剱岳・立山

2004.9.1〜4  三泊四日

コース: 室堂⇒別山乗越⇒剱山荘(2泊)⇒剱岳⇒剱山荘⇒クロユリのコル⇒剱御前⇒剱御前小舎(泊)
       ⇒別山⇒大汝山⇒雄山⇒一の越⇒東一の越⇒黒部平

 中高年になってから山歩きを始めた人たちが「夢」と憧れる山が三つあると言う。穂高岳、槍ヶ岳、そして剱岳である。なかでも剱岳は「岩の殿堂」と呼ばれ、特別の登攀具を使わないで登れる最高の山と言われている。また「頑張るだけで登れる山ではない」とも聞いていた。
 今回同行した人たち4人とは山の会で知り合い、2年余り前から一緒に個人山行を繰り返してきた、50歳代後半から60歳代の人たちである。私以外は女性であり、剱への挑戦は私を含めて初めてだった。
 しかし、このメンバーは昨年は穂高岳に行き、一ヶ月前には槍ヶ岳も制覇している。そうなれば次はいよいよ剱だ。

室堂から剱山荘、そして停滞

 宇都宮を4時に出発し、8時30分扇沢発のトロリーバスに乗ること
ができた。
 室堂は晴天だった。水を汲みパンやおにぎり少しお腹に入れ、スト
レッチで身体をほぐして出発。
 雷鳥平のテント場を過ぎるといよいよ別山乗越への登りだ。ゆっく
り歩いたのだが、休憩時間を含めて室堂から別山乗越まで2時間20分で
着く。風が強い。小屋を風除けにして昼食。目の前には剱岳が大きい。
期待と不安が高まってくる。
 大休止をして、剱山荘に向かって緩やかに下る。雷鳥沢の登りが、
予想より楽に感じられたようで、みんな元気でおしゃべりが絶えない。
 のんびりと遊びながら歩いたようだったのに、剱山荘まで50分しか
かからなかった。このころから雲が増えてきた。

 翌朝、5時に出発する予定で朝食も弁当に替えてもらい4時に起きる。ところが、夜半からの風雨が激しくなって、とても歩ける状態ではなかった。休憩室のテレビが点くと天気予報を見るために大勢集まってきた。天候は少しずつ回復傾向にあるようだが、今日中に剱を往復するのは無理のようだ。雨があがっても濡れた岩や鎖はすべって危険だ。
 そこへ、突然ニュースが飛び込んできた。昨夜、浅間山が噴火して福島県でも火山灰が降ったというのだ。もちろん、広い範囲が登山禁止になるだろう。また黒斑山に登れるのはいつのことか。
 連泊を申し込み、備え付けの写真集を眺めたりして過ごす。早朝に雨をついて出発した十数人のグループが前剱で断念して戻ってきた。昼ごろからは雨も降っているときより、止んでいるときのほうが長くなってきた。空も明るくなってきた。少し歩いて来よう。
 食堂でうどんを食べてから、雨具と水を持って小屋を出た。
 なだらかに登ったクロユリのコルからは富山湾が見えた。尾根を伝い一服剱に行く。目の前には前剱が見える。「えっ、あそこを登るの」立ちはだかる壁のようだ。そして、本当に険しいのはその先だと言うではないか。表情が暗くなり押し黙ってしまった。ほんの少し前に雷鳥の親子に会って嬉々としてはしゃいでいたのが嘘のようだ。

剱岳山頂へ。そして剱御前小舎での出会い

 翌朝目覚めると、大きな月とたくさんの星が輝いていた。風もほとんど無い。
5時出発。心配した前剱の登りも難なくこなし、精一杯岩登りを楽しんで、8時に頂上着。
白馬、五竜、鹿島槍の後立山連峰。南には堂々とした薬師岳。立山の上には槍穂。素晴らしい展望を楽しんだ。一時間も至福の時を過ごし下山にかかる。11時半には剱山荘に戻った。
 剱岳と言えば「カニのタテバイ・ヨコバイ」が有名だが、特別にその部分だけが困難なわけではない。その前後を含めて一服剱から山頂までの間全部が厳しい岩の世界なのだ。
しかし、三点確保や鎖の扱い方など基礎をきちんと学び、学んだことを確実に落ち着いて実行できれば決して恐ろしい山ではない。最大の危険は悪天候と混雑ではないだろうか。

 剱山荘から剱御前を回って剱御前小舎に着く。部屋が決められ荷物を整理して外に出て、今降りてきたばかりの剱岳を眺めていると、見覚えのある人の姿があった。確かに昨夜剱山荘で会っている。今日、剱の登山道でもすれ違った。言葉を交わしたことはなかったがどちらからともなく声を掛け合う。山小屋ではよくある場面だ。「晴天に恵まれてよかったですね」等とありきたりの話をしていると、突然、
「もしかしたら○○さんではありませんか」と私の名前を言ってきた。
いくら思い出しても、知っている方ではない。驚きに絶句していると、
「○○です」と名乗った。私の驚きはもっと大きなものになった。
 私が一年前に出版した本「ひとりあるきのはじまり」を偶然知って読んでいただき、わざわざ感想を送ってくれた方だったのだ。
同行の奥さんや、私の同行者も一緒に楽しい会話がはずんだのは、言うまでもない。

剱御前小舎から立山。もうひとつの出会い

 翌朝はガスの中だった。別山からは何も見えなかったが、真砂岳にかかる
ころから、時々ガスが切れだし室堂平や遠くの山並が見え出した。しかし、ま
たすぐに流れてくるガスに隠れてしまう。昨日の晴天に改めて感謝する。
 雄山から一の越に下り始めると、大勢の人が登ってきて大変な混雑が始ま
った。50人ほどの団体が二つつながってしまったような一群もある。今日は土
曜日、時刻は9時を回ったところである。混むのもうなずける。
 一の越も大勢の人が行き交っていた。大きなザックを下ろして休んでいる一
人の青年と同席になった。ふとそのザックを見ると雨蓋の上に小さなソーラー
パネルが着いている。
「何に繋がっているのですか?」
「携帯電話を充電するんです。長く山に入っていると電池がなくなってしまう
ので」
「どのくらい入っているんです?」
「60日くらいになります」
「えっ!」
今日は黒部湖から登ってきたのだが、スタートは親不知からで、あと50日ほどかかって太平洋に出るのだと言う。
 記念写真を撮って別れるときに「私のHPにのせても良いですか」と聞かれる。もちろんOKである。
 彼は、中村眞也君といって、本当に二日後の彼のHPにはそのときの写真が載った。

 私たちは、そこから黒部平に向かった。ガスの晴れ間に時々黒部湖を見下ろし、はるか頭上のロープウエイに手を振りながら、ほとんど人とも会わない静かな山を楽しんだ。最後になって振り出した雨の中を黒部平駅に飛び込んで私たちの「出会いの旅」は終わった。

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