Japanese Only / 成人片麻痺の寝返り・起きあがり動作:床上動作での支持面への適応1999年4月

成人片麻痺の寝返り・起きあがり動作;
床上動作での支持面への適応



山梨温泉病院 理学療法士 伊藤克浩

要旨
 歩行や立ち上がり動作がある程度可能でありながら、ベッド上の起居動作になると寝返りや起き あがり動作が困難、もしくは多大な努力を要して麻痺側上下肢の連合反応が増強してしまう脳卒 中後遺症患者は少なくない。

 それらの症例の多くが、非麻痺側方向に起きあがったり寝返ったり する際に、ベットの端まで充分な空間があるにもかかわらず一応に恐怖感を訴える。また、同時 に非麻痺側の過剰筋緊張を伴う急激で粗雑な動作が運動の開始から観察され、非麻痺側への重心 移動が充分に起こる前に非麻痺側上肢でベッド面を強く押しつけ麻痺側の連合反応を助長させる。

 治療においては仰臥位から姿勢筋緊張の調整と支持面への適応、そして視覚の影響を考慮した介 入を同時進行的に図っていく必要がある。以下に片麻痺例で治療と成果を示す。

1.序
 我々が効率よく寝返り・起きあがり動作を行う際には姿勢筋緊張と運動のコントロールが重要 である。特に抗重力的屈曲活動に必要な体幹・骨盤周囲の安定性(postural stability)と、そ れと同時に保証される上部体幹・背部の運動性が要求される。

姿勢筋緊張は中枢神経が諸環境と関わるときに変容(modulate)し、身体を環境に適応するた めの基本的姿勢運動を準備することができる。1)

 しかし、成人片麻痺者の多くは背臥位の姿勢であっても次の運動に移っていけるような変容性 のある姿勢筋緊張にはなっておらず、運動の開始から努力を伴った非効率的な動作を行う。それ らの過緊張は相反的に抗重力屈曲活動に必要な筋群、特に下部体幹前面筋の姿勢筋緊張を抑制し、 姿勢変換に必要な筋活動の準備状態を阻害する。

 背臥位姿勢、背臥位から側臥位への寝返り、そ して坐位姿勢への起きあがりについて姿勢筋緊張と運動のコントロール、そして視覚も含めた支 持面への適応関係について仮説を論じることにする。

2.背臥位
 成人片麻痺者において、背臥位が一見安定した姿勢であるにも関わらず、全身的、特に非麻痺側 に過剰筋緊張を呈する症例に遭遇するのは稀なことではない。その理由に姿勢筋緊張に影響を与 える諸要素がある。

 1つ目に、背臥位において支持面に接する一つ一つの身体部位は胸郭・骨盤・後頭部・踵等々、 の構造が解剖学的に船底型に近い構造であり、それら一つ一つのパーツが筋活動により結びつい て、はじめて支持基底面の広い安定した背臥位姿勢になると言う特性がある。発症初期に体幹前 面筋や股関節周囲筋の筋緊張が低下し、体幹・骨盤と麻痺側上下肢が繋がりのない状態では、安 定した支持基底面とはなりにくい。

 2つ目にはたとえ解剖学的・構造的に安定している状態であっても麻痺側からのよりどころの ない感覚入力は麻痺側支持面からの情報を遮断することとなり、上記に加えて麻痺側に「吸い込 まれそうだ」と患者に言わしめ、非麻痺側の過剰筋緊張を助長する。結果的に非麻痺側からも姿 勢安定のために手がかりとなり得るような知覚情報は得られなくなる。

 3つめに統括されない「視空間知覚」を基盤とした成人片麻痺者の背臥位においては、異常な 形での接触面への固執として、最大抵抗を求めて非麻痺側接触部で支持面を押しつけ、視覚自体 の探索の基準が失われるという知覚的要素の問題側面をも併せ持つ。2)

我々が背臥位になった際には、小さな動きではあるが、引きつれた皮膚をそのままにしたりせ ず、アジャストメントするような探索反応が身体背面全体に起こっている。また、視覚の端でと らえられた支持基底面の情報がさらにその環境への適応を保証している。成人片麻痺者において 過緊張状態で押しつけられた身体背面では、筋・皮膚ともに探索的な動きを作り出すことが出来 ず、ますます支持面からの安定した情報は遮断される傾向となる。

 治療においては、背面の皮膚や筋群の本来の探索活動を促しながら体幹前面筋群の活性化を図 り、そして視覚自体の探索基準を周囲の支持面の「きめ」の変化等から自分の接する支持面とつ ながった支持面であるという情報として提供していく。3)状況によっては非麻痺側手掌面・手 指で支持面を知覚的に触れるという準備が有効な場合もある。4)また、それらは治療上、同時 進行的に行われる必要がある。

3.側臥位への寝返り
 背臥位から側臥位までの寝返り動作において重要な要素となるのは、順次重心が移動していく次 の支持面への適応という事になるが、寝返り動作は運動の開始から背臥位姿勢での姿勢筋緊張の 影響を強く受けるため、前述した背臥位での準備・調整は不可欠となる。姿勢筋緊張としては下 になる側が支持面との関係を取りながら伸張されて行くという要素が重要となる。

 また、柏木は寝返り動作において「一側が空中に浮き上がるときには、代償固定部の過剰筋活 動が一層強まり殆ど唯一の姿勢保持に関する手がかりとなる。従って、身体の移動方向は空中へ の浮き上がりにとなるとともに、患者の主観的動作イメージもまた、視点のより高い位置への浮 上ということになりやすい」と視知覚的側面の問題を指摘している。2)

 これらのことから、非麻痺側を下にした側臥位に寝返りしていく動作の際に、臨床において運 動学、力学的問題として指摘される麻痺側肩甲帯の後退や麻痺側上肢が後方に残されるといった 現症、また胸郭や脊柱の運動性の低下は、支持面への不適応による非麻痺側の過緊張によっても たらされた連合反応の構築化や姿勢の過剰固定によって2次的に生じた問題であると仮説を立て ることもできる。

 しかしながら臨床的にはこれらの痙性等による運動性の障害は、実際の寝返り・起きあがり動 作の阻害因子となることは避けられないため、事前に治療的介入が必要である場合が多い。

 これらの事を考慮すると寝返りそのものの治療場面では自分を支持する支持面・重心移動する 先の支持面を「きめ」の変化がわかるまで目を接近させ視覚的によく捕らえさせたり、非麻痺側 手掌面で知覚的に触ったりして視覚的・触運動覚的に支持面との関係を作りながら、できるかぎ り患者に重心が浮き上がるような感覚を感じさせないような誘導を行う事が姿勢筋緊張の調整と 同時進行的に行われる必要がある。

4.側臥位からの起き上がり
 動作としての成人片麻痺者の失敗は背臥位姿勢から側臥位を経由しないで直接的に重心を持ち 上げようとして非麻痺側上肢(特に肘)で支持面を押しつける動作から始まる場合が多い。

 視知覚的な問題としては柏木が「坐位姿勢に於いては、下方への視界が広がり常に支持面の延 長である平面は視界の中にあるが、そこには高低差という新しい要素が加わる。臥位姿勢に於い ての平面の知覚は、断崖ではなく連続する支持面の存在を保証するが、坐位姿勢に於いて平面の 知覚は、支持面から高く立ち上がった自己を際だたせる。従って、寝返り以上に問題は深刻にな ってくる」と述べている。2)

 姿勢筋緊張の面でも背臥位での伸筋優位を引きずった抗重力屈曲活動が起こりにくい状態では、 起きあがり動作そのものを努力性の動作に陥らせるだけでなく、一層高い場所へ重心を持ち上げ る感覚を片麻痺者に与える。4)

 また、端坐位になった後も伸筋優位を引きずった姿勢筋緊張であれば、地面までの距離感を遠 く感じさせる事となり、その視知覚の問題は立ち上がりや立位、歩行にまで影響することとなる。

5.片麻痺症例での治療例
 症例は74歳男性。発病平成10年11月21日、当院入院平成11年2月2日である。治療開始当時 の背臥位姿勢は図1のごとく後傾部で枕を押しつけ、非麻痺側(左)に側屈、また非麻痺側肘で 支持面を押しつけている。背部の過緊張は皮膚の引きつれどころか姿勢そのものの非対称性すら 修正できない状態を作り出し、腹部前面筋の働きを抑制しているように見える。

 その状態から起きあがり動作を行うと、図2の様に麻痺側の腹部の筋活動は抑制され、相反的 に麻痺側肩甲帯は挙上後退して動作を阻害している。症例は仕方なく非麻痺側下肢をプラットフ ォームに引っかけ何とか起きあがろうとするが麻痺側下肢が連合反応で内転してきて起きあがり 動作が不可能な状態であった。

 療法士による治療の一部を紹介する。背臥位姿勢での非対称姿勢と非麻痺側の支持面への過緊 張状態での押しつけを改善するため図3のごとく、療法士左手示指・中指で胸郭の浮き上がりを 止め、母指・手掌面で腹部前面筋の働きを促しながら、同時に療法士右手にて骨盤後傾位での左 右傾を分離運動として実現させていった結果、体幹の側屈と背部の支持面への押しつけが軽減し た。

 図4のごとく、背部の支持面への適応反応を促すために紐を背部に通していく活動を行った。 療法士は紐により故意に背面皮膚が引きつるように刺激を入れ、患者が自立的に背部をアジャス トメントして修正し、紐を通していく反応を待ちながら腰部から後頸部に渡って紐を通していっ た。刺激を入れる際に脊柱を持ち上げるような刺激が少しでも入るとブリッジ活動になって背部 の筋緊張が高まるため、左右に細かな重心移動が起こりながら、紐が通る側の皮膚や肩甲帯が刺 激に対して自立的に反応してくるように待つ配慮が必要であった。結果、背面が支持面に対して 適応し、腹部前面筋が働きやすい準備が得られた。

 寝返り動作の治療は図5のごとく前面から安定した情報が入りやすくなるように枕を抱えるよう にして行った。まず自分を支持する支持面が身体と繋がりを持てるように目をシーツに近づけて いくように促しながらプラットフォーム下の地面(床)ではなくプラットフォーム上のシーツに 視線が近づくように促し、シーツの「きめ」の変化を知覚して側臥位への過剰努力のない重心移 動を促した。

 同時に療法士は麻痺側肩甲帯と下腿をキーポイント(key point of control)として使い、患 者の身体を通して下の支持面を途切れることなく感じながら麻痺側胸郭と骨盤の間の連結を促し た。患者にとって重心が浮き上がるような感覚を出来るだけ避けることが重要である。





 起きあがり動作の治療は本症例の場合ほとんど介入することなく1週間の治療により図6のごと く起きあがり動作の自立に至った。床上での重心移動を伴う諸動作獲得のための治療には姿勢筋 緊張の調整と支持面への適応が同時進行的に行われる必要があり、療法士の介入がこの視点でな されたことが機能改善につながったといえる。2)5)










6.まとめ
 片麻痺症例における寝返り動作、起きあがり動作の考察を療法士が介入した成人片麻痺者の機 能改善と照合して述べた。中枢神経疾患患者の治療にあたっては、姿勢筋緊張の調整のためにも 支持面等外界環境への適応という観点から、視覚や触運動覚の情報を統合した形での介入が求め られる。

 また、一方で陳旧例においては触・運動覚の情報が運動や姿勢保持の手がかりとなる入力情報 として得られるように過敏な感覚や痙性、そして短縮に対して脱感作やモービライゼーションの 手技が必要な場合もある。1)

 中枢神経疾患患者の動作を分析・治療する場合には「神経心理学」「認知・知覚」「運動学・ 力学」「運動・神経生理学」の知識が総合的に要求されると言える。


参考文献
1)古澤正道:成人片麻痺の麻痺側手足への脱感作、京都理学療法士会会誌NO.27,1998
2)柏木正好:平面への適応、第10回活動分析研究会特別講演録「環境適応」1999
3)佐々木正人:アフォーダンス新しい認知の理論、岩波書店
4)伊藤克浩:適応障害のある左片麻痺患者のトランスファー、第九回活動分析研究会誌1998
5)冨田昌夫 大槻利夫 柏木正好:適応障害のある患者の理学療法、PTジャーナル第30巻第9号 1996

制作:山梨温泉病院 理学療法士 伊藤克浩  E-mail beruopt@nifty.com