オタクがシンドイ

 ある日、会社の同僚が俺に話し掛けてきた(大事件)。聞くと、彼が管理を頼まれているHPで、ちょっと技術的なトラブルがあったので見て欲しい、と言う。
 ん?おぬし、俺の実力知らんの?ヘボイぞ、俺。と思ったが、それを言ってしまうと「クラスに一人はいる、パソコンなんかに詳しい便利君」の立場すら失いそうだったので、引きうける事にする。

 では、さっそく家まで来てくれ、というので会社帰りに彼の部屋へ。
 ・・・!?な、なんだこの部屋は・・・!!なんなのだ、この違和感はッ!!一言で言うなら・・・「普通」だッ!!
 本棚には資格や語学の本が並び、見たことあるようなタイトルの文庫本や一般常識系の本が揃っている。テレビやコンポが綺麗に並んでおり、CDは洋楽と邦楽がバランス良く収まっている。もちろん部屋に散らかる雑誌もノーマルなファッション雑誌や若者向け雑誌であったりする。かろうじておいてあるゲーム機は当然プレステで、バイオハザードやレースゲーム、スポーツゲームなんかが申し訳程度に買ってあったりする。

 こ、この部屋は・・・俺の部屋や、俺の友人たちの部屋とは違うッ!明かに違うッ!壁は漫画で埋め尽くされ、サターンソフトがごちゃごちゃとアニソンCDに埋まり、「週間ファミ通」や「少年エース」あたりのちらかる、俺たちの部屋とは違うッ!!俺はエース読んでないけどッ!!
 ・・・いや、まあ、知っちゃいたけど・・・俺はオタクだったのだッ!!それをカナリ痛感してしまった。そりゃ、前からそんな事は知ってましたわ。ええ、そりゃ立派に自覚はしてましたわ。しかし、学生の頃は、いちいちそれを痛感する事など無かった。趣味の合うヤツとだけ付き合ってりゃ良かったからな。しかし、社会人となるとそーはいかん。否応無しに、普通の人々と付き合っていかねばならんのだ。そうすると、自分のオタクさを思い知らされる事が多くなるのだ・・・・。

 ・・・ん?ちょっと待てよ?「趣味の合うヤツとだけ付き合ってりゃ良かったからな」?なんかおかしいぞ、これって。学生で好きに人間関係が築けるからって、このスタンスがまず間違ってたんじゃなかろーか?・・・今ごろ気づくなよ、俺ッ!!そりゃ俺も学生の頃は、バイトもやってたし、学園祭の実行委員もやったし、ボランティアにも手を出したし、競技麻雀研究会もやってたし、高校時代の山岳部の連中とも山に登りに・・・・ん?けっこういろいろやってるな、俺。・・・いつからだ?こーなったの。答:社会人になってから。
 そーだ、学生の頃はいろいろやってたからそれなりに気も紛れた。が、社会人になって、家と会社の往復生活になって・・・気がつけば、オタク街道一直線ッ!!他に楽しみも無い為、気がつけば逃避場所の漫画やネットに逃避しまくり。今更コミケデビューとかしてるし。進む病。もちろん、こうなる資質は学生時代に築かれたものだ。元凶は学生時代にある。が、その病気が進行し、症状として現れるようになり、そしてそれが立派に重荷となり始めたのは、社会人になってからだ。

 だが、やはりおかしい。オタクにだって社会人として立派に社会に馴染んでいる人はたくさんいる。まあ、それがオタクのキャラを隠してやってるかオープンにしてやってるか、やりかたはそれぞれあるだろうが、オタクだから社会に馴染めない、というのは短絡的であろう。となると、やはり元凶は俺自身にあると考えねばなるまい。
 しかし、この俺の閉鎖性もまた、オタクの持つ特性の一つ・・・考えが堂堂巡りになってきたようだが、ここで一つの結論を出すことができる。つまり、「オタク」には二種類ある、と。

 一つは、ただ漫画やアニメが好きで、それが趣味なんだけど、本質は普通の人。もう一つは、漫画やアニメの世界から抜け出す事ができず、本質からオタクな人。
 ここで注意して頂きたいのは、その趣味に対する「ディープさ」みたいなのはここでは問題ではない、と言うことだ。 たとえば、休日に同人誌を売ろうが、コスプレしてよーが、普段、普通に他人と接する事ができれば、それは本質は普通、と見ても良いであろう。逆に、特にイベントなどには行かないし、アニメ雑誌を買ってるわけでもなく、漫画に詳しいわけでもなくても、その世界にとらわれ、外の世界とコミュニケーションがとれなければ、本質オタクと言えると思う。つまり、「オタク」とは趣味の内容ではなくその人の「思考回路」なのだ。「性質」なのだ。そしてその後者こそ真のオタク、オタクの病理と言うことができるであろう。

 で、当然、筆者は後者だ。私の人付き合いの下手さは、もはや「人間もどき」と言えるであろう。そしてその性質は、明かに「オタク」の持つそれだ。つまり、私は悪い意味でのオタク、その典型と言えるであろう。
 しかし、我ながら上手い分類をしたと思うが、この両オタク、前者は女子、後者は野郎に多いと思う。なぜ野郎のオタクどもはダメなのが多いのだ。俺もだけど。女達は上手に使い分けてるのに。まあ、男女ともに例外はあるけどな。やっぱ、男はその社会に染まり切り、女はいつでも女である、という男女の性質も絡んできてるんだろうが。この国の男がダメダメになっていくのと関係してそうだ。・・・ん?いかんいかん、俺のダメ人間っぷりをこの国の男性全体まで広げてしまった。

 閑話休題。だから、「オタク」だから悪いって事はぜんぜん無いのだ。むしろそこを使い分けねば、人の上には行けないだろう。そーいや、ネットの知り合いの女が言ってたが、「理想の男は、内面はスゲーオタクなんだけど普段は普通の人」だそうだ。なるほど、そんなもんかもしれん。もちろん、オタク的要素はいっさい認めない女もいるだろーが、いわゆるオタクな女の理想なら、そんなトコだと思う。だけど、「内面はスゲーオタクなんだけど普段は普通」って、女ならけっこう当たり前なんじゃねーか?理想として上げられるくらいなんだから、いかに野郎のオタクには下手なのが多いか伺える。オタク要素も、上手に使えば魅力になりうるのにね。(人事のように)

 私は自分のオタク的要素が嫌いではなかった。が、しかし!上記の様に、「オタクと一言で言ってもいろいろあるのだ」という事と、自分が悪い方のオタクに所属している事が分った事、そしてオタク的要素が社会人として致命的欠陥になりつつある以上、このままではいかんだろう。
 って、どーしよーもねー。じゃあワシはどこにいっちゃうんですか?(←これがいかんのだ) 取り得る道は、オタクをやめるか、正しいオタクに生まれ変わるか。どっちも無理そうだな。というより、今更「自分をやめる」事はできないんだな。自分を変えていく事は可能かもしれないが、自分をサッパリやめて新しい自分になんてなれません。俺もいい加減、自分である事に慣れなきゃいかんな。ま、俺だけじゃないけどさ。ここのオタク分類で後者になっちゃう問題オタクの諸君に必要なのは、性質改善ではなく「自覚」なんだろうね。優先順位として。でないと、ただ「ウザったい存在」で終わっちゃうからな。

 そう、「オタク」をやめるわけにはいかんのだ。誰でも自分で自分を受け入れつつ、社会の中で生きていかなければならない。社会に馴染んでいかなければならない。「今の自分は問題があるらしい、じゃ、やーめた。」なんて事ができるほどに人間は便利にできていない。今までの人生で築かれてきたものは、良くも悪くもやりなおしはできないのだ。その築いてきたものを含めて、「自分」だからだ。多少の「修正」はきくが、「全とっかえ」はできない。問題は、「消化」(もしくは「昇華」)していくしかない。
 俺らは、ただその消化すべきそれが「オタク」という性質だっただけ。だが、これはけっこうシンドイ部類のものだったりする。オタクはシンドイ、のだ。

 ・・・ぶっちゃけた話しちゃうと、オタクだオタクじゃない以前に、俺は生き方をどっかで間違えた気もしないでもない今日この頃だったりします。オイ、じゃ今回の駄文はなんだったんだ。

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