【主な登場人物】
喜六 清八 煮売屋の親爺 お百姓さん
七度狐(尼僧 村の若い衆 お小夜後家)
【事の成り行き】
大阪の馬の合いました喜六・清八の二ぁり連れ、気候もよぉなったんでお
伊勢参りでもしょ〜やないかと安堂寺橋を出発し、暗(くらがり)峠を超えま
して、やってまいりましたのが奈良の山中でございます。とここまでは「東
の旅・発端」でご紹介しました。
「七度狐」はその続きということになります。煮売屋でゴジャゴジャやっ
てますところから始まってまいります(1997/04/13)。
* * * * *
■あのなぁ、酒はあるか?▲この村には銘酒がありますでな■銘酒けっこぉ
やなぁ、どんな銘酒があるねん?▲「村さめ」に「庭さめ」に「じきさめ」
といぅ銘酒■あんまり聞ぃたことないなぁ。その「村さめ」ちゅうのはどぉ
いぅ酒や?▲ここで呑んでるとホロ〜ッと酔いが回ってくるなぁ■そこらが
酒の身上(しんしょ)やなぁ。
▲で、村を出外れる頃になると醒めるで「村さめ」じゃ■頼んない酒やなぁ。
その「庭さめ」ちゅうのわ?▲ここで呑んでて、庭を出ると醒める■「じき
さめ」は?▲呑む尻から醒めるなぁ■呑まん方がましや、そんな酒。エゲツ
ナイ酒やなぁ、ぎょ〜さん酒ん中へ水回すんやろ。
▲そんなことはしませんで、水ん中へ酒回します■ウワァ〜ッ、水臭い酒や
なぁ▲いや、酒臭い水じゃ■なぶんなはんな。ちょっとその「村醒め」ちゅ
うやつを二、三本持って来てもらいたい……。さぁさ、もぉ猪口(ちょこ)や
おいて湯のみゆのみ。こぉいぅとこでは贅沢は言ぅてられんさかいなぁ(クゥ
クゥ、クゥクゥ)こら酒らしぃ酒やで、まだましな方や(クゥクゥクゥ)
■おい親っさん、そこのすり鉢に入ってるのん何や?▲これはイカの木の芽
和えじゃ■そんな結構なもんがあるのん、何で言ぅてくれへんねや▲いやい
や、これは売りもんやないんでな。こないだ村でちょっと揉め事があって、
今晩その仲直りの手打ちの寄り合いがある。そこへ頼まれてこしらえたんじゃ
で、これは売りもんとは違う。
■せやけどちょっと二人前だけ▲これはな、村の集まる連中の頭数を計って
こしらえてあるので、分けられんのじゃ■これが魚やったらひとり一匹て決
まったぁるで、そんなもん盛り付けでどないでもなるやないかい。ちょっと
二人前だけ▲そぉいぅわけにはいかん■ほな一人前▲あかん■半人前▲あか
ん■ほんならもぉえぇ、もぉえぇ要らんわい……
■片意地なやっちゃで。早いこと食てまえ、生節も早いこと片付けてな、酒
も早いこと(クゥクゥクゥ)●何でそんな急(せ)くねん?■おおき、ごっつぉ
はん勘定は何ぼや? そぉかここ置いとくで、釣りは要らん。ちょっと親っ
さん断っとくが▲何じゃいな?■わしら二ぁり妙ぉな癖があって、ものを飲
み食いしたあと、急にダ〜ッと走らんことには腹へ納まらんねん。
▲ホンに妙な癖じゃなぁ、ものを食べたあと走ったりしたら体に毒やで■そ
れがわしら、ダ〜ッとひとしきり走らんことには納まってくれへんねん。せ
やさかい二人とも、外へ出たらダ〜ッと走り出すけど、おかしぃに思わんと
いてや▲そらまぁ、こないして勘定ももろたし、食い逃げやとも何とも思わ
んさかいなぁ、走るなと歩くなとえぇよぉにしたらえぇがな。
■あそぉか……、あの奥の方に何か生臭いもんが置いてあるんやないかい?
▲棒ダラ水につけてあるが■あぁそれや、今、黒い犬がパッと中へ飛び込ん
だで▲犬が? それはいかん!■さぁ今の間や、わしに付いて走って来いよ。
さ、どっこいさのさ……♪
* * * * *
●おい、ちょっと待て、何でそんな走んねん? 腹痛となってきた■黙って
付いて来い●横っ腹が痛とぉなってきた、急にダ〜ッと走り出して何ちゅう
ことすんねん■黙れだまれ、わしの笠の下を見てみぃ、笠の下●笠の……、
最前のすり鉢■さぁさ、あんまり片意地なこと言ぃやがるさかい、ちょっと
誤魔化して持って来た。さぁ食え。
●ウワァ〜ッごっつぉやなぁ、こらありがたいわ。箸か何かないか?■箸な
んか要らん手づかみでいけ●こらうまい、これから伊勢着くまでこぉいぅも
のにありつけんぞ。イカの木の芽和えの暴れ食いちゅうのん、やったん生ま
れて初めてや。こらうまいわ。ん〜〜ん■おいおいおい、すり鉢なめたりす
な。舌ケガするでホンマに。
●あぁ〜うまかった、このすり鉢どないしょ〜?■こんなとこ置いといたら
あかん、すり鉢から足が付いたらいかんさかいなぁ●すり鉢に足が生えるか
い?■足が生えたりはせぇへんけど、煮売屋の親爺が追いかけて来て、ここ
にすり鉢が落ちてんのん見たら「あ、こっち行ったな」てなもんで眼(がん)
が付くやないか。見えんとこ放ってしまえ●そぉか、ほな向こぉの草むらな
らえぇやろ。向こぉへ……
ひぃふの三つで、ポ〜ンと、このすり鉢を放ったんですが、それがその草
むらに寝ておりました狐の頭にカツ〜ン。この狐がただの狐やない。この辺
に年古ぅ住んどぉります、いっぺん人間にあだされたら七へん騙して返す、
七度狐といぅ悪い悪い狐でございます。
異名を取るほどの狐やさかいたまらん、ムクムクッと起き上がると、額か
らタラタラタラ〜、血が流れてます。
★悪いやつなぁ、おのれぇ〜〜憎いは二人の旅人。よぉもぉ〜〜稲荷のお遣
わしたる、狐にぃ〜〜手傷を負わしたな……。思い知らさん、今に見よッ!
ポ〜ンと一つトンボを切りますと、姿が見えんよぉになります。こっちは
そんなこと知りません二ぁり、相変わらず旅してますんやが……
* * * * *
●おい、何思案してんねん……。何を思案してんねん、清ぇやん?■いやぁ、
道を間違ごぉたかいなぁ思て●頼むで、お前は前に伊勢参りしてんねんで、
わしは初めてやないか、お前頼りに歩いてんねやで。第一(だいち)道間違え
るよぉなところはなかったよぉに思うが……■さぁわしも道間違えた覚えは
ないんやけどな●第一、ここにこんな大きな川が流れてるやろが、えぇ目印
やないかい。
■それで実は思案をしてる。前に来たときに、こんな川はなかったんやけど
なぁ●こんな川、なかったかい?■おかしぃねや……●大ぉきな川やで■し
かしこれはひょっとしたら急にできた川かも分からんなぁ●川が急にできる
かい?■大水大雨で堤が切れたりするとザザザァ〜ッと水が流れて来て、田
圃も畑も水浸しになる、てなことちょいちょいあるねん。上(かみ)見ても下
(しも)見ても、橋もなければ渡しもないやろ。こらどぉも急にできたよぉな
気がするんじゃが……、ちょっとそこの石放り込んでみ●え?
■深さを調べる。ドブ〜ンといぅたら深い、チャプ〜ンといぅたら浅い、浅
けりゃ歩いて渡れんことはない。ちょっといっぺん石放り込んでみ●石放り
込んだらえぇのん、ちょっと待ってや。ちょっと済まんけど手ぇ貸して■そ
んな大きな岩を持ち上げてどないすんねん、小さいのんでえぇねん●小さい
のん、そぉ〜れ……
■ドブンかチャブンか?●聴こえへん■どんな石?●こんな石■砂を放り込
んでどないすんねん、その辺に手ごろなやつが何ぼでもあるやろがな●あぁ
■それは馬の糞やアホ! その横手、手頃なんが転がってる●なるほど、こ
んなんでえぇのんか。そぉ〜れ……(バサバサッ)
■ドブンかチャブンか?●「バサバサッ」ちゅうたで■そんなおかしなこと
が……●そぉ〜れ……(ガサガサッ)、そぉ〜れ……(バサバサッ)。あかんわ
清ぇやん何ぼ放り込んでもバサバサのガサガサや■分かった、こらやっぱり
急にできた川や。下一面の麦畑や、今ちょ〜ど実が実ったとこやないか、そ
こに水が張ってんねや。石放り込んだらバサバサとかガサガサとかいぅんは
そのためや。これなら歩いて渡れんことはない。わしのするよぉにしぃ。
●どないすんねん?■とにかくなぁ、まず帯を解いて着物を脱げ。で、こぉ
笠を置いてな、袖畳みでえぇさかいちょっと畳んで、荷物もみな入れるねん。
財布やなんかも忘れんよぉに入れたやつを帯でこぉくくるなぁ。笠をひっく
り返せ、手拭を間通していっぺん結んで、こぉいぅ風に頭の上載せたら……、
濡らさんと歩けるやろが。
●なるほど、こらえぇ工夫やなぁ■その辺に竹が落ちてるやろ、それを二本
持っといで●こんなもんどないすんねん?■こっちかせこっち。お前うしろ
へ回ってしっかり掴めよ●何でこんな恰好(かっこ)すんねん?■この中を渡っ
て行くねん、わしが先立って足で探り探り。麦畑ならえぇけど、溝があった
りやで本当の川があるや分からん。井戸へでも落ち込んだら命に関わるさか
いなぁ。
■お前うしろから「浅いか、深いか?」ちゅうて聞ぃてこい、わしが「浅い
ぞ」と言ぅたらギュッと突き出せ、ほな進んで行く。そのかわり「深いぞ」
と言ぅたらグッと引っ張って止めてもらわないかん。分かったな?●分かっ
たわかった「深ぁ〜いぞ」ちゅうたら突き出したらえぇねやな。
■……、死んでまうがな。アホが間違えんといてや、お前が頼りやで●大丈
夫、大丈夫。しかし、こぉいぅのん見たら、絵ぇで見たあの「大井川の川渡
り」みたいやないかい■ホンに、川幅も広いし、東海道の大井川、そんな気
がするなぁ。 ♪やッ、大井川。深ぁい〜か、深いか……?
♪深ぁい〜か、深いか……? 浅ぁ〜いぞ、浅いぞ……
深ぁい〜か、深いか……? 浅ぁ〜いぞ、浅いぞ……
▲田ノ四郎やい、ちょっと見てみぃ。お前とこの麦畑、旅人が二ぁり裸んなっ
て踏み荒しとぉるぞ◆何をやっとんのじゃあいつら。裸んなってわしとこの
畑無茶苦茶にしとるやないか▲おぉかた狐にでも騙されてんのじゃろ、気ぃ
付けてやらにゃいかんなぁ……、これ旅の衆、旅の衆、これ! 旅の衆ッ!
♪深ぁい〜か、深いか……?
◆何を言ぅとんのじゃこいつら、わしとこの麦畑踏み荒らされたらどんなら
んがな■あれ、ここにあった川はどこ行きました?◆川も何もありゃせんが
な。ひょっとしたらお前ら狐にワルサでもせなんだかえ? 騙されたんじゃ
ろ。この辺にはなぁ、いっぺん人間にあだされたら七へん騙して返す、七度
狐といぅ悪わるぅ〜い狐が居るさかい気ぃ付けないかんぞ。
■それは油断がならん……◆今さら眉毛湿らしたかて遅いわい。とにかく着
物を着ぃ着物を、裸んなって何をしとんのじゃ■えらい済んまへん。確かに
川があってんけどなぁ……、えらい済んまへんでした麦畑踏み荒らしてどぉ
も申し訳……◆こっち行ったら街道へ出るでな、気ぃ付けて行きなはれ■へ、
おおきにえらい済んまへん。おおきに、早よ行こ早よ行こ。
* * * * *
恥ずかしぃもんでっさかい逃げるよぉにドンドンどんどん道を取って行き
ますと、こぉ道幅が段々だんだん狭もぉなって、登りになってくる。片一方、
山が迫ってきて、こっち側は切り立ったよぉな崖になる。いつの間にか日が
暮れた暗ぁい中を二ぁり並んで、とぼ〜とぼ……
●おい清ぇやん。今度こそ道に迷たんと違うか?■そぉじゃなぁ、今度はどぉ
やらホントに道を取り違えてしもたらしぃなぁ●どないすんねん、引っ返え
そか?■引っ返すちゅうたかて、方角は違ごてないと思うんじゃが……、そ
のうちどっかの街道へ出るやろ●人に聞くちゅうたかて家も何もあれへん、
こんなとこで宿屋あるやろか?
■まぁ今晩は宿屋無理やなぁ、野宿と覚悟せぇ●「野宿」て何や?■野ぉに
寝るさかい野宿や●ほぉ、ほな山に寝たら「山宿」ちゅなもんやなぁ■まぁ
そんなもんや●ほな鳥やなんか「枝宿」やなぁ■何をしょ〜もないこと言ぅ
てんねん●わしゃ野宿も山宿も嫌いやで。宿屋宿の布団宿にしてくれ■それ
がでけへんさかい、こないして歩いてんねやがな。
●こんなとこ歩いてて何も出て来ぇへんやろか?■何も出ぇへんやろ、まぁ
出たところで「かめ」ぐらいなもんか●亀が出る、こんな山ん中に?■「か
め」が出るなぁ、頭に「お」の付いた「かめ」が出る●頭に尾が付いた亀、
こんなとっから尾ぉが生えてんのん?■そやない。頭に「お」の字を付けて
「かめ」と言ぅてみ●おかめ……? おかめはんて女ごかい?
■違うがな「お」を長ごぉ引っ張って「かめ」と言ぅねん●お〜かめ……、
こ、怖わぁ。わしゃオオカミは嫌いじゃ■誰かて嫌いや●断ってくれ■断っ
たかて出て来るもんしょ〜がないがな●もしもオオカミが出たらな「オオカ
ミが出た」てなこと言ぅたらあかんぞ。おら聞ぃた途端腰が抜けるさかいな。
もしも出たら「オオカミが、出ぇ〜〜〜〜」と、ここで突っ張っといて。
■どぉなんねん?●わしが木の上か何かに隠れた時分に「たぁ〜ッ」■わし
が食われてまうがな、よぉそんなこと言ぅてるなぁお前……
■しかし何やなぁ「捨てる神ありゃ拾う神」ちゅうて、ちょっとわしの手の
先を見てみ●え?■手の先を見てみっちゅうねん●あんたの手の先かい……、
太い指やなぁ■誰が指を見ぃ言ぅてんねん、指の先やがな●爪が伸びてるで
■爪の先じゃ●垢が溜まってる■なぶってんねやないで、この方角を見ぃちゅ
うてんねん●この方角。ほぉほぉ■明かりがチラチラと見えてるじゃろ。あ
ら、山寺か何かがあるんやろと思う。向こぉ行って一晩泊めてもらうさかい
ついといで。
* * * * *
■(トントン)ちょっとお頼の申します、今晩わ★はい、どなた?■伊勢参り
の旅のもんでございますが、道を取り違えまして行き暮れて難渋しとります。
済んまへんけども一晩泊めていただけまへんやろかなぁ★それはお気の毒な、
しかし当寺(てら)は尼寺でございますのでな、殿方をお泊めするといぅわけ
にはまいりませんので、下の村のお庄屋さんの所へでも行て泊めておもらい
なさったらいかがで?
■それが下の村も上の村も、もぉ歩きくたびれてまんねん。お庭の隅でも軒
の下でも結構でございます、雨露さえしのげましたら結構なんで★「人を助
けるは出家の役」と申します、今も言ぃましたよぉに尼寺、男のお方をお泊
めするといぅわけにはまいりませんが、本堂でお通夜(つや)をなさるといぅ
のなら雨露だけはしのげますでのぉ。
■へ、そぉいうことでひとつよろしゅお頼の申します●おい、何言ぅたはる
ねんあの人?■こらな尼寺や、女の坊(ぼん)さんが居たはる尼寺や。男を泊
めるわけにはいかんっちゅうて。けどな、本堂でお通夜するんなら泊めたげ
る、ちゅうてくれたはんねやないか●ほな、本堂でオツヤさえしたらえぇん
か?
■そや●お艶はんといぅのは別嬪かい?■お前何を考えてるねん……、お通
夜をするといぅのはな、夜通し寝んと仏さんのお守をするんや●嫌やで、そ
んなん。夜通し寝なんだら何にもなれへんやないか。あした道中が……■そ
れは表向きや、ホンマは寝てもえぇねん●ほぉ、表向きお通夜、裏向きは布
団宿か?■……、どぉぞひとつよろしゅ〜お頼の申します★掛け金も何も掛
かったないので、こっちどぉぞお入りを。
★手桶に水が汲んでございます。そこにタライがありますよってにな、足袋
脱いでワラジ脱いで足洗ろぉてどぉぞこっちお上がりを●おい、やっぱり止
めとこか■何でや?●尼はん難しぃこと言ぅたはるがな「足袋脱いでワラジ
脱げ」やなんて、ワラジ脱いでからやないと足袋は脱げんやろと思うで、わ
しゃ■何をしょ〜もないこと言ぅてんねん、ワラジ脱いで足袋脱いで足洗ろ
て上がって来い。
* * * * *
■どぉもえらいご無理なことをお願いいたしまして★いやいや、何のおもて
なしもできゃいたしません。あのぉ、お二人とも空腹そぉなご様子で■何の
不服なことおますかいな、中入れてもろただけでもありがたいと思とります
★そぉやない「空腹」お腹が空いてござるよぉなご様子かと思いましてな。
■それやったら、ちょっと減っとりますよぉなこって★そこに雑炊が炊いて
ございますので、よろしかったらお上がりを■雑炊、わたし好きでんねやが
な、フグ雑炊、カキ雑炊、マッタケ雑炊★いやいや、寺方にはそのよぉな贅
沢な結構なものはございませんが、今日は当寺の開山のお上人の忌日(きにち)
にあたりますので、月にいっぺんずつ炊きます「ベチョタレ雑炊」といぅの
ができてございます。
■ベチョタレ雑炊? あんまり聞ぃたことがないなぁ★そこに茶碗も箸も出
てますんで、勝手によそて勝手にお上がりを■ほな、遠慮なしに……、手ぇ
出しないな、わしがよそたるちゅうねん、ちょっと待ち。ウワァ〜ッ、湯気
が立ってるなぁ、さ、よばれよ……、ほな遠慮なしにいただきます。
■(フゥ〜ッ、ズズゥ〜……)ちょっとお尋んねしますが庵主さん、この舌の
先にザラザラしたもんが残んのは何が入ってまんねん?★それは味噌が切れ
たんで、山の赤土が入れてございます■え、そんなもんが食べられますか?
★赤土は体に精ぇを付けますでなぁ■赤土で精ぇ付けんねやてぇ、何や盆栽
みたいになってきたなぁ……。この一寸ぐらいに切ってあって、噛みしめる
と甘ぁい汁が出まんねけど、藁みたいなもん、こら何でんねん?
★それは「藁みたいなもん」やない、藁でおます■聞ぃたかおい。言ぃよぉ
あるもんやなぁ「藁みたいなもんやない、藁」やねんて。藁が食べられます
か?★あれは体をホコホコと温めますでな■ほいほい、藁食て土食てこれで
左官(しゃかん)呑んだら、腹ん中に壁が出来る……、この草みたいなもんが
出て来ましたが?
★それはゲンゲン花の陰干しで■……、確か体毒下しやこれわ。もぉし、カ
エルみたいなもんが出て来ましたが?★出すのん忘れとりました。ダシを取
るためにイモリが入れてある■おおき、ごっつぉはんでございました★遠慮
せんとどぉぞぎょ〜さん……■いやいや、今のイモリでぐっとお腹が膨れた
よぉな具合で、ありがとぉございます。
★お口には合いますまい、明日になったらまた麦飯(ばくはん)なと炊いてし
んぜましょ。お泊り願う早々こんなことお願いして何でございまんねやが、
実はちょっとお二人に留守番がお願いしたいんで■え〜っ、こんな寂しぃ山
寺で留守番やなんて、こんな時刻からどっかお出かけになりまんので?
★実は下の村にお小夜後家といぃましてな、金貸しのお婆さんが住んどりま
して、貧乏なお方に高い利子でお金を貸し付けては厳しゅ〜取り立てる、あ
んまり評判のえぇお方やなかったんですが、今朝ほどポックリとお亡くなり
になられましてな、村の衆が寄って棺桶に納めてお勤めをしてましても、貸
し付けてあるお金に気が残ってますねやなぁ、またしても棺桶のふたをポ〜
ンと跳ねのけては「金返せぇ〜、金返せ」出て来るんやそぉで。悪い人でも
死にゃ仏、これから行てありがたいお経を上げて成仏さしたげよと思います
ので、ちょっとお二人にお留守番を。
■そんな気色の悪い話、聞かしなはんな。こぉ見えても我々怖がりでっせ。
そんなん、かなんがな★いえいえ、このお寺も宵の口は寂しゅございますが、
夜が更けると賑やかになります■ケッタイな寺やなぁ。宵が寂しゅ〜て夜が
更けると賑やか……、そぉか庵主さん、あんさんがまだ若こぉてお綺麗ぇな
さかい、夜中に村の若い衆が遊びに来たりしまんねんな。
★そのよぉなことはございませんが、この本堂の真ぁ裏が墓場になっとりま
す。夜中になりますと骸骨がぎょ〜さん出て来て相撲を取って遊びます「八
卦よい残った残った、ガチャガチャ、ガチャガチャ」まことに賑やか■何の
賑やか、わてら骸骨の相撲(すもん)なんか嫌いでっせ。
★それにもぉ少々夜が更けて丑満つといぅ頃になりますとな、ご本尊の真ぁ
後ろに新仏の墓がございます。これは上の村のお庄屋さんの娘さんがよそへ
縁付かはって間なしに亡くなってでおましたが、お腹に稚児(ややこ)ができ
てるのをそのまま土に埋ずめたところが、土の温気(うんき)で、どぉやら赤
子が産まれたよぉな具合で。
★そこの廊下にポ〜ッと明かりが差しますと、庄屋の嬢(いと)さんが、こぉ
赤ん坊を抱いて「ねんねん、よぉ〜〜、おねやれ、やぁ〜〜」とあやして歩
かはります。そらもぉホン情があって■何の情が、そんな話聞ぃたらとても
わたしらよぉ留守番なんかしません。その夜伽(よとぎ)の日延べちゅうわけ
に……
★夜伽日延べにはでけしません。いやいや、そぉいぅ魔性のものも、あのご
本尊の阿弥陀さんの前のお灯明、あのおみ明かしさえさえ消えなんだら、そぉ
いぅもんは出てまいりません。あの灯にさえ気を付けててもらいましたら大
丈夫でございます。ほんなら、ちょっと行てまいりますで、お二人さん、どぉ
ぞお留守番あんじょ〜お願いいたします●ちょっと、待ったぁ、待ったぁ〜。
お〜〜い……
●行てまいよったがな、どないしょ〜■どないしょ〜もこないしょ〜もある
かい、もぉこないなったらこっち来て座れ、度胸据えなしゃ〜ないやないか
い。せやせやあの灯が頼りや、油の具合ちょっと見て来い。あれが消えたら
えらいこっちゃ……●えぇ〜ッ、おい、もぉ油何ぼも入ってないで■そらい
かん、継ぎ足しぃな。
●油徳利は〜、どこにあるかいなぁ〜。あったあった(ジュジュジュ、パチ。
ジュ〜パチ、ジュ〜パチ……)あれ? あ、油差したら灯が点いたり消えた
りするやないかい■それ油かい?●これは……、醤油■アホ、油と醤油と間
違えるやつがあるかいな●あぁ〜、消えた、点いた、またパチパチしてる、
点いた、消えた……。消えたがな……■「ねんねん、よぉ〜」●出たぁ〜!
■今のはわしや●アホこら。寿命が縮んだがな。
わぁわぁ言ぅとぉりますと、下の方からひとかたまりの人数が手んでに松
明(たいまつ)を持ちまして、何やら重たそぉに担げて、こっち上がってまい
ります。
「行け、行けぇ〜」♪なんまいだぁ〜
★足もと照らしたれ足もと、火ぃ持ってるやつ何をしてんねん、足もと照ら
さな何にもなれへんやないか。気ぃ付けよ気ぃ付けよ、そこ水が溜まってる
で、飛び越え飛び越え。どっこいしょっと、荷ぃ降ろせ……
★(トントントン)今晩わ、庵主さん。今晩わ、もし●あぁ、庵主さんお留守
でっせ★えっ、庵主さんお留守でっか?●へぇ、わたしら伊勢参りの旅のも
んだんねんけどな、留守番頼まれとりますねん。尼はん、何でも下の村のお
小夜後家とかいぅ人のところへ夜伽に行かんならんちゅうて、出て行かはり
ましたんや。
★さよか……、みてみぃ、せやさかいわしが上の道来よっちゅうのに、お前
下の道がえぇっちゅうさかい、あんばい尼はんと行き違いになってもたやな
いかい。わたしらそのお小夜後家とこから来たもんでんねんけどな、みんな
寄って夜伽してたけど、お婆んがまたしても棺桶のふたを跳ねのけては「金
返せぇ、金返せ」て出て来る。かなわんさかい、ひと晩早いけどもお寺へ持っ
て行こかっちゅうて、いまここへ棺桶持って来ましたんや、これ。
★尼はんじきにこっち戻ってもらいまっさかい、これ預かっといて……●あ
かん、あかん。そんなん持って来んかて、こっちは「寝んねんよぉ」やいっ
ぱい居てんねんさかいな。そんなもん置いて行ったらいかん……、おぉ〜い!
●おい清ぇやん、こんなんまた一つ増えたがな、どないしょ〜■隅の方へやっ
とけ、隅の方へ。こっちもって来たらあかんぞ。
ガタガタ、ガタガタ、二ぁりが震えておりますうちに、次第しだいに夜が
更けてまいります。夜嵐といぅやつがビュ〜、ゴォ〜、と鳴りますと、置い
てある棺桶がメリメリ、メリメリ、ミチミチミチミチ……、鳴り出したかと
思うと、掛けてあった縄がバラリ、ふたがポ〜ンと飛ぶと中から老いさらば
えた老婆が白髪振り乱して、それへズ〜ッ!
★金返せぇ、金かやせぇ〜●出た、出た出た……、わたしらあんにお金お借
りしたもんと違います。伊勢参りの旅のもん、旅のもん★金かやせぇ〜●金
借りたもんと違います。顔見とくなはれ★旅のもん? こっち出て来て顔を
見せ。出て来て顔を●よぉ出ていかん。もぉ怖い★来なんだら、そこへ行く
●来たらあかん、顔見せます。怖いさかい目ぇつぶってまっさかい、よぉ顔
見たっとくなはれ、あんさんから金借りたもんと違いまっしゃろ。
★伊勢参りか?●伊勢参りの旅のもんでございます★伊勢音頭を唄え●そん
なアホなこと言ぃなはんな、この最中に伊勢音頭なんか唄えまっかい★唄わ
んかぁ〜●唄う唄う、唄う。こっち来たらあかんで、唄います……
●「♪お伊勢七(なな)旅、熊野にゃ三度」★よ〜い、よ〜い■あんたは黙っ
てなはれ、あんたわ。相の手はいらん、相の手わ●「♪愛宕さんへはなぁ〜」
* * * * *
▲田ノ四郎よぉ、ちょっと見てみぃ。最前の旅人が、今度は石の地蔵さんの
前で伊勢音頭唄とぉてるぞ。あいつら何をやっとんのじゃありゃ、よっぽど
狐に騙されとんのじゃい……。これ、旅の衆、これ!●「♪やぁとこせぇ〜、
よぉ〜いやなぁ〜……」▲何が「やぁとこせぇ」じゃ●あっ、ここにあった
お寺どこやりました?▲まだあんなこと言ぅてる、寺も何もありゃせん、地
蔵さんの前じゃないか●確かにここにお寺が……、いつの間にやらお寺の門
があんなとこに移ってるがな。
▲田ノ四郎、あれが寺の門に見えるとよ。狐がムシロ持って立ってんのじゃ
ないか。まぁた悪さ始め出したなぁ◆さぁ、しばらく大人しゅ〜してると思
たらまたやり出しやがった。いっぺん懲らしめてやろぉか。お前そっちから
回れ、わしゃこっちから回るでな……
◆この、ド狐めが(ボコ)●おぉ〜っ、お寺の門がこっち移りましたで▲うん、
よ〜っし(ボコ)●こっち行った▲えい(ボコ、ボコ、ボコ)……
左右からお百姓に追い詰められまして、狐、ムシロを捨てて逃げ出した。
▲そ〜れ逃がすな、その隅追い込んだ。さぁ〜っ、掴んだ!◆放すなよ▲放
すもんかい。
狐の尾をガッと掴む、狐は逃げよぉとする、こっちは逃(のが)すまい。息
の合ぉた弾みといぅものは恐ろしぃもんで、ズボ〜ッと狐の尾が抜けた。
▲おっ、尾が抜けた〜ッ!
【さげ】
と見たら、畑の大根を抜いとぉりました。
【プロパティ】
銘酒・名酒=昔、小売の酒屋は醸造元から酒を仕入れ、店独自でブレンド
して販売するのが普通だった。だから酒に名前は付いていなかった。
それに対し、蔵元が名前を付けて酒屋に卸す酒、小売酒屋が手を加え
ていないものを「銘酒」という。また、銘酒の中でも世間に名の通っ
た酒を「名酒」と呼ぶ。以上、米朝師匠→米二師匠→又聞き。という
ことは、ここに登場する「銘酒」は「迷酒」が正しいのだろうか?
身上(しんしょ)=本来のねうち。本領。しんじょう。
エゲツナイ=濃厚な・辛辣な・酷烈不快な場合などに用いる形容詞。エグ
イ(喉を刺激するいがらい味)から出た語だろうという説もあるが、一
方にはイゲチナイという語もあり、イカツイ(厳しい)の転じたものか
と考えられる。イカツイ→イカツナイ→エカツナイ→エゲツナイ。ナ
イは幼気(いたいけ)ないなどと同じで、無いではなく甚だしいという
意味の接尾語。
ぎょ〜さん=たくさん・はなはだ・たいへん。大言海には「希有さに」の
転とある。「仰々しい」のギョウか?「よぉけ→よぉ〜さん」たくさ
ん、の訛りかも?
おいて=置く:やめる。よす。中止する。
誤魔化す=「胡麻胴乱」という江戸時代の胡麻菓子が、胡麻をまぶした見
かけの豪華さに対して、中空で何も詰まっていなさま。ゴマカシ→ゴ
マカス。また、ご利益があると「護摩の灰」を売り歩く詐欺商法から
ともいう。
暴れ食い=単一の食品ばかり大量に食すること。
眼(がん)が付く=見抜かれる。
袖畳み=和服の間に合わせの畳み方。左右の肩山・袖山を合わせ、両袖を
重ねて一方に折り、身頃を二つか三つに折る。
眉毛湿らす=眉唾(まゆつば):眉に唾をつければ狐や狸にだまされないと
いう俗信から。狐・狸は眉の本数を読むことで化かすが、唾をつける
と数が分からなくなるから? また、唾自体に霊力があるから?
忌日(きにち)=毎年または毎月の、その人が死んだ日と同じ日付の日で、
回向をする日。命日。きじつ。忌辰。
ゲンゲン花=れんげ草。
かなん=適わない→適わん→かなん。
宵の口=日が暮れて間もないころ。
ケッタイ=妙な・変な・へんてこな・おかしな・奇態な・嫌な・不思議な
など、実にいろいろな意味を含んだケッタイな言葉。エゲツナイと並
んで上方言葉の両横綱。怪体とも奇態とも希代とも卦体とも当てる。
丑満つ(うしみつ)=十二支による時刻表示。子の刻は0〜2時、丑の刻は
2〜4時、丑の刻が満る頃で3時半過ぎ。丑三つと書いて丑の刻を四
等分した三番目の頃という説もある。
夜伽=お通夜(つや)などで夜通し起きていること。通夜。
音源:桂米朝 1990/09/23 東西落語特選(NHK)
「東の旅」シリーズ
東の旅発端 → 七 度 狐 → 鯉津栄之助 → うんつく酒 →
常太夫義太夫 → 軽 業 → 軽業講釈 → 三人旅浮之尼買 →
軽 石 屁 → 矢 橋 船 → 宿 屋 町 → こぶ弁慶 → 三 十 石
【作成メモ】
●参 照 演 者:main=桂米朝 sub=桂枝雀、笑福亭仁鶴
●main高座記録日:1990/09/23 ●番 組 名:東西落語特選(NHK)
●ファイル公開日:1997/04/13 ●江戸落語相当:*
●更 新 日:2004/12/12 ●リクエスト数:
●注 意 事 項:内容を削除、追加、改訂している部分があります。
記録日のmain演者によるさげを採用しました。
|