ボルネオ日記 <後編>

★四日目 (キナバル山)

 朝、5:30に起床。いよいよ、東南アジア最高峰、コタ=キナバル山に登る日がやってきた。否が応にも高まる緊張。朝食を食べ、現地のガイドと合流する。コタ=キナバル公園は国立公園の為、ガイドなしで登る事は禁止されているらしい。
 ガイドの名はライディ。「いかにも」なたくましいボルネオ人である。良い人であるようで、安心する。なにせ、我々が名前を間違えて「バイディ、バイディ」と呼んでても怒らなかったし。でも、指摘して欲しかったかな、と思う。

 8:20、登山口であるティンポンゲート(変な名前)につく。ここは標高1889M、ここから標高4101Mの山頂まで2200Mも登るのだ。 見るからに貧弱そうな私と、ナンパそうなトヨを見て、我々を軽く見るライディ。確かに運動が苦手な私ではあるが、こと登山に関してはナメてもらっては困るのである。
 そしてついにスタート!登る。登る。とにかく登る。大学に入ってからは、ほとんど山に登っていなかったので少々不安ではあったが、登っているうちに体がだんだん感覚を取り戻していく。別に登山競技ではないので、なにも急いで登る必要はないのだが、「なにムキになって登ってるねん」とツッコミが入りそうな登り方で登る。登っているうちに、だんだん植物が少なくなり、ついには岩山になった。そして、そこの休憩場所であるラバンラタ・レストハウスについたのが11:10、実にコースタイムの半分の時間でついてしまった。ここが標高3352Mなので、1400Mを3時間弱で登った事になる。我ながらたいしたものだ。ガイドのライディも「ベリーストロング」と感心している。人にホメられる事など滅多にないので、素直に喜ぶ。

 さて、本来の予定であればここで一泊し、明日に山頂を目指すのであるが、なにせまだ昼前である。予定を変更して今日のうちに山頂まで登ってしまう事にした。レストハウスで昼食と休憩。休憩中、ライディは食堂のテーブルで卓球をしていた。和やかな山小屋である。一緒に卓球をしている従業員の女の子はけっこう可愛い。ライディは狙っているに違いない。
  12:30に出発。周りはほとんど岩場になっていて、登って行くのが面白い。・・・などと言ってる場合ではなく、だんだん気分が悪くなってくる。高山病というヤツだ。まだ4000メートルくらいだというのに・・・重くなる足取り。だが、なんとか14:30に最高峰、ローズピークへと辿り着く事ができた。他の登山者たちと登頂した時間が違うので、周りには誰もいない。3人だけで独占である。
 その後、レストハウスまで戻り、食事をとってとっとと寝る。・・・・つもりだったが、なかなか眠れず、寝たり起きたりを繰り返していた。ベッドの中でポっキーを食ったりして、同室のフランス人には迷惑をかけたかも知れぬ。


★五日目 (キナバル山 〜 ポーリン温泉)

 朝、8:00にレストハウス出発。ここから一気に下山である。ライディを迎えに行くと、昨日の卓球の女のコとダベっており、先に行っててくれという。ふむ、女のコとの楽しいひと時であれば邪魔するわけにはいかない。トヨと二人でとっとと下山(ホントは違法)。・・・さて、ここでライディは10分くらいで俺らに追いつくつもりだったのだろうが、甘い。我々は山岳部時代から下りの早さには定評があったのだ。もう、ライディに追いつかれてなるものかとサルのような身軽さで下山。アッというまにふもと近くまで降りてきて、結局ライディが追いついたのはもう残り1キロを切ったあたりだった。「アイム ベリー タイアード」とかなりバテていた。ふむ、これで彼も人を見かけで判断する事はやめるだろう。朝10:00に公園本部まで帰って来れた。

 さて、終わって見ると意外とアッサリ目的が済んでしまった。あとはゆっくり観光である。次の目的地は「ポーリン温泉」だ。とりあえず、公園の側でタクシーをつかまえ(タクシーと言っても、好きなところに行ってもらえるわけではなく、限りなくヒッチハイクに近い)、ラナウへ向かう。
 ラナウの街はかなり小さく、なんかドラクエの町みたいだった。町の境まで行くと、その向こうにはホントに何にもない。しかも簡単に一週できるくらい狭い。こんな田舎町でも、本屋には「ゴーストスイーパー美神」が売っていた。恐るべし日本漫画。

 その後、ポーリン温泉に向かうタクシーを探し、交渉。20RMで合意し、出発・・・というところで、サングラスをかけた、でかいおっかないお兄ちゃんがいきなり助手席に乗り込んで来た。・・・ここは治安の良いとは言えない、東南アジアのド田舎である。我々はオカネ持ってるジャパニーズである。もしかして、ヤバイか?しかしもう車は出発してしまっている。覚悟を決めるしかない。
 サングラスの男は、「自分は横浜国立大学のスズキジュンコと知り合いである。君たちはスズキジュンコを知っているか?」と天文学的確率の質問をふっかけてくる。その後も頻繁に話し掛けてきて、うざったいので私は寝た。すると「No sleeping!」 と怒られる。なんだこのタクシー。また、トヨが後に述懐するところによると「あんな怪しいタクシーで眠れる伊藤くんはスゴイと思いました。」だそうだ。

 なんとか無事、ポーリン温泉に着く。ここが今夜の宿である。部屋は6人の相部屋であり、すでに先に人が入っているからとフロントに言われ、部屋に向かうが鍵がかかっていて入れない。その辺を歩いていた管理人らしき人に鍵を空けてもらい、中に入る。
  さて、一休みしたのでちょっと周りを見に行くか・・・とドアを閉めた瞬間!!・・・靴、忘れた。もう、ドアを開けることはできない。トヨに、顔も知らない同室者を探しに行ってもらうが、当然見つかるわけもなく、仕方がないので靴も履かずにウロウロするハメになる。日本の恥である。
  その後、同室者の方に出会った。二人は日本人で、マレーシアでもバリバリ関西弁を使う強気の女性二人組。おねえさん、というには少々お年を召されているが、おばさんというと怒られそうなので気を遣う。かなり旅慣れしているようで、いろいろとお世話になった。もう二人はアジア人のカップル。女性の方はなかなか可愛い。二人ともブルジョアの雰囲気を漂わせている。「なんでせっかくの旅行なのに、こんなへっぽこジャパニーズどもと同室になんなきゃならないのよッ!」と言った空気が読み取れ、気の毒である。ちなみにこのカップル、夜はどこかへ出かけたまま帰って来なかった。

 せっかく温泉に来たので、温泉に入る。温泉と言っても、こちらでは日本のそれとはぜんぜん違う。水槽みたいな穴がたくさんあいており、そこに蛇口からお湯をためて入るのである。しかも裸になる事は禁止されているので、水着を着用せねばならない。私は水着を持っていなかったので、トランクスで誤魔化した(誤魔化せていただろうか。今でも不安である)。
 じゃぼじゃぼと水槽にお湯をためる。・・・ううむ、この中に入ると、ホントに水族館の生き物みたいだな・・・と最初は抵抗もあったが、入って見るとこれがなかなか良い。周りの景色がシャットダウンされるので、見えるのは四角い空だけ。ううむ、なんか落ちつく。欠点は、野郎二人ではとても入れない事であろう。


★六日目 (ポーリン温泉 〜 コタ=キナバル)

 ポーリン温泉を出発し、再び、コタ=キナバルの街へと戻る。三日ぶりのKKであり、少し懐かしい。ホテルにチェックインした後、街をブラブラする。ここでトヨと別れ、単独自由行動となる。なにせ私とトヨは趣味がぜんぜん違うので、お互い別々に行動した方が都合が良いのである。トヨはスポーツショップへ向かい、私は前から目をつけていた漫画専門店へと向かった。
 うむむむむむ!!これはスゴイ!!ハッキリ言って、日本の下手な漫画ショップより日本の漫画が揃っている!違うのは、全部中国語に訳されているところくらいだろうか。たとえば、エヴァンゲリオンなら「福音戦士」、スレイヤーズなら「魔剣美神」、といった具合である。しかしホントに品揃えは豊富。「かりあげくん」なんてわざわざ翻訳してまで売るようなものだろうか?かの島本和彦の名作、「無謀キャプテン」が「無謀隊長」の名で売られていたのにはひっくり返りそうになった。こんなマイナーな作品でも、一冊翻訳して出版するにはそれなりの手間がかかるだろうに・・・。

 その後、ポーリン温泉で知り合った関西人女性二人と、カンポンワイルで夕食。カンポンワイルとは街の広場で、夜になると街の広場に屋台がズラーっと立ち並び、そこで自由に食事ができるのである。思いっきり現地の料理が並ぶので、私とトヨだけでは不安だったが、旅行なれした関西人が一緒なので心強い。適当なテーブルに座ると、適当な店の人が注文を聞きに来る。さて、ここはベテランの関西人に任せよう・・・と思ったら、思いっきり日本語で注文してる。料理名だけならともかく、料理の説明まで日本語で求めてもそりゃ無理だと思うぞ、おばちゃん。身振り手ぶりでなんとかしてるところがスゴイが。これが関西パワーだろうか。
 見た事もねーような魚や、ご飯代わりのギョーザをむさぼり食う。ふと見ると、側で売ってるサティ(焼鳥)がうまそうである。1スティック、プリーズ、と頼むと、なんか困っている。後で知ったのだが、これは10本3RMで売っていて、1本なんてせこい買い方をする人はいないのであった。結局、30セントで一本だけ売ってくれた。マレー人は優しい人が多い。
 その後、関西人たちと別れ、就寝。だが、ホテルは蚊がものすごく、トヨは刺されまくっていてぜんぜん寝られらなかったらしい。俺はなぜかほとんど刺されなかった。マレーシアの蚊から見てもまずそうなのだろうか。


★七日目 (コタ=キナバル 〜 クアラルンプール)

 午前中、KKの街をブラブラし、昼に空港へ。そして飛行機で次の目的地であるクアラルンプールへと向かう。飛行機の中で、今更ながらマレー語をちょっと勉強する。トヨは、マレー語の挨拶くらいはできたのだが、挨拶ができるとだいぶ違うのである。もう残り三日しかないのだが、どうせ飛行機の中は暇だし、無駄にはならないであろう。途中、ミリ空港を経由し、夕方6時ごろにクアラルンプールへとついた。
 空港でタクシーをつかまえ、チャイナタウンへ。・・・チャイナタウンでは、当然、まわりはすべて中国語である。・・・マレー語、勉強した意味なし。(当然、もう忘れた。)

 もう夜なので、さっそく宿探しを始める。ここはボルネオ島とは打って変わって都会で、人も多いせいか、宿はどこも満杯。しかし宿を見つけない事には寝る場所がないので、なんとか空いているホテルを見つけて、入る。
 ・・・な、なんだこの部屋?窓がないぞ!?ベッドが一つに枕が二つ!?そしてこの、鏡張りの壁は一体!?・・・しもたああああ!!!こ、これってラブホテルってやつじゃあないかッ!!! う、生まれて初めて入るラブホテルが、よりによってこの男だとはッ!!!胃液が逆流しそうになるほど後悔したが、もうすでに遅い。
 廊下で絶望していると、たまたま日本人旅行者に出会う。訳を話すと、ここは普通のホテル部屋とラブホテル部屋の両方がある、という事を教えてくれる。フロントに言えば変えてもらえるだろう、との事であったが、ここの愛想のないフロントにそれを相談に行くほどの気力も語学力も我々は持ち合わせていなかった。しかし、なぜ男同士である我々をラブ部屋にしたのだろうか?・・・少し考え、即判明。・・・我々はその時、ペアルックであった・・・。

 こんな部屋に長居は無用と、とっとと街へ夕食に行く。マックでハンバーガーを食いながら、明日の予定をたてる。ふむ、この街から少し離れたところに、サンウエイ・ラグーン・テーマパークという遊園地があるらしい。男二人で遊園地と言うのもぞっとしないが、どうせ行くところもないし、明日はそこに行くか・・・
  などと話していたら、日本人を発見する。しかも、今までのように、野郎だったりおばちゃんだったりではない!若いコである!!「ナンパしようと思った時には、その時すでに実行している」男、トヨがすでに隣に座って話しをしているので、私も続いて隣に座る。ううむ、なんて頼りになる男(見習え>俺)。

話をしているうちに、彼女たちは某D大学の三年生である事が分った。我々は二年生なので、一つ上である。ちょうど良い。

トヨ「明日の予定とかはどーなってるの?」
女学生「マラッカに行こうと思ってるんです」
TAKEX「ふーん、俺らはサンウエ・・・」「奇遇だなあ!!僕らもマラッカに行く予定なんですよ!!」

・・・さ、さすがトヨである。彼のジョジョばりのとっさの機転のおかげで、我々は明日から女のコたちと旅ができる事になってしまった。棚からボタモチとは、まさにこの事である。
 とりあえず、明日の朝10:00に待ち合わせをして、別れる。・・・そうして、帰りたくない宿へ帰るのだった・・・。


★八日目 (クアラルンプール 〜 マラッカ)

 ・・・ゆうべ、あやまちが起きたらどうしようかと心配したが、何事もなく無事朝を迎える。サテ、今日からは女のコが一緒だ!自然と軽くなった足取りで、待ち合わせ場所のメイバンク前へと向かう。
 ところが、ウキウキワクワクの我々と対照的に、彼女たちは絶望のどん底の表情をしていた。そんなに我々と行動するのがイヤなのだろうか。が、そうではなくて、どうやらリコンファームができなくて困っているらしい。リコンファームとは、予約した航空券などの確認の事で、これをやらないと最悪キャンセルされてしまう事もあるのである。海外旅行でキャンセルなど食らうとシャレにはならない。どうやら、彼女たちはかなり危機的状況のようだ。
 どこの航空会社を使っているのか?と聞くとサウジアラビア航空、という。またそんな、よりによってマニアックな航空会社を・・・。なんとか国際電話で日本に電話をし、彼女たちの今回の旅行を世話した旅行会社にヘルプを求めることができたので、ヤレヤレ、これでひと安心だと思ったら、「自分でなんとかしてください」と血も涙もない返答。ますます青ざめる彼女たち。
 にっちもさっちもいかなくなった我々は、日本大使館に助けを求める事にした。まさか、大使館のお世話になるような事件が起こるとは・・・。っていうか、こんな些細な事で大使館に助けを求めて良いのか!?と疑問がよぎるが、トヨ曰く、ヒマな国の大使館とはけっこう面倒を見てくれるものらしい。この男、インドやアフリカなどを一人でフラフラ回っている男なのであるが、何の用もないのに日本大使館に行って紅茶飲んでダベって帰って来たりしてるらしい。もはや喫茶店代わりである。しかし、アフリカの小国ならいざしらず、ここはアジア三大都市の一つであるクアラルンプールである。ヒマであるとは思えないが・・・。しかし他に策もないので、大使館へ向かう事になる。

 地図を見て大使館の場所を確認し、そこへ向かう我々。・・・しかし、このあたりまで来ると、クアラルンプールは超高層ビルが立ち並ぶ、凄まじい大都会である。日本でいうところの東京新宿か、いや、それ以上であろう。ペンギン村から大都会島へ来たアラレ一行ばりにキョロキョロしながら歩くジャパン4人衆。
 そして、なんとか日本大使館へついたが、当然、受付は外人。 「日本大使館なんだから、芸者ガールが受付ではないのか!?」と別ベクトルのカルチャーショックを受ける私。ああ、せっかく日本大使館に辿り着いたのに、英語が喋れない我々では万事休すか!と思ったが、彼女たちは流石に俺らよりは英語が喋れたので、助けを求めるくらいはできた。
 彼女たちだけ中に通され、見るからに怪しい我々は大使館前で時間を潰す。(←怪しさ30%アップだと思う。)
 しばらく待つと、彼女たちは笑顔で戻ってきた。中の日本人の人に言ったら、一発で解決したらしい。ああ、なんて頼りになるのだ日本大使館!それに引き換え、なんて頼りにならないのだ俺ら!!

 さて、なんとかリコンファーム騒動も解決したので、街に戻ってマラッカ行きのバスに乗る。クアラルンプールからマラッカまではバスで2時間ほどだ。「私達のせいで予定が狂っちゃってすいません〜」と彼女たちは申し訳なさそうだが、もともと予定なんてないのでぜんぜん良かったりする。
 結局、夕方の4:00ごろマラッカにはついた。さっそくホテルの勧誘を受け、なんかよさげだったのでそこに決める。その宿は、一泊500円ちょっとと破格の安さだが、管理人のジェームズが気さくでゆかいな宿だった。
 部屋でひと休みした後、観光へでかける。彼女たちに聞いたところでは、セントポール教会の丘から見る夕日がとても綺麗で、今回はそれが目的でマラッカに来たと言う。綺麗なねーちゃんは好きだが綺麗な景色など特に興味もない。などと言える訳がないので、セントポール教会へと向かう。
 夕日はとても綺麗でした。以上。

 帰りに中華料理屋で夕食を食べ、宿へ戻る。なんと中から鍵をかけられてしまっていたが、ジェームズを呼んで開けてもらう。宿に締め出されたのは初めてだ。海外では常識なのだろうか。
 シャワーを浴び、ジェームズのもとへジュースを買いに行くと、なんか見覚えのある缶を出してきた。・・・「ウメッシュ」じゃねえか。まさかマラッカの地でウメッシュを買わされる事になろうとは・・・とりあえず断り、ジュースを買ったが、あとでトヨもジュースを買いに行ったらウメッシュを売られそうになったらしい。そんなに売りたいか、ウメッシュ。
 そして夜は、D大学の女学生と楽しくお喋り。今にして思うと、この夜は俺の人生でもベスト5に入るくらい楽しい夜だったのではないだろうか。・・・また行こうかな、マラッカ・・・。


★九日目 (マラッカ 〜 クアラルンプール)

 ついに、マレーシア10日間の旅も残すところあと一日である。10日目は早朝に飛行機に乗るので、事実上、今日が最終日だ。
朝、早朝に起きてサンライズを見る予定だったが、当然寝過ごし、9:00に出発する。ここからクアラルンプール行きのバス停まではけっこう遠いのだが、タクシーが捕まらないので歩く。途中、俺らがいるのにも関わらずD大学の二人が男性日本人旅行者にナンパされるというアクシデントもあったが、なんとか昼過ぎにバス停につく事ができた。

  そこで食事。ところで、こちらの食堂では、なぜか飲み物にはビンだろうが缶だろうが必ずストローがつく。まあそれはよいのだが、問題はそのストローだ。使いまわしているのである。日本では考えられない事だが、こちらではそれが普通で、口をつけるところなど歯形でゴワゴワである。しかし慣れとは不思議なもので、我々はおろかD大学の女学生たちも気にせずにそのストローを使っていた。

 バスが来たので、乗りこむ。行きのバスはすいてたので四人かたまって座る事ができたが、今度は混んでるのでバラバラだ。女子と一緒にいられる時間は残り少ないと言うのに、せつねえ。代わりに私の隣にすわったのは白人のフレンドリーなおっちゃん。俺は英語ができねえっつうのに、やたら話しかけてくる。俺は眠いのだ。ほっといてくれ。という思いが通じたのか、しばらくしたら「チェンジ」と言って他の席へ行ってしまった。少し切なかった。

 夕方にクアラルンプールにつく。ホテルを探してチェックイン。今度は間違ってラブホテルに泊まる事のない様、ちょっと高級なホテルにした。その後、「そごう」へ買い物にでかける。とそこで、女学生二人はシンガポールに向かう為にここでお別れだと言う。ううむ、夕食くらいは一緒に食えると思っていたのでショックを隠せない我々。だが予定では仕方がない。彼女たちとわかれた後、また野郎二人になってしまった。言い様のない寂寥感が二人を包む。

 デパートの中で食事。ファーストフード風丼飯屋で食う。と言っても吉野家みたいなのではなく、マックで牛丼や天丼を売ってると思いなせえ。しかもジュースやケーキをつけても400円くらいで、かなり得した気分であった。
 飯も済んだし、ホテルに帰ろうとしたら土砂降りの雨。仕方ないのでタクシーを拾う事にしたが、タクシー乗り場もすごい行列。しかも雨の中、傘もささずにズブ濡れになってタクシーのドアを開けてる少年が。これ以上ないほど痛々しい。見ると、彼にチップを払っている人と払ってない人の割合は半々くらいのようだ。うむ、ここは少年に世間の厳しさを教える為にも、毅然とした態度でチップを出さずに乗りこもうではないかッ!!・・・まあ、予想はできたと思うけど、チップ払っちゃいました。しかも多めに・・・。


★十日目 (クアラルンプール 〜 日本)

 ふだんお寝坊さんの私も、流石に寝過ごすと日本に帰れないとなれば時間ギリギリには目が覚める(ギリギリかい)。まだく暗いハイウエイをタクシーでぶっ飛ばし、空港へ。
 少し早くついたので空港の土産物屋を物色する。「マカディミアンナッツ」とか売ってたので、おもわず買おうとしてしまったがやめた。ふらふらしていると、これまた奇跡か、女性に話しかけれられる。なぜ!?と思ったら、なんとコタ=キナバルの街で初日に我々が話しかけ、我々を適当にあしらった女のコたちであった。
 彼女たちは某O大学の学生で、ちょうど今日、日本へ帰るという。ううむ、日本では女性に縁がない私も、マレーシアに来たとたん二組もの女性と話す事ができてしまった。やっぱこれからはマレーシアか!?などと思いつつ、飛行機に乗る。

 すやすや寝てたら飛行機はあっというまであった。17:45、成田着。マレーの税関が出国スタンプを押し忘れる、というアクシデントの為、入国に手間取ってしまったが、なんとか無事入国。20:00ごろ、上野でトヨと別れる。

 そんなこんなで、私の九泊十日の旅は終わった。『旅は人を賢人にはしない、だが考える時間はできる』というが、まさにその通りである。私も今や社会人となり、気ままな海外旅行などできなくなってしまった。ちなみに、今回の旅行の総予算は10万とちょいくらいである。その8割が飛行機代だったので、向こうでの滞在費なんてタダみたいなもんだった。学生の諸君は、多少無理してでも海外へ行ってみる事をオススメする。
 っていうか、なにより驚いたのは今回の駄文の長さだ。たぶん、記録なのではないだろうか。こんな長い文章はもうないと思う。疲れた・・・・。読んで下さった方も疲れたと思う。ありがとうございました。

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