「TAKEX」という記号
大学も三年の終わり頃から、授業も少なくなり、コンピュータールームでネットにふける事が多くなった。家でもネットにつないでいたが、当時は今ほどネットにハマっておらず、テレホにも入ってなかったのだ。
そんな私のお気に入りサイトの一つに、「全商品裁判所」があった。ある日、コンピュータールームでジュリア(自伝参照)に会った私は、さっそくそのお気に入りのサイトをジュリアに教えた。すると彼女は言った。
「伊藤の陳述(書きこみ)はどこにあるの?」
へ?ないけど?
「だってこーゆーのって参加するから面白いんじゃないの?書いた事ないなら書いてみれば?」
衝撃を受けた。それまでの私は、ネットは見る専門で、チャットはおろか掲示板にも書きこみをした事が無く、また、書き込みをするという発想もなかった。なるほど、だが言われてみれば、参加型のサイトではカキコんでナンボだ。適当なテーマを選んで陳述を始める私。
すると面白い。レスや反論が来た時の面白さは予想以上だ。瞬く間にハマり込んでしまい、裁判所の常連として認識されるのにもそんなに時間はかからなかった。ちなみに、私のネット友達では一番古い、赤蝮と知り合ったのはここである。
さて、とはいえ、当時はそれでもまだ今ほどハマってはいなかった。その後学年も変わり、私は大学四年になり、6月のある日、私は22歳になった。
そんなある日、私は「もう大学四年になっちまったー。もう大学には出会いはねー。もう学生生活も終わりなのにときめきなメモリアルも作れねー。」と電話でジュリアにグチっていた(かなりウザかったと思う)。すると今度は彼女はこう言った。
「チャットとかやってみれば?伊藤はジョジョが詳しいからジョジョのサイトでも行ってみるといいんじゃない。」
「は?チャットなんかした事ないっす。しかもジョジョなんて野郎しかおらんのとちゃうのか。」
「何言ってるの、ジョジョは女のコのファン多いよ。」
結局、言われるがままに、ジョジョのサイトでチャットがあるところを探す事にする。「ジョジョの奇妙な冒険」で検索かけたら即「ジョジョネット」がヒットしたので、そこの「チャット」のカテゴリの中からいくつか選んで覗いて見る。(余談だが、このジョジョネットの前身である「ジョジョの奇妙なHP」というサイトを、私は好きでよく見ていた。この頃よりさらに2年ほど昔で、当時に書き込みをしていればジョジョネット界ではかなりの古株になれたのに・・・と臍を噛んだ。だが、私が当時の「奇妙なHP」受けた影響は大きく、現在のレティクルにもその名残があったりする。)
いくつかをざっと見た結果、「THE WORLD21」というサイトが面白そうだったので、私のチャット初体験はここにする事にした。 しかし・・・チャットって、一体何を話せばいいんだ?周りに馴染めなかったらどうしよう・・・ええい、失敗したらまた別のサイトに行けばいいさ!とにかくGOだ!・・・と決意を固め、私は入室ボタンを押した。
するとどうだろう。周りの人たちは、新人の私を快く受け入れてくれた。さて、平和なチャットが展開されるかと思いきや・・・どうやらちょっと(だいぶ)変なヤツが入室してきて、私に絡んできた。
「TAKEXくんって言ったっけ?ちょっとここ座んなよ。ここ。」
こういう手合いをヘタに刺激するのはイヤだったので、何とか穏便に済ませようとする私。む、これはもしやジョジョのワンシーン?と思った私は、ジョジョの会話で返す事にした。それがおそらくジョジョチャットでの流儀であろう。
「ショバ代ならすでに払いました。カネなら無いです。」
「警備員にかァー!んな事俺には関係ねえんだよーッ!!」
その後彼はすぐ落ちて(退室して)いったが、この会話が周りにウケた。ジョジョサイトといえども、あのように瞬時に反応できる人はなかなかいなかったらしい。そして私はこのサイトの常連となった。そして、この日絡んできた変なヤツというのが、シンジである。また、とももこの日チャットにいたのだが、二人とはこの後も長い付き合いとなる事になる。
そしてお約束通り、チャットにハマると加速度的にネットにハマるようになる。さっそくテレホに加入し、夏が終わる頃にはISDNまで引いていた。家でもネット、学校でもネット、である。裁判所や21だけでは飽き足らず、ガンダムサイト「リリーマルレーン」やモテモテ王国のサイト「モテモテ王典」にまで触手を伸ばす私。果てには自分のHPまで作ってしまった。それがこのレティクル座の前身、「惑星アニカ」である。1999年10月15日の事であった。
今にして思えば、あの時ジュリアに勧められなければこんなにネットにハマる事もなかった。今では現実よりネットの世界に生きている。良かったのか悪かったのかは微妙だが、やっぱりあの女の言う事を聞いていれば間違いはないのだな、と思い、ちょっとムカついた。
さて、私は一連のネット生活の中で、ごく一部例外もあるが、基本的にHNは「TAKEX」で統一している。TAKEX!今では本名より呼ばれる機会が多いんじゃねーかという名前である。ネットでの私の人格、ネットで一人歩きしだした、もう一人の私。だがしかし、それは現実の私とイコールではない。私にとって都合の悪い部分は極力見せないで済む、「作られた私」である。
そりゃ、だからと言って、ネットでの「TAKEX」が理想人格なワケでは、当然無い。「TAKEX」にも私と同じ問題点が、「TAKEX」ならではの問題点が、多々あると思う。だが、現実の私より遥かにマシだ。実際に私に会ってみて、失望した人も少なからずいるのではないかと思われる。実際にはナヨナヨしてるしフラフラしてるのだが、そういうトコロもネットでは見えないし。もっとも、最初ッから何の期待もされない、というのも、それはそれで寂しいものがあるのだが。
気がつけば、私が「TAKEX」というHNを使い始めてから、三年がたとうとしている。TAKEXを使っている時間、即ち、私がネットの世界に生きている時間だ。この三年間の間に、私とTAKEXは、近づいたと言えるのだろうか。かけ離れたと言えるのだろうか。それはとても難しい問題だ。私もTAKEXも、時間と共に変化しているからだ。
だが一つだけ言えるのは、私はこの「TAKEX」に大いに救われたという事だ。現実の辛さや、現実の自分の嫌な部分から逃避させてくれたし、何よりネットから広がる世界との接点を作ってくれたのだから。時にはこの「TAKEX」により追い詰められ、苦しめられる事もあったが、それでも得られた物の方が大きかったと思う。もし私が「TAKEX」に潰される事があるとすれば、それは現実の私の落ち度であるに過ぎない。
そして本名と似ているこのHNが私は気に入っているし、TAKEXを名乗って良かったと思う。今のところ、ネットでは声も表情も、その場の空気も伝える事はできない。まあ、声くらいならなんとか私のパソコンでも伝える事はできるが、今後いくら技術が進歩したとしても、「モニター越し」の環境は変わらない。それは「現実」ではない。「架空」の空間に過ぎない。
だから、その「架空」と「現実」とをつなぐ「TAKEX」に、私は今後もお世話になるだろうし、「TAKEX」もまた、周りの人たちのお世話になるのだろう。それが、「架空」の「世界」だ。時に現実と混ざり合い、時に現実と拒絶し合う、あらゆる混沌と無限の広さを持つこの世界が、私は好きだ。その空間の中の「TAKEX」も、それを取り巻く人たちも。それはまた、一つの「世界」。それで良いんだと思う。
もう一人の私、「TAKEX」と、TAKEXと知り合ってくれた全ての方々に、今回の駄文を捧ぐ。