僕に踏まれた街と僕が踏まれた街 <中編>
彼には大学時代、デビット先輩(仮名)という仲の良い先輩がいた。彼の所属していた組織では一番仲の良い先輩で、時には相談にのってもらい、時には共に遊び、辛い時も楽しい時も共に過ごし、他人には気持ちが悪いくらい仲が良かった。
そして、その先輩は彼の二つ上だったのだが、先輩の同学年にゲイル先輩(仮名)という男がいた。この男もどちらかというと我々系で、けっこう三人で一緒に遊ぶ事も多かった。その組織のメンバーで旅行に行った時なども、わざわざ旅行先で三人で別行動をするくらいだったから、やっぱり仲が良かったのだろう。まあ、三馬鹿トリオと言ったところである。
さて、この組織に、シモーヌ(仮名)という後輩が入ってきた。彼女も我々と同系列で、この三人と仲良くなるのにそれほど時間はかからなかった。ただ、良くない事には、この三人はみな女性に縁がなかった。そこへ一人の女性が入ってきたのだから、平和が維持されるハズもなかったのである。
やがて、彼とデビット先輩は、次第にお互いを牽制する様になっていった。だが、彼にそれほど焦りはなかった。彼は彼女とは二人で遊びに行った事もあったし(何でも無い事だと今にして思うが)、それなりに自信があったようである。
ある時、彼とデビット先輩とシモーヌの三人で遊びに行く計画が立てられた。今の俺だったら「そんな三人で遊びに行けるかボケーッ!!」と逆ギレするところであるが、当時は今ほど歪んでなかったので割と楽しみにしていた。が、先輩のバイトの都合で行けなくなってしまった。そして、この企画は流れた。
・・・と思っていたら、実は流れてなかった。デビット先輩とシモーヌは、その日、二人でディズニーランドに行っていた事と、その時すでに付き合っていた事が、後日判明した。へ?と思った。しかも、その日ディズニーランドでたまたま来ていた組織のメンバー達と先輩達は会っており、知らなかったのは彼だけであったようだ。このあたりの事情は、そろそろ時期と感じたデビット先輩の口から聞かされた。
その時、彼は二人が付き合っていた事よりも、自分に先輩が隠し事をしていた事の方がショックであった。しかし、「まあ、先輩も俺に気を遣ってヒミツにしておいてくれたようだし・・・ここは後輩として祝福してあげねばなるまい。」と、それなりに納得していた。
とまあ、ここまでで話が終われば丸く収まるのであるが。本題はここからなのである。
デビット先輩と付き合う事が公然の事実となった後も、彼はシモーヌと一緒に遊んでいた。彼氏がいる女とズルズル二人で会っているとロクな事がないのであるが、分っちゃいるけどやめられないのが人間である。彼と二人で会ってくれる女性は他にいなかったし、彼としても頼られるのは気分が良かった。デビット先輩には直接言えないような先輩のグチを彼が聞き、それを彼が先輩に諭し、仲を取り持つ・・・とまあ、お人よしじゃなければしないよーな余計な事まで彼はしていた。それでいてなぜか優位にたっているような、ヘンな感覚まで持っていたのである。
やがて、デビット先輩は卒論などで忙しくなり、彼とシモーヌが二人で会う機会はますます増えていった。そして、自然と話題もディープなものになっていった。そんなある時、どちらが話すとも無くセックスの話題になっていた。そして彼女は、自分には彼氏の他にもセックス・フレンドがいた時期がある、というような話を彼にした。その時彼は、「まあ、このコなら可愛いし、そういう事が過去にあっても不思議はないやろ」くらいにしか考えず、とりとめのない話題の一つとして、その話も埋もれていった。
ある日。二人は夜の学校で会っていた。彼の通っていた大学は夜になると門がしまってしまうのであるが、適当に忍び込んだ。まあ、よくある青春グラフティの一端と言えよう。
夜の学校と言うのは、意外とムードがある。と書くと言い訳がましいのだが、この夜、彼はちょっと一線を越えてしまった。(注:ちょっとだぞ。)これで彼はかなりデンジャーな海に片ヒザ突っ込んでしまったのだが、若い彼はそんな事まで考えはしなかった。すでに夢見心地であったようである。彼女の方がどう思ったかは知らないが、少なくともこれで距離が近くなったと思ったのだろうか。その夜、彼女はこんな話をした。
「・・・以前、セックスフレンドがいたって話しをした事あったでしょ?・・・実はアレ、ゲイル先輩なの・・・。」
・・・・・・・・・・・・は?・・・なんつった?彼女の言った事実があまりにショッキングであり、彼はしばらく理解できなかった。そして、意味を理解し、言葉を失った。じゃ、その時付き合ってた人って・・・デビット先輩!?・・・っていうか!めっちゃ最近の話じゃねえか!?彼はてっきり高校時代かなんかの話だと勝手に思っており、「哀れな男もいたもんだ」と人事のように思っていたが・・・人事じゃなかったのである。じゃあアレか、ゲイルさんはそーゆー事をしておきながら、いけしゃーしゃーと俺たちの部室に顔を出し、俺たちと話していたワケか!?俺は彼氏もセフレもいる女に、今まで尽くしてきたワケか!?
いいツラの皮である。いや、これほどマヌケな男も他におるまい。今まで彼は、自分は二番目だと思っていた。一番はデビット先輩かも知れないが、それは仕方ない、だが俺は二番目なのだ、と。それで彼はナサケナイ事に満足していた。が、二番目ですらなかった。マヌケである。コレ以上無いほどマヌケである。
その後、彼は今までになかったほど落ちこんだ。春休み中の出来事であり、学校はすでに休みに入っていたのだが、次の日のバイトでも誰でも分るよーなくらい落ちこんでいた。それで、つい、同じバイト仲間であり、同じ組織の人間であったアーサー(仮名)に、よせば良いのにこの話を相談してしまうのである。
当然、彼も組織の人間関係は知っていたので、彼と共にキレてくれた。それで強気になった彼は、その怒りをぶつけるべく、ゲイル先輩に電話する事にしたのである。
時はバイトの休憩時間。さっそくゲイル先輩の家に電話をした。先輩は大学の側で一人暮らしをしていたのだが、今は就職した会社の関係で引っ越しており、横浜と東京の境くらいの場所に住んでいた。先輩は留守であった。仕方が無いので、留守電にメッセージを入れた。
「あのー、伊藤ですけど。突然ですが、もう俺らの前に姿見せないでくれます?」
詳しくは言わなかった。が、これで先輩は分るだろう、と思った。
さて、バイトが終わる夕方になって。突然、彼の携帯がなった。電話の相手は、ゲイル先輩の彼女の、ジュリア(仮名)であった。彼女もまた、彼と同じ組織の人間であり、彼と同学年であった。「ほえ?なんでジュリアが電話してくるの?」と思ったら、彼女曰く、「伊藤が入れた留守電は聞かせてもらった」との事。ほえほえ?
当時、彼は知らなかったが、ゲイル先輩とジュリアは半同棲しており、彼はジュリアがいるとも知らずに留守電に過激なメッセージを入れてしまったのである。とりあえず、その日、彼とジュリアは会う事になる。
最初は「こりゃヤバいか?」と思った彼であったが、よく考えたら俺とジュリアはお互い被害者だ(ぜんぜん違うが)。うまくすれば共同戦線を張れるかもしれん!そうなればもうこっちのものだ・・・とばかりに、逆に足取りも軽くジュリアとの待ち合わせ場所に向かうのだった。それが更に彼を追い詰める事になるとも知らずに。
ジュリアと会う前に、彼は少し考えた。サテ、どう切り出したものか?いくらなんでも、自分の彼氏がそんな事をしていたというのは、彼女にとってショックであろう。ま、いいや。なるようになれだ。そしてジュリアと、ある飲み屋で会った。
そして彼女の口からは、意外な言葉が発せられた。実は、彼が留守電を入れた直後、ゲイル先輩は帰宅しており、問い詰められた先輩は、事もあろうにジュリアにすべてゲロっていたのである。
ハアァァァア!?よりによってあの馬鹿、誰に話してるねん!!と思った。そして、その後に続く言葉はさらに衝撃的であった。「ゲイル先輩が過去にそういう事をしていたのは許せないけど、彼は私の恋人だから、私は守らなければならない。伊藤が彼を攻撃するつもりなら、私はそれを全力で阻止する。」のような事を、ジュリアは言うのだった。ハア!?君、それマジで言ってるの?おめーもキズつけられた仲間だろ!?俺ら側に来るのがスジちゃうん!?・・・と、身勝手な事を彼は考えていたので、ジュリアのこの宣言はショックであった。
・・・なにそれ?・・・愛?それが愛ってヤツですか?いや、俺もウワサには聞いてましたが、実際に見るのは初めてですわ!っていうか、馬鹿じゃねえのか!!と思った。そして、彼女は彼に絶望的な現実を見せつけて、帰っていった。
・・・このままでは俺は孤立する。っていうか、腹の虫がおさまらねえ!俺がこれだけ苦しんだのだから、他の人間も苦しむべきだ!と、アホな事を考え始めた。今にして思えば、みんな充分苦しんだであろう事は容易に想像できるのだが、当時の彼はそんな事はこれっぽっちも考えなかったのである。そして、よせばいいのに・・・・って、今回このフレーズが多いが、次の行動こそ、今回で一番よせば良かったのに・・・・デビット先輩に、この事実を話してしまうのである。
デビット先輩のショックは、それは大きなものであった。恋人ばかりか、親友(かどうかは知らんが四年来の友)にまで裏切られていたのである。そのショックのでかさは、察するに余りあるものがある。そしてデビット先輩は、これはもう我慢できないから、彼女と別れる宣言をするのだった。
・・・よし、これですべては丸く収まると言うもの。と、鬼畜な彼は、その時そう思った。
が、その期待も、アッサリと裏切られた。結局二人は、その後も付き合い続ける事になった。終わって見れば、ゲイル先輩とジュリアも、デビット先輩とシモーヌも、どちらのカップルも壊れないまま、ただ俺だけがそこの人間関係からドロップアウトしただけで、このトラブルは幕を閉じた(ホントはこの時点では閉じてないんだが、キリがないので閉じたということにしておく)。
もはや、昔の関係には戻れなかった。彼が広げた傷口で、彼が苦しむ結果に終わったのだから、自業自得と言わざるをえないが。
いや、苦しんだのが彼だけなら良い。結果的に、彼は彼が広げた傷口で、多くの人間を苦しめる結果になってしまった。
そもそも、賢明な読者諸兄はお気づきの事と思うが、彼は夜の学校で似たような事をしているのである。もっとも、ゲイル先輩ほどの事はしてはいないとは言え、そんなものは五十歩百歩だ。彼とて、同じ穴のムジナ。被害者ズラしてぎゃーぎゃーわめく権利など、始めから持ち合わせてはいなかったのである。
だが彼は、もがいた。あがいた。見苦しいほどに。そして、ますます自分を、他人を、苦しめてしまった。だが、当時の彼は、自分の事しか考えていなかった。ま、それは今でもだが。閑話休題、それで彼は、納得できなかった。他者の苦しみなど、目に入らなかった。
俺が何をした?俺が何を得た?なぜ俺が、なにも持っていない俺が、何も残らない俺が、更に苦しまねばならぬ!?それは理不尽ではないのか!?結局あの四人は、今でもその愛が残ったと言うのに!そもそも、彼らは四人とも大学側の一人暮組ではないか!!本当に愛なのか!?ただ寂しいもの同士、くっついただけではないのか?俺と、彼らとどこが違う!?俺はそんなに劣った人間だと言うのか・・・!一人暮らしだったからこそ、恋人の他にもセフレを持つ事までもできたにすぎんのではないか!決して、人間的魅力で勝ち取ったものではない・・・。いや、その一人暮らしの部屋とて、彼らが自力で得たものではない。すべて、親のカネではないか!労せず、与えられたものではないか・・・。それでなぜ、彼らが俺より優位に立たねばならんのだ!?
そこには正義も大義も無かった。ただ妬み、嫉み、見苦しい男の姿が、そこにはあった。
・・・理不尽・・・理不尽・・・理不尽。理不尽に見えるのは、自分を客観的に見れていないからなのだが、まあ、当時にそんな余裕はなかったわな。ただ、憎んだ。他者を、自分を、憎んだ。憎む事でしか、その歪んだエネルギーを処理できなかった。
・・・クズども!・・・クズども!・・・クズどもッ・・・!
そう思うだけだった。
だが、やがて落ちついてくるにつれ、次第にその考え方は変化していった。負けたのは、俺に魅力が無かったからだ。苦しむのは、俺が無能だからだ。そう、俺がダメ人間だからだ。愛する能力も愛される価値もないからだ。そう、変化していった。そして彼の世界は、次第に閉じていった。
続く