西穂高岳
(2004.7.17〜18) 一泊二日
コース: 上高地⇒西穂山荘(泊)⇒独標⇒西穂高岳⇒独標⇒西穂山荘⇒上高地
西穂高岳には過去3回挑戦をしたが、まだ登頂を果たしていなかった。
5年前の7月に妻と二人で初めて来たときも今回と同じく上高地から入った。初日は、雲は多いものの山荘まで雨に遭うことはなかった。しかし、夜半から降りだした雨は朝にはますます強くなり、風もでてきた。私たちはあっさりと断念し、雨具つけて上高地に帰った。初日に見たキヌガサソウが強く印象に残った。
その年の9月、私たちはまた二人でやってきた。このときは新穂高温泉からロープウエイを使った。翌朝目覚めるとまた雨が降っている。ガスは濃いが時々は雨の止むときもある。行けるところまでいってみよう、と山荘を後にしたが,濡れた岩場に恐れをなし独標で引き返した。
次に訪れたのはそれから3年後(一昨年)の9月末だった。美しい紅葉の中を新しい山仲間3人と上高地から登った。このときも翌朝は雨で独標まで行くのが精一杯だった。しかしこのときは時々ガスの切れ間から周囲が見渡せ、岳沢ヒュッテが驚くほど近くに見えた。
そして、またやってきた。今度こそ山頂に!というよりは、また来ることのできた喜びのほうが大きかった。

早朝、宇都宮を出発した私たち5人は、沢渡からタクシーに乗り換えて大正池に着いた。足慣らしを兼ねての上高地散策である。花を見ながら河童橋まで来たが、曇り空で穂高の峰々も吊尾根も見えない。時々小雨が落ちてくるが雨具を着るほどではない。
河童橋を渡り、梓川の右岸を戻って登山口に着いたのは、ちょうど正午だった。気持ちを引き締めて山道に入って行く。はじめは緩やかな道だが、玄文沢から離れるようになるとジグザグの急な登りが続く。辛いところだが、ペースを崩さずゆっくりと登る。尾根にでるとほっとする。すれ違う人も少ない。3組もあったろうか。
やや平坦な道を行くと岩の多い急登がありまた少し緩やかになる。鞍部にでると急に花が増えた。
シナノキンバイ、ミヤマキンバイ、ミヤマキンポウゲの黄色。ハクサンイチゲ、サンリンソウの白。タカネザクラも一本だけ咲き残っていた。ベニバナイチゴの深紅色もある。グンナイフウロやハクサンフウロも咲いている。
そして、キヌガサソウがあった。5年前に妻と二人で初めて来た時、ここに同じように咲いていたのだった。山を始めて間もなく、花の名前もほとんど知らなかった頃のことだ。群生して咲いているキネガサソウの美しさに圧倒され、しばらく立ち尽くしていた。その名前を知ったのもそのときだった。それからこの花は二人にとって決して忘れられない花になった。




西穂山荘に着いたのは3時半だった。小雨が降り始めていた。風が強く、雲が勢いよく流れている。
今夜の客は少ないようだ。前日から連泊の3人連れと、テント場にひとつだけテントが張ってあるだけだ。ずい分少ないなと思っていたら、強風のためロープウエイが終日運休だったとのこと。ロビーで休んでいると二人連れがやってきた。新穂高から歩いてきたと言う。どうやら今夜はこれだけらしい。
翌朝、雨は止んでいたがガスが濃く周囲は見えない。風が強い。朝食の代わりにお弁当を作ってもらって5時10分に出発する。大きな石で段差のある道を登るとすぐに丸山に着き、稜線歩きとなる。花がふえてくる。相変わらずガスで見晴らしはない。歩きにくいガレ場を登って進むと岩場になる。急な岩場を登っていくと登山道の右手の岩に小さな碑が埋め込まれている。1966年、地元の高校山岳部の生徒が落雷に遭い11人が死亡13人が負傷という大惨事のあったところだ。私とほぼ同年代の人たちである。自分が高校生だったころから今までの長い年月を想い「ああ、彼らにはその人生を持つことができなかったのだ」とつぶやく。そして、今こうして健康で山を歩くことのできる幸せをしみじみと感謝する。



左:1999年9月11日
中:2002年9月30日
右:2004年7月14日
6時25分独標に着く。初めて来たときは『初心者はここまで。不安なら勇気をもって戻れ』と書かれた看板があったのだが、2002年にはなくなっていた。もちろん今回も無い。6時40分、出発
独標からのピラミッドピーク側の下りが最初の難所だ、と思って下りはじめたのだが、なんとそんな岩場が西穂の山頂まで続いたではないか。ときどき西側のガスが風に吹き払われて、笠が岳が大きく見え出した。穂高側はまったく見えない。足下にはチシマギキョウ、イワベンケイがある。イワツメクサが白い小さな花をたくさんつけている。
ピラミッドピークで15分ほどかけて軽い朝食をとる。
8時20分、ついに山頂に着いた。天候は少しずつ回復していて、笠が岳は山頂付近の狭い範囲以外はほとんど見えるのだが、奥穂高や槍の方向は濃いガスに覆われている。ほんの一瞬、少し青空が見えるときもあるので、期待しながら待つのだが無理なようだ。
奥穂高まで縦走する人が2組ほど足早に通り過ぎて行く。
ついに諦めて山頂をあとにした時は9時を回っていた。
ピラミッドピーク付近まで来ると岩が乾いてきて歩きやすくなったが、慎重にゆっ
くりと歩く。
他の登山者にはまったく会わない。西穂山荘に泊まった人たちはすでに先まで行っ
ているし、今朝になって麓から登り始めた人たちはまだここまでこないのだろう。
独標からは、ロープウエイの駅が見える。丸山から独標のすぐ下まで、登山道には
大勢の人たちがいる。ロープウエイでやって来た人たちが、ここまで来たようだ。
登りに苦労したガレ場まで来ると正面に焼岳が見えてきた。

西穂山荘の特性ラーメンで昼食にして、上高地に下った。河童橋から見上げると、前穂高から左に伸びる吊尾根が雲の中に入っている。さらにその先、雲の中から出た稜線はたくさんのピークを連ねて、少しずつ高度を下げていた。確かにあそこを歩いていたのだ。
西穂高岳は不思議な山である。子供連れのハイカーと熟達したアルピニストが渾然として歩き始めることができるのだ。天候に恵まれれば、ロープウエイでやってきて丸山まで登るのはたやすい。特別の装備もいらないし、初めて山を歩く人でも行き着いてしまう。それでもそこは、北アルプスの一角である。日本有数の山岳風景が待っている。
山の経験者であれば、そこからさらに独標まで、西穂高岳までと自分の力量に合わせた目標設定ができる。その先には日本有数の難所である奥穂高岳への銃走路があるのだ。こんなふうに初心者からベテランまでに愛される山は素晴らしい。
さらに、私は上高地から登るのが好きだ。西穂山荘まで、ロープウエイ駅からの標高差300m,1時間半に対し、上高地からは標高差900m,3時間余は確かに辛いが、必ずその苦労に報いてくれる。