8月21日、大阪市西区にある生コン会館において、阪神商事闘争勝利報告集会が行われた。 支部役員はじめ組合員、生コン支部役員、ブロック代表者など総勢50名が参加。勝利の美酒に酔いしれた。 集会では、冒頭、田中副委員長が争議発生から解決に至るまでの経過を報告。続いて、当該分会から支援者へのお礼の言葉と今後の決意表明が披露された。 続いて、もと担当役員であった楠本さんより祝辞が述べられた。そして、集会参加の各組合員からそれぞれ自己紹介を兼ねた当該分会への祝辞が述べられた。 最後に、女性部あさがお(旧婦人クラブ)より代表して楠本代表より当該分会長である木村さんへ花束贈呈が行われた。
争議の発端は、2002年3月12日の結成当初より会社の組合否認から続いている。 2002年4月5日より阪神石油運送と阪神商事でそれぞれ分会を分離。4月13日には、会社の肝入れで企業内労働組合が結成された。 実質的な協議にならない不誠実な団体交渉を会社は繰り返していた。 会社の不誠実な対応に対して2002年9月19日に大阪地労委に団交斡旋を申請。しかし会社は団交斡旋を拒否。止むなく2002年11月15日に不当労働行為救済を申し立てる。 1回目の調査も会社はまたしても欠席。2002年5月13日には、労働基準監督署に未払賃金で申し入れを行い、2002年5月29日には労基署が会社に監査に入る。2002年6月16日には労基署から呼び出しにも応じず、組合ばかりか行政に対しても不誠実な対応を取り続けた。 その後、労働委員会の審理にも会社側からはいっさいの証人も出さず、会社が突然の和解を打診し、2002年8月7日に地労委の席上で和解に至った。和解内容については、今後の労使関係の正常化と誠実に団体交渉に臨むというもの。 しかし、その後も交渉も何ら進展も見られず、会社は相変わらず不誠実な団交を繰り返し、協定書不履行を続けてきた。 2004年2月に協定書不履行などにより、組合は再度、救済申立を起こした。その一方で、2003年10月10日に会社を未払賃金不払いで労働基準監督署に刑事告発を行う。 その裏で、会社も不誠実な対応と同時に組合弱体化を画策し、2004年9月には懐柔により阪神石油運送に所属する組合員6名を脱退させるなど、不当労働行為の数々を行ってきた。 労働委員会は2004年11月24日に結審し、2005年2月1日には組合側の主張を全面的に認める勝利命令を勝ち取った。会社はこれを不服とし、中央労働委員会に再審査申立を行った。 その一方で、組合は2004年11月30日に未払賃金請求で大阪地裁に提訴。 本年6月14日の中労委の席上で突然、会社から和解の打診があった。会社との調整を行う中で満足のいく内容となったので、本年7月14日には最終合意に至り、7月21日に協定書を取り交わし和解となった。 今回の和解内容はある一定評価に値するもので、これまでねばり強く闘ってきた成果であると確信する。