宮沢賢治の故郷の岩手県花巻市には
地を南北に流れる北上川がありました
その流れは地平線まで続き
同じく天を南北に流れる天の川と合流していました
川面には天の川の星々が映り輝き
あたかも地を流れる天の川のように見えました
川辺を走る岩手軽便鉄道は
天の川の先にある南十字を目指し
がたごとがたごとと走って行くかのように思えました

宮沢賢治は故郷の川辺りに腰を下ろし
『銀河鉄道の夜』を思い描いたのでしょうか

祭りの夜
銀河鉄道に乗って「天の川」の旅に出たジョバンニとカムパネルラ
彼らの旅の道筋を追ってみましょう。

星の授業
(ほしのじゅぎょう)
「ではみなさん、さういうふうに川だと云われたり、乳のながれたあとだといわれたりしてゐた
このぼんやりと白いものがほんたうは何かご承知ですか。」
『銀河鉄道の夜』は学校の授業風景から始まります。
まずは、天の川とは何か?についてのお話し。
先生は「天の川」とそれを構成する「星たち」の関係を、「川」と「砂や砂利の粒」に置き換えて説明しています。
そして「真空」の概念を「川の水」に例え、それは「光をある速さで伝えるもの」と説明しています。
これはアインシュタインの相対性理論(光速度一定の原理)による考えです。
先生は中にたくさん光る砂の粒の入った大きな凸面レンズを指しました。
「天の川のかたちはちゃうどこんななのです。
このいちいち光るつぶがみんな私どもの太陽と同じやうにじぶんで光ってゐる星だと考えます。」
続いて銀河系の構造について説明しています。
銀河系には2000億個の星があります。
その星達が渦巻き状に回転していて
その腕の部分が「天の川」なのです。
「みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まはすとしてごらんなさい。
こっちのほうはレンズが薄いのでわづかに光る粒、すなわち星しか見えないのでせう。
こっちやこっちのほうはガラスが厚いので、光る粒、すなわち星がたくさん見え、その遠いのはぼうっと白く見えるといふ
これがつまり今日の銀河の説なのです。」
教師もしていた宮沢賢治ならではの説明のし方ですね。

ケンタウル祭りの夜
(ケンタウルまつりのよる)
牧場のうしろはゆるい丘になって、その黒い頂上は、北の大熊星の下に、ぼんやりふだんよりも低く連なって見えました。 「北に大熊星が見え天の川が南北に横たわっている」
これは夏の宵のころの星空のことです。
あぁ、あの白いそらの帯がみんな星だといふぞ。
ところがいくら見てゐても、そのそらはひる先生が云ったやうな、がらんとした冷たいとこだとは思はれませんでした。
それどころでなく、見れば見るほど、そこは小さな林や牧場やらある野原のやうに考えられてしかたがなかったのです。
そしてジョバンニは青い琴の星が、三つにも四つにもなって、ちらちら輝き・・・ 青い琴の星とは「こと座α星べガ」のことをさしていると思われます。

銀河ステーション
(ぎんがステーション)
気がついてみると、さっきからごとごとごとごとと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。
カムパネルラは、円い板になったような地図をしきりにぐるぐるまわして見ていました。
まったくそのなかに、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路が、南へ南へたどって行くのでした。
夜のように真っ黒な板の上には、11の停車場や三角標、泉水や森が青や橙や緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。
星座早見盤でさそり座を南の位置にすると、天の川は上から下へと流れます。
銀河鉄道はその天の川の左の岸に沿って走って行くのです。


青白く光る銀河の岸に銀色の空のすすきが、風にさらさらゆれうごいて波を立てているのでした。
線路のへりになったみじかい芝草の中に、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。

幻想的な風景の中を銀河鉄道は進みます。

北十字
(きたじゅうじ)

きらびやかな銀河の河床の上を、水は声も形もなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光のさした一つの島が見えるのでした。
その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような白い十字架が立っていた。

天の川の暗黒帯にあるはくちょう座。
北の1等星デネブ(はくちょう座α星)と南のアルビレオ(はくちょう座β星)を軸に白く聳え立つ、まさしく夜空にうかぶ十字架です。

白鳥の停車場
(はくちょうのていしゃば)

「もうじき白鳥の停車場だねえ」

銀河ステーションから白鳥の停車場に向かう途中には天の野原が続いています
そこではたくさんの三角標が多くの星々をかたどっていました。
「三角形」は「夏の大三角」、「四角形」は「ペガサスの四辺形」、「雷の形」は「カシオペヤ座」、「鎖の形」は「すばる(M45)」など。

アルビレオの観測所
(アルビレオのかんそくじょ)

「もうここらは白鳥区のおしまいです。ごらんなさい、あれが名高いアルビレオの観測所です。」

アルビレオ(Albireo、はくちょう座β星)とは「くちばし」を意味し、星座絵図でもはくちょうのくちばしの位置にあります。
アルビレオは連星で、小さな望遠鏡で覗けばふたつの存在を確認できるでしょう。
『銀河鉄道の夜』ではこの場所を、天の川の水の速さを測定する測候所としています。

鷲の停車場
(わしのていしゃば)

「もうすぐ鷲の停車場だよ。」
カムパネルラが向こふ岸の、三つならんだ小さな青白い三角標と地図とを、見比べて云ひました。

はくちょう座をはなれ南へ向かうと、天の川の対岸にわし座が近づいてきます。
「三つならんだ小さな青白い三角標」とは、わし座のアルタイルと両側の星のことです
(わし座α星、β星、γ星)

双子のお星さま
(ふたごのおほしさま)
「あれきっと双子のお星さまのお宮だよ。」
右手の低い丘の上に小さな水晶ででもこさへたやうな二つのお宮がならんで立ってゐました。
ここでの双子とは二重星のことで、銀河鉄道のコースに合わせると、さそり座の尾っぽのところにある二重星だと思われます。

蠍の火
(さそりのひ)
「あれはなんの火だろう・・・」
「蠍が焼けて死んだのよ。その火がいまでも燃えてるって・・・」
蠍の火とはさそり座のアンタレスのことです。
アンタレスは太陽の数十倍もある、赤く大きな星です。
まもなく死をむかえて、超新星爆発をおこすのではないか、と言われています。
冬の空では火星と競うように赤く輝いています。

ケンタウルス
(ケンタウルス)
「あぁ、ここはケンタウルスの村だよ。」 ジョバンニ達の村と同じように、ここでもにぎやかにケンタウルス祭りが行われています。

南十字
(みなみじゅうじ)

「もうじきサザンクロスです。」
見えない天の川のずうっと川下に、青や橙やもうあらゆる光でちりばめられた十字架が、まるで一本の木といふ風に川の中から立って輝き、その上には青じろい雲がまるい環になって、後光のやうにかかってゐるのでした。
銀河鉄道の乗客は、ジョバンニとカンパネルラをのぞいてみんな降りてしまいました。ここまでくると日本からはほとんど見えない星座ばかりです。
いつかは見に行きたいです・・・。
北十字に比べると大きさはそれほどではありませんが、とてもきれいに輝く十字架です。
すぐそばには有名なη(エータ)カリーナ星雲があります。

石炭袋
(せきたんぶくろ)
「あ、あすこ石炭袋だよ。空の孔だよ。」
みなみじゅうじ座のすぐそばにある黒い固まりが石炭袋です。
ここでは「空の孔(あな)」と言っていますが、実際は天の川の手前にある暗黒星雲のことです。

石炭袋に着いたところでジョバンニは夢からさめます(列車を降ろされる)
『銀河鉄道の夜』とゆうお話しじたいは、悲しい結末をむかえるのですが
天の川を見上げて、ジョバンニとカムパネルラの旅を追いかけるのは
きっと楽しいことでしょう。

参考資料
新編銀河鉄道の夜 宮沢賢治 新潮社
全天星座百科 藤井旭 河出書房新社