僕に踏まれた街と僕が踏まれた街 <後編>

 仲の良かった先輩に、好きだった後輩に、仲間だと思っていた同輩に、もっとも身近な人たちを傷つけ、傷つけられた彼が、唯一自分の心のバランスを取る方法が、自虐だった。それも、女の子がよくやっているような、カッターとかで自分を傷つける肉体的なものではなく、精神的なものだ。「自分はダメな人間だから、なにも得られなくてもしょうがないんだ。所詮俺は負け犬・・・負け組の人間なんだ。」と自分自信を納得させないと、沸き上がって来る怒りを処理できなかった。

 そしてそんな傾向は、ある日を境に加速する事となる。

 ゲイル先輩は既に卒業していたのだが、後輩にも人気のある先輩だった為、その組織の飲み会には顔を出していた。が、流石のあの事件の後はそれも気まずく、飲み会に顔を出す事もなかった。
 それはある日の飲み会の時だった。その日もゲイル先輩は飲み会にこそ来ていなかったが、恋人であるジュリアに会う為、大学近辺へ来ていた。それだけでもぶっ飛ばしたい気持ちであったが、もう片付いた事件を自分の為に再燃させるのもアレなので、彼は黙っていた。
 しかし、先輩が近くまで来ている事は周知の事実となっており、事件を知らない大多数の人間はなぜ先輩が飲み会に来ないのか不思議がっていた。彼は、「良い気味だ」くらいに思い、少し気分が良かった。
 だが、その平穏はすぐに破られる事となる。シモーヌが、フト飲み会を抜け出した。よせば良いのに彼は彼女の後をつけた。いや、つけなくとも彼には結果は分っていたのだが・・・ゲイル先輩に会いに行っていたのだった。

 「・・・なんだそりゃ!?」・・・それが彼の思いだった。カップルはどっちも壊れなかったけど、せめて、せめてあの二人の関係は壊れたと思っていたのに・・・幻想だった。もっとも、その二人の関係が壊れる理由なんてどこにもないのだから、無理はないのだが。それでも彼にはショックだった。自分だけが・・・結局、自分だけがダメージを受けて終わった。その事がショックだった。俺が何をしたというのだ!?(いろいろやってるっつうか張本人なのだが)
  「結局俺はなにも良い思いをしていない」それが彼の思いの全てだった。

 その日、酒の勢いもあってか、彼はけっこう荒れた。家に帰ってからも、荒れていた。そして、ちょっとした事件を起こし、更に最悪な・・・両親に事の次第を追求されたのだった。そりゃ、心配する親の気持ちも分る。しかし、この上なくカッコ悪い話だ。話たくない気持ちも分って欲しい。しかし親父もこうなると引かない。何が何でも聞き出さないと納得しないタチだった。
 そして、話す事になった。自分のマヌケっぷりを。一番聞かれたくない人たちに。

 そして、親父の感想はこうだった。
「・・・ありふれた話だ。男と女とは、本来そういうものだ。」
 どうやら、俺はありふれた話のありふれた敗北者だったらしい。そう思った。
と同じに、「所詮、肉親とは言え他人に他人の気持ちなんて分らないのだな」と知った。

 そして、とりあえず、この事件は彼の中で一段落がつく。彼もこの事件について考える事は少なくなっていった。が、その事件は後々まで彼の価値観に影響を与えた。
 話はそれるが、大学を卒業してから、彼は更なる打撃を別の事件で被る事になる。まあ、それも自業自得の事件だったのだが・・・。そこで受けた打撃は彼の人生最大のものとなり、絶対的にその後の彼の価値観を決定づけた。そういった意味で、彼の中での事件の規模は後の事件の方が大きいのだが、「方向性を決めた」と言う意味では、今回のこの事件の方が重要性は上のように思う。後の事件の方はそのトドメを刺したにすぎない。どーでもいー事だが。

 閑話休題。しばらくして、三年も終わりに近づいていた。この頃から、ゆっくりとだが、彼はすべてに対して否定的になっていった。授業は適当だったし、部活も適当。二年の頃まで参加していたボランティアも辞め、新しい事にチャレンジする事もしなくなっていた。次第次第に、閉塞感が彼を支配していった。卒論のテーマには、「自殺」を選んだ。今の自分には、これ以上ふさわしいテーマは無いように思えたのだが、冷静に分析できないと言う点でテーマとしては失敗していたと思う。

 やがて、四年生、最高学年となる。と同時に、学生としては最後の一年だ。この一年が終わり、卒業したら、社会人としてやっていかなければならない。社会人!なんと自分にふさわしくない響きであろう。しかし、順当なイベントとして「就職活動」が彼の前に立ちはだかる。自分に自信なんてこれっぽっちもないと言うのに、自分を売り込む面接などできるハズもない。が、この頃の彼は今の私よりはマシだったのだろう。なんとか一社の内定をもらう事ができた。

 もう、就職活動をクリアしてしまえば、四年生なんてヒマなもんである(忙しい四年生の方ごめんなさい)。夏前にネットにハマり、夏が終わる頃にはすっかり「ネットの人」となっていた。それだけならまだ良いのだが、だんだん現実から遠ざかって行った。もはや、残された大学生活などどうでもよかった。しかしそのツケはしっかり回ってきて、卒論発表会で大失敗してしまい、それを部活の後輩達に見られるという失態を演じる事となる。

 そんなこんなで、卒業式がやってきた。卒業式当日、彼はサボるつもりで部屋で寝ていた。どうせ卒業証書は郵送してもらえると聞いていたし、自分が卒業式に出る事に違和感もあった。が、「卒業式くらい出ろ」とある人からの電話で起こされたので、仕方なく出る事にした。
 卒業式は、つまんなかったので遅刻した上に本読んでてしかも途中で抜けた。でも、そのへんでフラフラしてて部活の飲み会にはしっかり出た。タダだったし。

 一通り終わって、買える時にフト思った。俺はこの街にあと何回来るのかな。少なくとも滅多に来ない場所になるだろうし、学生として来るのがこれで最後だと思うと、少しだけ感慨深かった。矛盾した表現だが。
 思い返して見て、大学生活がなんだかんだ言って一番自分に影響を与えてくれたな、と思った。良い意味でも、悪い意味でも。彼はこの街で好き勝手にやって、その結果好き勝手にやられた。彼がここで笑ったり憎んだりした結果は、彼がここで笑わせたり憎ませたりした結果なんだなと、なんとなくだが分った。彼はこの街で、自由だった。そして、この街は「僕に踏まれた街で僕が踏まれた街だな」と思った。俺が踏んだ分、俺はこの街に踏まれたんだと思った。

 僕に踏まれた街と僕が踏まれた街に、この駄文を捧ぐ。

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