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「うーん、これも可愛い。こっちはどうかな?」 「……」 「あーん、似合うじゃない似合うじゃない。こっちはこっちは?」 「……」 「これもいいわねえ……じゃあ思い切ってこんなのは!?」 「……」 「ナイス! ナイスだわ!! さっすが私!!」 「……」 「いやはや、あのエリナくんがねえ……」 はぁ、と呆れとも感心ともつかない溜息が、アカツキ・ナガレの口から言葉とともに漏れ出した。 三週間前。 火星からのボソンジャンプを試みる直前、テンカワ・アキトはアカツキにとある依頼をした。それは、ネルガルの特殊研究施設『ラボ』から実験体の一つ―――ラピス・ラズリ―――を取り返すこと。 話を聞き、その依頼を承諾したアカツキは思案の末、秘書のエリナ・キンジョウ・ウォンにラボの調査を命じた。 ラボは二代前のネルガル会長――アカツキの亡父―――の指導の元に設立されたネルガル最大の暗部である。会長であるアカツキも、『存在する』という以外のことは殆ど知らなかったし、知ろうともしなかった。 エリナは秘書として非常に有能であった。だが、その彼女を以ってしてもラボの責任者を突き止めるまでに二週間。アポイントメントを取り付けるまでに更に一週間の時間を要した。曲がりなりにもネルガル重工という企業のトップに位置するアカツキが、その内部組織の責任者とコンタクトを取るというただそれだけのことにこれだけの時間がかかったのである。 これには、アカツキも閉口した。秘密・隠匿主義にも程がある。余程疚しい研究をしているのだろうか、と鼻白んだものだ。 ラボでの出来事を思い出すたび、自分の眉間に皺がよる事をアカツキは自覚していた。 噂だけは耳にしていた。だが、進んで関わって面倒ごとを増やすのが嫌だったので敢えて視線を逸らしていた。 ―――そのことが、今は悔やまれる。 (あんな……幼い子供達をっ……) IFS強化体質。 数年前に廃止された、ナノマシンによる人為的な遺伝子の書き換えによる『有り得ざる』子供達。 ―――マシンチャイルドと呼ばれる、有機コンピュータとのダイレクトリンクをなす事の出来る彼等が幾人もラボには居た。 話に聞いていたような虐待が行われていたり、非道な人体実験が行われていたわけではなかった。 清潔な場所で清潔な衣服に身を包まれ、見た目には過不足無い生活を送っている子供たち。 だが、子供にとって、あんな場所に閉じ込められ、自分を実験体としか見ていない大人たちと日々を過ごしていくことがどれほどの悪影響を及ぼすか。 まるで感情の篭っていない瞳。 憎悪も、嫌悪も、好意も、悪意も、何もない瞳。 その視線を受ける度、テンカワ・アキトの独白がアカツキの脳裏にまざまざと呼び覚まされた。 アカツキは、ラボの取り潰しを敢行した。 もう一度君と・・・ 第五話其ノ三 「アキトトハイツアエルノ?」 「そうだね、あと半年というところかな。……長いとは思うけど、待っていてやってくれるかい?」 テンカワ・アキトの名前を口にした後のラピス・ラズリの変化は面白いように劇的だった。 感情の篭っていなかった瞳に色が入り、貝のように閉ざされていた口は容易に開いた。テンカワくんも罪な男だね、と軽く苦笑する。 「ハントシ……ナガイ」 「そうだね。長いね。だから君がテンカワ君を待っている間に、今まで出来なかった色々なことをしようじゃないか。何かしたいことはあるかな?」 「アキトニアイタイ」 「あ、そう……でもね、そのアキト君は、君が色んなことを経験して欲しいと思っているよ」 「アキトガ?」 「うん。例えば買い物に行ったり、映画を見たり、お洒落をしてみたり……そんな普通の女の子がするような生活を、君に送らせてあげたいと彼は思ってるみたいだよ」 「……ワタシハ、アキトガイレバソンナコトハシナクテモイイ」 「そうだろうね。でも、アキトくんはそれを望んでる。それに、やってみれば案外面白いかもしれないよ?」 「アキトガノゾンデル……」 「うん」 「……ジャア、ヤッテミル」 「そうかい。それじゃあとりあえずは洋服を買おうかね」 「ワカッタ」 アカツキはすぐに秘書のエリナ・キンジョウ・ウォンを呼び寄せ、ラピスの買い物の随伴を命じた。 子供の、しかも女の子の着る洋服のことなどアカツキは全くの門外漢であったし、ラピスの存在を明かすことが出来る人間も限られている。 典型的キャリア・ウーマンの彼女がそんな命令を唯々諾々と受けるとは思えなかったが、そこは強引にでも説得するつもりでいた。 ラボの取り潰しの際に保護した幾人ものマシン・チャイルド達は、既に全員里親を見つけて引き取ってもらっている。ネルガルが万全の身辺調査をさせた上で選んだ里親たちだ。希望的観測であることは重々承知していた。金銭的な保障も十分したし、その元で子供たちが健やかに育ってくれることを祈るしかない。それが、今まで目を逸らしていた自分に出来るせめてもの償いだと思ったから。 だが、ラピスを里子に出すわけにはいかなかった。 彼女は、アキトの話が真実ならば、この世界でたった二人の『未来』を知る人物だ。おいそれとどこかにやってしまうわけには勿論いかない。何よりアキトが自分で引き取ると言っているのだし、彼女もそれを望んでいる。よって、アキトが帰還するまでの間ネルガルで保護するしかない。 しかし、それならば彼が帰還するまでの短くない期間、出来る限り楽しい思いをさせてやりたいとアカツキは考えた。 『テンカワ・アキト』という言葉以外に何一つとして反応しなかった彼女が、彼の存在を抜きにして楽いという感情を得られるかどうかは分からない。 だが、それでも外の世界に触れさせることはマイナスにはならないとアカツキは思う。 だから、エリナに命じた。 彼女が子守りに向いているとは全く思わない。寧ろ正反対の人選だとは思う。しかし、彼女以外にこの役目を頼めないことも事実だった。時間が許せば自分もラピスをどこかに連れて行ってやりたいが、一応は大企業のトップ。そうそうおいそれと出歩くわけにも行かない。 エリナが渋々とラピスに付き添うことは、ラピスにとって逆にマイナスになるかもしれない。その辺りも考えたが、ラピスの事情を考えると彼女が適任だ。後は、子供が嫌いでないことを祈るばかりだ。 ところが、そんなアカツキの心配は結局杞憂に終わった。 命令を聞いた瞬間、エリナは大きな首肯と肯定の言葉を残してラピスを連れてどこかに消え―――戻ってきたときには総額いくらになるかも分からないような物凄い量の洋服を伴っていた。 「エ、エリナくん。それはちょっと買いすぎなんじゃ……」 目を白黒させ、多少どもりながらアカツキは言ったが、「何言ってるんですか! こんなに可愛いんですよ! これくらいの量と質が無ければこの可愛さは引き立ちません!!」 と、怖い顔で詰め寄られてアカツキはただコクコクとうなずく事しかできなかった。 それからも、エリナは実に甲斐甲斐しくラピスの面倒を見た。 当初アカツキが考えた通り、色々な場所へとラピスを連れ出して遊ばせた。外出する時間が無いときも、出来る限りラピスの傍で話し相手になったりもしていた。 そして、その結果は、上々と言ってよかっただろう。 何をしても、何を言っても、何を与えても帰ってくるのは沈黙と無表情のみだったラピスに、根気強く接し、笑顔を向け、優しい言葉を投げかけ、スキンシップをとったのがエリナである。 無表情から戸惑いへ、戸惑いから苛立ちへ、そして、それが微笑になるまで、それほどの時間は掛からなかった。 まだまだ感情豊かとはいい難いが、それでも子供らしい表情を見せる時間が加速度的に増えていった。 アカツキもそれに貢献したといっていい。 彼は多忙な会長業をこなしつつ、ラピスとの交流を時間の許す限り積極的に行ったのだ。 彼がしたことはエリナとは違い、ラピスとアキトの話をすること。 それ以外にはせず、それ以外は必要なかった。 そして、ラピスの保護から4ヶ月目。 「ナガレお兄ちゃん」 「ん?」 「アキトはまだ帰ってこない?」 「うーん、そうだね。彼の言葉を信じるなら後二ヶ月ってところかな」 「そう……あと二ヶ月か」 ラピスの目に、歓喜の色が浮かぶ。 そんな彼女の様子に、アカツキは心持ち口の端を緩める。 (うーん、何か父親にでもなったような気分だねえ……) この数ヶ月の生活で、アカツキはラピスに対して確かな愛情を感じていた。彼の裡の言葉通り、それは父親にも似た感情だったのだろう。彼は密かに、アキトの傍にいることがラピスにとってマイナスになるのであれば自らが彼女を引き取ることも考えていた。 「待ち遠しいね」 「うん。……でも、あと二ヶ月でナガレお兄ちゃんとエリナお姉ちゃんとバイバイなんだよね?」 その言葉を聴いた瞬間、アカツキは溢れ出す感情と共にラピスの脇の下に手を差し入れて高々とその身体を持ち上げた。 「わっ……」 「大丈夫だよラピス。僕とエリナ君もお前と一緒にナデシコに乗るからね」 「ホント?」 「ああホントさ。安心したかい?」 「……うん」 言葉は少なく、表情も僅かに変わった程度ではあるが、アカツキの首に抱きついてくるラピスはもうどこから見ても普通の子供であった。 (僕がこんな風に思うなんてねえ……いやはや、子供ってのは偉大だ) そして――― 「アキト」 「ラピス……か?」 「うん。……お帰り、また、会えたね」 「ラピス……!」 駆け寄り、ラピスを抱きしめるアキト。ラピスもアキトの首に縋り付くようにして泣いていた。 「すまなかった……本当にすまなかった……」 「大丈夫…私は大丈夫だから」 「ああ……本当に、お前が無事で……本当に良かった……」 そして、アキトは一筋の涙を零した。 それを見て、アカツキとエリナはほんの少しだけ面白くなさそうな顔を作った。 あるいはそれは、娘を嫁に取られる親の心境にどこか似た部分があったのかもしれない。 それでも、この場面を邪魔するほど無粋には二人ともなれなかった。 頷き合い、その場を離れた。 「ふう、とりあえずは一段落って所かな」 「何を言ってるんですか。ラピスのこれからにはまだまだ大人が必要です。ナデシコのエースパイロットであるテンカワ・アキトでは碌に時間も取れないでしょうし、私たちがついていてやらなくては」 「いや、まあそうなんだけどね」 エリナの言葉に苦笑する。本当に、子供は偉大だ。 「それにしても……ラピスと彼の関係は一体なんなんでしょうか? ラピスは生まれてからずっと、ネルガルのラボにいました。ナデシコ搭乗まで民間人だった彼との接触に機会は皆無の筈ですが」 ラピスも、そこだけは教えてくれないし、と軽くむくれてみせる。 「うーん、そこを指摘されると僕も辛いのだけど、聞かないでやってくれるかな。時が来れば話してくれると思うから」 「……まあ、ご命令とあらばそうしますが」 「うん。今のところは命令と思ってくれて構わないよ」 「分かりました。今は詮索しませんし、調べることも致しません」 「頼むよ」 (まあ、調べても絶対に分からないことではあるんだけど、ね) 「とにかく、ここは戦艦です。ラピスを乗せることだって、本当は今でも反対なんですよ私は」 「僕もあまり好ましくはないと思うのだけどね。まあ、親元にいた子供が幼稚園にでも入ったと思えばいいんじゃないかな。ほら、ここにはあのホシノ・ルリもいるし」 「同じマシンチャイルドの……あ、いえ、IFS強化体質者ですね。上手くいけばいい理解者になってくれるかもしれませんね」 「そうだね。それに、テンカワくんの話によればここは一種独特の空間みたいだからね。ラピスにとっては刺激になるんじゃないかな。良いか悪いかは別として」 「悪影響になりはしないかしら……」 少しだけ心配そうな表情をのぞかせたエリナに、アカツキは苦笑し、「子どもにいい刺激ばかり与えてどうするんだい」 そして、 「良い事も悪いことも知って、それで大人になっていくものだろう? 人間なんて、さ」 彼一流のシニカルな笑みを浮かべた。 |
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