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04 《アンタール》の変遷について

リムスキー=コルサコフは、若い頃に書いた「恥ずかしい作品」の多くを後になって徹底した改訂を施しています。《アンタール》もそのひとつで、全部で4つの稿が存在していますが、その経緯は少々ややこしいので整理してみました。

 


《アンタール》はリムスキー=コルサコフ2番目の交響曲ですが、後に呼び方を《シェヘラザード》と同様な「交響組曲」と変えられています。「交響曲」としての形式上の不備を考えてのことだということですが、それはともかくとして、この作品には実に4つの版が存在します。これをまとめてみると次の表のようになります。

初 稿

第2稿

第3稿

第4稿

名 称

オーケストラのための交響曲第2番
《アンタール》

《アンタール》
オーケストラのための交響曲第2番
(センコフスキーのアラビアの物語から)

《アンタール》
交響組曲(交響曲第2番)

《アンタール》
オーケストラのための交響曲第2番
(センコフスキーのアラビアの物語から)

作曲年

1868年

1875年

1897年

1903年

初 演

1869.3.10(22)
ロシア音楽協会演奏会
ペテルブルク
指揮:バラキレフ

1876.1.10(22)
ロシア音楽協会演奏会
ペテルブルク
指揮:リムスキー=コルサコフ

1899.11.15(27)
ロシア交響楽演奏会
ペテルブルク
指揮:不明

不明

出 版

ムジカ社
フルスコア(1949年)

ベッセル社
フルスコア(1880年)
ピアノ連弾編曲(1880年)

ベッセル社
フルスコア(1913年)
ピアノソロ編曲(1921年)

ベッセル社
フルスコア(1903年)

備 考

初稿だが楽譜が出版されたのは一番遅く、実に第2次大戦後に彼の全集が編纂された時になってから。第2楽章に異稿あり。

作曲者存命中に初めて出版された稿。

作曲者が最も望ましいと考えていた最終稿だが死後になって出版。作曲者存命中に演奏されたのはこの稿が多いが、自伝においてはこの稿は言及されていない。

第3稿を出版しようとした際にベッセル社が版の彫り直しに難色を示したため、第2稿をベースに最低限の修正のみを施した「妥協の産物」。作曲者存命中には第2稿とされていた。

よく指摘されることですが、「第4稿」は最終稿ではなく、作曲者が望んだ最終的な完成状態は「第3稿」です。現在演奏されるのはこの「第3稿」ですが、「第4稿」を使用している録音もあるようです。ほかの版は知りうる限り録音される機会は無かったようです。

しかし、実は以前《アンタール》の初版による演奏が、日本で行われたことがあります(!)。1994年10月の読売日響定期演奏会(サントリーホール。ちなみに演目はほかにショスタコの10番)でのことで、指揮はかのロジェストベンスキーでした。その時のプログラムに掲載されていたロジェベン氏の言によれば「第2版(注1)は世界的に知られています。しかし初版を知っている人はまだ非常に少ないのです。ですから、その版で演奏することの方が興味深い、と思ったのです」とのこと。さすがはロジェストベンスキー!私はそうとは知らずに聴きに行ったのですが、非常にラッキーでした。

初版の印象ですが、全体の雰囲気が大きく変わるものではありませんでしたが、細かいところ(第3楽章の出だしの音形が途中で逆になるとか...)での差違はいくつかあったように思います。一番大きな特徴としては第4楽章の終わりで、通常アンタールの死を暗示するように静かに終わるところを、その後に弦がざわめきだし、最後に金管が「アンタールの主題」を堂々とかます、というようなものになっていました。(注2)
リムスキー=コルサコフにはほかに2つの交響曲がありますが、これらも「初版」を聴くことができれば(特に1番の方)などと叶わぬ夢を見ていたりしています。

(注1)ここでは上記表の「第3版」若しくは「第4版」のことを指しているものと思われます。
(注2)のちに《アンタール》初版の楽譜を調べたところ、最終楽章の終わりは他の版と同じく静かに閉じるというものでした。ということは、推測ですが、この「初版」はロジェベン氏が演奏会での効果を考え、バシッと決まるように最後に付け加えたということのようです。ヤラレタ...

 

 

 


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