うーん、いいお湯。
本当に、この家のお風呂は最高だわ!
ママと住んでた横浜のマンションじゃ、足を伸ばしてお風呂に入れる事なんてとてもできなかったけれど、このお風呂では足を伸ばすどころか、泳ぐ事だって出来るもの……
修学旅行で泊まった京都のホテルのお風呂も大きかったけれど、それでもこの大浴槽より小さいんじゃないかしら。
それに、ホテルのお風呂にはジャグジーは付いていなかったわ。自宅のお風呂にジャグジーがあるなんて、結構すごい事よね。
そんな大浴槽だけでもすごいのに、他にもひょうたん形のお風呂に、ひのきのお風呂に、露天風呂まであって、毎日どのお風呂に入るか迷っちゃう。
旅行番組でいろんな旅館のお風呂を見るけど、この家のお風呂に勝てるところはいくつあるかしら。
都内だから景色は山や海には負けちゃうけど、お風呂そのものの内容なら、ほとんどの旅館のお風呂に勝てるわね。
でも、種類の多さや内容よりも、私にとってなによりうれしいのは、お姉様と同じお湯につかれるって事。
このお湯にお姉様がつかったのね、とか、私のつかったお湯に今お姉様が……なんて考えるだけで胸がドキドキしちゃう。
ずっと夢見てた事が、今本当になったんだもの…… 生きているって素敵だわ。
……あら? 更衣室に誰か入ってきたみたい。誰か入るのかしら?
この家は人数が多くて、ひとりずつ入っていたら最後の人は真夜中になっちゃうから、わかしたらあとは好きなときに入るって事になっているの。だから、誰かが入っていても、他の人が入ってくる事も多いんだけど……
出来れば、雛子ちゃんや亞里亞ちゃん以外の人だといいな。
無邪気なふたりを見てるのも楽しいんだけど、今日は疲れちゃったから、おちびさん達と一緒なのはちょっとつらいと思うの。
雛子ちゃんはすごく元気で一緒に入るとすごいエネルギーを使うし、亞里亞ちゃんはぼーっとしてるから注意してみてなくちゃいけなくて、精神がすり減るから……
おちびさんはひとりで入れないから、誰かが一緒にいて挙げなくちゃいけないって言うのは、わかるんだけど、今日はパス。
あ、曇りガラスに人影が…… そんなに小さくはなさそうだけど……ってことはおちびさんたちじゃないかな?
どきどきしながら見ていると、からからとガラス戸が開いて、すらっとした脚が……
あっ!
「きゃーっ、お姉様!」
入って来たのは、眞深お姉様でした。
「なんだ、咲耶ちゃんか」
お姉様は私の声に驚いたのかこっちを見ました。
それから、浴槽のお湯を手桶に汲んで、身体と髪を洗い始めました。
ときどき、しぶきが私の顔まで飛んで来ます。お姉様のからだを伝ったお湯のしぶき…… ちょっと冷たくて、火照った顔に気持ちいいわ。
私達姉妹って、お姉様と同じお湯につかれる事はあっても、お姉様と一緒に入れる事なんてほとんどないの。
それが今、一緒に入れるなんて……いい事が起こりそうな予感がするわ。お姉様と一緒にお風呂に入れること自体がもうすごくいい事なんだけど。
私……幸せ過ぎて……どうにかなっちゃいそうだわ……
お姉様が体を洗い終わりました。
もちろん、私はその一部始終をしっかり見届けたわ。
「お姉様、こっちこっち」
私が手招きすると、「しょうがないなぁ」と言いながらも、お姉様はちゃんと私のとなりに来てくれました。
この広いお風呂なのに、ちゃんと側に来てくれるなんて、少なくとも嫌われてない証拠よね。もちろん、お姉様は私を愛してくれてるって、信じてるけど。
それにしても……
いつものお姉様も素敵だけど、お風呂に入ってるお姉様も素敵!
タオルで髪をまとめて上げているから、いつもと違った魅力があるわね。澄んだ瞳に、きれいなうなじがよく見えるわ。
そして…… いつもは服越しに見ている、お姉様の首から下……
とっても大人っぽいのに、すっごく清純な感じなの!
んもう、お姉様ったら、お化粧とかあまりしないのになんでこんなにきれいなのかしら!
パパも、お姉様のお母さんも美男美女だったけど、それにもましてお姉様は美人。
私、お姉様みたいな女の人になりたいと思い続けてきたけど、やっぱり、お姉様には敵わないな……
私がそう思ってるって知ってるのかしら、お姉様。
「……そんなにじろじろ見ないでよ、咲耶ちゃん」
「お姉様ったら、恥ずかしがることないのに…… 妹とお風呂に入るなんて、とっても当り前の事じゃない」
むしろ、これまではお姉様と離ればなれだったんだから、それを取り戻すくらい、いっぱいいっぱいしなくちゃね。
「そういや、もうすぐ春歌ちゃんの踊りの発表会だね。咲耶ちゃんも見に行くんでしょ?」
私とお姉様は、いろんな話をしました。
学校の話、社会の話、流行の話……そして、お姉様と私の妹の話。
「んもう、お姉様ったら。私とふたりでいるときは……私の事だけを考えて欲しいな。そりゃあ、私も妹達は可愛いけど、せっかくふたりきりなんだもの……」
「そういう咲耶ちゃんは……」
「もちろん、いつもお姉様の事を考えているわ」
私が胸を張ってそう言うと、お姉様は納得したように頷きました。
「そっか…… そう言うと思った」
「ふふ、いい傾向だわ。私のこたえが予想できるなんて……それだけ私の事を想っているってことだもの」
「なるほど。わかったよ、なるべく気をつける」
お姉様はそう頷いてくれました。
そこで満足すればよかったのに…… 私、つい、聞いちゃったの……
お風呂の中って、湯気がただよってたり、声が響いたり、いつもとはどこか違う雰囲気だから……
「ね、お姉様…… お姉様は、私と一緒にいて他の女の事を考えるような……浮気性じゃないでしょう?」
我慢できなくて言っちゃって、すぐに、あっ、しまった、どうしようって思いました。
でも、そう訊ねれば、きっと『うん』って頷いてくれるって思ったのに……
お姉様は、私の後ろを見ながら言いました。
「わからないよ、あの親父の娘だもん」
「お姉様……」
そう……確かに、パパは正妻の、お姉様のお母さんの他に十二人の妾を持っていて、だから私が産まれたんだけど……
お姉様は、確かにパパと似てるところもあるけど、顔とかいいところだけ似ていて、浮気性のところは似ていないって、そう信じてる。そして、疑った事なんか、一度もなかった。
だけど……
お姉様の口から、パパが浮気性だってことを言われると、その気持ちも揺らいでいくようで……
お姉様の言葉は、どんな時でも私の心を大きく動かす物だから。
瞳に映るお姉様の姿が、だんだんぼやけていきました。
そしたら、お姉様は窓の外を見ていた視線を目の前の水面にうつして、小さな声で話しはじめました……
「……わかってる…… わかってるけど、咲耶ちゃんとふたりでいると、なんか……恥ずかしくてさ。
ダイレクトな愛情表現、慣れてないから…… だからいつも皮肉っぽくかわしちゃうんだ。
……ごめん」
お姉様は、そう言って頭を下げました。タオルと、タオルでまとめられていた髪が水中にすべり落ちて、花の香りと、微かな体臭がしました。
「お姉様……」
私の声、震えてる……
空気が重くなったように感じられました。
やだ……こんな空気になるくらいなら、ほかの妹たちの話をしてくれた方が、よっぽど……
なのに、私、なんて言ったらいいのかわからなかった。なにをしたらいいのかわからなかった……
私に出来たのは、いつの間にか近づいてきていた、浮かべっぱなしのおもちゃをいじる事だけ。
それをやめることさえ出来なくて、頬を伝う物を拭うことも出来ませんでした。
結局、さきにこの空気を破ったのはお姉様でした。
「咲耶ちゃん、背中流そうか?」
「うん…… お願い。……優しくしてね?」
私は、そう言うのが精一杯でした。
でもお姉様は、私が無理して強がっているのに気付かないふりをして、いつものように軽く頷いてくれました。
「うん」って、水の中からタオルを拾い上げながら。
「……ありがと」
お姉様って、確かにいつも斜に構えたところがあるけど、でも、いつだってこんなふうにさりげなく優しいの。
……だから……大好きよ、お姉様。
お姉様のタオルが、私の背中を優しく滑っています。このタオル、さっきお姉様が自分のからだを洗って、頭に巻いてたタオルよね。
椅子や手桶のひのきの香りに混じって、お姉様のシャンプーの香りがするわ。
そのタオルが今、私の背中を行ったり来たり……まるでお姉様に直接さすられているよう。
お姉様のなめらかな指が私の背中を這い回って…… 甘がみするように爪を立てるの。
……いけないいけない、こんな考えがお姉様をとまどわせているのよね……
「お姉様……」
「うん?」
「私も……ちょっとやり過ぎかなって思う事もあるの。
客観的に、可憐ちゃんや春歌ちゃんが私と同じような事をしてるのを見るとそう思うわ。
こんなんじゃ、お姉様が私達の事持てあましても仕方ないわよね……」
「確かにね。……でも、私は結構……気持ちいいよ」
「え?」
私が反射的に聞き返すと、お姉様は通る声でゆっくり喋りはじめました。
「私、ずっとひとりだったから。
親父は日本中、時には世界中を飛び回ってたし、おふくろは家にいたけど、趣味で忙しかったから……家ではいつもひとりだった。家ばっかり広くてさ、誰もいない広い家って寂しいもんだよ」
お姉様はそう言いながら、その声を消すように私の背中に勢いよくお湯をかけてくれました。
勢いが付いたお湯は、背中だけじゃなく胸の方まで来ました。
「私も……家族はママだけだったし…… 寂しかった。でも、お姉様に会ってからは、こんなに素敵なお姉様がいるんだ……って、ママの他にも家族がいるんだって、それが心の支えだった……
だから……だからね、お姉様と一緒に暮らせる様になって……本当にうれしかった」
「そう? こんな姉でも?」
お姉様は悪戯っぽく聞いてきたけど、私のこたえはいつもひとつ。
「お姉様だからよ」
「……そっか……ありがと。私も咲耶ちゃんみたいな妹がいて良かったよ」
「私がいて……よかった?」
「そうだよ。咲耶ちゃんって、しっかりしてるからさ。咲耶ちゃんを見てると、私もしっかりしなくちゃって思う。
それに、私の前だと妹いもうとしてるけど、他の子の前だとお姉ちゃんになるじゃない。私ひとりじゃ目の届かないところを咲耶ちゃんが見てくれて、助かってるよ。
贔屓目かもしれないけど……いい妹だと思ってる。
……はい、終わり」
言い終わると同時に、お姉様は私の肩をぺちんと叩きました。
お風呂場の中だからエコーのかかったお姉様の声は……私には、どんな音楽よりも素敵に聞こえました。
私みたいな妹がいて、よかった……
お姉様が、そう言ってくれた!
私、うれしくて、
「お姉様、今度は私が背中流したげる」って、自分でも浮かれてるな、って思う声で言いました。
「うん。優しくしてね」
「もう……当り前じゃない」
「や、咲耶ちゃんがさっきそう言ってたからさ」タオルを洗面器で洗いながら、お姉様はそう言って笑いました。
「うん…… お姉様の洗い方、とっても優しかったわ。肌の上を滑らかに滑って行って、とってもさっぱりするの。私もラブを込めて洗うわね」
「ああ、お願いするよ。……しかしどんなんだ? ラブを込めた洗い方って」お姉様は絞ったタオルで髪をまとめました。お姉様、とっても絵になる仕種、素敵よ。
「ラブはラブよ……うふふっ」
ラブは、言葉にならないもの。行動で示します。
……私のボキャブラリーが少ないからじゃなくて、ほんとにそう思ったからよ……?
タオルをお湯でゆすいで、ボディーソープのポンプを三回押して、泡立てて。
丁寧に……お姉様のお肌を傷つけないように、私の精一杯で……
あっ、お姉様の髪のにおい。お姉様の背中に注意してたから気付くのが遅れたけど、お姉様の頭がとっても近いわ。
さっきはゆっくりかいでいられなかったけど、お姉様の髪はシャンプーの花の香りと、微かな体臭がして……とってもいいにおい。
お姉様の体臭って、ちょっぴり私の体臭に似てるわ。姉妹だから、当り前なのかもしれないけど…… 私、とてもうれしい……
……うふふっ、これくらい、いいわよね?
「……ん? 咲耶ちゃん今……何した?」
お姉様って、背中敏感なのね。それとも私がしたからかしら?
「キス」
「おい…… ま、いっか。どうせ洗い流すしね、キス位なら…… さすがになめられたら嫌だけど……」
ちょっと調子に乗り過ぎちゃったかな、怒られるかな……って思ったけど、お姉様の反応はあっさりしてました。
「あ、そっか…… なめとけばよかった」愛し合うふたりだもの、そのくらいは当然よね。
「おい……」
「ウフフッ、お姉様の背中……とってもおいしそうね」
亞里亞ちゃんがお菓子を見て言うように言いました。私、亞里亞ちゃんに好かれて一緒にいることが多いから、亞里亞ちゃんのまねならちょっとした物なのよ。
でも……お姉様の背中、本当になんだか美味しそう。
背中に付いた泡が、昔お姉様と喫茶店に行ったとき食べたパフェのクリームみたい……
そう思えるのってやっぱり、私がお姉様を愛しているからかしら……
食べちゃいたいくらい好きって、よく言うけど……
「やんなよ?」
「我慢できるかなぁ、私」
「できなくてもしろ。ボディソープは甘そうな香りだけど苦いぞ。この前亞里亞ちゃんがなめて泣いてたからな」
「ウフフ……流してからなめれば平気よ」シャワーのコックをひねると、すぐに温かいお湯が出てきました。
「それに、お姉様だったら、どんなに苦くても私平気よ」
笑う私に、お姉様は肩をすくめて苦笑しました。
お姉様、私、幸せよ。
お姉様と『裸のつきあい』が出来るなんて…… 同じ釜のごはんは食べたし、お姉様との絆がどんどん深まっていくんだもの。
このまま……ずっとふたりでお風呂に入っていたいな。
そんなのは、無理だってわかってるけど……ね。
だけどお姉様…… 私……本当に幸せなのよ。今日の事は、ずっと忘れないわ。
「咲耶ちゃん」
水音の中、ぼーっとしていた私をお姉様の声が引き戻しました。
「え? な、なに、お姉様」
「そろそろいいんじゃない、シャワー」
お姉様の身体の泡はすっかり流れていて、お湯はきれいな肌の上を流れていました。
「あ……そうね」
「それじゃ、最後に肩まで浸かって百数えるよ」
「うん」
「ずるは駄目だよ?」
「わかってる。それじゃ私が数えるわね。いーち、にーぃ、さーん……」
お姉様……
こうしてふたり一緒にお風呂に入れるなんて、私、お姉様と同じ女に生まれて良かったわ。
お姉様が好きだって言うと馬鹿にされる事も多いけれど、異性同士じゃわからないこともわかるもの。
ねえ、お姉様。またいつか、背中の流しっこしましょうね。
その時は…… いっぱいいっぱい、お姉様の背中にキス、するんだから。
うふふっ、ラブよ、お姉様……