シゴーニュ・ラスパイユ、薔薇十字団のナンバー2。
 クレインに裏切られ、リーダーのクリスも亡くし失意の内に東京を去って4か月。
 その際負った怪我で不自由だった脚も短時間なら走れるまでに回復し、顔の傷も大分目立たなくなった。
 フランス宮廷で権勢を振るった頃の財産は健在で、労働の必要もない。
 長年の目標だった機動女神の夢も消えた今、日々の目標も何もなく、優雅でありまた、空虚な日々である。
 今は傷が治っていくのが楽しみと言えば楽しみだが、それももう直に完治することだろう。
 
 しかし、財産はあるものの彼は夢と友人の二つを同時に失った。
 社交的だった性格も影を潜め、書斎で思い出にふける毎日だ。
 黴臭い書斎のテーブルの上には、数時間前にメイドが置いて行った紅茶がほぼ置かれたときのまま乗っている。
 その上質の葡萄の香りも、冷めてくすんでしまった。
 こん、こん。
 ドアをノックする音だ。
 こん、こん、こん。
「入りなさい」
 安楽椅子から体を起こし応える。
「失礼致します」
 重い扉が軋みながら開き、メイドが入ってくる。
「御主人様、お手紙が届いております」
 音をたてないようゆっくりと、慎重に扉を閉めた後、礼をして用件を伝える。
「そうか。……しかし、郵便物はまとめて状差しに置いておけと言ったはずだが……」
「承知しております。……ですが……」
「急ぎなのかね?」
「いえ、そういう訳では無いのですが……」
 メイドは敬礼の状態を維持したまま言葉を濁らせた。
「……」
 詳細を聞くよりも実際にその手紙を見た方が早い。石のように身動きしないメイドの手からその手紙を受け取る。
「……これは……」
 クラフト紙の大きめの和封筒だ。
 クリスと共に日本にいた頃は和封筒を毎日のように見ていたが、最近は目にしていない。
 微かな懐かしさと共に裏返し、差出人を確認する。
「……!」
 手が止まり、危うく落としそうになる。
「……ご苦労。もう下がりなさい。それから紅茶も下げてくれ」
「かしこまりました。……失礼致します」
 深々と頭を下げ、紅茶を持ってメイドは出て行った。
 厚手の絨毯に緩和された微かな足音が遠ざかっていった。
 差出人をもう一度確認する。
 そこには先程と変わらない字が並んでいる。
 花小金井方。大鳥居つばめ。
 住所の後には、そう書かれていた。


 最後にその姿を見たのは、出国時に空港の巨大テレビの中だった。
 いつも通り無表情な顔で、それが彼を妙に安心させた。
 人を斬る事も出来るほど鋭利に研がれたペーパーナイフの刃がするすると封筒の封を切り裂いていく。
 刃が滑っていく中、シゴーニュはつばめの事を思い出していた。
 ずっと育ててきた。娘と言って良かった。
 実際、つばめを連れて来日する際、親子と見られていた。
 クリスもクレインもいない今、つばめの事が懐かしく思い出される。

 ぷつりという心地よい感触と共に封が切れた。
 そのしなやかな指を差し入れ、中身を取り出す。
 パステルブルーの便箋が出てきた。
 無地ではあるものの、色はその年頃の少女が使うものとして申し分無い。
 しかし、無地であることがつばめらしく思えた。

 便箋を開くとかさかさ鳴った。

 拝啓 シゴーニュ様
 お元気ですか
 暑中お見舞い申し上げます
 ひばりの家で元気でやっています
 育ててくれた事、感謝しています
 ありがとう 敬具
 大鳥居つばめ

(……あんな育て方だったが、感謝はされているのだな)
 胸が熱くなった。
 こんな感じは何年ぶりだろうか。
 
 手紙に再び、ゆっくりと目を通し、封筒にしまおうとして封筒にまだ何か入っているのに気がついた。
 封筒の口を下に、底を叩くと中身が滑り落ちてきた。落ちないように掌で受ける。

「これは……」
 それは何枚もの写真だった。
 ひばり、すずめといった他の巫女達と一緒に写っていたり、一人だったりの違いはあるが、すべてつばめが写っていた。
 写真の中のつばめは、一見変わらない無表情に見えたが、シゴーニュには無表情の中にも喜びや楽しみといった感情が読み取れる。
「いい表情をするようになったな……」
 目を細め、安楽椅子に倒れ込む。
 ため息をゆっくり、肺の奥底から吐き出す。
 細めた目はそのまま閉じ、心はつばめとの想い出を探った。
(クリスも、クレインも失ってしまったが……)
 胸の熱さは止まらない。
 それどころか目頭まで熱くなってきた。


 シゴーニュに手紙を運んだメイドは代々この家に仕える家系に生まれた。10の時からここに仕え、そろそろ人生の半分をここで働いて過ごしている。
 夕食の買い出しに行くべく、エプロンを脱いでいたところ、彼女を呼ぶベルの音がした。
 慌ててエプロンを羽織り、後ろ手で紐を結び直して主の部屋に走り出す。
 ロングヘアの先をまとめたバレッタが背中に当たってちょっと痛い。
 と、廊下を走ってはいけないという小学生でも知ってる事を思い出した。
 どうもこのクセは、慌てると出てしまう。照れ隠しに頭をかくとカチューシャがずれて床に落ちた。
 直しに化粧室に行こうかなとも思ったが、急ぎの用事だったら困るので、手さぐりで直して主の部屋へ走る。
「……わたしって奴は」
 さっき走っちゃいけないと反省したばかりだった。
 この一つの事に集中すると他の事を忘れてしまう性格は、時に哀しい。
 もうどじ踏まないように気をつけて主の部屋へたどり着き、深呼吸してからノックする。
「お呼びでしょうか、御主人様」
 少なくとも仕事中猫をかぶる演技力は年々着実に増している。
 そんな自分にごほうびをあげようと、買い物帰りにケーキを食べているのは秘密だ。
 もっとも、自分の給料から食べているのでばれて困る事でもない。

「今から買い物に行くのかね?」
 シゴーニュが問う。
「はい。御食事の材料を買いに参ります」
「そうか……フォトスタンドも買ってきてくれ給え」
「……かしこまりました」
 そんな物何に使うんだろう。……十中八九写真を入れるんだろうけど。
 意外に思いつつ、断る理由も無いので了解して部屋を出る。
 扉がまた音もなく閉まる。
 シゴーニュは安楽椅子に身体を預け、メイドに頼んだ写真立ての中身を選びはじめた。
 だが、入れる写真はほぼ決まっている。
 青い制服のつばめが、微かに笑みを浮かべて写っていた。



 あとがき
 夏コミの締め切りに間に合わなかったため、コピー本感覚で書き上げてみた話です。
 
 今回の主人公のシゴーニュ。
 メインキャラなのにTBSのアンケートにもエントリーされておらず、ファンの間でも話に昇る事が少ない気がします。
 つばめちゃんの育ての親で、薔薇十字団のナンバー2と物語中大きなウェイトを占めるキャラなのに……
 判官贔屓という言葉がありますが、彼には放送時から肩入れしていました。
 それに、彼を通して書くつばめちゃんというのも面白そうだと思ったんです。
 風景や人物も、写真には肉眼ではわからない良さがあります。
 同じ事が、シゴーニュから見たつばめちゃんにも言えるのではないか。その思いがこの話を書かせました。
 
 つばめちゃんのファンの方、アキハバラ電脳組のファンの方。そして、シゴーニュのファンの方が、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
  
 2000.08 光流桜 拝