ホーム漫筆 > 01 名前にまつわる話

01 名前にまつわる話

何とかスキーとか、何とかヴィッチとか聞けば「ああ、ロシア人の名前だな」と思われる方が多いことでしょう。一方でロシアの小説などを読んでいると登場人物の名前がややこしくてとても覚えられない、ということもよく言われることです。これはどういうことなのでしょうか。まずはロシア人の名前について簡単にご紹介しておきましょう。

 


ロシア人の名前は、名前+父称+姓という構造になっています。リムスキー=コルサコフを例にとると以下のようになります。

 

(名前)

(父称)

(姓)

Николаи

Андреевич

Римский-Корсаков

ニカーイ

アンドーイチ

ームスキイ ールサコフ

なんだ、そんなことかとお思いなるかもしれません。構造としては特段ややこしいことはありませんね。名前と姓の順が日本語と反対なのも多くのヨーロッパ系言語と同じです。ところが、その間に鎮座している「父称」、これがロシア人の名前の特徴となっているもので、我々に混乱をもたらす災いの元凶?となっているものです。

父称自体は別にややこしくはありません。文字どおり自分の父親の名前から作るもので、父親がアレクセイという名前だったら息子の父称はアレクセイヴィッチ、ピョートルだったらペトロヴィッチ、という具合に基本的には父親の名前にヴィッチをつけるだけです。リムスキー=コルサコフの父称はアンドレーヴィッチ、ということは彼の父はアンドレイという名前だったことがわかります。

さてこの父称が登場するのが、相手を敬意を込めて呼びかけるとき。ロシア語では、英語のミスターなどに相当する敬称は使われず、名前+父称という形で用いられます。

「お元気ですか、ニコライ・アンドレーヴィッチ、新作歌劇の作曲は順調ですか」

「これはこれはフョードル・イワノヴィッチ、いつぞやのイワン雷帝は見事でしたな。作曲は順調ですよ。ところで、セルゲイ・パヴロヴィッチがですな、性懲りもなくまたパリ公演に来てくれとうるさくて....」

というような感じになるので、どの人がどういう名前と父称の組み合わせになっているのかを知らないと、大混乱をきたします。

あとロシア語には文法上の性別がありますので、名前に男女の別があるのは当然としても、父称や姓も男女で微妙に違っています。ということは夫婦でも姓は違っていて、例えばリムスキー=コルサコフ夫人の姓はリムスカヤ=コルサコヴァとなるのですが、無用な混乱を招かないように夫の姓のままに翻訳する場合も多いですね。



リムスキー=コルサコフという姓は長いので、「R−コルサコフ」とか、「リムスキー」あるいは「コルサコフ」とかいう形で省略されてしまうことも多いですね。リムスキー=コルサコフ自身、手紙や自筆譜のサインには「N.A.R-K」と頭文字だけを記すことも多かったようです。

「リムスキー=コルサコフ」という長い姓も、もともとは単なる「コルサコフ」だけであっただろうと推測されます。しかしロシアでは分家?などにより同一の姓を使うことに支障が生じた場合には、もとの姓に新たな姓を付け加えて区別を図ったようです。同じ作曲家で、リムスキー=コルサコフの弟子であったイッポリトフ=イワノフもその口でしょう。イワノフさんは日本の田中さんと同じくらいロシアではポピュラーな姓なので、余計にその必要があったのだと思われます。

こうした長い名前にもいいところがあって、カタログや雑誌の新譜コーナーからリムスキー=コルサコフの曲を探すときなど俄然威力を発揮します。クラシックの新譜は再発売も含めると毎月かなりの点数にのぼりますが、彼の名前は長いゆえに比較的簡単に見つけだすことができるという利点?があるのです。まあ、ほとんどの人には関係ないでしょうけど(笑)。

ちなみにリムスキーとはロシア語で「ローマ(人)の」という意味。ということは彼の名は「ローマのコルサコフさん」という意味になりましょうか。「コルサコフ」の方は「コルサク」なるタヌキのような小動物に由来しているようですが、これは推測に過ぎません。

ショスタコーヴィチの《ラヨーク》の中で、「グリンカ、チャイコーフスキイ、リームスキイ=コルサーコフ....」と歌われる場面がありますが、「コルサーコフ」とアクセント(伸ばす音)の位置が違っています。作曲者ショスタコーヴィチはこの作品の中で自国の著名な作曲家の正しい発音すら知らない党幹部を皮肉ったとか。



ロシア人は建物や団体などに偉人の名前を付けることが好きのようですが、リムスキー=コルサコフの名前もいろいろなところでつけられています。それではリムスキー=コルサコフの名前が付けられているものをご紹介していきましょう。

【リムスキー=コルサコフ記念ペテルブルク音楽院】
モスクワ音楽院がチャイコフスキーの名前を冠しているのに対して、ペテルブルク音楽院はリムスキー=コルサコフを冠しています。リムスキー=コルサコフがペテルブルク音楽院で教鞭をとり、その下から多くの作曲家たちを輩出したということを考えれば、至極もっともな感じがします。この音楽院には様々な附属施設(劇場や学校)があるようなのですが、それらにもリムスキー=コルサコフの名称がつけられています。

【リムスキー=コルサコフ大通り】
マリインスキー劇場の近く、ニコライ教会からエカテリーナ運河がフォンタンカ運河と交わるあたりまでの通りはリムスキー=コルサコフ大通りと呼ばれています。

【リムスキー=コルサコフ記念博物館】
リムスキー=コルサコフの博物館は3つあります。一つはペテルブルクにある、彼が1893年から住んでいたザゴロドヌイ大通りのアパートメント。この建物の3階が1971年から彼の博物館として公開されています。2つめはチフヴィンという町にあるリムスキー=コルサコフの生家。ノヴゴロド近郊にあるこの町は、「テオトコスのイコン」で知られる古い教会があって、リムスキー=コルサコフは12才までこの町で過ごしました。彼の生家は1944年に、生誕100周年を記念して博物館となりました。最後にリュベンスクという小さな村にある博物館。彼の別荘だったところで、彼は1908年にここで亡くなりました。

【リムスキー=コルサコフ国際コンクール】
確か声楽関係のコンクールだと思いましたが、詳細は不明です(ご存知の方がいらっしゃいましたらご一報いただけると幸いです)。

【リムスキー=コルサコフ弦楽四重奏団】
1939年に結成。メンバーは全てペテルブルク音楽院の卒業生で、名称もそれにちなんだものです。ボロディン弦楽四重奏団やショスタコーヴィチ弦楽四重奏団ほど有名ではありませんが、ドイツを中心とした海外公演も行っているようです。現在のメンバーは1985年からで、CDも発売されています。

【リムスキー=コルサコフ号】
東京−モスクワ間に就航しているアエロフロート機のうち、5機のエアバスA310にはロシアの作曲家の名前が冠されてます。ちなみにそれらは<リムスキー=コルサコフ号><ムソルグスキー号><ラフマニノフ号><チャイコフスキー号><スクリャービン号>です。私はロシア旅行の帰りに<リムスキー=コルサコフ号>に乗ったのですが、成田に着いてから教えてもらったので気付かずにいました。もしかすると機体のどこかに名前が書かれていたかもしれません。

【小惑星リムスキー=コルサコフ】
小惑星は発見者が名前を付けることができるようです。この小惑星の名前には「作曲家シリーズ」ともいうべきものがあって、バッハ、モーツァルトからショスタコーヴィチまで有名な作曲家の名前はほとんどつけられています。「五人組」ではキュイだけが見あたらなかったので、小惑星を新たに発見された方はぜひ命名してあげて下さい(笑)。「ごらん、あれがリムスキー=コルサコフの星だよ」....見えないって。

 

【番 外】

【コルサコフ市】
樺太、現在のサハリン州にはコルサコフという町があります。日本時代には大泊(おおどまり)と呼ばれていて、稚内からの連絡船もあり樺太の玄関口として賑わっていました。この町の名前は作曲家ニコライ・リムスキー=コルサコフの兄ヴォイン・リムスキー=コルサコフにちなんでつけられたということです。ヴォインはニコライより22才(!)も年長でしたが、やはり海軍軍人であり、かのプーチャーチンに同行して日本にもやってきたこともあります。ちなみにこの町の名前は「コルサーコフ」と発音するようですね。

【コルサコフ症候群】
19世紀のロシアの精神科医にちなんで名付けられた精神病の一種のようです。リムスキー=コルサコフも一時期神経症を患っていたことがありますが、この症候群と彼とは関係なさそうです。

 

 

 


ホーム漫筆 > 01 名前にまつわる話