続・なあ映画をみようじゃないか!!

 以前、「なあ 映画をみようじゃないか!」の回で「なあ 映画を見ようじゃないか!映画ってホントに素晴らしいですね」と言う事を語ったわけだが、(そのまんまやないかい)結果、語った本人である私がその影響を受けて映画を見るようになった(なんだそりゃ)。
  何本かの映画を見たわけだが、感動的な映画や深い感銘を受けた映画を見るとたいていこう思う。「もっと前に見とけば良かった・・・」と。人の心は年月を重ねると鈍感になっていくようで、高校生が痙攣するほど感動した映画も、大人が見るとどうって事なかったりするのである。それでも、「良い映画だった」とは思うのだが・・。

  そんな感じで、「真夜中のカウボーイ」「カッコ−の巣の上で」「12人の怒れる男」と見ていき、いちいち「高校の頃見りゃ良かったなあ」とか思っていたのだが、ある映画を見た時に私は再び高校生のような衝撃を受けた。いや、むしろこの映画こそは高校の頃よりも今見たからこそ衝撃が大きかったと言えるかもしれない。その映画の名は「イージーライダー」。「自分探し」の映画の中では最高峰の一つであろう。  

 古い映画であるし、見てる時はけっこうタルい。 ザ・バンド、ステッフェンウルフ、ジミー・ヘンドリックスなどの音楽がBGMとして流れるのでバンド好きにはたまらないかもしれないが、別段私は洋楽好きでもないので、大喜びってほどでもなかった。だから、見てる時はべつだん感動とかしなかった。・・・見終わってから、ドドーンと来た・・・。見てる時楽しくても、見終わったら忘れてしまう映画より・・・見てる時タルくても、見終わってから心に残る映画の方が私は好きである。「進め!聖学電脳研究会」風に言うなら「記録に残る映画より 記憶に残る映画の方が俺は好きだねーッ!」って感じである。

 主人公の二人が謝肉祭が見たくてバイクでアメリカ大陸を横断する。ただそれだけの映画である。ただそれだけと言っても、途中で様々な人と出会い、様々なエピソードで綴られる訳であるが、それは決してドラマチックなそれではない。麻薬、売春、暴力といった過激でインモラルな、しかし現実的な世界である。彼らはそれを当然のように・・いや、「当然と受け入れようとしながら」、そんな世界の中で生きる。  
  この映画の中で私がもっとも衝撃的だった点は、主人公の二人が「少年」ではないところである。設定年齢がいくつかは知らないが、あのヒゲもじゃの男が10代であるとは思いにくいので、おそらく二人とも20代であると思われる。って事は、ふたりともいい年こいてフラフラしてるわけである。普通だったら、そんな話は映画にならない。ただのチンピラである。
 そう、二人はダメ人間なのである。いつ頃からかマトモなコースから外れてしまい、自分の居場所すらなく、「謝肉祭で女を抱く」という「ただそれだけ」のために何日もかけてアメリカ大陸を旅しているのである。ダメ人間である。この映画、60年代のアメリカの暗いムードを表現しているそうだが、21世紀になっても充分通用しうる。若者が抱く普遍的な厭世観を見事に描ききっていると思う。

 主人公の一人、ビリー(デニス・ホッパー)は長髪ゆえに差別を受ける。当時のアメリカでは長髪はヒッピーの象徴のようなモノであり、ただそれだけの理由で社会からは完全にはじかれてしまう。が、こういった見た目や表面で人を判断し、除外していくのはいつの時代でもどこの国でもあった事である。そうして、いつの世も居場所が得られずにさまよう者達が生まれる。彼らは居場所を求めてさ迷った。が、ある時は警察につかまり、ある時は住民のリンチにあいそうになる。しかしある場所では受け入れられ、ある場所では友人ができる。それはそれぞれほんの些細な出来事であったかもしれないが、「良いやつばかりじゃないけど 悪いやつばかりでもない」世の中をうまく表現していると思う。だが、基本的に社会は彼らに冷たかった。

 そして、彼らは物語のラストで、理不尽な死を遂げる。それはあまりにも理不尽な、突然のアクシデントであった。そこには意味も意義もドラマもない。ただ無意味な死である。無意味な死!これほどリアルで、これほど若者を魅了して止まぬものが他にあるだろうか!?そう、所詮命なんて軽いのである。人生も運命も、風が吹けば飛んで消える程度のモノ。ダメ人間のそれなんてなおさらだ。俺もダメだ君もダメだ皆ダメだダメダメ人間だぁ、と後ろ向きな気分にさせてくれる事請け合いである。

 彼らは自由を求めて走りつづけた。時計を捨て、バイクを走らせ、麻薬をやり、女を買い、祭りがあれば参加して騒いだ。ただただ、暴走していた。そしてそれを自由だと思っていた。そして彼らは結局何も手に入れられなかった。人は自由を求めるが、同時に自由を恐れる。彼らは自由を恐れる人々により殺された。人は自由を捨てねばならない。若者のうちはそれでもいいかもしれないが、大人になってまで自由を追い求めるのは許されない事なのだ。彼らは、若者のうちに何も見つけられなかった。だから、ほんのちょっぴり自由であれる期間を延ばそうとした。だが、当然それは社会に拒否された。そんな映画だと、俺は感じた。

イージー・ライダー:1969年作品。カンヌ映画祭新人監督最優秀映画賞。
監督:デニス・ホッパー
脚本:ピーター・フォンダ,デニス・ホッパー,テリー・サザーン
出演:ピーター・フォンダ, デニス・ホッパー, ジャック・ニコルソン


注釈:

※真夜中のカウボーイ・・・「働くのヤだから、金持ってる女のヒモになって生きよう」というあまりにも正直な欲望の為に田舎から出てきた若者が主人公。どーしようもないが、現実はどーにもしようがなかった。ラストは暗く、重い。見ろ。特にダメ人間必見。

※カッコーの巣の上で・・・服役中の男が、芝居でまんまと精神病院へ転送される事に成功する。が、そこはあらゆる意味で病んだ世界だった。現代社会の矛盾を凝縮したような精神病院の世界。自由ってナニ?社会ってナニ?そんな映画。重くて暗い。見ろ。社会不適合者必見。

※12人の怒れる男・・・ある黒人の少年が親殺しの罪で裁かれようとしていた。陪審員は、一人を除いて全員が有罪であると判断。しかしそこにはあらゆる差別や個人的感情がうずまいていた。無罪を主張する一人が、彼らを論破していく。表層的なもので判断すると真実を見誤ると教えてくれる。見ろ。陪審員必見(無理)。

※進め!聖学電脳研究会・・・ファミ通PSで連載されていたが、「先輩、最近良いゲームありますか?」「ギレンの野望」「それってサターンのゲームじゃないすか?」「だってプレステって面白いゲームないじゃん」とか言いたい放題していたら即打ちきられた。その後ナゼかゲーメストからコミックスが出されたが、新声社がツブれたので入手はほとんど不可能。古本屋で見つけたらソッコー買え。それで俺に送ってください。スクゥエア批判は辛辣!よくぞ言った、って感じ。

※インモラル・・・なんか、アダルトビデオのタイトルを連想してしまうのは私だけ?

※そんな映画・・・「アマデウス」「宇宙船ペペペペラン」と二回同じ過ちを繰り返してきたが、今回は大丈夫だろーか。流石に二回もやれば自分は記憶力ダメダメくんだと言う事は分ったが、これは最近見たばかりの映画なのでたぶん大丈夫だと思う(自信はない)。

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