窓の無い部屋の天使達
去年の夏前の事であった。私は、ある事情で落ちこんでいた。ある事情、と簡単に書くが、私の今までの人生でも1,2を争うブルーウェーブの時期だった(私の人生、と言っても平坦なものだが、まあ私なりに辛い時期だったと思っていただければ嬉しい)。
そんな時期、私はネットや漫画などで風俗の話を見聞きする機会が多かった。特に太宰治の風俗で心安らいでいる姿には、救いを見たような気がした。私はそれまで風俗には行った事がなかった。が、フト思った。「・・・行って見るか。風俗・・・」と。
行くとなれば、さっそく下調べである。ヤバイ店に入ってボラれたらつまらん。私の友人にも風俗好きが何人かいるが、予備知識ナシで飛びこめばまずボラれる、というのは常識のようである。ネットで安心できそうな店を何店か見つける。そしてある休日、ついに私はある店へ足を運んだのだった。
わざわざ店の近くまで来たは良いが、さあ行くぞと気軽に入れるものでもない。なにせその中はおそらく私の想像を絶する世界なのだ。嫌が応にも緊張し、「初めてエロ本を買いに来たがなかなか買えない中学生」のように店の周りをウロウロする。が、風俗街でそんな事をすれば客引きのエジキである。うざったくなったので、ひとまず近所のロッテリアに避難する。
ロッテリアでコーヒーを飲みながら、さっき本屋で買った漫画なんかを読んで時間を潰す。当然、漫画の中身など頭に入って来ない。さあ、どうする?やっぱ帰るか?いや、だがここまで来てそれも・・・。そうだ、とりあえず会員にだけなろう。そうすれば電話で予約とかもできるし、今日のところはひとまず引き上げよう。うん、そうしよう(←このように決断を先延ばしにする男はまず大成しない)。
さあ、そうと決まればとっとと終わらせよう。その後も多少の躊躇はあったが、ついに私は、風俗店のドアをくぐったのだった。
「いらっしゃいませご予約のお客様ですか?」
いえ、あの、その、ご予約ではなくて・・・
「初めてのお客様ですか?」
はい、その、まあ、初めてですが・・・
「ではこちらでお待ち下さい」
あ、あの、会員になりに・・・
「あ、このカードがお客様の会員証になります。では、こちらでお待ち下さい。」
・・・あれよあれよというまに、どうやら今日が風俗初体験になってしまった私。・・・すげえ緊張してくる。とりあえず待合室の漫画を読む。・・・俺、なんでココにいるのだ?という思いと、ほのかな期待とが、私の胸の中で複雑に入り混じっていた。・・・そして、その時が来た。
「お待たせいたしました。奥の部屋、○号室になります。ノックをしてから、お入りください。」
つ、ついに来るべくものが来てしまった。お金は払ってしまっていたが、「やっぱいいです」と言って帰ろうか?とまで思う。だが、ここまで来てそれは、流石の私でもどうかと思い直し、店員に言われたドアをノックするのだった。
部屋に入ると、女のコが一人いた(当たり前だ)。けっこう可愛いコである。私は風俗は初めてである、と告げると、そのコも今日が初めての仕事だ、と言う(後日この店のHPで見てみたら、ホントに初出勤のコだった)。お互い初めて同士と言うワケだ。・・などとほのぼのしている場合ではなく、彼女は私の服を脱がしてきた。当たり前と言えば当たり前なのだが、かなり焦る私。その時彼女はまだ服を来ていたので、先に裸になるとなんとも言えないナサケナイ気持ちになる。
やがて彼女も裸になり、二人でシャワー室へ。・・・と、ここまで書いてきたが、流石の私もこの後のイロイロを具体的に描写する気はない。レティクルが18禁サイトになってしまう(すでにR指定な内容だと思うが)。で、結果まで飛ぶが、結果は、ダメだった。別に彼女が悪いワケではなく、彼女は頑張ってくれたのだが、私の方がダメだった。実は、別にこの日だけ調子が悪かったのではなく、私は、いつもダメだった。それは前から私の悩みの一つだったのだが、「もしや風俗なら大丈夫かも?」と淡い期待を抱いてきてもいたのだ。だが、それは自分自身により裏切られて終わった。もう一度書くと、彼女が悪いわけではなかったのだが、申し訳なさそうにしていた彼女が印象的であった。
それから、半月がたった。そして、その頃の私はさらにアクシデントを起こしており、半月前より一層ブルーになっていた(人間、落ちこんでいるとロクな事をしないものだ)。そして、今度はすんなりと、同じ店のドアをくぐっていたのだった。前回不発に終わったので、再チャレンジ、という意味もあっただろうが、当時の私には逃げ場が必要だった。それが、風俗の店だったというだけであろう。そして、この日が、ある意味運命的な日となった。
今度の相手の女性は、様々な意味でベテランであった。まず、こちらが不具合を持っている事を告げると、慣れたもので、ソレ的な事は一切せず、まずは私を安心させる事、リラックスさせる事からはじめてくれた。こういう気遣いは、何気に相手の心を打つ。上手く表現できないが、なにか暖かいモノで包まれたような感覚、恋人同士ってこんな感覚なのかな?といった感覚に満たされたのを覚えている。思えば、こんなにも他人に心を許したのは何年ぶりだっただろう。ついさっき、出会ったばかりの女性だ。45分17000円で契約しているだけの女性なのだ(45分の契約だったからこそ、というのもあるのかもしれないが)。
たかが17000円だ。別に、店の女の子がそこまでする必要はなかったと思う。ダメなのは男の責任だ。それ以上の事など、契約にないのではないか。
しかし彼女は、私を受け入れてくれた。話を聞いてくれた。ほとんどカウンセリングである。風俗嬢の仕事ではないのではないだろうか。そしてそのまま、気がつくと事は終わっていた。ちょっと自分でも信じられない瞬間だった。「女性とは女神であり娼婦である」という言葉を思い出し、そのまんまやないかい、と思った。
そんな思い出が、私の中で「愛」として認識されていくのに、そんなに時間はかからなかった。45分17000円の、愛。しかし、その間だけでも私は満たされていた。同じ思いができるなら、45分17000円どころかその10倍、いや20倍出してもかまわないが、おそらく100倍だしても無理のような気がする。あの時、あの場所でしか得られないものを感じた。それを「愛」と形容したかったのだ。 「愛はカネで買えないってのは嘘だ。買い方を知らないだけさ」 と言っていたヤツがいたが、そんなもんなのかも、と思った。
あれ以来、風俗には行っていない。まあ、金銭的な理由もあるが、それ以上に、怖かった。先日の彼女が、私に尽くしてくれた事も、所詮は金のつながりでしかない。回数を重ねれば、それを確認する事になるだろう。それが嫌だった。現実を見つめるより、思い出としてとっておきたかった。と同時に、彼女以外の風俗嬢の世話になる気も、また無かった。自分の相手をするのはなかなか難儀である事を知っているし、だったら無駄な事に金を遣うのもアホらしいし、相手の女性にも失礼だからだ。
しかし、なにはともあれ、私は彼女に、少なくともあの時は救われた。なるほど、太宰が売春宿に通ったのも分る気がする。そこは心を癒してくれる場所だ。そこには金を払っただけの見返りがある。その見返りとは、「安心感」だ。拒否されることの無い、安らぎ。性的な事は、それを引き出すキッカケにすぎないのではないだろうか。・・・いや、それもやはり目的の一つなのだろう。それが男の哀しさだ。そしてそこにはその人間の本性が現れる。
彼女たちが私を救った様に、今日も彼女たちはたくさんの男たちを癒しているのだろう。そしてそれは、とても大変な事だと思う。彼女たちは、女神のようだと思う。もちろん必ずしもそうとは言えないのも分っているけれど、私はそうは思わない。いや、思えないだろう。そのこだわりを捨てる事ができれば、私も再び風俗に行けるのかもしれないが。今はまだ、それを大切にとって置きたいのだ。
すべての「窓無き部屋の天使達」に、この回を捧ぐ。