富士山
2006.8.21〜22 一泊二日
コース: 富士宮口新五合目⇒九合目(泊)⇒奥社⇒(お鉢めぐり)⇒奥社⇒富士宮口新五合目
私の山仲間たちは、みんな富士山が大好きだ。いつもどこへ行っても展望の良い山頂に立つと必ず富士の姿を探す。そして、たとえうっすらとでもその姿を認めると子供のように歓声をあげる。飯豊本山からさえ富士を探して笑われた(呆れられた)人がいるくらいだ。北岳や奥穂高岳から眺めた富士の美しさをうっとりとした表情で話す人がいれば、わずか標高229mのみかも山から見た雪をかぶった富士の美しさを熱く語る人もいる。Kさんの自慢は那須の朝日岳から富士を見たことで、いつも那須を歩くたびに繰り返し聞かされている。でもみんな優しいので、そのたびに感心した様子で聞いてあげている。
そんなにみんなが大好きな富士なのに、『登りたい』とは思う人は多くはないようなのだ。私の山仲間の多くが参加している山の会は創立9年目になり200回近い山行を重ねているのだが、その中に富士山の名はない。穂高や槍、北岳から飯豊、鳥海、白山、立山、白馬から鹿島槍まで制覇しているのに、である。
「富士は見る山で登る山ではないよ。一度は登っても良いけどね」「変化のない整備された登山道をただひたすらに登るだけで、つまらないよ」「登山口から頂上まで人がつながって、所々で渋滞して前へ進めない。それが夜も昼もずっと続くんだよ。小屋もいっぱいでとても眠れない」・・・云々・・・云々・・・。
『ヤマヤ』さんたちからは、富士登山についてあまり良い話は聞こえてこない。でも本当にそうなのだろうか?。「見る山」といえば、それはその山が周囲の山々から抜きん出て美しく特徴的であり、誰にでも特定できるからではないだろうか。そう、槍ヶ岳のように。いや槍ヶ岳より富士のほうが際立って美しいのは誰でも知っている。
ハイシーズンの混雑は富士に限ったことではない。室堂から雄山の間でも自然渋滞はあったし、いくつかの山小屋では、一畳に三人で頭と足を互い違いに寝た経験だってあるではないか。
なにはともあれ、仲間の一人が富士山に行きたいと言い出した。今年還暦を迎えて、その記念に登りたいのだと言う。「私がまだ若かった頃、60歳というとすごくお婆ちゃんに見えた。今、自分がその歳になって、もし富士山に登れたらすごい事だと思う」
また、その人より数年年長の人がいて、その人は毎年のようにネパールトレッキングで4〜5千メートルの高所を歩いているのだが、まだ富士山は登ったことがないので、機会があったら登りたかったというのだ。
具体的な目標ができればまとまるのは早い。私の他に富士登山経験者が2名加わり、平均年齢60歳をわずかに下回る5人の登山隊が結成された。
私は8年前にスバルラインを通って吉田口から登ったことがあるので、今度は富士宮口(表口)から登ることにした。富士宮口・新五合目は標高2400mなので頂上までの標高差は1400m足らずである。上高地の横尾から穂高岳山荘まで、広河原から北岳肩の小屋までと同程度である。今回のメンバーは全てこのコースを難なく歩いている。
しかし、標高差が同じだからといって難度が同じであるわけがない。標高1600mから3000mに登るのと、2400mから3776mに登るのとでは質的な違いがあるのだ。空気が薄いのだ。高山病の心配である。今回の山行で最も気をつけたのが高山病対策だった。
宇都宮を5時に出発して、富士宮口・新五合目に10時20分に着いた。ガスが舞い時々雨も落ちてくる。一気に2300mまで登ったので土産物屋を覗き、昼食をとり、ゆっくりと時間を過ごして身体を慣らす。12時半になってようやく出発。大きな案内板のある階段から上り始める。
すぐに六合目の小屋に着く。ここからはひたすらジグザグに登る。樹林帯を越え、ヤナギランなどの高山植物もすぐになくなって、砂礫の中にはオンタデばかり。それも九合目あたりから上はほとんど無くなった。時々青空がのぞくがほとんどはガスの中。時折小雨もぱらつく。上を見るとガスの切れ間に山小屋が点々と見える。
この日は九合目に泊まる。



日が暮れると遥か下に街の灯りが見える。きれいだ。夜中には星も見え、夜明けには薄い雲の合間に朝日の昇るのも見えたのだが、出発する頃には雨が落ちてきた。少し登ったところでガスが晴れると新五合目の駐車場が見えた。
山頂(奥社)に着くころには一段と雨が強くなってきた。山頂の休憩所は雨宿りする人で溢れている。30分ほどして雨が小止みになったので剣が峰に向う。7時20分、ついに日本最高所の三角点にタッチ。
お鉢周りはガスの中で周囲の展望も火口も全く見えない。吉田口の頂上にトランペットを持った女性がいた。愛知から来た人で頂上でトランペットを吹きたくて登ってきたのだという。私たちのためにもう一度演奏してくれた。山登りはこれが初めてだそうだ。
一回りして奥社に戻り、9時20分下山開始。12時30分無事に新五合目にたどり着いた。
「日本一の富士の山」に登って気のついたことをいくつか。
高山病
富士宮の登山口は標高2400m。この高さは北関東から岐阜県までの本州中部にしか無いものなのだ。だからバスや車から降りると身体が「フワッ」として足元が覚束なかったり、頭痛吐き気を訴える人がいる。すでに軽度の高山病である。とにかく富士山は高いのだ。富士山に次いで高い山は南アルプスの北岳だが、ここの標高は3192m。そこからさらに600mも登らねば富士山の頂上には立てないのだ。
富士登山には高山病対策が最重要課題だ。あとは良く整備された登山道に危険はないので、自分のペースでゆっくり登れば、いつか山頂に到着できる。そして、自分の足で日本最高所に立つことのできた感動は大きい。
トイレ
綺麗になっていたので驚いた。8年前に登った時には臭いが漂ってきて小屋に近づいたのがわかったものだ。臭いのために小屋から少し離れた別棟になっていて、夜には一大決心をして行くようだった。それが全部綺麗になっていた。
個室や入口のドアにロックが付いていて、百円玉を二枚入れると開くようになっている。快適にトイレが使えて山が綺麗になるのなら、日本中の山のトイレが全部有料になってほしいと思う。
山頂測候所
麓から見ると、山頂の丸い小さなピンポン玉のようなレーダードームが無くなったのはさびしい。今でも残るそのベースが、かえってあった時の姿を彷彿とさせてもの悲しい。
誰でも登る
子供から老人まであらゆる年齢の人たちが登っている。装備も様々だ。北アルプスで見られるような本格的な登山装備の人はここでは少数派だ。テン場が無いから頭が隠れるような大きなザックを背負っている人はいない。足元も登山靴、スニーカー、地下足袋からサンダルの人までいる。服装もバラバラだ。街着としか思えないような服装の人もいれば、好みのプロ野球のユニホーム姿の人もいた。
私たちがよく行く山に比べて若い人の姿が特に目立った。話を聞くと、山登り(彼らは「登山」とは言わない)は初めて、あるいはほとんど初めてという人が多い。
元気なうちにペースを上げすぎて、あるいは高山病で、または単に夜に歩いたので眠くなってか、道端で横になっている人が目立つ。これも富士山でしか見られない風景だ。
雑多な人たちが、それぞれに自分の思いを胸に富士山に登っていく。山頂まで行き着く人も、途中で引き返す人も、それなりに満足し、心に納めるものを抱えて家に帰っていくのだろう。
こうして、はるかな昔からみんなに登り継がれたのが富士山なのであろう。
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