春だ一番!駄文祭り

(今回はショート・ショートでお送りします)

〜 その1:想いを抱き続けて 〜

 結局、「あの人」は来なかった。
約束の時間はとうに過ぎ、もう来ない事は分かっていたのだけれど、 それでも私は待ちつづけた。
約束を破る人には思えなかった。
きっと、総武線の車両故障かなんかで遅れてるに違いない。
おそらく、あと少し待てば「待った?」とか言いながらちゃっかり顔を出すに決まっているのだ。

しかし、結局「あの人」は来なかった。
あれからもう二年近くがたとうとしていると言うのに、私は未だに「あの人」の事が忘れられず、 ひょっとしたら忘れた頃に来てくれるのではないか、 と切ない思いを抱きつづけている。

その「あの人」とは、アンゴルモア大王。
ノストラダムスが予言した、人類を滅ぼすと言われる恐怖の大王である。

 一体何人の夢想家達が、彼の降臨を心待ちにしていただろうか。なにせ人類が滅びるのである。 間違いなく、人類史上最高のビックイベントになったであろう。この、人類が何千年もかけて築き上げてきたものを一瞬にして灰燼に帰させるという、血沸き胸踊るショーが見られたであろう。私はMMRに胸を震わせ、キバヤシさんを信じて待っていたのだ。
 それなのに、ああそれなのに!!現実は無情だ。純粋な少年(誰がだ)の夢を打ち砕き、空しく1999年は何事もなく過ぎ去ってしまったのだ!

 やっぱアレかな、「死ぬなら最後の方が良いなあ。阿鼻叫喚の地獄絵図を見てから死にたいから。」とかずうずうしいお願いをしていたのが気に障ったかしら?それとも新しい髪型が気に入ってもらえなかったのかしら・・・(何それ)。
 っていうか、ホントに来ない気か? ビデオの予約を忘れて引き返したのか?遅れるなら遅れるとか、一言いうべきではないのか。
  安心しろ、別に怒ったりしないから。笑顔で迎えてあげるから、さあ、この星へおいで?ね?

 ・・・っていうか早く来んかいッ!!


〜 その2:発明は必要の母 〜

 「必要は発明の母」という諺があるが、ドクター中松曰く、「発明は必要の母」だそうだ。
なるほど、確かにそれまで無かった物でも、発明されてしまった故に、無くてはならないものになってしまったりする。電話も飛行機も、昔は無かったとは言え、無くなってしまったら近代社会は成り立たない。そう考えると、人類は便利さと引き換えに、ずいぶん不自由になってしまったものだ。

 で、身近な例では、「コンビニ・パソコン・携帯電話」が三大発明品だと思う。どれも、俺の子供の頃には身近になかったものだが、別に不便だと思う人はいなかったと思う。だが、今は無いとえらい不便だ。
  まずコンビニだが、俺は休みの日にはコンビニしか行かない日とかもあるのだ。それが「どこにも行かない日」になってしまうではないか。これでは不健康だ(あまり変わらん)。
・・・とにかく、気軽に時間を潰せるし簡単に食料が調達できるコンビニ、これが無くなってしまったらオチオチ外も歩けない(そうか?)。急にコンドームが必要になっても売ってるし(急に必要になった事ないけど)。
  ・・・しかし、冷静に考えたら、昔は夜中に食料を調達できる店なんてなかったんだよなあ。コンビニのおかげで深夜族が増えたとも言えるな。今は部屋を探す時にも、近所にコンビニがあるかどうかは重要視されていると言う。まさに我々の生活スタイルすら変えてしまったコンビニ。ビバ!コンビニ!!(コンビニが近所に無い、田舎に住んでる人ごめんなさい。)

 次に、パソコン。いやマジで、これが無くなったら俺は生きていけないんじゃねーだろーか?なにせ、今の人生の70%くらいはこのサイバー空間で生きてるしな、俺。仕事もプログラマーだから、文字通り朝から晩まで、ずーーーっとパソコンの前にいる。朝、出社したら残業が終わるまでパソコンの前、家に帰ったら寝るまでネット・・・・。もはや、パソコンが無くなってしまったらどーやって生きていったら良いのか皆目見当もつかん。
  なにせ、字だってキーボードで打つのが普通で、紙にペンで書くなんて書きにくくてしょうがない。そしてコミュニケーションは字に依存していくから、話すのが苦手になっていく一方。
  ・・・ん?なんか、俺個人の話になってるな。えーと、パソコンが無いと今の社会は成り立たないと思います。以上。ビバ!パソコン!!

 そして携帯!!ああ、コレこそ、発明されるべきではなかった、20世紀最後の悪発明ッ!!まったく、これのおかげでどれだけ「差」がついた事かッ!!そして、どれだけその「差」がハッキリしてしまった事かッ!!え?なんの、かって?「友達の多さ」のだ!!「人間関係のうまさ」のだ!!
 俺はこの「鳴らない電話」を握り締め、どれだけ切ない思いをしてきたと言うのかッ!!いっそ、無ければ良いのにッ!!無ければ、持たずに済んだのに!!なまじあるが故に、持たないと不安でしょーがないじゃあないか!!持たないと、まるで俺以外の皆がフツーにそれで連絡を取り合ってるよーな妄想にかられるじゃないかッ(持ってても連絡来ないけど)!!
 携帯め、人の不安につけこみおって!!ファッキン!携帯ッ!!

 というわけで、いかに「コンビニ・パソコン・携帯電話」が大きな発明であったか、分っていただけただろうか。え?TAKEXがいかにダメ人間かが分った?
 ・・・しまった!!


〜 その3:恐怖のサザンアイズ症候群 〜

 本屋で、「お、この漫画、面白そうやんけ」と思い、ある漫画を買ったとしよう。まあ、その時点で4巻まで出てたとする。で、4巻じゃ終わってなかったので、5巻が出たら買う。まだ終わってないので、6巻が出たら・・・
 ・・・と続けていくうちに、気がついたら20巻を突破してる。話としては10〜15巻くらいで終わるような話だったので、どー考えても間延びしてる。おい、いい加減終われよ。と思うのだが、これがなかなか終わらない。もうコミックス買うのも昔みたいに楽しみじゃないのだが、習慣でダラダラ買ってしまう。今更やめたくないし。

 読者諸兄にもおそらくこういった経験が一回や二回あるであろう。私はこれを「サザンアイズ症候群」と名付けた(なぜサザンアイズか分らない人は深く考えないように)。
そして、私は長年マンガマニアを続けていたおかげで、この「サザンアイズ症候群」にかかりそうなマンガを一早く見抜く事ができるようになった。「お、このマンガおもろそうだな・・・いや、しかし待て。たぶん人気が持続しそうな漫画だ。キレイに終われるとは思えないな・・・」と思っていると、ホントーにダラダラ続いてしまい、もはや名作でもなんでもなくなってたりするのだ。この能力のおかげで、私の本棚は名作率が高いのだ(ただ単にマイナーなのが多いだけという気もするが。)

 が、しかし!だがしかし!!私もまだまだ甘かった。つい2年ほど前、この症候群にハマってしまった。その漫画は、「残酷な神が支配する」だ!いつ終わるんじゃい、コレ!!もう、ホモは増えなくていいっちゅーねん!作者のおばはんの欲望まるだしやんけー!!
  ・・・中盤までは名作なんだから、そろそろ終わろーよ、キレイに・・・。


〜 その4:テレビ嫌いを責めないで 〜

 私の部屋にはテレビがある。だが、私はこれをぜんぜん見ない。まったく見ない。ほぼゲーム専用機と化していたのだが、最近はそのゲームもほとんどやらないので、たまにビデオを見る時くらいしかスイッチを入れる事はない。
 しかし、テレビほど現代人の共通知識となっているものは他にないのだな、と、テレビを見ないでいると痛感する。なにせ世間の大ニュースが俺にはぜんぜん分らん。社会的な話ならともかく、芸能ネタなんてサッパリだ。CMネタが分らないのもイタイ。「テレビを見る」というのは、どうやら一般ピープルの必須事項らしい。

 しかし、私がテレビを見ないのにも理由があるのだ。ツライのだ、テレビを見るのが。何が辛いって?俺より年下がガンガン活躍してるのを、見せつけられるからだ。そして、彼・彼女たちが、自分たちより年上になっても何もできないオレを、罵っている様に見えるのだ。10分も見てたらまず確実にブルーになる。1時間も連続して見る事など、私の精神力では不可能だ。

 あ、だけどNHKスペシャルとかは好きだな。若者があんまでないし。じーさん達を見てると、ちょっと安心するし。・・・しかし、実際、テレビくらいは、見ないとキツイんだよなあ、社会人として。学生の頃はそれでもなんとかなったけど・・・。今は、確実に共通の話題として、テレビを見とかんと人間関係を育てていけん。そして人間関係を育てていかないと生きていけないのが、社会人なのだ。・・・ああ、生きるって大変な事なんですねえ・・・。


〜 その5:あの頃、私は若かった 〜

 さて、今でこそ自他ともに認めるスーパー自己中鬼畜駄目人間の私であるが、学生の頃、柄にも合わずボランティアなるものに手を出した事がある。ボランティアと言ってもたいした事をやったわけではなく、子供達の引率でキャンプに一週間行くだけで良かったのだ。大学時代に私が授業をとっていたある教授がそんな企画を毎年行っており、授業の度に人手不足を訴えていたので、当時お人よしだった私は思わず引き受けてしまったのだ。今では考えられないポジティブさだ。

 しかし、引きうけたのは良いが、元来子供好きでもなんでもない私。子供が好きで集まってきた「歌のおにーさん・おねーさん」みたいな連中と仲良くできるハズもなかったりした。が、かと言って今更「やっぱやめます」とは言えない私。キャンプ当日になると、子供達の前で歌ったり踊ったりしてたのだ。この私が!!私の人生、「自分に似合わない事しちゃったねランキング」で間違い無くベスト3に入るであろうな、このキャンプは。

 当時の私は今より少しはマトモだったとはいえ、それでも子供達と遊んであげられるほど人格者でもなかった。が、子供達はそんな事お構いなしにじゃれてくる。おめーら、俺の顔見たら子供が好きかどうか分るだろーが!と思ったが、仕方ないので遊んでやる。
 今の私なら、「かくれんぼしよう。君オニね。」と言ってばっくれるくらいの事はやるのだが、当時はまだ甘かった。オセロやろう、と言うので付き合う事にする。フフ、大学生のオレに小学生の分際で頭脳で勝負を挑むとは・・・所詮はガキだな。と思ったら、負ける。「もっかいやろ、もっかい!」とすがる私に、「えー。めんどくさいな」と顔で表してる小学生。立場逆転。

 このように、小学生にもナメられてた私であるが、中学生男子にはけっこう喜ばれた。このキャンプの参加者は小学生がメインなのであるが、昔の参加者として中学生や高校生も少し来てたのだ。彼ら曰く、「こんな下ネタを話すリーダー(大学生の事)は初めてだ!」との事。ふむ、私の下ネタも少しは役に立つものだ。

 このキャンプのポイントは、小学生だけでなく中学生や高校生も来ていた事だ。つまり、女子中学生や女子高校生も僅かだがいたのである!ヤッホーイ(何語だ)とオトモダチになろうとする私・・・と思ったが、小学生につかまる。
 あの時、なぜか私はある小学校低学年の女のコに好かれまくった。なんで私だったのかは今でも謎だが、そこコだけなぜか私に集中して絡んできた。そのテの趣味の方にはたまらないシチュエーションだったのだろうが、いくら私がロリコンとはいえ流石に小学生は・・・である。っていうか、俺は女子中高生と話したいんじゃー!貴様にかまってるヒマはないんじゃー!と思ったが、三分の一も伝わらない不純な感情。で、結局帰りのバスも一緒になってしまう。
 私はその時、女子中高生たちと同じバスの予定であり、ウキウキしていたというのに(ホント、なんでこんなヤツがこのキャンプに参加してたんだ)、小学低学年バスに乗るハメになるとはッ!しかし、子供には勝てない。このコがまたスグ泣くんだな。ま、もともと子供と相手するのが本来の仕事だし(ようやく思い出しやがった)、一緒にいてやるか・・・と思ったら、俺の上に座って爆睡しだしやがった。ナメてんのかオレ様を。「あのな〜。おにーちゃんはと〜っても鬼畜でおっかないおにーちゃんなんやど〜。女のコは普通、オレの事避けて通るんやど〜。」とテレパシーを送るが伝わらず、結局東京まで寝たまま。

 まあ、なんだかんだ言って自分の上で安心して寝てるっつーのは悪い気はしないが。ちょっと父性に目覚めてみたり(今じゃないけど)。だけど、このコもすぐオレの事は忘れるんだよなー。せめて10年後まで覚えててくれるなら話は違うのだが。などと即物的な事を考え出す私。・・・しかしまあ、「無私の精神」ってのはボランティアの基本精神だよな。オレにはこれがまったくない、って事がよく分るな・・・。オレにはボランティアは向かんわ。などと、今のオレなら0.1ナノ秒で分る事を、当時の私はいちいち経験の上に結論を出していた。
 しかし、当時の私に分ったのはそこまでだった。「即物的」で、「無私の精神が無い」という事は、即ち他人に期待しすぎている、という事で、それはとても厄介で自分を苦しめる事だ、という事までは、まだ分らなかった。
 当時の私は、女子中高生は名残惜しいが、今はもうちょっと眠らせてやるか。などと、柄にもない事を思ったりしていたのだった。

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