ホーム漫筆 > 05 元始ムソルグスキーは“ムソ”だった...?

05 元始ムソルグスキーは“ムソ”だった...?

本来の名前を縮めて愛称(ニックネーム)で呼ぶことはよくあることで、言語にかかわらず別に珍しくも何ともないことだと思います。しかし勝手に作った(と思われる)愛称が、すたれてしまった後、数十年の時を経て突然目前に登場するとどんな風になるのか...というネタです。

 


ずいぶんと前のことになりますが、神保町の古書店街で珍しい映画ポスターを手に入れました。ムソルグスキーの生涯を題材にした「夜明け」というソヴィエト映画で、1950年代にわが国でも封切りされたようですから、年輩の方でしたらこの映画をご覧になられたという方もいらっしゃるのではないかと思います。

私はこういう映画がある、ということを何かで読んだことがあっただけで、残念ながら実作を見たことはないのですが、この古いポスターに書かれている内容からあらすじなどを詳しく知ることができ、偶然にしろ入手できたのは非常に幸運だったと思っています。

演じる俳優陣は、スターソフ役のニコライ・チェルカーソフ(エイゼンシュテインの映画で有名)以外は知らない人ばかりでしたが、もし、この映画の上演の機会(あるいはビデオ発売など)があれば「五人組」が活動した当時の帝政ロシアがどんなものだったか、彼らがどの様に描かれているのか大変興味深く見ることができるのに....とこれは無い物ねだりでしたね。

さて、このポスターには「力強い仲間」のメンバーが短いコメントで各人紹介されています。例えばムソルグスキーはこんな具合です。

「力強い仲間」ロシア国民楽派六人組の中心はムソであろう。誰のために音楽を書くか・・・・・・
ムソの純情と素朴、そして高貴と野生を併せもつ男。歌ふボリソフ、ピアノを弾くボリソフ、音楽映画の主役に輝くボリソフ絶妙の演技
ムソルグスキー・・・ア・ボリソフ

「五人組」ではなく「六人組」となっているところにこだわりを感じるとか(注)、まあそんなことはいいとして...

ムソ」!

ムソルグスキーを「ムソ」!

ムソ」って!!

ポスターなど限られたスペースに「ムソルグスキー」と書く余裕はないので、苦渋の選択として「ムソ」と略したのか(その割にほかのメンバーのコメントでは「ムソルグスキー」と「ムソ」の両方並記)、あるいは当時本当に「ムソ」などという省略形がわが国で定着していたのか定かではありませんが、ムソルグスキーを軽く「ムソ」などと言い切ってしまうところに、かえって新鮮さを感じてしまいます。

「...本映画でもムソに厚き友情を示しながら...」(リムスキー・コルサコフ)、「悪口の大家でときどきムソもけちをつけられる、だが腹の中は暖かい」(キューイ)←爆笑、「ムソの才能をいち早く認めた一人」(バラキレフ)...とまあ、こんな調子で五人組の紹介がされているわけですが、ムソムソ書かれると真面目に書いてあっても何だか笑えてしまいます。

幸いにして?この恐るべき省略形で書かれている人物は主人公たるムソのみですが、ほかのメンバーを同じ調子で呼ぶとどうなりますか。

バラキレフ → バラキ(「傷追い人」かっ!?)
ボロディン → ボロ(貧乏くさ)
リムスキー=コルサコフ → リム(意味不明)
キュイ → キュイ(そのまんまやん)

ついでながら、この映画の続編ともいうべき作品が実は「リムスキー=コルサコフ」で(!)、ショスタコーヴィチの自伝にもこの映画への言及があります。これは本邦で公開されたかどうか不明ですが、ショスタコーヴィチの記述から察するにどうも今一つの出来だったようですね(でも見たい)。

 

(注)当初バラキレフのグループにはロディジェンスキーという若いメンバーがいました。あるいはスターソフを加えて六人組のかも。

 

 


ホーム漫筆 > 05 元始ムソルグスキーは“ムソ”だった...?