【上方落語メモ第1集】その四十二

鷺  と  り


【主な登場人物】
 ある男●  ある男■  鷺たち  四天王寺の坊さん  その他大勢さん

【事の成り行き】
 阪神・淡路大震災から早くも10年を迎えようとしています。私事になりま
すけど、実弟一家もあの震災でマンションが傾き、住まいを放り出され、2
日ほど体育館の厄介になりました。

 その折、多くのボランティアの若者に大変お世話になり、ありがたい気持
ちでいっぱいです。今、あの若者たちはどうしてるのでしょう。同じように
活躍しててくれると嬉しいのですけど。損得勘定を捨てて人のために頑張る。
私には到底できないことだけに頭の下がる思いがします。

 さて、落語の世界では人のため世のために力を貸す人たちをも笑いのタネ
にしてしまうという、不謹慎極まりないさげをしてしまいます。心ある方々
にはこの話、少々後味が悪いと思います、読まなかったことにしといてくだ
さい(2004/11/21)。

             * * * * *

 ある時、ある所に、ある男が訪ねて来るところから、いつものよぉにえぇ
かげんな噺が始まってまいります。

■さぁ、まぁこっち入りぃな●入るんです。おっきに上げてもらいます■久
し振りやなぁ●久し振りなんです■いっぺん聞かんならん思てたんやが、お
まはん、この頃どこへ居てるねん?●わたしですか、今居てるところ?■ど
こや?●えっ、あんさんの目の前に座ってますけどね■今は座ってんねんけ
ども、お尻の落ち着いてるとこ尋んねてんねん。

●へ、こぉして座布団の上にお尻落ち着けてます■せやねんけども、寝起き
してるとこ尋んねてんねんで●お陰さんで、布団の中ですけどね。まだ表で
寝るといぅとこまでは落ちぶれてないんです■結構なこっちゃねぇ……、住
んでるとこ尋んねてんねん。

●それならば、ジュッカイの身の上です■ほぉ、十階の身の上? こらまた
高いとこに居てるなぁ。二階はちょいちょい聞くけど十階とはえらい高いや
ないかいな●いやいや、わたしも二階ですけどね、よその二階に厄介になっ
てますので、二階と厄介とあわせて十階になるかいなぁ、とか……■おかし
な言ぃよぉするんやないがな、居候かいな●そぉ、居候です。

■何ぞやってんのんか?●「何ぞやってんのんか?」とはどぉいぅことです
か?■つまりやねぇ、ご飯はどぉやって食べてるかっちゅうことを聞ぃてん
ねん●なるほど、ご飯をどぉして食べてるかっちゅうことをねぇ。そらやっ
ぱり、左手に茶碗持って右手に箸持って食べてますけど……

■そぉそぉ、その茶碗に入れるご飯はどぉしてます?●お櫃(ひつ)からよそ
います■お櫃のご飯はどぉします?●お釜から移しますけど……■お釜の米
はどぉします?●米屋が運んで来てくれます■米屋の払いはどぉすんねん?
●それは払いませんッ!

■……、こ、こら、こら「払いません」て、払わなどもならんやないか。何
で払わん?●「何で払わん」て、これがおまへんがなこれが■そこやないか、
何ぞ金儲ぉけはしてへんのか?●それでんがな、考えんことおまへんのです
■何ぞ考えてるか?●考えてます。何でもかんでもちゅうわけにはいかんで
す。

■そらそぉや、何商売するのんでも元手が要る●そぉです、なるたけ元手の
かからんよぉに、この頃「鳥とり」てなこと考えてるんです■何や、その鳥
とりちゅうんわ?●鳥とるから鳥とりでんがな!!■大きな声出しないな、
お前が言ぅてるのは「鳥さし」とちがうか?

●「鳥さし」ちゅうたら、モチつけて一羽ずつさして回りまんねんがな。そ
んな面倒臭いことやりまっかいな。わたしらね、五十でも百でも、その庭に
集まった雀をいっぺんにゴソッと獲るさかい「鳥とり」ですよ■ほぉ〜、ど
んなことすんねん?

●ちょっとだけ、元張り込んでもらいますねん。伊丹の名物「こぼれ梅」ちゅ
うのんご存知ですか? 味醂の絞り粕、あれを袋にいっぱい買ぉてきます。
ほかに「南京豆」も袋にいっぱい買ぉてきます。このこぼれ梅と南京豆とで
雀を捕まえますんです。五十でも百でもその庭に集まっただけの雀をゴソッ
と獲るんです

■ほぉ〜、どんなことすんねん?●わたしのよぉ知った家(うち)が上町にお
まんねん。この家の庭によぉ〜さん雀寄って来まんねん。わて、朝早よぉか
ら出かけて行って、まず「こぼれ梅」をば庭へさしてベタ一面にビャ〜ッと
撒きまんねん。ビャ〜ッと。

■ビャ〜ッと撒くんか?●撒きまんねん。もの陰へ隠れて様子見てるっちゅ
うと、あっちからもこっちからも雀が寄って来ますわ「さぁ、チュン八さん
に、チュン六はんに、チュン兵衛はんに、チュン彦はん。出といなはれ。今、
人間が下にあんなおいしそぉなもん撒いていきましたェ、皆で食べに行きま
ひょか」てなことをね、言ぅてまんねん。

■誰がいな?●雀が……■雀がそんなこと言ぅか?●雀は雀の言葉で雀同士
言ぅてまんねん。わたしら聞きますとチュンチュラ、チュンチュラしか聞こ
えまへんけどね、雀は雀同士そんなこと言ぅてまんねんがな。

●中に用心のえぇ雀があって「おい、そんなもん食いに行ったらあかんぞ。
昔から『うまいもん食わす人に油断すな』っちゅうことがある。これには何
ぞ謀(はかりごと)があるに違いない、謀略があるに違いない、計略があるに
違いない……、があるに違いない」言ぅてね■お前、あんまり言葉の数知ら
んなぁ。

●ほっときなはれ……。食べに降りて来まへんねん。その時わずか遅れて遥
か辰巳の方角から「チュチュウ、チュウチュウ」と飛んで来るのが江戸っ子
の雀です■え?●江戸っ子の雀■ほぉ〜、雀にも江戸っ子の雀てあるんか?
●おませぇでか、江戸の雀はみな江戸っ子でんがな。

●江戸っ子弁でね「おぅ、おめぇっち何してんだい?」「まぁ、こらお江戸
の兄さんやおまへんか。いぃえぇな、今、下に人間があんなおいしそぉなも
ん撒いていきましたん。けど、これには何ぞ計略があるに違いないちゅうて、
よぉ食べんとおりますのン」

●「何うぉ、そんなもん何が怖いんでぇ。だから贅六(ぜぇろく)雀は嫌だっ
てぇんだ。昔から言ぅじゃねぇか、高けぇ所に登らなきゃズクシは食えねぇ
『虎穴に入らずんば虎児を得ず』ってこと知らねぇか。アッチが手本を見せ
てやるからみんな見てなよ」ちゅうとね、こいつがチュチュウチュウチュウ
と降りて来て、このこぼれ梅チョイとつまんでバタバタバタ。

●「まぁ、兄さん帰っておいなはった。何ともおまへんか?」「何ぁんとも
ありゃしねぇよ。なかなか口当たりのいぃうまいもんだ、やってみな」なん
て言ぅとね、ここでやらなんだら大阪雀の名折れやっちゅうんでね、地元きっ
てのオッチョコチョイちゅうのが来よって「わたしが行きますぅ〜」

●チュチュウチュウチュウ、ツッとつまんでバタバタバタ。次がチョイとつ
まんでバタバタバタ、チョイバタちょいのバタチョイ。もぉ大丈夫といぅこ
とが分かったら、皆して一斉にわ、わ、わワァ〜〜と降りて来て、このこぼ
れ梅食べよった、くらいよった、いただきよった、頂戴しよった。ちゅうや
つでんなぁ……

■食べるねんな?●食べまんねん。チュチュウチュウチュウ……、ウイッ。
チュチュウチュウチュウ……ウイッ。ジュジュウジュウジュウ……ウイッ。
シュシュウシュウシュウ……■何や、それ?●分かりまへんか? こぼれ梅っ
ちゅうのは味醂の絞り粕ですよ。味醂ちゅうたらゆやお酒ですやろ、これを
雀がジュジュウジュウジュウ……と食べてるうちにしだいしだいに酔いがま
わって……

■雀が酔ぉてくるっちゅうんか?●そぉでんがな、酔ぉてしもたら雀も人間
もえろぉ変わりまへんわ「えぇあんばいに回ってきましたねぇ。ここらでひ
とつ、宴会でも始めよぉじゃあ〜りませんか」言ぅとね、年寄りの雀が出て
来よって「よし、わしが皮切りに謡でもやろ」そこらに落ちてる木の葉拾ろ
て扇子がわりにあてよって、♪チュチュらチュ〜

●「オッサン、オッサン。そればっかりやがな。去年の忘年会もそれやがな。
そんな陰気なこと止めて、若いもんが寄って「さのさ」かなんか一緒に唄お
やないか」言ぅと、若い雀がズラ〜ッと輪になりよって「いちぃ〜ねぇ〜ん
わぁ〜、三百六十五にちぃ〜……、ふわぁ〜〜〜」

●あくびの一つも出たところを見計ろぉて、こんど南京豆をバラバラバラっ
と撒きまんねん■何やねん、そら?●眠気のさしたとこへ南京豆が飛んで来
た「こらえぇ枕が来た」言ぅてね……。皆が寝よったところを塵取りとホォ
キで集めてまわる。

■よぉそんなアホなこと考えるなぁ。やったんか?●やりました■うまいこ
といったんか?●それだんねん。こぼれ梅撒いて雀がチュウチュウうまそぉ
に食ぅとこまでは良かったんです。頃も良しこのへんやなぁと南京豆バラバ
ラッと撒くっちゅうと、その音にビックリしやがってバタバタバタ……、逃
げちゃった。

■頼んないこと言ぅてんなぁ、お前わ●雀ではえらい目に遭いましたんで、
今度はウグイス捕まえたろ思てね■雀があかんのにウグイスてなもん●捕ま
りますよ。ちょっと工夫変えたですよ●どこ、どぉ変えたんや?

●糊おまっしゃろ、洗濯に使う糊。あれに墨と色粉が少々と、ご飯粒が五つ
六つ。これだけでウグイスをばね、つっかまえますよぉ〜■どんなことすん
ねん?●糊の中へさして墨と色粉を落として、バタバタッとかき回して、指
の先から二の腕へさして塗り付けますねぇ。

●これが赤とも茶色とも黒とも何ともつかん色になりますわ。で、手の平の
上へご飯粒乗せてね、天窓へ梯子かけてトントントンと登って行ってね、体
は見せんよぉにして手ぇだけをばニュ〜ッと出すんですけどね。手ぇだけを
ばニュ〜ッと■何やそれ?●見て分かりませんか? この形から色から見て
分かりませんか? 梅の木ぃです。天窓から梅の古木が出てるんです。

●昔から言ぃまっしゃろ、梅にウグイス松にツル紅葉に鹿でボタンに蝶々。
ウグイスがホ〜ホケキョと飛んで来ますわ、ひょいと下見るちゅうと見たこ
とのない梅の木が出たぁる「新しぃお休み処が出来たんかいなぁ」てなもん
で、バタバタバタ。チョイと止まったとこをばギュッと掴みまんねんがな。
ギュッ、ギュッギュッとね。ど〜です?

■やった?●やりました。糊の中へさして色粉と墨グリグリグリ、これから
これへさして塗り付けるっちゅうと何ともえぇ梅の古木が出来上がりました
わいな。これなら少々目のえぇウグイスでも騙されよるやろ思て、天窓へ梯
子かけてトントントンと登って行って、ニュ〜ッと手を出したんと、向こぉ
の山からお日ぃさんがポコッと出はったんとがちょ〜ど一緒でした。

■朝早よぉからやったんや●やりましたがな■うまいこといたか?●それで
んねん。お日ぃさんは高こぉ高こぉなるのに、ウグイスが皆目飛んで来まへ
んねん■飛んで来なんだらあかんやないか●おかしぃなぁ〜思てましたらね、
やっぱり辛抱はするもんでんなぁ、そのうち「ホ〜〜〜ホケキョ」といぅ声
が聴こえました。

■ウグイス飛んで来た?●飛んで来ました。ここやと思うさかい、ジ〜ッと
我慢してました。バタバタッとウグイスが手に止まりました■手に止まった?
捕まえたか?●それがなかなか、そぉはいかんのです■何で、そぉはいかん
のや?

●ウグイスが手の平の上へ乗ってくれたら、ギュッといきまっせ。根性の悪
いウグイス、こんなとこへ止まりまんねんで。小さな足で脈どころコチョコ
チョコチョ、こそばいのこそばないの。ここで笑ろたら折角の苦心が水の泡
でっしゃないか、死んだ気になってジ〜ッと我慢してたら、谷越え山越えウ
グイスが手の平に乗りました。

■掴んだか?●ダメです。考えとくなはれ、わたいの手にベタ一面糊塗って
まっしゃないか。それを朝の早よからお昼まで、ズ〜ッと天火に照らしどぉ
し、指がカチカチになって■……●ここで何とかせなと思て、グ〜ッと力入
れたひょ〜しに足元がお留守。ガラガラガラ、ド〜〜〜ン。下まで落ちまし
てね、腰の骨打つやら足くじくやら。

■アホ●今度はいよいよサギを……■お、本題に入って来たな●本題も糞も
おますかいな■サギみたいなもんどぉするねん?●元要りまへんわい、サギ
ちゅうもん深田(ふけだ)へさしてドジョ〜かなんかコツコツやってるそぉで
んなぁ。そこへ行きまして、まず遠くの方からね「サァ〜〜ギィ〜〜」サギ
呼ぶんです。

■そんなことして、サギ分かるんか?●分かりまっしゃないか、サギに「ツ
ル」言ぅても分かりまへんけど、サギに「サギ」言ぃまんねんで。コツコツ、
ドジョ〜やってると「おや? 誰かボク呼んでるねぇ……、お、人間や。何
の用や? そぉか、捕まえよと思とるな。ここで逃げたんではオモロない、
もっと近寄って来て、今まさに捕まらんとする時にバタバタッと逃げてやっ
たらビックリしよる。その方がよりオモシロかろぉ」いぅてね、コツコツやっ
てまんねん。

●わい、そのあいだにちょっと近づいて行って、さっきより小さい声で「サ
ギ〜」「やっぱり呼んでいるな。しかし、まだまだ距離があるよって大丈夫
やわい」そのあいだにわたいがトコトコトコ、だいぶに近寄って行って、最
前よりズ〜ッと小さい声で「さぎ〜」……

●「やっぱり呼んでいるねぇ、間違いない。けどおかしぃなぁ、捕まえるつ
もりであればウソでもドンドン近寄って来にゃいかんのに、あの声の様子で
はだんだん遠ざかっているよぉに思うが……、この疑問はどっから来るんだ
ろぉ?」

●ここでんねん、ほんまはドンドン近づいてまんねんけれども、声をドンド
ン低くしてまっしゃろ、ドンドン遠くへ行ってるよぉに思いまんねん。サギ
はアホだんなぁ……。そのあいだにわたいがトコトコトコ、今度はサギの真ぁ
後ろへ行って「…………」

■へ?●「…………」■聴こえんなぁ●聴こえまへんやろ。だんだん小さなっ
て、ついに聴こえんよぉになった。こら、よっぽど遠くへ行きよったんやと
サギが安心しきったところを後ろからコ〜〜ン!

■あかん、あかん。そんなことでサギが捕まるかいな●あきまへんか?■あ
かんわい●どぉしたらサギが捕まりましょ〜?■サギの居るとこ行かなしゃ〜
ない●どこに居りましょ〜?■お前、萩の円頓寺(えんどぉじ)知ってるか?
●北野の?■そぉじゃ、向こぉの池にサギがぎょ〜さん降りるっちゅうこと
や。とりあえず向こぉへ行ったらどや。

●ほな、行てきます■明かい内から行たかてあけへんがな、鳥目っちゅうぐ
らいや、日が暮れてから行きなはれ●そぉいたします。

             * * * * *

 面白い男があったもんで、日の暮れるのん待ちかねよってポイッと表へ出
ます。松屋町筋をば北へ北へ、天神橋ヒョイッと渡りまして、道を左へとり
ますといぅと一帯が北野でございます。萩の円頓寺へやってまいります。

 夜が更けておりますので、寺門は閉まっております「どっから入いろかい
な?」とキョロキョロしてますといぅと、ひょ〜しのえぇことに、昼間お仕
事をしました左官屋さんが梯子を忘れております。これ幸いと塀に立てかけ
ましてトントントン、もったいない話でございますが、墓石踏み台にしてポ
イッと下へ飛び降ります。

 闇にすかしてジ〜ッと池の方を見てみまするといぅと、池には話のとぉり
サギがビ〜ッシリと居りまして、高いびきで寝ております。サギといぅ鳥は
大変警戒心の強い鳥やそぉで、大体なれば必ず一羽用心のために起きている
んやそぉですが、その日の日直に当たったといぅか、宿直に当たったサギと
いぅものが、我々同様いたってえぇかげんなやつで「ここしばらく事故が無
ないねぇ」っちゅうことで、皆と一緒に「グォ〜……」寝てよったんです。

 ソ〜ッと近寄って行って、手近なやつからポイッ……

●何じゃいこら、寝とぉる。入れもんは……、っと忘れてるやないか。えぇ
わい、帯のあいだへ挟んどいたろ。ポイッ……、寝とぉる。ポイッ……、寝
とぉる、ポイッ、寝とぉる、アホやなぁ。

 本当はこの男がアホでございす。えぇかげんで止めときゃえぇのに、何ぼ
でも獲れるもんですから何ぼでも獲って、腰の周りいっぱいにサギを括りつ
けよったんです。もぉぼちぼち帰ろぉと墓石踏み台にいたしましてヒョイッ
と塀の上。

 さて、降りよぉといたしましたが、ひょ〜しの悪いときにはひょ〜しの悪
いもんで、寺の夜回りの方がやってまいりまして「何でこんなとこに梯子か
かったぁるんや、用心が悪いやないか泥棒でも入ったらいけないぞ」ちゅう
んで、この梯子を片付けてしもたあとへやって来よったんです。

 「あれぇ? 確か梯子がかけてあったはずやが、さっきの場所はどこであ
ろぉか?」ウロウロしてますうちに、早いもんで東の空がジ〜ッと白いでま
いりましたんです。鳥といぅもんは大変朝の早いもんです。腰の周りの一番
鳥が目ぇを覚ましよった。

★グェ、何だか喉のところがおかしぃねぇ。グェ、夕べ呑み過ぎたかなぁ。
布団はねのけて寝たんで、風邪ひぃたんかなぁ。おかしぃなぁ客席からクッ
シャミが出ているぞ。ボカぁした覚えはないんだけどなぁ……

★あら? 池の中で寝てる思たら、人間に捕まってるんやがな。えらいこっ
ちゃ、わしだけやないぞ、こっちはサギ右衛門、サギ五郎か……。サギ右衛
門、サギ右衛門▲お早よぉさん★挨拶してる場合やないがな、ぎょ〜さん人
間に捕まってるねん▲えっらいことですねぇ★お前そっちから起こせ、わし
こっちから起こすよって。

▲分っかりました。おい、起きなさいよ★人間に悟られたらあかんぞ、羽ば
たくねんぞ、この人間飛ばしてしまうねんぞ。えぇか、皆一斉にバタバタッ
と羽ばたけよ。ひぃ、ふの、みっつ!

 バタバタ、バタバタ、バタバタ、バタバタ、バタバタ、バタバタ……、み
んなが羽ばたきましたもんですから、この男かわいそぉに沖天高く、

●うわ〜っ、うわ〜〜〜〜〜っ、うわ〜〜〜〜〜っ……、こら何ぼ落語でも
スラップスティックな展開すげへんかぁ〜〜〜。獲らすときには何ぼでも獲
らしといて、帰りしなになってこんなえらい目に遭わすやなんて、ホンマに
詐欺に遭ぉたよぉなもんや。

 などといぅ最もファンダメンタルな洒落を言ぃながら、空中を漂うわけで
あります「どこぞに何ぞないかいなぁ」とキョロキョロしてますといぅと、
目の前に鉄の棒が一本ニュ〜ッと見えましたんで、これ幸いとそれにつかま
りよった。

●ふぇ〜ッ、すんでのとこで国外亡命するとこやった。えらかったぁ〜、そ
れ逃げ、それ逃げ、それ逃げ、それ逃げ〜〜ッ……。わ、わ、わぁ〜〜ッ、
まっぶしぃなぁ、お日さん昇らはったとこやないかいな。お、あの山見覚え
あるなぁ……、生駒の山らしぃ。

●東に生駒の山が見えるといぅことはまだ大阪や、よかったよかった。大阪
なれば歩いてでも帰れんことないわい。こらまた大きな屋根やなぁ、普通の
家やないわい宮寺か何ぞじゃい。そこまでは見当ついたぞ……、石の鳥居が
あるやないか、大阪で石の鳥居ちゅうたら天王寺さん。

●天王寺さんだ。天王寺さんなら家からホン近所やで、ありがたいこっちゃ
わい。天王寺さん、天王寺さん……、にしては肝心の五重の塔がないやない
か。朝晩明け暮れ見てるんやがな……、天王寺さんに五重の塔がないちゅう
よぉな不思議はないぞ。

●おかしぃなぁ、あれが石の鳥居でしょ、亀の池でしょ、本堂でしょ、金堂
でしょ、西門で……、あら、これが五重の塔だわ!

 五重の塔の九輪につかまったまま腰ぬかしてしまいました。

             * * * * *

 昔から、堂島川の玉江橋の真南に天王寺さんの五重の塔が見えるといぅの
が大阪の七不思議の一つやったんやそぉです。ちょ〜ど雑喉場(ざこば)へ仕
入れに行っての帰り、魚屋の若い衆がこの玉江橋の真中へズボ〜ッと立ちま
して、

■妙なもんが見えるなぁ▲なんです?■真ぁ南に天王寺さんの五重の塔が……
▲そんなこと分かってまんがな、昔から七不思議やちゅうて不思議がってま
んがな■そら分かってまんねんけど、あの塔の天辺に何じゃ黒いもんが見え
まんねんで。鳥にしたらちょっと大きぃよぉなし、今まであんなん見えたこ
とおませんし……、ひょっとしたら天王寺さんに変が起こってんのかも分か
りまへんなぁ。

▲そぉかも分かりまへんなぁ■えらいこったんなぁ▲えらいこったんなぁ、
いっぺん行てみまひょか■行てみまひょか…… ♪えぇらいこっちゃ、えぇ
らいこっちゃ♪

             ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

♪えぇらいこっちゃ、えぇらいこっちゃ ♪えぇらいこっちゃ、えぇらいこっ
ちゃ ♪えぇらいこっちゃ、えぇらいこっちゃ……

▲もし、何でんねんこれ? 皆「♪えらいこっちゃ」言ぅて走ってまんがな。
何ぞおましたんか?■あんた知りはらしまへんのんか? こら、天満の牢か
ら罪人が逃げましたんですわ▲天満の牢から? どぉして逃げましたん?

■下の板、ゴロゴロと切ってそっからズボ〜ッと逃げましたわいな▲えらい
ことしましたなぁ。せやけど、牢の中にはノコギリてなもん持って入られへ
んのちゃいますか?■そらそぉですわ、ノコギリはおまへんわ▲何でゴリゴ
リッといきましてん?

■それが、差し入れに入れましたスルメでゴリゴリッといきましてん▲アホ
なこと言ぃなはんな、スルメて柔らかいもんでっせ。それで何で板が切れま
んねん■それが切れまんねんがな、昔から言ぃまっしゃろ「板切りスルメ」
言ぅてね……▲何ですか?■板切りスルメ▲仁輪加ですか?■仁輪加でんが
な。

♪仁輪加じゃ仁輪加じゃ ♪えぇらいこちゃ、えぇらいこっちゃ……

▲もし、もぉ〜し■何です?▲皆「♪えらいこっちゃ」言ぅて走ってまっけ
ど何だす?■天王寺さんの亀の池から大きな青い亀が浮上してきたんですて
▲亀が浮上してきましたん?■浮上してきましたんやなぁ。これは六十年に
いっぺん浮上してきまんねんてぇ。こいつが浮上してくるといぅと、その年
あんまりえぇことおまへんねんて。

▲いかんこってすなぁ■いかんことです。皆がそれ去(い)なそ思て「いね、
いね」言ぃますねんけど、なかなかいにますかいな。そこで、ある人が考え
てトロロ汁持ってきて上から掛けたら、青い亀がブクブクッと沈んだらしぃ
ですわ▲不思議なこと、おまんねんなぁ。

■チョイチョイあることでっせ▲何でです?■昔から言ぃまっしゃろ「青亀
の怖いトロロ」ちゅうてね▲何ですねん?■青亀がトロロが怖いさかい退散
したんです▲それは分かってますけど、何でんねん?■「青亀の怖いとろろ」
言ぃまっしゃないか ♪あぁ〜〜あ、青がめぇ〜の怖いトロロぉ〜〜

♪あ、仁輪加じゃ仁輪加じゃ ♪えぇらいこちゃ、えぇらいこっちゃ……

■えらいことだっせ▲な、何でんねん?■天王寺のステン所で脱線事故です
わ。お婆さんが線路の上にカンテキを置いてバタバタあおいでましてん。そ
こへ陸(おか)蒸気が走って来て、当たってひっくり返ってしまいましてんて
▲ほんで、どぉしました?

■天満与力の方から調べに来ましたらね「陸蒸気もいかんし、カンテキもい
かん」言ぅてね「陸蒸気とカンテキに網張れ」ちゅうてね、非常警戒ですわ
▲それ、何でんねん?■それわでんなぁ「機関車、カンテキ、網張られ」ちゅ
うんですわ。機関車とカンテキが天満与力から網張られたんで「機関車、カ
ンテキ、網張られ」

▲元唄はなんですねん?■唄やおまへんねん「感謝、感激、雨あられ……」
なかなかよぉできてまっしゃろ……、もひとつかなぁ。

♪あ、仁輪加じゃ仁輪加じゃ ♪えぇらいこちゃ、えぇらいこっちゃ……

             * * * * *

 皆が考え考え「♪えらいこっちゃえらいこっちゃ」天王寺さんへ集まって
まいります。天王寺さんはもぉ、いっぱいの人出でございます。これを当て
込みましてリンゴ飴は出る、タコ焼屋は出る、ジェットコースターが走る、
大騒ぎでございます。

 寺の方としても放っとくといぅわけにまいりません。人を救ぅのが出家の
仕事、何とかしてやらねばならぬ。どぉしたらよかろぉか。お寺には大勢の
坊さんが修行のために寝ます大きな布団がございますので、これで救ぅてや
るのがよかろぉと相談がまとまったわけでございます。

●わ、わぁ〜〜ッ。ぎょ〜さん寄って来よった、何のために寄って来よった
んやろか。彼岸にはまだ日があるよぉに思うが……、みな上の方指差して何
や言ぅとぉるなぁ、上に何かあるのかな……、別にないよぉやけど。あそぉ
か、わしのために集まって来よったんや。

●ぎょ〜さん、ボンさん出て来よったで。一目で分かるなぁ、頭、朝日に輝
いたぁる。四人のボンさんが大きな四角い布団の四隅持って出て来よったぞ
「降りぃ、降りぃ」言ぅとるねんやろなぁ、降りられへんがな……。のぼり
が立ったぞ「これへとへすくふてやる」

●これへとへすくふてやる、これへ飛べ救ぅてやる。なるほど、あの布団み
たいなもんで救くてくれるちゅうねんな。助かりました、うまいこと救くと
くなはれや……、ひぃの、ふの、みっつ。

 人を救ぅのは出家の仕事と、四人の坊さんが救ぅことは救くたんですが、
真ん中へえらい勢いでズバ〜ッと入ったひょ〜しに、四隅の坊さんが頭をコ
ツ、コツ、コツ、コツ……


【さげ】
 一人助かって、四人死んじゃったとさぁ〜〜。


【プロパティ】
 こぼれ梅=古くから酒づくりの伝統のある摂津の国伊丹の名物「こぼれ梅」
   はみりんの絞り粕で、その芳じゅんな酒の香りとほのかな甘さが特徴。
   清酒醸造が盛んだった江戸後期の伊丹を中心に生産された素朴な菓子。
   「伊丹再発見シリーズ −いたみの名物(1)−」参照
 贅六(ぜいろく)=才六の関東訛り。才六:毛二才六ともいい、青二才の意。
   毛二才六→毛才六→才六と略された。六は「宿六」などの「ろくでな
   し」
 ズクシ=熟柿(じゅくし)。
 北野の萩の円頓寺(えんどうじ)=泉の広場、太融寺の西一筋目を南に進む
   と西側にある「円頓寺」がモデルやそうです。【落語で散歩】参照。
   まっちゃ町筋を北へ北へ、天神橋をばひょいっと渡り、道を左に取れ
   ば、そこが「北野」というから、南森町と扇町の間あたりを見当して
   ましたら、北の寺町の一番はずれにありました。そのちょっと先を梅
   田(古くは埋田)というくらいですから、その昔は湿地、大きな池があっ
   たのもうなずけます。
 天王寺さん=四天王寺:大阪市天王寺区にある和宗(初めは天台宗)の寺。
   山号は荒陵山。天王寺と略称。古くは荒陵(あらはか)寺・難波寺・御
   津(みつ)寺と称した。聖徳太子の創建と伝える。中門・塔・金堂・講
   堂が一直線に並ぶいわゆる四天王寺様式の建築で、飛鳥時代の様式を
   伝える。現在の建物は戦後復元されたもの。堀江寺。
 九輪=寺院の塔の頂上を飾る相輪の部分の名。露盤上の請花(うけばな)と
   水煙との間にある九つの金属製の輪。宝輪。空輪。
 大阪の七不思議=1、十三に住んでる人がキタへ呑みに南へ行く。2、堺
   に住んでる人がミナミヘ呑みに北へ行く。3、港区に住んでる人がキ
   タへ呑みに東へ行く。4、港区に住んでる人がミナミヘ呑みに東へ行
   く。5、守口に住んでる人がキタへ呑みに西へ行く。6、守口に住ん
   でる人がミナミヘ呑みに西へ行く。7、丼池の北浜には橋がない、昔
   からない未だにない。というようなのが色々あります。各自調べてく
   ださい。
 雑喉場(ざこば)=大阪市西区江之子島1−8に「雑喉場魚市場跡」の碑が
   建っている。元和年間(1615〜24)上魚屋町(現在中央区)の生魚商人ら
   が、漁船の出入の便を考えて出張所を設けた所。1771(安永3)年、問
   屋株が免許されて、独占的地位が認められるようになり大いに繁栄、
   昭和6年11月大阪市中央卸売市場に吸収合併された。
 天満の牢=江戸時代の観相学の大家・水野南北(1760〜1834)が二十歳の頃、
   刃傷沙汰を繰り返し「天満の牢屋」に入れられたという。また、神坂
   次郎氏の小説「だまってすわれば−観相師・水野南北一代」の一節に
   「結局、熊太は松屋町筋、与左衛門町の牢屋敷へ投獄される」の記述
   がみられる。与左衛門町は現在の中央区糸屋町、マイドームおおさか
   (西町奉行所のあったところ)の北東斜め向かいなので「天満の牢」は
   「松屋町牢屋敷」の別称のようである。維新前後の大阪の牢・監獄の
   変遷は1882(明治15)年12月に「堀川監獄分署(現在扇町公園)」ができ
   るまで、大坂の牢屋敷は「松屋町牢屋敷」のみであった。その後1885
   (明治18)年に「松屋町監獄分署」は「堀川監獄分署」に吸収合併され
   1890(明治23)年「堀川監獄署(大阪監獄署)」と名称が変わり、付近の
   市街地化にともない1920(大正9)年、堺へ移転。By の、くらきっとん
 仁輪加(にわか)=江戸時代後期、歌舞伎の隆盛ととともに歌舞伎が一般大
   衆に持てはやされるようになり、その一節が俄芝居、即興劇としてお
   座敷など酒席で行われるようになった。のちに落語のような落ちをつ
   け「仁輪加」の形が出来上がった。
 仁輪加(にわか)=堂島川、玉江橋から真南に天王寺さんの五重塔が見える
   という、大阪七不思議から始まる雑喉場帰りの魚屋のエピソード。
   「♪あ、仁輪加じゃ仁輪加じゃ えぇらいこちゃ、えぇらいこっちゃ」
   とお囃子にのせて賑やかに語られる。この仁輪加の部分、演者さんに
   よって、またその時代によってさまざまに変化し、並べてみるとなか
   なかに面白い。
 カンテキ=七輪:土製のこんろ。ものを煮るのに炭の価が七厘ですむ、と
   いう意によるという。
 音源:1983/01/30 枝雀寄席(ABC)


【作成メモ】  ●参 照 演 者:main=桂枝雀 sub=桂む雀  ●main高座記録日:1983/01/30  ●番  組  名:枝雀寄席(ABC)  ●ファイル公開日:1997/01/26  ●江戸落語相当:雁つり  ●更  新  日:2004/11/21  ●リクエスト数:rakugo42  ●注 意 事 項:内容を削除、追加、改訂している部分があります。           記録日のmain演者によるさげを採用しました。

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