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東彼杵町の国道205号線大音琴交差点か
ら、漁港に降りる唯一の車道を入り、さらに左
折してしばらく行くと、北海道帝国大学総長、南
博士の生家跡がある。現在残っているのは石
垣だけのようです。昔は生家跡を示す石柱が
ありましたが、今はありません。
博士は安政6年(1859)彼杵村の藩士南仁兵
衛の次男として生まれた。9歳で大村藩校五教
館(ごこうかん)で学び、15歳で上京、工部大学
校(現東大工学部)に入学します。そして18歳
のとき、札幌農学校の官費学生に選ばれ北海
道に渡ります。このときの同級生に内村鑑三、
新渡戸稲造らがいた。その後明治22年に札幌
農学校の教授、同32年に農学博士となり、北
海道農業の発展に尽力する。
昭和5年には第2代北海道帝国大学総長に選
ばれます。そして昭和11年、78歳の生涯を閉じ
ます。
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