都内の高級焼肉店の、とある個室。
目の前でじゅうじゅうと焼けていく肉を、ぷちこが齢の割にしっかりした箸使いで取り、うさだの口に運んだ。
「ぷちこ! 鼻に刺せにょ」
でじこがそんな野次を飛ばすが、集中しているぷちこにはそんな野次は聞こえないようだ。
店内の空調は正常で、快適な気候が保たれているはずだが、ぷちこの額を汗が流れていく。受け取るうさだの額もじっとりと汗ばんでいる。
二人とも息を止め、その場に全員が真剣な眼差を肉に集中している。
「はい、3分終了」ムラタクが懐中時計を見て言った。
その声で、いつになく緊迫した空気が緩んだ。
ぷちこは大きく息をつき、危うく箸を落としそうになって、慌てて体制を整えた。
「お疲れさま、ぷちこ。ところででじこ!
あんた……」
うさだはそんなぷちこを微笑ましく眺めてからぷちこを労い、そしてでじこをじろりとにらむ。
「なんのことかにょ」
しかしでじこはまるで意に介さない様子でゲマをつついたり、ひっぱっている。
ゲマは迷惑そうな顔をしているが、でじこがそれを気にする事はほぼ確実にない。
「まあまあ……それより次を始めようよ」
武がこれ以上ゲマが変形しないうちに取りなして、喜美がくじを差し出す。
今でじこ達の間で行われているのは、王様ゲームの変形で、赤を引いた者が、青を引いた者に焼肉を食べさせる、というものだ。
武と喜美の時はやたら息が合っていたし、ムラタクがうさだに食べさせたときは少女マンガの一場面のようにきれいな光景で、背景に花が飛んでいるようにすら見えたものだ。
「ん〜ん…… 今度こそでじこがうさだの目の前で肉をちらつかせて食べさせない悪をしてやるにょ」
でじこはくじを眺めて、邪悪な笑みを満足げに浮かべた。
「はいはい、早く引いてね」
しかし、そう言ううさだの手には元から先まで木本来の色の割り箸が握られている。
「にょ…… ちぇ。しょうがないにょ、引くにょ……えい」
でじこががっかりした顔で割り箸の一本を握る。そして気合と共に引き抜かれたくじの先には、海のように深く空のように爽やかな青が潤沢に塗りたくられていた。
「あ、当たりだ。じゃあ、赤は……」
「でじこちゃーん!」
でじこが青だと知って、俄然赤を引きたくなったのは無論喜美と武だが、くじを作った喜美の順番は最後だし、武も何故かというかやはりというか、セットにされて喜美の前だった。
そして二人がわずかな可能性に祈るうち、二人の順番が巡って来る前に、赤の棒が引かれたのだった。
「当たりゲマ」
当たったのは、まんまるっちい黄色いものだった。マルムシとも呼ばれるものだった。でじこによればただのまんまるオバケだ。ウェストを見せてみろと言われ続けているが、それは無理な相談というものだ。
「えー……ゲマかにょー」
でじこは思い切り嫌そうな顔をしたが、武と喜美の表情はホッとしている。
二人とも、自分かお互いでなければせめてゲマに当たるよう願っていたからだ。
地味で目立たないゲマだが、ことブキミからの信頼は厚い。
「けっ、ゲマなんかと飯が食えるかにょ」
「まあまあ…… もともと私達はお相伴にあずかってるだけだし……」
「ちっ」
「ただで食べられるだけありがたいと思わなきゃ、それに、次は当たるかもしれないじゃない」
「……ま、そこまで言われたらしょうがないにょ。にんにくにょ」
「ん……準備はいいね? 10秒前だ。……5、4、3……スタート!」
陸上競技よろしくムラタクがスタートを告げた。
「でじこ、口開けるゲマ」
からだと同じくまんまるな手ではあるが、さすがに教育係だけあってなかなかに綺麗な箸使いで、肉汁の浮いたカルビを挟んで差し出す。
その顔には笑みが浮かんでいるが、でじこにはそれが思い切り胡散臭く見えた。
「にょ」観念したようにでじこが口を開ける。何もかも諦めたような顔だ。
「ゲマ…… 最上級のロースゲマ。ムラタクと一緒で良かったゲマねぇ」ゲマは香ばしく焼き上がった肉をしげしげとながめて、感心したように言った。
ちなみにゲマは知らなかったが、今日、ムラタクはぷちこの為に牛を丸ごと焼くつもりだった。
それが、直前ででじこに嗅ぎつけられおじゃんになったのだ。
「あーん」
そんな事は知らぬが仏、ゲマは何やら神妙な顔つきのでじこの口に、数枚重ねたロース肉を放り込んだ。
「……うまいにょ。やっぱりムラタクと一緒に来て良かったにょ」
うさだの鼻に割り箸を刺して鼻血ぶーにしたかったとか、そんなことが吹き飛ぶうまさだった。
牛丸ごとには及ばないかもしれないが、今でじこ達が食べている肉は、都内有数のこの店が常時用意しているメニューの中では最高級のものだ。うまいのも当然といえる。
そんなでじこを見て、無理矢理着いて来たんじゃないか、とムラタクはほんのちょっとだけ思った。
ちょっとだけというのは、ぷちこが一生懸命うさだに肉を給仕する姿を見て、そんなことはどうでも良くなっていたからだ。
なお、彼がぷちこの為に取り寄せておいた最高級、契約飼育の米沢牛は解体されて、翌日以降この店を訪れた客の舌を喜ばせることになる。
結局損をしたのはムラタクということになるが、彼も別に気にしていないのでそれでいいのかもしれない。
「よくかんで食べるゲマよ」
よくかみもせずぐいぐい飲み込んでいくでじこに、ゲマがそう注意した。
「うるさいにょ、そんなこどもじゃないにょ」と口では言い、むかついたような顔もしたが、そのゲマの言葉以降、でじこの口は良く動いてかみはじめた。
(そういえばでじこが子供の頃、こうやって食べていたゲマねぇ……)
箸が使えない子供には、大人が食べさせてやるものだ。ゲマはでじこのそんな頃を思い出して懐かしい気分になっていた。
「ほらゲマ、はやくするにょ!」
そんな想い出に浸っていたゲマを、照れたようなでじこが急かす。
「はいはいゲマ」
ゲマは『しょうがないなぁ』という顔をしながら、今度はレタスに包んだ肉をでじこの口に放り込んだ。
「ゲマ! どんどんやれにょ!」
レタスをしゃくしゃくとかみくだきながらでじこが皿に爪を当てて鳴らし、急かす。
「はいはいゲマ」
今度は厚めの肉を取り、小皿を左手で添えてでじこに差しだした。
(でじこの顔……口からバズーカの時のぴよこに似てるわね)
大きく口を開けたでじこを見て、うさだはそう思った。