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「ボリショイ」といえば「サーカス!」という程度の認識しかなかった私が、リムスキー=コルサコフへの興味からクラシック関係の雑誌をチェックし始めるようになった頃、目に入ってきたのが「ボリショイ劇場の日本公演」の宣伝広告です。演目は、《ボリス》《オネーギン》それからリムスキー=コルサコフの《金鶏》。1989年のことでした。
現在でしたら、リムスキーのオペラの日本公演があることを知った時点で即チケット予約の臨戦態勢を敷くことになるのですが、当時はまだそこまで血眼になっていたわけでもなかったので、「へえ、《金鶏》もやるのか」くらいにしか思っていませんでした。そう、《金鶏》が珍しい作品なのかどうかも知らなかったのです。
第一、オペラなんて観たことも聴いたことも無かったし、チケット代も結構な額(ちょうどオペラ公演チケット代バブル黎明期でしたね)、ましてや公演場所は東京は上野の文化会館ですので往復の交通費も馬鹿にならない(当時私は愛知県在住)、ということでしばらくは予約せずに放ったらかしでした
とはいってもやはりリムスキー=コルサコフのいろいろな作品に興味が芽生えていた時期。しかもいろいろ調べてみると、どうやら、(1)ボリショイ劇場が、(2)日本で、(3)《金鶏》を上演する、ということ自体が確率的に見て極めてまれな事象であることがわかってきて、遅ればせながらチケット予約の電話をあわてて入れたのでした。
席はかろうじて残っていたA席2万円也。宿は東京にいる友人の下宿に転がり込む、往復は今は懐かしい東京−大垣間の夜行列車を使う、という具合に非常にセコい観劇ツアーです。これが私のオペラ初体験でした。
さて公演当日。早めに会場である上野の文化会館に着くと、NHKの車両が会館周りに数台陣取っています。どうやら今夜の《金鶏》をテレビ収録する模様(後日BSや教育テレビで放映されました)。
開場となって、期待感とともに入場です。ホワイエではプログラムの販売やオペラグラスの貸し出しが行われています。本日の出演者を貼り出した掲示板の前はちょっとした人だかりができています。何もかも目新しい光景でした。
ちょっとびっくりしたのが、プログラムが有料だったこと。高いお金を払って見に来ているんだから当然タダでくれるものとばかり思っていましたが、世間はそうは甘くないようです。ただしオペラグラスの方は今と違って、座席番号を控えるだけで、保証金も預けることなく貸し出してくれたように思います。
ホール内に入って所定の座席へ。私の席は2階の上手側のバルコニー席でしたので、舞台に対してはちょっと首をひねらなければならないのが難点でしたが、もちろんそんなことはお構いなしです。改めてホール内を見渡すと、これがかの文化会館かとちょっと感心です。この上野の文化会館は、建築家前川國男の設計による戦後モダニズム代表する近代建築の一つです(一応建築学科だったので)。そのころもてはやされていたポスト・モダンとやらに比べれば、遙かに好感の持てる空間構成でした。
照明が落ちていよいよ開演。盛大な拍手とともにスポットライトを浴びた指揮者エフゲニー・スヴェトラノフが登場です。場内からは早くも「ブラボー」の声が。一瞬の静寂の後、トランペットが金鶏のモチーフを奏でておとぎ話のはじまりはじまり...「あっ!」と思ったのは演奏開始後すぐのこと。トランペット奏者が金鶏のモチーフの音を少し外しちゃったのですね。なぜだか自分の方がカッと血が上るような感じになりましたが、ピットからは何ごともなかったように淡々と前奏曲が続きます。(※このミスは地上波での放映の時には修正されていました。)
ともかくこうして《金鶏》の幕は開いたのでした。
初めて観たオペラ、《金鶏》は「素晴らしい」の一言でした。
音楽、歌手、演出、舞台装置…どれをとっても極上のものではなかったと思っています。上演終了後には拍手の嵐。何度もカーテンコールがされました。ふと気づくと、かなり大勢の人がオケピットのところまでやって来て出演者に拍手を送り続けているのですね。その後いろいろなオペラを観ましたが、私が経験した中ではこれほどの熱狂ぶりはありませんでした。
この《金鶏》は、その年のオペラ公演の中でも1、2を争うものとして雑誌などにも大きく取り上げられました。この時の公演にまつわるエピソードを元にした小説『星の国のアリア』(ひのまどか著)が評判をとりましたが、一公演が小説になるほどの衝撃を与えたということでしょう。(オペラ入門書のような類の本にも取り上げられることが増えましたしね。)
《金鶏》で私が一番印象的だったのは、正直に言いますとシェマハの女王(の分身)のストリップ(!)でした。《炎の天使》のように完全オール・ヌードというわけではありませんでしたが、官能的な音楽と相まって素晴らしい効果(というのでしょうか?)を上げていました。私もオペラグラスで覗いたままのかぶりつき状態。この部分だけでも十分元はとったという感じですかね。
シェマハの女王役のイリーナ・ジューリナは、声は大変素晴らしく大好きになったのですが、容姿はもう一つ(おなじみのオペラ歌手に対する無い物ねだりです)。実際に舞台を観ているときにはよくわかりませんでしたが、後で放映された彼女の姿を見ると少々きついかと…。。
こんなこと言っても始まらないのですが(でも言う)、もう一人のシェマハの女王、エレーナ・ブリリョーワの方が若くて美人だっただけに、収録はこちらの方でやってくれれば良かったのに!と思うわけです。ちなみにエレーナ・ブリリョーワは、先ほどの『星の国のアリア』の主人公のモデルになったと思われるボリショイの若手ソプラノです(混血ではありませんけどね)。当時はまだ学生だったとかで、スヴェトラノフ氏に大抜擢されたということでした。
残念ながらボリショイ劇場はその後しばらくしてから内紛やら機構改革やらでゴタゴタ続き。いつの間にかゲルギエフ率いるマリインスキー劇場にすっかり座を奪われてしまいました。もはや、バレエはともかくオペラでボリショイのことが取り上げられる機会はほとんどありません。たまに聞こえてくるのは相変わらずの混乱ぶりです。
《金鶏》ならぜひ観たい!という方は結構多いと思われるだけに、体制を立て直してまた引越上演してくれないかなあ、なんて思っています。これも無い物ねだりでしょうかね。
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