここへ引きずって来い、腕ずくで
も分かるよぉにしたんねんさかい。ぱぁ〜っと言ぅたってくれ。
●言わしてもらわんことないんですけど……、実は隣りのお客さん、ただも
んではございませんのです▲何じゃい、ただもんやないんかい。化けもんか
い?●いえ、お侍でございます▲え、侍。怖わ……。それ先言わんかい、そ
れやったらのっけから「隣りの侍が」と言え「隣りの客が」言ぅさかい大き
な声出してしもたやないか。聞こえてへんやろなぁ……、ご免〜、怖わ〜。
▲わい、侍、嫌いやねん。小さい時分から侍と人参とボッカブリがほん嫌い
やねん。せやないかい、一本半、腰に差しとんねんで。気に入らんことがあっ
たら「無礼者」ちゅうてズバ〜ッといって「ごめ〜ん」ちゅうねんで「切り
捨てごめ〜ん」ほんまにもぉ……。侍か、しゃ〜ない静かにする。
▲お前ら帰れ、帰れ帰れ。大きな声でわぁ〜ッとアホ声出しやがって、散財
するねんやったらもぉちょっと静かに散財する稽古せぇ。チャンチャ、チャ
ンチャ大きな声出しやがってどんならんで。
▲伊八っとん、あの通り帰らした。侍怒らさんよぉにあんじょ〜言ぅといて
や●まことに相済まんこって、どぉぞお静かにお過ごしのほどを……
●あの通り、静めてまいりましたうえは、どぉぞこれにてご辛抱願いたいの
でございます■ん、厳(いか)い雑作をかけたな。そちも早く休んでまいれ。
* * * * *
▲アホらしなってきたなぁ、わ〜ッとひと声上がっただけやないか。これか
らやっちゅうときに「お静かに」言ぃやがんねん、どんならんでホンマに。
しゃ〜ない、もぉ寝よか★飯は食えへんのか? 飯は食えへんのんか〜ッ!
▲そぉ怒りないな、あれだけ呑み食いしてん、もぉえぇやないか。
▲おぉ〜い●へ〜〜い、お呼びで▲伊八っとん、布団敷(ひ)ぃてんか●もぉ
お休みでやすかいな、ハッハッ▲笑うな。誰も休みたないわい、夜中じゅ〜
わぁ〜ッちゅうてたいわい「お静かに」食ろたらしょがないやないか●まこ
とに相済まんことでございます。すぐにお布団をお敷きいたします。
▲伊八っとん、何してんねん。並べて敷ぃたらいかん。布団のなか入ったさ
かいいぅてすぐ寝ぇへんやないか、ゴジャゴジャ話するんやないか。布団並
べて敷ぃてみぃ、真中のもんはえぇわい、端と端のもんが話が分からんやな
いか。
▲三ツ矢、三ツ矢に敷けっちゅうねん。三ツ矢敷き、どぉいぅ敷きよぉです?
ぶせぇ〜くなやっちゃなぁ、頭三つ真中へ寄せんねん、シュッシュッシュッ
と。三ツ矢の恰好(かっこ)になるねん。よ〜っしゃ、それでえぇ●どぉぞ、
お静かにお休みくださいますよぉに。
▲アホらしなってきたなぁ、ホンマに。わぁ〜ッとひと声あがっただけや。
これからやっちゅうときに、どんならんで★清やん、そぉ怒りなや。スック
リいった旅やなんかオモロないで。あんとき日本橋の紀州屋源助ちゅうとこ
へ泊まってやで、柄にものぉ芸者あげて散財してるとこ、隣りの侍に「お静
かに」食ろて三ツ矢に寝たやなんて、いつまでも話のタネになってオモロい
やないか。
▲しかし、今度の旅オモロかったなぁ★オモロかったなぁ、わいら三人、源
やんと清やんとわいと三人連れやったら何やってもオモロイねんけど、そこ
へさして今度の旅でオモロかったんは、どこへ行たかて「わいら兵庫のもん
や」言ぅたら「おぉ、兵庫だすかいな」言ぅて兵庫ちゅうとこ知っててくれ
たやろ。わいあれが嬉しかったねぇ。
▲当り前やないか、兵庫は有名なとこやで★そぉか?▲えぇ相撲(すもん)が
出てるがな★えぇ相撲が出たら、その土地が有名か?▲当り前やないか、お
前ら相撲の番付見たことないか、どこそこの何なに山、どこそこの何なに川
ちゅうてやで、皆おのれの出所(でしょ)頭にいただいて日本国中旅しとぉね
んで。えぇ相撲が出たらどぉしてもその土地が売れるがな。
★そないいぅと兵庫にはえぇ相撲がぎょ〜さん居てよるねぇ。わいの一番好
きなんあいつや。前に須磨寺の坊(ぼん)さんしてて、あんまり相撲が好きで、
とぉとぉ還俗してホンマもんの相撲取りになりよった……、何とかいぅ名前
やったなぁ。源やん覚えてないか?
◆捨衣(すてごろも)★そぉそぉ捨衣。坊さんやめて捨衣やなんて嬉しぃやな
いか。あれ体は小さいけど、なかなか手取りやで、あいつが前褌(まえみつ)
をばグッと持ちよったら、ちょっと離しよらんで!
▲何をすんねん、お前。人のフンドシ引っ張ってどぉすんねん。しかしまた
長い手ぇやなぁ、お前の手ぇは。そっからここまで届くとは思わなんだなぁ。
ちょっと待て腹が締まる。ちょ、ちょ、待ち。どこ掴むねん、何をすんねん、
おい、おい、待て。待てっちゅうねん。
▲やんのか、やんのか、やんねんやったら、お前らに負けへんぞ。何ぼ前褌
つかまれたかてやで、わいが上からこぉいぅ風に……★そこを頭でこぉ上げ
て……◆待ったぁ、待ったぁ……、何をすんねんお前ら、布団の中でスモン
取ったりしないな。座り相撲にしとき、座り相撲に。
◆立った! 立った! 立ったぁ……、のぉった! のぉった! のぉった!
おぉ、なかなかよぉ取るやないかぃ。八卦良い! 八卦! のぉった! ドタ
ン、バタン、ドタン…… 勝負あった〜〜っ!★痛いわぁ〜〜〜い!
* * * * *
■(パンパン)伊八ぃ〜! 伊八ぃ〜!●へぇ〜い、またかいな(トントント
ントン)へぃ、お呼びで■敷居越しでは話ができぬ、もそっとこれへ出ぇ、も
そっとこれへ出ぇ。泊まりの折その方に銀一朱遣わしたな●またやがな、へぇ、
確かに頂戴をいたしました。
■あの折その方に何と申した「夜前は泉州岸和田岡部美濃守殿ご城下、浪花
屋といえる間狭な宿に泊まり合わせしところなりしが、雑魚も藻艸も一つに
寝かしおって、巡礼が詠歌をあげるやら、六部が経を読むやら、駆け落ち者
がイチャイチャ申すやら、夜通し身共を寝かしおらなんだ。間狭にても良い、
静かな部屋へ案内してくれ」と言ぅたのに何じゃ隣りのあの騒ぎは、ドンチャ
ン、どんちゃん相済んだかと思えば今度は相撲じゃ「ドタンバタン! 勝負
あった! 痛いわぁ〜い!」この分では定めし今宵も寝かしおるまい、即刻
静かな部屋と取り替えてもらいたい。
●まことに相済まんこってございます。最前も申しましたよぉに、お代わり
願うお部屋がございませんので、あの騒ぎを静めてまいります故、どぉぞこ
れにてご辛抱が願いたいので■何でも良い早くしてくれ!●かしこまりまし
てございます……。わ〜っ、えらい騒ぎやドタンバタンちゅうてどんならん
で……、ちょっとご免を。
★わ〜っやったぁ〜、今度はワレと一番やぁ!●お隣りのお侍……★わ〜っ、
ご免、堪忍、暴れへん、もぉ暴れへん。お侍怒らさんよぉにあんじょ〜言ぅ
てきてぇ……●こっちまで寝さしてもらわれしまへんので、どぉぞお静かに
お休みくださいますよぉ……
●あの通り静めてまいりました故、どぉぞこれにてご辛抱を■たびたび、厳
い雑作をかけた。そちも早く休んでくれ。
* * * * *
宿屋仇(下)につづく
【プロパティ】
大髻(おおたぶさ)=近世、男子の結髪で、髻を普通より大きく結うこと。
南蛮鉄=ポルトガル貿易により、多くはインドより輸入された鉄。
紀州屋源助=紀州屋源助のあった場所は日本橋南詰西側の立慶町。『増補
戯場一覧』の「桟敷軒釣提灯之図」での表記は「紀州屋源介」となっ
ている。(のの字さん)
旅の侍(明石の藩中バンジセワクロウ)=万事世話九郎か? 近松の「堀
川波鼓(ほりかわなみのつづみ)」に、小倉彦九郎(主人)、宮地源右衛
門(仇)があります。話の内容はやはり姦通事件もの(世話物)です。
茶代=宿屋・料理屋などの心づけ。祝儀。チップ。
心付け=特別な配慮に対する感謝のしるしや祝儀として与える、小額のお
金や物。チップ。
銀一朱=16分の1両。銭二百五十文。約三千円。
余の儀にあらず=ほかでもない。
岸和田城=1597(慶長2)年、小出秀政によって築かれ、のち1640(寛永17)
年、岡部美濃守宣勝が高槻から入城し、以来明治維新まで13代、5万
3千石の藩主として続いた。別名:千亀利城。
盲象(もうぞう)=「衆盲象を摸す」『〔大勢の盲人が象の体をなでて、そ
れぞれが自分の触れた部分の印象だけから象について述べたというた
とえによる〕凡人には大人物や大事業などの全体を見渡すことはでき
ないものだ。元来は、涅槃経・六度経などで、人々が仏の真理を正し
く知り得ないことをいったもの。』からきたものと思われる。
また参考として、越後には「もうぞう=寝言を言うもの=愚か者」の
方言があり、夏目漱石は妄想を「もうぞう」と読んで妄(みだ)らな想
像と訳している。さらに、六代目松鶴師は良い順に「いちモウゾウに
センズ○ さんケ○ しボ○」と枕で語っておられたとか。(当初、
このように漢字を当てて、解釈していましたが「もうぞう」は「藻艸」
であることが判明しました。以下を参照。2008/10/28)
藻艸(もうぞう)=藻も艸も草のこと、草々、種々雑多なものという意「雑
魚も藻艸も〜」という使い方をする。
六部=巡礼姿で米銭を請い歩いた一種の乞食。法華経を六十六部書き写し、
日本全国六十六か国の国々の霊場に一部ずつ奉納してまわった行脚僧。
六十六部。
なんぞいや=播州言葉で、なにか? ナンドイヤとも。
一夜活け=(明石の)一夜づけ:水揚げされた魚を一夜(約15時間)水槽で活
かし、弱った体力を回復してから締める。
猫=(三味線を使うところから)芸妓。
道者=神社・仏閣、霊場などを連れ立って参詣する人。巡礼。道衆。
ボッカブリ=御器噛(ごきかぶり)=ゴキブリ。
厳(いか)い=荒々しい。勇猛だ。恐ろしい。大きい。多い。はなはだしい。
大層である。
捨衣(すてごろも)=実在の力士(A.Sさん調べ)
音源:1982/12/26 枝雀寄席(ABC)
【作成メモ】
●参 照 演 者:main=桂枝雀 sub=桂米朝、桂吉朝
●main高座記録日:1982/12/26 ●番 組 名:枝雀寄席(ABC)
●ファイル公開日:1997/01/05 ●江戸落語相当:宿屋の仇討
●更 新 日:2004/11/21 ●リクエスト数:
●注 意 事 項:内容を削除、追加、改訂している部分があります。
記録日のmain演者によるさげを採用しました。
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