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関東と関西〜〜〜テーマパークと遊園地 ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(以下USJ)は騒がしい。 オープンした時も全米で話題のテーマパークが日本上陸,と騒がしかったのだが,今 年も後半に入ってから 賞味期限の切れた食品を出す 火薬の不正使用 社長退任 と,次から次に流れるニュースがバンバン流れている。 まぁ,代わりに入場者数が落ち込み,人気アトラクションは中止され,客が来ずに園 内は騒がしくないようである。 シャレにもなっていないが。 これらの事件を考えてみると,一つのことが考えられる。 USJが東京にあったら,こんな事件が起きただろうか? たとえば東京ディズニーランド(以下TDL)の場合。 本来,あの場所は千葉県であるが,わたくしめのように全く別の場所に住んでいる者に とって,東京との区別がつかない。 現代の,人工都市としての東京と,だ。 元来,東京っていうのは人工都市である。 徳川家の江戸開府以来,豊臣秀吉により元々の拠点である東海地方から追い出された 地が江戸を中心とした関東地方。 その拠点として江戸は整備された。 その整備が完全に終了したのは,元禄時代。 その間に何度も起きた大火によって江戸は潰され,よみがえり続けた。 それが現在の東京へと変わり始めたのが明治維新後。 元の江戸を侵食するようにビルディングが建ち,道路が出来,江戸の住人ではなく東京 の市民が増えていった。 東京と江戸が入れ替わったのは,東京大震災と太平洋戦争での空襲。 悲しく切なく,そしてやりきれない話だが,東京には変わり続けるために,前からあ るものを叩き潰す。 それが東京だ。 その変化は, 節操が無い 新し物好き と言われるが,急激で,前のものと全く違うものを好む。 外国人から, 「日本は日本の良いものをすぐに壊してしまう。 何故だか判らない。」 と言われるが,それこそが逆説的に東京の良いところなのだ。 これを”モノに宿る魂”としておこう。 これは,TDLにも当てはまる。 テーマパークと言わずに,ここでは”遊園地”と書いておこう。 遊園地,という施設のカテゴリーにおいて TDL以前 TDL以後 と言われるほど,TDLは日本の遊園地の常識を変えた。 TDL以前の遊園地と違い,アトラクションを漫然と並べるのではなく,テーマを作 り,そのテーマに沿って並べられる。 最も変化を与えたのが,観客だろう。 それまでの遊園地 子供のための遊園地 であったものが, カップルのための遊園地 へと変わったのだ。 遊園地と言わずに,「テーマパーク」と呼び名を変えたのも当然と言える変化である。 「子供の遊園地」 であったものを, 「大人のテーマパーク」 に変えたのだ。 時はバブル経済への階段を駆け上がり始めた頃。 すべてが消費を美徳とする世界へと入り始めた頃。 時代が呼んでいた,としか言いようが無い。 それに対して,USJはどうだろう。 USJがあるのはいわずと知れた大阪府,関西である。 関西が現在の様相を表すようになったのは,豊臣秀吉よりも,江戸時代,明治時代前 の日本国内統合通過としての側面を持つ米の集積・流通拠点だったからである。 現代でいえば,金融業・流通業・倉庫業・海運業のすべてが集まった経済拠点,と言 えるだろう。 金・金・金。 すべてが金で清算され,金で単位がつけられ,金によって作られる町が生まれた。 それを”始末の精神”と呼ぶ。 無料の物が最も尊く,お金を出すとしたら価値あるものを。 それがこの街の精神となった。 その精神は今も生きている。 賞味期限が切れていたとしても食品は食品。 お上の決めた火薬量じゃ派手じゃない。もっと増やそう。 もう一度言う。 USJが東京にあったら,こんな事件が起きただろうか? ちなみに,わたくしめは地方生活者である。 関東でもなく,関西でもない。 もちろん,名古屋や仙台といった地方の中堅都市でもない。 石川県の田舎も田舎,とんでもない田舎に住んでいる。 (コンビニまで,車で30分,ってな具合だ) しかし,そんな田舎に住んでいても・・・ いや,田舎に住んでいるからこそ,感じることがある。 東京は,”モノに宿る魂”は,東京をはみ出し,日本を”東京”へと変えようとして いる。 江戸から東京へと変化していった”モノに宿る魂”は,他の地域を食い荒らし,その 地域に住む人の価値観をも”モノに宿る魂”に変えようとしている。 わたくしめが住む石川県にある金沢大学は,石川県民にとっても誇りであった。 「城の中にある大学」 世界でドイツと日本の2つだけ。 誇りであった。 しかし,郊外に新校舎を建設,そこに移った大学は,自らの手でその誇りを失ったの だ。 現在では,定員を集めるのに四苦八苦していると聞く。 ところが,”モノに宿る魂”に毒された人々には,何故誇りが失われたのかが判らな い。 しかし,”モノに宿る魂”に毒されていない場所がある。 大阪もそうである。 すべてを金銭に置き換える考え方は,独立独歩の気風を持つ。 お上が偉いのではなく,その持つ金銭が偉い。 そのことをよく知っている。 だからこそ,大阪では法律はなかなか守られない。 今回の事件だけではない。 駐車天国と言われる違法駐車の数々,大阪流,とまで言われる交通ルール。 そのすべてが金銭,と言うルールの起点から見て合理的に流れている。 USJも,その法を法と思わない,”始末の精神”を基準とする大阪流の考え方によ って生まれた。 バブル崩壊後の日本に,その精神が合致していたのであろう。 しかし,”始末の精神”は関東流の”モノに宿る魂”とは相性が悪い。 それによって,現在の挫折を見ている。 テーマパークとしての,”始末の精神”はこれからなのだ。 だから,法を犯すにしても,もう少し見つからないようにやらないとね。 (シャレになってない) |