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第1部 管弦楽法について

リムスキー=コルサコフは、管弦楽法の大家」として知られています。その彼が著わしたのが『管弦楽法原理』という教科書です。彼の作曲した歌劇からの引用が多数あるのが災いしてか、現在ででは現場の教育で用いられることはほとんど無いようですが、戦前などはこの教科書から学んだ作曲家が多数いらっしゃいます。
リムスキー=コルサコフの管弦楽法に対する考え方が濃縮されているこの著作。その中から、いくつかの言葉を抜粋してみました。

【出典】『管弦楽法原理』(小松清訳/創元社刊)より

われわれの時代、ワグナー後期の時代は、輝かしい絵画的な管弦楽的色彩の時代である。

 

楽器編成は創造である。そして人は創造することを教へることは出来ない

 

ある作曲家は楽器編成がうまい、ある作曲(管弦楽)は楽器編成がよく出来ているというのは大きな誤りである。なぜなら楽器編成は作品の魂そのものの姿の一つであるからである。

 

人々は極めて単純な事実に対して、あまり厳密に哲学的な、または過度に詩的な意味を与える。古今の偉大な作曲家の名前に尊敬の念を惹き起こされて、時によると凡庸な例を良い例として示し勝ちである。用いられている技巧の不完全さや或はその他のことでたやすく説明できるような疎漏や無知に対して、その人たちは幾頁にもわたる苦しい説明を試みて、欠点のある楽句を弁護したり、時には礼賛さえもするのである。

 

作曲家の当然為すべき筈の努力は、演奏者に課せられる無益な努力よりも価値がある

 

 

作曲家は自分の意向を意識していなければならない;そして他人の作品を編曲する人は作曲家の意向を洞察しなければならない。

 

欲するだけでは充分でない:欲するに適しない事物もある。

 

良く作曲されたものしかよく管弦楽編成を為され得ない。

 

管弦楽の中には醜い音は無い

 

ベートーヴェンの巨大な姿は特別である。彼の音楽は、深い汲みつくせない管弦楽的空想の獅子の飛躍を示している。

 

 

 


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