至仏山

2005.5.3 日帰り

コース: 鳩待峠から往復

 まだ雪のたっぷりと残った春山の楽しさと美しさを知ったのは、去年の至仏山が最初だった。山を歩き始めた頃は冬はシーズンオフだと思っていた。やがて山の会の冬山講習会に何度か参加するようになり、雪山の歩き方を覚えてくると、黒斑山や北八ヶ岳の横岳に出かけた。自宅周辺に雪が積もった時に近郊の古賀志山に行ったこともあった。そうして少しずつ雪山の危険と楽しさを知るようになってきた昨年5月1日に、山の会の例会で至仏山に行った。
 その時、輝く雪の大斜面を歩きながら思い出していた。強風の那須では耐風姿勢の繰り返しで、ほんの僅かずつしか前進できなかったこと、ラッセルに汗を流したこと、急斜面の直登をストックと膝で一段ずつ足場を作ってよじ登ったこと。それらの先に初めて感じることのできるこの喜びがあることを。
 今年は、たくさんの春山で遊ぶことができた。3月6日社山(途中まで)、3月26日磐梯山(途中まで)、4月23日谷川岳、4月30日会津駒ケ岳。そして、また今年も至仏山に行けることになった。
 朝5時に宇都宮を出発した。同行者はつか&チコ夫妻とTさんである。私以外は雪の至仏山は初めてだ。春の至仏山に登れる期間は短い。鳩待峠への道が除雪されるのはGW直前であり、5月11日から6月末までは植物保護のため登山道が閉鎖される。この2週間ほどの間に登山者が集中するので鳩待峠の駐車場はすぐに満車になってしまう。戸倉の駐車場には特別の案内もなかったので、そのまま鳩待峠に向かった。峠の駐車場が近づくと路上駐車の車がある。7時を少し回ったばかりなのに、もう駐車場はいっぱいだった。戸倉まで戻って乗合タクシーで来ることを考えながら、車を誘導しているおじさんに声をかけると「上に一台分確保するから、このまま進んでください」と言う。ありがたい。おかげで、鳩待山荘の前に車を停めることができた。 

 峠からは至仏山の頂上がすぐ近くに見える。木々に葉が茂る夏は隠れてしまうのだが、冬枯れの今は木々の合間にはっきりと見ることができる。山頂まで直線では3キロメートル足らずの距離だ。登山道は尾根を通って大きく迂回するので5キロメートルほどになる。
 朝食をとり、身支度を整えて8時に歩き始める。最初は林間を緩やかに登って行く。間もなく雪の上に張ったテントがあった。入口に小さな鯉のぼりが飾ってある。幕営禁止区域のはずだが、雪上なら良いのだろうか。
 木々の間に見えている至仏山が次第に右手から前方に位置を変えてくると、右手後方に燧ケ岳が見えてきた。その下には尾瀬ヶ原が広がり始めた。振り返ると奥白根山がそびえている。アヤメ平も見える。雲ひとつない快晴だ。
 正面に小さなピークがあって、傾斜が増してきた。鳩待峠とオヤマ沢田代の中間にある1887mのピークだ。夏道はこの南側を通っていて南方の展望が開けるのだが、雪道は北側を巻くようになっている。従って、ここからも小至仏から至仏山が良く見えて、斜面を歩く登山者が蟻の行列のように小さく見える。
 左にすっきりとした三角形の笠が岳が見えてきた。オヤマ沢田代を過ぎて一登りすると、もう山頂まで遮るものはなにもない。夏道は稜線にあって小至仏を越えて行くのだが、今日は東側に広がる雪の大斜面を山頂に向かって一直線だ。
 その斜面をスキーで降りていく人がいる。スキーを担いで登ってくる人がいる。声をかける。
 「ここで滑るつもりはなかったのですが、この斜面を見たら我慢できなくなって・・・」
 山頂には11時前に着いた。雪はなく岩が出ていてゆっくり腰を下ろすことができた。

 北には平が岳、越後三山があり、目の下の尾瀬ヶ原を挟んで燧ケ岳が美しい。見晴十字路にあるたくさんの山小屋も見える。足元に見えるのは山の鼻だ。原の中を蛇行する川と拠水林が黒く見える。木道は雪をかぶっているが、よく見ると周囲よりも明るい白い筋になっていて、それと分かる。
 一時間以上ゆっくりしてから下山をはじめた。気温が上がり、雪はザラザラとしていてふんばりが効かない。不用意に踏み出すと大きな斜面をそのまま滑り落ちてしまいそうだ。慎重にゆっくりと進む。急いで降りてしまうには惜しい気がして、何度も立ち止まっては景色を眺めた。
 それでも、山頂から2時間半ほどで鳩待峠に戻ってきた。
 山荘でそれぞれに土産を買い、名物の「花豆ジェラード」を食べて帰路についた。

 三日たった今朝、顔を洗うと変な手触りを感じた。鏡を見ると、日焼けで皮が剥け始めていた。この時期、日焼けに要注意!!


                             トップに戻る