早池峰

2004.8.10

コース:  河原の坊⇒早池峰⇒小田越⇒河原の坊

 「早池峰」と書かれた字を眺めても「はやちね」と声に出された音を聴いても、なんと美しい響きをもった言葉だろうか。この山のことが語られるとき、誰もがこのことに触れる。しかし、その名のいわれについてはよくわからない。一説にはアイヌ語が変じたとも言われるが定かではないようだ。
 私もこの名を聞いたとき、なんとなくロマンチックな香りを感じた。さらにウスユキソウ、エーデルワイスとなれば、憧れは増すばかりだ。
 その早池峰を訪れる機会がやってきたのだ。
 前日、岩手山を降りてから岳の民宿に着いたのは7時頃になっていた。早速夕食を食べながら明日の相談をする。河原の坊と小田越のどちらから登るか、まだ決めていなかったのだ。車は河原の坊までしか入れない。民宿の奥さんの意見も聞いて河原の坊から登ることにした。
 夜半、激しい雨音に目を覚ましたが朝には上がっていてほっとする。ガスが漂っているが次第に薄れていく。
 河原の坊には7時前に着いた。3ヶ所に分かれた駐車場にはすでに十数台の車が停まっていた。テントがひとつ広げてある。昨夜の雨を思い出した。私たちは昨夜は民宿泊まりだったがその前日はテント泊だったのだ。一日違いの天候に感謝する。

 登山口を入り何度か沢を渡って次第に傾斜を増していく。やがて沢の水も無くなっていくと岩場の急登の連続だ。一気に高度をかせいでいるのがわかる。
 すぐに森林限界を越えてハイマツ帯にはいる。この山は森林限界が極端に低く、高度計はまだ1500m付近を示している。珍しい花がある。図鑑を出して調べながら歩く。
 時間はかかるが、これも山の楽しみだ。
 花を見ながら休んでいると男性二人連れがやってきてどちらからともなく声をかける。ちょうど開けたところだったパイナップルを差し入れし、花の名前を教えあう。
 この二人連れとは最後まで前後しながら歩くことになった。福島県から来たそうで、駐車場でテントを干していたのはこの人たちだった。

 ハイマツもまばらになってくると、岩場をよじ登って行くようになる。他の山では、岩稜のルートを示すにはペンキのマーキングが多いのだが、ここは違う。道路標識のようなプレートが岩に貼り付けてあるのだ。その標識に従って慎重に登っていく。
 登山口から3時間20分で山頂に着いた。「昨日の岩手山に比べれば幼稚園のようなものネ」と勇ましい言葉がでる。
 

 山頂には石の外柵のついた祠と山頂の標識・プレートと三角点があり、
避難小屋もあった。
 岩手山はなだらかな丸みのある頂点だったが、ここは山頂まで岩峰で
ゴツゴツしている。
 山頂から避難小屋の脇を通り、木道のある平坦地を過ぎてると岩場の
下りになる。長い鉄はしごを慎重に降りる。目の前には薬師岳が端正な
姿を見せている。下をみると岩場からカラマツ帯に変わり、さらに黒々
とした林に移っていく様子がよくわかる。特にカラマツ帯と樹林帯はそ
の境界が定規で線を引いたように真っ直ぐになっている。
 五合目のお金蔵で昼食にする。すぐ傍にチシマフウロがあった。

 さらに下り始めると、少し先に見慣れた人の姿が見えた。登りのときから前後して歩いていた福島の人がいるのだが、一人しか見えないのだ。それもずいぶんゆっくり歩いている。
 樹林帯に入ってから追いついた。私たちが追いつくのを待っていたようで、登山道のすぐ脇を指差して「これ、キンリョウソウですね」と言う。たしかにギンリョウソウを小振りにして黄金色にしたものがある。私たちに教えてくれたのだ。
 「お相手はどうしたのですか?」
 「私の腰の具合が悪いので、一足先に行って小田越まで車で迎えに来てくれるんです。私はゆっくり行きますからお先にどうぞ」
 お先に行ったのだが、私たちが小田越に着いて一休みしていると彼も程なくやって来た。車を待つ彼を残し舗装道路を河原の坊に向かって歩き始める。右手には今降りてきた早池峰が、頂上まで雲ひとつ無く見えている。
 5分ほど歩くと一台の車とすれ違った。間もなくその車が後から来て声をかけ、道が直線になったところで停まった。
 「乗っていきませんか」
 見慣れた二人が乗っていた。遠慮なく乗せてもらう。
 「パイナップルが効いたかな」笑って言う。
 「いや、花の名前を教えてもらったから」と真面目な声で返ってきた。
 そんなことではないことをみんな分かっている。素晴らしい山で、山を楽しむ仲間に会えたことがうれしかったのだ。
 河原の坊では、こんなときいつもの合言葉のように「また、どこかの山で会いましょう」と言って別れた。

 実は、早池峰は私にとって特別の山だった。
 妻と二人で山を歩き始めて、ほとんどの山は二人そろって登ったのだけれど、ここは妻だけが登った唯一の山だったのだ。
 宿題を終えたようなほっとした気持ちで家に帰ってさがすと、山頂で微笑む妻の写真が出てきた。

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