「不安」


天使との毎日は楽しかった。祥子はよく笑い、僕はその笑顔を見ているだけで、満足だった。
彼女はほんとうになにも考えていないかのようだった。深刻な顔は見たことがなかった。きれいな女にも悩みはあるものだろうと思っていたのだが、憂鬱とか不安とか・・そんな言葉は彼女には存在しないようだった。血液型を聞いたことはなかった。・・ああいう彼女が何型だったのか、想像できない。もっとも天使に血液型を聞くというのもおかしなはなしだ・・。そういう意味で僕にとって祥子はまさに天使だった。


僕が電話して、彼女がいないことも多かった。何度かけても捕まらなくて、部屋まで行ってみても・・留守。そんな時、僕はたまらなく寂しくて・・ドアの前でいつまでも待ち続けたい気持ちだった。それが彼女にとって迷惑になることがわかっていたので、一度も待っていたことはなかったけれど・・
でも、もし僕が待っていたとしても、「どうしたの??」と一笑されていた様な気がしなくもない・・彼女が困った顔をするというのは想像できなかった。
どんな時でも、前向きで・・『なるようになるのよ・・考えすぎちゃだめ』と明るく答える。
そして本当に悪いようにはならない。天使は不幸にはならない・・当たり前のこと???


祥子が唯一難しいことを話すのは「色」についての話しだった。彼女はカラーについて勉強しているらしく、『人にはそれぞれ魅力を引き出す色っていうのがあるの・・』と説明してくれた。祥子がいうには、肌の色、瞳の色、髪の色・・そんなものや、なんやかんやで・・誰にでもその人が素敵に見える色と・・逆にそうじゃなく見える色があるらしい。
「私は春の色なの」
春の色とは明るくて・・やわらかいカラーらしい。染めてなくても少し茶色がかった彼女の髪には確かによく似合う・・。『そんな簡単なことだけじゃないのよ・・』と祥子は僕に言い聞かせた。
祥子が何を着ても似合ったのは、似合うものを彼女が選んでいたからだった。
「柊二は秋ね。珍しいのよ。日本人で秋のカラーの人・・」と僕に何枚もの、いろいろな色の布をかけたりはずしたりした後で、まじめな顔でそういった。そういう時の彼女はいつもの祥子ではなく・・真剣だった。そんな祥子も悪くなかった。


祥子は僕のことをどう思っていたのだろう。会いたいと言えば会ってくれたし・・僕といるときは楽しそうだった。
けれど、祥子がいないことも多く、おそらくそれは学校だったのだろうが、僕はいない間どこへ行っていたのか全く知らなかった。聞けば教えてくれたかもしれない。「隠す」とか「ごまかす」なんてしないのが祥子だから。でも、僕は僕と一緒の時の彼女だけでよかった。全部わかってしまったらつまらない・・というより、知るのが怖かったのかもしれない。僕と一緒の時の祥子がすべてであってほしかった。彼女の笑顔は僕だけのものだった。どこか別のところで祥子が笑っているなんて耐えられない気がした。


「祥子は誰かに会いたくてたまらなくなったことってある?」
「誰かって??」
「俺じゃなくても・・もちろん俺でもいいんだけどさ・・『会いたくて会いたくて・・』ってそういうの・・」
「また難しい話し?」
「そうじゃないけど・・・ない??」
「うーん・・だって柊二とはいつも会ってるじゃない」
「会えない時だってあるジャン」
「でも、すぐ会えるし・・・」
質問の意味がわからない・・・と口ごもる。


僕はいつでも祥子に会いたかった。会いたいというより・・いつでもそばにいたかった。でも、祥子にはそういう気持ちはわからないようだった。祥子が会いたくてたまらないと思う相手がいるとしたらそいつがうらやましかった。それが自分ではないことが・・悔しかった。いつかどこかから、そんな誰かが現れて祥子をつれていく・・そんな想像をしては自分でうち消した。




続く・・