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卒業生が書いた記事──翼・リレートーク62 |
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山本麻衣子さんからご紹介いただきました岡本真未と申します。実は私は今年の3月に念願の通訳士に合格したばかりの新参者です。合格を知った時は本当に嬉しかったです! でも「通訳士」は決してゴールではないと思いますので、今後も諸先輩方のご指導を賜りながら常に“もっと上”を目指して切磋琢磨して参りたいと思っております。皆様、どうぞよろしくご指導くださいませ。 さて、今回のテーマは「文化と通訳者」です!他の方の文章を拝見すると、皆さんご自身の体験などをとてもユーモラスに書いていらっしゃるので、「『文化と通訳者』なんて堅苦しいテーマはそぐわないかなあ・・・」とも思ったのですが、このテーマに決めた背景も踏まえて今日はこのテーマで書いてみたいと思います。どうかお付き合いください! 私は現在大学院に通っていて、“異文化コミュニケーション”を勉強しています。皆さんはNOVAのコマーシャルをご覧になったことがありますか? どこから見ても“こてこての日本人”という雰囲気の人がフランス語を流暢に話したり、“金髪で青い目の外国人”が大阪弁を話したりして、最後に宇宙人(?!)が大阪弁で「ま、異文化コミュニケーションっちゅうことやな」と締めくくるあのコマーシャルです。すごく面白いですよね! あのCMに代表されるように、最近では異文化コミュニケーションという言葉をよく耳にするようになりました。ちょっとしたブームになっているのでしょうか。「このブームに乗じて・・・」というわけではないのですが、今ちょうど私自身が異文化コミュニケーションに大変興味を持っているので、大学院でこれを勉強することにしたわけです。 なぜ興味があったのか? これをお話すれば、今回のこのテーマ設定の理由がおわかりいただけると思います。私は海外に留学した経験もなく、ずっと日本人の中で過ごしてきましたので、コミュニケーションに関して別に不自由を感じることもなく、日頃コミュニケーションや文化について特に意識することはありませんでした。それが、手話やろう者との出会いによって初めてコミュニケーションや文化について意識するようになったのです。なぜかと言うと、日本語と違う“手話”という言語を話すろう者の行動様式や価値観は我々とは明らかに違う面があることを身をもって体験したからです。このことは初めは不思議に感じられましたが、言語が違うし環境も違うのだから我々と違った面があるのは、よく考えれば当たり前だと気づきました。そして、自分とは違う文化としてのろう者の文化(行動様式や価値観)に興味を持つようになったのです。 「文化が言語を規定する」と言われるくらい、文化と言語は密接な相互関係があります。例えば日本語には間接的な言い方がとても多いです。「この部屋、なんだか暑くありませんか?」という言葉が「窓を開けてください」を意味する場合がありますよね。皆さんは普段意識していないと思いますが、「暑くありませんか?」と言われたら自然に「そうですね。では窓を開けましょうか」と反応しているはずです。こうした自然な反応ができるのは、皆さんが日本人で皆さんの中に日本文化が染み付いているからです。この間接的な言い方は日本人の“遠慮”や“察し”の価値観と深く関わっています。相手が遠慮してはっきり言わなくても、日本社会では相手の言いたいことを察するのが普通です。これは日本文化に特有のものであり、世界共通ではありません。例えば、日本語を勉強中のアメリカ人留学生に同じように「暑くありませんか?」と言ったら、彼は「そうですね。暑いですね」と答えるでしょう。彼はまだ日本文化を知らず、その言葉の背後に「窓を開けてください」という意味が含まれていることに気づかないので、「暑い」と言われて素直に「そうですね」と答えたわけです。この例からもわかる通り、文化と言語は密接に関わっており、言語を学ぶ時にはその文化も知らないと真の意味でのコミュニケーションはできないのです。 さて、話を手話とろう者に戻します。手話を話すろう者は我々とは行動様式が異なるし、異なる価値観を持っています。私は手話を勉強し始めて、「手話だけではなく、ろう者の行動様式や価値観まで理解しなければ本当の意味でのコミュニケーションはできない」と実感しました。文法的には完璧な言い方をしても、それがろう者に誤解されたり、怒らせたりしてしまうことがあったからです。それは私がろう者のやり方(文化)を理解していなかったために起こった文化摩擦だと言えます。通訳をするようになってからは、聞こえる人とろう者との間に文化摩擦が起こらないように文化まで通訳するのが通訳者の仕事なのだと実感しました。実感すると同時に、それは本当に難しいことだと再認識したのです。 皆さんも同じような経験をお持ちではないでしょうか? 理由まではわからなくても、「なぜ誤解や摩擦が生じるのだろうか?」と通訳をされていて思ったことはありませんか? その原因は文化にあったのです。 私が通っている異文化コミュニケーション研究科には英語通訳者の方もいて通訳について色々とお話しする機会があります。そんな時にいつも話題になるのは、やはり「文化を通訳することの難しさ」です。通訳者は言葉をそのまま通訳するだけでなく、文化まで通訳する必要があるというのは英語通訳者の方や大学の教授も含め皆さん共通の考え方です。「そのためには通訳者が双方の言語だけでなく文化についても精通している必要があるというのはよくわかるけれども、自分の育った文化と異なる文化を完璧に理解すること自体が難しいし、通訳場面で適切に文化を通訳するのは本当に難しい」と皆さん口を揃えておっしゃっています。 手話通訳者の場合も同じですよね。日本語と手話に長けているだけでなく、日本文化とろう文化の双方を十分に理解していないと真の意味での“コミュニケーションの仲介者”にはなれないと思います。聞こえる人がろう者に「暑くないですか?」と言った時に、もし手話やろう文化では間接的な言い方をしないと知っていたら「暑くないですか? 窓を・・・」と少し加えることが文化を通訳するということであり、それが“コミュニケーションの仲介(=通訳者の役目)”ということなのだと思います。でも、「言うは易し行なうは難し」で、本当に難しいと毎日感じています・・・。 では、そろそろ次の方にバトンタッチしたいと思います。次は愛知県の鈴木和子さんです。私が本当にお世話になっている方です。鈴木さん、どうぞよろしくお願いします! (日本手話通訳士協会機関紙『翼』127号・2002年8月1日発行より。日本手話通訳士協会の許可を得て転載) |
